【ビール人に会いに行く】伊勢角屋麦酒 金澤春香さん
そこかしこでつぼみがひらき、景色が色とりどりに染まる春。見目麗しいこうした花々からつくられるビールがあることをご存知だろうか(正確にいえば”花々から分離採取した「酵母」でビールをつくる”のであるが)。今回は、2015年夏に限定醸造を開始して以来人気を博している「はなきんシリーズ」を手がける伊勢角屋麦酒のブルワー金澤春香さんにお話を伺った。
「花酵母」との出会い
楽しそうに、愛おしそうに、時には難しく眉を寄せて。ビールづくりを語りながらくるくると表情を変えるのは、伊勢角屋麦酒ブルワー金澤春香さん。大学で栄養学を学びたいと考えていた金澤さんは高校時代、オープンキャンパスで訪れた東京農業大学で、ある運命の出会いを果たす。「酵母」だ。顕微鏡のむこうにある世界に心を惹かれ、翌年東京農業大学の醸造科学科に進学。在学中は同大短期大学部内にある酒類学研究室で「花酵母」の研究に没頭した。
花についている菌の中から酵母を取り出し、香り、発酵力などを1つ1つ調べて酒づくりに適したものを選ぶ。さらに、それぞれの酵母が持つ特長をかけ合わせることで酒づくりに最も適した酵母をつくり出す。培養実験で並ぶフラスコの数は何百にも及ぶという実に地道な作業だ。こうしてできあがったのが「農大花酵母」。焼酎・日本酒の蔵元で組織する「花酵母研究会」のメンバーに限り使用することができる特別な酵母だ。
国産酵母でビールづくりを 金澤さんの挑戦
花酵母の研究に携わる一方で、金澤さんは「自然豊かな日本なら、ビールづくりに適した個性的な酵母があるはず。国産の酵母でビールをつくりたい」という思いを抱き続けてきた。それが実現したのは2015年の春。伊勢角屋麦酒がビールメーカーとして初めて「花酵母研究会」に入会したことで、「農大花酵母」によるビールづくりへの挑戦がはじまった。
ビール向けに完成された酵母と違い、花酵母の中には思うように発酵が進まないものもある。試行錯誤の過程を振り返り「難産でした」、時には「想像以上にいい子でした」と話す金澤さんの眼差しは、まるで我が子を見守る母親のようだ。
農大花酵母ビール はなきんシリーズの誕生
「『花びらからとった酵母菌のビール』を『花の金曜日』に爽快に飲み干せるビールであるように」と名づけられた「はなきんシリーズ」は、りんごの花酵母を使った「はなきんせぞん」にはじまり、ニチニチソウ、みかん花、さくらの花酵母とリリースを重ねてきた。いずれも花酵母の特長を活かすビアスタイルを採用し、幅広い層に親しまれる軽やかな飲み口に仕上がっている。
日本のブルワリーの多くはビール酵母を海外の酵母メーカーから仕入れている。だからこそ、国産酵母でのビールづくりにかける金澤さんの思いは強い。「ベルジャン酵母を使えばベルジャン・ビールができあがるように、いつか世界で『これがジャパニーズ・ビール酵母だ』と認められるものができたら」。大きな野望を胸に秘め、金澤さんは花酵母とともに国産ビール酵母の可能性を追い続ける。
#05 和柑橘エール「はなきんかーねーしょん」
はなきんシリーズ第5弾は、カーネーションの花酵母を用いた「はなきんかーねーしょん」。5月8日の母の日を前に“いつも頑張るお母さんはじめすべての女性の皆様に、たくさんのありがとうの気持ちを込めて”リリースされた和柑橘エールだ。副原料に温州みかん、伊予柑、サンフルーツを使用し、フルーティーなアロマで癒やしのひとときを演出する。
明るく輝く黄金色からは早熟バナナの青みあるフルーツ香、ブーケのようなフローラルアロマがふわっと漂い、和柑橘果汁とホップの澄んだ香りがそれに続く。口に含めば、あたたかな和柑橘の味わいとわずかな優しい酸味。ほとんど苦みを感じないまま、それらがするすると心地よく喉を伝っていく。カーネーションの花束とともに母親に感謝の気持ちを伝えるもよし、がんばった自分へのご褒美にするもよし。癒やしのひとときが明日への活力に変わる、そんな1杯だ。
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。