色が濃く、香味の特に強いビール=スタウト?
1995年のクラフトビール解禁以前、日本で造られていたビールのほとんどは黄金色のピルスナー・スタイルだった。わざわざ”ほとんど”と言うからには例外もあったのか? もちろん! それがスタウトである。日本には戦前から美味しいスタウトが存在していたのだ。
その一つがアサヒビールの「アサヒ・スタウト」。1935年(昭和10年)に生まれたこの素晴らしいスタウトは、現在も吹田工場で造られている。濃厚な麦芽のロースト感とザラメ砂糖の甘味、ドライフルーツやたまり醤油、オロロッソシェリーにも似たフレーバーが印象的で、世界的ビール評論家故マイケル・ジャクソン氏も絶賛したビールである。
そしてもう一つが「キリン・スタウト」。1932年から造られ始めたこのビールも世界的に非常に高い評価を得ていた。2008年に終買となったため”得ていた”と過去形にせざるを得ないのが残念だ。
と、ここまで読んで「キリンはスタウトを造り続けているよ。一番搾りスタウトがあるじゃない」「ヱビスも造ってるよ。ヱビス・スタウト・クリーミートップって知らないの?」と仰る方がいるだろう。
たしかにこの2つにはスタウトという商品名が付いている。しかし、厳密に言うとこの2つはスタウトではない。
スタウトとは本来、上面発酵酵母で醸されるビールなのに対して、2つとも下面発酵酵母によって醸しだされている。下面発酵酵母で造られた黒色ビールはシュバルツ、もしくは(アルコール度数が高ければ)ダブルボックという名称でカテゴライズされ、商標登録されるのが世界基準だ。
ところが、日本では下面発酵ビールでもスタウトと表示することが許されている。なぜならば、「ビール表示に関する公正競争規約第4条の(4)」に、スタウトとは「濃色の麦芽を原料の一部に用い、色が濃く、香味の特に強いビール」と定義されていて、酵母の違いには触れていないからだ。だから、キリン一番搾りスタウトもヱビス・スタウト・クリーミートップも法的にはなんの問題もないということになる。本当にそれで良いのだろうか?
読者の中には「上面だとか下面だとかマニアックなこと言うなよ」「日本には日本の考え方があって良いんだから問題ないよ」と考える方もいらっしゃるだろう。
私もビールを必要以上にこねくり回し、「でなければならない」といった原理主義的発想は好きではない。
しかし、この件に関してはこだわりたい。日本人が本当のスタウトの味とシュバルツの味を思い違いしてしまってはスタウトにもシュバルツにも申し訳ない気がしてならないのだ。赤いからといって、ケチャップライスを赤飯と呼んでいいのだろうか?
アサヒスタウトはもちろん、日本のクラフトビールには上面発酵酵母で造られた本物のスタウトが数多く存在する。大阪の箕面ビールhttp://www.minoh-beer.jp/は、イギリスのビアコンテスト「ワールド・ビア・アワーズ」http://www.tastingbeers.com/awards/wba/2009/で2009年にドライ・スタウト部門世界1位、2010年にはインペリアル・スタウト部門世界1位と連続受賞している逸品である。
本来はシュバルツである味わいをスタウトと思いこんでしまった日本人が、世界一のスタウトを飲んで「これはスタウトとは違う。味が濃厚すぎる」と思ったら?…。これは笑い話ではなく、悲劇に他ならない。
最後に、キリン一番搾りスタウトとヱビス・スタウト・クリーミートップが非常に優れたシュバルツであることを書き記しておきたい。どちらも麦芽のロースト感が心地よく、シャープでクリーンな素晴らしいビールである。とても美味しい。
だからこそ、胸を張って「キリン一番搾りシュバルツ」と「ヱビス・シュバルツ・クリーミートップ」と名乗ればいいのではないか? そう思えてならない。
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