ベアレン醸造所にみる地域とビールの繋がり方vol.1 【材木町よ市ジョッキ倶楽部】
私とベアレン醸造所の出会いのきっかけは、都内の商業施設で開催されていた岩手物産展である。何気なく立ち寄ったベアレンブースでビールを販売していたのが、専務取締役の嶌田 洋一さん。お話を聞きながらビールを選んでいると、目の前に一冊の本があることに気が付く。『つなぐビール』と題されたその書籍は、彼の執筆によるものだ。「今なら本にサインしますよ」という一言に釣られて購入。ベアレン醸造所の歴史を読み進めていく中では、考え方や取り組みが魅力的で「実際に自分の目で確かめたくなる」とても刺激的な内容だった。それ以来、私は頻繁に盛岡に足を運んではベアレン醸造所のイベントや工場に伺い、沢山の素敵な出会いと同ブルワリーの活動に魅了され続けるファンの一人でもある。
11月24日(土)快晴の岩手県盛岡市。この日は、盛岡市材木町で開催されている「よ市」の年内最終開催日であった。材木町よ市は1974年から毎年4月~11月の土曜日に開催されている露店市。商店街を会場とする同イベントは、開始時刻の15:10から多数の露店が立ち並び、地元の特産品や新鮮な野菜などが販売されている。実に多彩な飲食店が出店しているのも特徴で、ビールと地物のおつまみで気軽に盛岡の雰囲気を満喫できるスポットとなっている。
ベアレン醸造所も創業の2003年から毎回参加し、現在は町内にある直営レストラン「ビアパブベアレン材木町」の店頭で自社ビールを販売している。当日は気温が一桁にまで落ち込み、屋外でビールを楽しむには厳しい環境だった。そんな中でも、イベント開始からビール購入に並ぶ列は一向に途切れることなく、寒空の下あちらこちらで、仲間との再会を祝って乾杯をする参加者の姿が印象的だった。話を伺うと盛岡市内のみならず、岩手県外からの参加者も多数見受けられた。ファンにとっては2018年を締めくくる一大イベントではあるが、自社のビールを直営レストランで販売するという、ある意味単調になりがちなイベントの何が皆を惹き付けてやまないのか、その魅力に迫っていきたい。
同ブルワリーでは、「環境に配慮し、永続可能な社会に貢献しよう」という経営理念に基づき、イベント時にはプラスチック製のリユースカップでビールを提供することが習慣化されている。「よ市」の場合は最初に「ビール+カップ」の料金を払い、飲み終えたカップを返却すると、カップの代金が返金される仕組みだ。S,M,Lの3種類の内Sサイズを例に挙げると、最初に400円支払い、おかわりは1回ごとに200円。最後にカップを返却すると200円が返金されるといった具合で、非常に気軽に楽しむことができる。さらに面白いのが、通常のカップの他に、自分の名前が刻印された「世界に1つだけのオリジナルジョッキ(以降マイジョッキ)」にビールを提供してもらえるサービス、通称「ジョッキ倶楽部」の存在だ。ジョッキ倶楽部とは、部員がマイジョッキを店舗に保管し、よ市の開催に併せてその都度使用して楽しむ「ビールを通じた大人の部活動」で、店内で“入部登録”すれば誰でもすぐに参加できる。2006年の発足当初はごく少人数だったが、2008年のビアパブベアレン材木町開店に併せて、同店舗の2階を「部室」として開放することで部員数を増やしてきた。部室には、シートごとに名前順に分けられたジョッキが所狭しと陳列されており、その圧倒的な数に驚かされる。部員は部室からマイジョッキを持ち出し、1階の販売スペースでビールを購入して楽しむ。購入の際は部員専用のレーンが利用でき、スムーズな購入が可能。通常10枚綴りの回数券を購入し、ジョッキ1杯につき1枚のチケットと交換するが、1枚の値段に換算すると350円。この安さも大きな魅力だ。周囲でマイジョッキを片手に談笑している参加者を見ると、思わず自分も入部したくなる。そんなビール好きの好奇心を刺激して止まない、全国的にみても唯一無二の取り組みである。
「マイジョッキ」が果たす「会話のきっかけを作るコミュニケーションツール」としての役割についても触れたい。今回の取材で参加者からは、同イベントの魅力を「ジョッキを通して人とのつながりが増えること」とする意見が数多く聞かれた。「この場所に来てマイジョッキで飲んでいる人を見ると、ベアレンさんのビールが好きで通っているのだと一目でわかる」というコメントが象徴するように、ジョッキが会場においての参加者の一体感を生み出していることがわかる。そこに、「4月~11月の毎週土曜日に定期的に開催される」という要素が加わると、継続的な参加によって自然と顔なじみが増えていき、コミュニティが作り易い仕組みが出来あがっているように感じた。こうして生まれた独自のコミュニティが一番の魅力であり、一般的なビアバーや他のイベントとは異なる、よ市だけの特別な演出が加わることで、飽きがこない非日常的な雰囲気に惹かれるのだと痛感した。
ジョッキ倶楽部の魅力を語る上で、欠かせないのが「スタッフと参加者で作る空間」である。東京からの参加者は「1度知り合いになると再会するたびに乾杯して、また定期的に会いに来たくなるんです」という。私も初めて訪れた際には、スタッフはもちろんのこと、周りにいる参加者の方に声を掛けていただいた記憶が鮮明に残っている。その方々とは、今でも会場でお会いしては、再会の乾杯をしている。他のイベントやビアバーではたまにありがちな、「顔なじみの常連とスタッフだけで構成される閉鎖的な空気」が一切感じられないことにも驚きを覚えた。「参加される皆さんとともに、開放的な空間を作り上げてきた」と話すのはスタッフの高橋 司さん。マイジョッキの導入も、参加者の声がきっかけだったという経緯もあり、これまでも周囲の声を大切に運営してきたという。良い意味での距離の近さと、皆で作るという一体感が、会場の雰囲気にも表れているように思う。現在800人を超える部員が在籍するジョッキ倶楽部。これからも新たな変化によって、より良い空間が生まれていくのであろう。スタッフと参加者が一緒になって創り出す温かな空間を、ぜひ現地に行って実際に肌で感じて欲しい。
週末ごとに様々な場所でイベントを開催している同ブルワリー。出会いはそれぞれ異なるが、ベアレンビールに興味を持った参加者が定期的に開催されるイベントでつながる。そこで出会った仲間たちと、また別のイベントに参加する。「ビールがつなぐ和」が好循環を生み出し、そのビールが人々の日常に寄り添う存在になる。今回のよ市に参加してみて、私はそんな流れを想い描かずにはいられない。それを支えている「地域の皆さんを楽しませたい」というスタッフのホスピタリティには感銘を受けるばかりである。
年が明けて、寒中よ市・ジョッキ開きを皮切りに、また新たな1年がスタートする。
今回取り上げたよ市ジョッキ倶楽部を含めて、ベアレン醸造所の取り組みには、これからのビール文化が発展するためのヒントが沢山詰まっているように思う。この先のクラフトビールは、地元のファンをいかにして増やしていくか、地域に根差した活動が益々重要になって行くと考える。その意味でも今後も盛岡に足を運んでは、その魅力を紹介して行きたい。
最後に、同ブルワリーが2014年に発表した、開催にあたっての指針「よ市のお約束」を紹介する。
よ市のお約束
1)笑顔で対応します。
2)掃除をしっかりして、綺麗なよ市にします。
3)元気に挨拶します。
4)新鮮なビールをリーズナブルに提供します。
嶌田 洋一(2015)『つなぐビール』 ポプラ社 より引用
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。