[コラム]2018.2.8

ビール醸造への道 〜ビールファンがビールの造り手を目指すとき〜  Gather Around Beer! 和泉ブルワリーの挑戦

一介のビールファンが、ビールを楽しむ立場からビールを造る立場に変わっていこうとする果敢な姿を、このシリーズではお伝えしたいと考えている。
何が彼らをビール醸造に向かわせ、どのように向かっていったのか……
その姿は、我々にビールへの関わり方への示唆を与えてくれる。
前回の記事では、武蔵野、三多摩エリアから「Cool air one」というビールブランドを発信している小笠原恵助氏を紹介した(前回の記事)
今回紹介するのは、東京都狛江市に「和泉ブルワリー」をオープンさせる、和泉俊介氏の物語である。

「和泉ブルワリー」を立ち上げた和泉俊介氏

ブルワーとサラリーマンの両立は果たして可能なのか……?

和泉氏は、現在も某企業の社員である。会社には兼業として申請し、許可されており、2足の草鞋(わらじ)を履いた形を取っている。これは非常に珍しいケースである。現在、副業を含めた働き方改革は社会で注目されており、今後は、和泉氏のような形態で働く人も多くなっていくだろう。未来の仕事のロールモデルになり得る事例である。
そんな和泉氏とクラフトビールの出会いはかなり昔のことになる。和泉氏がまだ学生の頃のことだ。石川酒造さんのEnglish pale aleを飲み、衝撃を受けたそうだ。
――こんなうまいビールがこの世にあったのか!
それ以後、ビアフェスのボランティアに積極的に参加するなど、クラフトビールの知見を深めていく。
クラフトビール熱は高まっていたが、大学を卒業するときに、一足飛びにブルワーを目指したわけではない。多くの学生同様、一般企業に就職し、サラリーマンとして生活することを選択する。
しかし、就職して10年ほど経った頃、心に去来するのはクラフトビールへの思いであった。心の底から湧き上がってくるクラフトビールへの情熱に、クラフトビールが好きであることを再認識し、自分はクラフトビールとどう関わりたいのかを考えるようになる。
――自分はビールを飲んで楽しみたいのか?
――それとも、自分で造ってみたいのか?
そんな自問の果てに、いつしか和泉氏は自分がやりたい事が何なのか確信する。
――醸造がしたい!
だが、その頃の和泉氏はすでに妻子ある身であった。自分勝手に会社を辞めて、明日からブルワー修業に出かけますなどと言えるわけがない……
和泉氏は悩む。
――ブルワーとサラリーマンの両立はできないのか?
一見、解がなさそうな問いである。
醸造免許を取るには、醸造技術を習得していることを示す必要があり、専門的な学校で学んでいる、あるいはブルワリーで働いているなどの実績が必要である。それにはそれ相応の時間が必要であり、サラリーマンにそのような時間は一般的にはない。
しかし、いろいろなことを調べていくうちに一筋の光明が見えてくる。アメリカのAmerican Brewers Guild(ABG)という団体が、主に通信教育から構成される6ヶ月の教育プログラム(Craft Brewer’s Apprenticeship Program)を提供していることを知るのである。
――これならできる!
和泉氏はすぐにこのプログラムに申し込み、2年ほど経った2015年6月からプログラムをスタートする(申込者が多数のため、申し込んでからプログラムスタートまで2年ほど待つことになる)。

いざ、ポートランドへ!

ABGが提供するプログラムとはどのようなものなのか。まず簡単に説明する。
上述したように、和泉氏が受けたABG提供のプログラムはCraft Brewer’s Apprenticeship Program(CBAプログラム)である。この他にもいろいろなプログラムがある。
CBAプログラムの目的は、プロのブルワーに必要な知識とスキルを習得することであり、多くの参加者は、ブルワー志望者、ブルワリー立ち上げ予定者である。
期間は6ヶ月、28週間で、その構成は3部構成となっている。まず22週間の通信教育を受け、その次に、実習と最終試験をDrop in breweryで1週間行う。そして、最後に醸造所研修を5週間行い、プログラムが完了する。醸造所研修は基本的に受講者が行きたいブルワリーで行われる(受入交渉あり)。
このプログラム構成は、仕事を続けながら教育を受けたいと思っている和泉氏にとって実現可能なものとなっている。なぜなら、教育期間の多くの日数が通信教育であり、これは日本で受講可能であるからだ。
残る問題は、アメリカでの計6週間の実習、試験、研修である。仕事を続ける身として休業期間を6週間も捻出するのはかなり大変なことだ。だが、和泉氏はこの期間を有給休暇のフル活用で乗り切った。
一方で、時間的にプログラムを受けることは可能だとして、周りへの影響はどうだったのか?そのあたりも気になるところである。
6週間、働き盛りの社員がいなくなれば、仕事への影響もあるはずだ。家庭においても同様である。この点に関しては、2年前から、会社では上司、家庭では奥様に、じっくり時間をかけて説明し、了承を得たとのことだ。非常に重要なポイントである。

それでは、実際のプログラムの状況はどうだったのであろうか。

山のような英語のDVD……、これだけでも著者などは怖気づいてしまう。

2015年の6月から、最初の通信教育がスタートするが、まず、山のようなDVDが送られてくる。1週間に7時間程度DVDを見ると終了する計算で、毎週末、部屋に7時間こもって観ることになる。1週間働いた後のことである。そもそも体力的に大変である。そのうえ、通信教育の間にある2度のテストも難関だった。英語の専門的な設問に英語で答えるテストである。資料閲覧はOKであったが、このテストはDVDを見続けること以上に大変であった。
そして22週間の荒行とも思える通信教育が終わり、2015年11月にアメリカへと旅立つ。
まずは、Drop in breweryでの実習と最終試験である。ここで、ブルワーに必要な業務、知識を実体験として学び、それが身についているかを確認する。
ここでの最終試験も実は難関であった。通信教育時のテスト同様、資料閲覧OKであったが、英語の専門的な設問に英語で答えるという試練に再度立ち向かう必要がある。だが、和泉氏はこれをしっかりクリアする。
そして、最後はブルワリーでの5週間に渡る研修である。
和泉氏は、ポートランドのCommons breweryにお世話になる。
Commons breweryを選択したのは、以下の理由からだ。
まず、ポートランドは醸造所の数が多く他の醸造所も見て回れること。ポートランドは、ビールの街として非常に有名である。次に、自身が望む醸造規模(1755L)、ABG研修生を受け入れた経験があること。そして、最後に、Red Gillen氏がポートランドの情報をWebで発信してくれていたことにより、事前に状況をかなり知ることができていた安心感だ。
そして、この研修で得たもの。
和泉氏は、人生の宝物になったと言う。
もちろん醸造技術などもブラッシュアップされた。だが、最も大きかったのは人との繋がりだ。基本的に、会う人みんな親切で、多くのコネクションができた。Commons breweryの方とのコネクションができたのは言うに及ばず、ポートランドの他のブルワー、ビール関係者とも親交を深めることができた。ポートランドはブルワー同士が情報交換をしているオープンなコミュニティだったそうだ。

Commons brewery研修時の写真。この写真を見れば、いかに人との繋がりが広まったかが一目瞭然だ。

幸せで充実した6週間を終え、アメリカで宝物を得た和泉氏は2015年12月に帰国する。
その後、2017年5月に会社からの兼業承認を取得し、2017年6月に和泉ブルワリーを設立。2017年9月に酒販売免許を取得し、現在、発泡酒醸造免許を申請中となっている。2018年2月の醸造免許取得、醸造開始を目指している。

メジャーリーグはどこか?

以上みてきたように、6ヶ月とはいえ、会社員を継続しながらABGのプログラムを修了するのは大変なバイタリティーだ。
それを実現する和泉氏のバイタリティーの源は何なのか?
和泉氏は言う。
――自分にとってのメジャーリーグはどこか?
これは勤めている職場の当時の会長が、自らが成長するために考えるポイントとして教えてくれた言葉である。やるならメジャーリーグを目指すべきで、自分がやりたいことのメジャーリーグはどこなのか、という意味である。
その意味で、和泉氏のメジャーリーグはブルワー大国アメリカだった。
アメリカで醸造技術をマスターし、その技術を持ってブルワリーを立ち上げる。
挑戦するならば自分の中での高いレベル(自分の中のメジャーリーグ)を目指そうという思いが、和泉氏のバイタリティーの源泉である。
著者はこの言葉を聞き大変感激した。
この言葉は醸造だけでなく、何かをしようと思ったときにきっと役立つだろう。

Gather around beer !

では、和泉氏は和泉ブルワリーでどんな世界を創りだしたいのか?
「Gather around beer!」
この言葉に集約される。
これは、Commons Brewery の方に教えていただいた言葉だ。
ビールの周りにみんなが集まり、会話、笑顔が生まれる空間。和泉氏が作りたい世界を意味する。
また、和泉氏は家で飲むことが好きなので、家飲み革命も考えている。
「Gather around beer !」は何もパブだけではない。我が家のダイニングテーブルで家族とビールを囲むのも「Gather around beer!」である。
そのため、和泉氏はグラウラーでのビール販売も行っている。
グラウラーとは、ビールを入れる水筒のような容器で、酒販店でグラウラーにビールを
注ぎ、家などに持ち帰り、そこでビールを飲むためのものだ。一度グラウラーを用意すれば、何度でもグラウラーでビールを持ち帰ることができる。近所のブルワリーから出来立てのビールを持ち帰り、家で飲む。何とも素敵な話である。
そして最後に、和泉氏が創りたいビールは何なのか?
ABG研修前はIPAやペールエールのようなホップアロマの強いビールを好んでいた和泉氏だが、今後、主に作りたいビールはセゾンスタイルだ。
醸造所研修でお世話になったCommons breweryの看板ビールがセゾンスタイルであり、すっかりセゾンスタイルに魅了されたらしい。
セゾンスタイルは、ベルギーの農家の方が農閑期に作り、夏に飲んでいたビールが発祥で、ハーブなどを効かせたフルーティかつスパイシーなビールである。
(和泉ブルワリーが造るセゾン……)
非常に楽しみだ。

グラウラー。和泉ブルワリーでも購入できる。取材当日はこの2種類だけであったが、もう少し大きいタイプもある。一番左の350mlビール缶と比べると大きさがイメージできる。

今回、ABGプログラムを中心に和泉氏の活動を報告させていただいたが、ポートランドの状況、体験など、ここでは書ききれないエピソードが沢山ある。ぜひ、和泉ブルワリーを訪ね、いろいろな話を、和泉氏の造るビールを飲みながら聞いてほしい。ビールだけでなく、その生き方も参考になるはずだ。とても気さくな和泉氏はいろいろ話してくれることだろう。

【和泉ブルワリー&BEER CELLAR TOKYO情報】

和泉ブルワリーのロゴ

醸造所の横が、BEER CELLAR TOKYOという酒屋になっており、現在すでに営業中である。ポートランドのビールを中心に、10種類の樽生ビールを試飲することができる。もちろん、ボトルビールも購入できる。グラウラーでの購入もできるところがさらに嬉しい。
余談:和泉氏の立ち上げた和泉ブルワリーは、狛江市和泉本町にある。地名は偶然とのことだ。だが、何かの因縁を感じずにはいられない。

営業時間
水木  16時00分~21時00分
金      16時00分~22時00分
土日祝 12時00分~21時00分

住所 東京都狛江市和泉本町1-12-1 豊栄狛江マンション101
Facebook https://www.facebook.com/beercellartokyo/
Twitter  https://twitter.com/BeerCellarTokyo
電話 03-5761-7130

和泉ブルワリー外観。まさに住宅街の中にあるブルワリーだ。この入り口はBEER CELLAR TOKYOの入り口で、BEER CELLAR TOKYOの奥が醸造工場(ブルワリー)となっている。

 

BEER CELLAR TOKYOの冷蔵庫と売られているビール。和泉氏が学びに行ったポートランドのブルワリーを中心とした品揃え。他の酒屋ではお目にかかれないビールも多い。

 

冷蔵庫の横にはカウンターがあり、10種類のビールが試飲できる。このタップからグラウラーにビールを注ぎ、持ち帰ることも可能。

 

BEER CELLAR TOKYOの奥にある工場の醸造設備。和泉ブルワリーのロゴを冠しており、スタイリッシュだ。ここから生まれてくるビールが待ち遠しい。

和泉ブルワリーにレッツゴー!

 

ビール醸造和泉ブルワリー狛江市

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

小川 雅嗣

ビアジャーナリスト/ビール研究家

1966年、東京生まれ。これまでずっと企業の研究員として過ごしている。
ビールの好きなところは、美味しいところ、自由で多様で何でもありな懐の深いところ、そして、飲むとみんなが笑顔になるところ。そんなビールには、まだまだいろいろな楽しみ方、美味しさがあるのではないかと思っていて、ビールについて疑問に思ったことを調べたり、思いついたことを試したりする中で、ビールの楽しさが伝えられるといいなと思っている。
人生やりたいことは、とにかく全部やろうと思い、ビアジャーナリストに。その他、音楽、映画、小説などの活動も、大したレベルではないが、いろいろやっている。

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