3人の男たちがつくり出すコミュニティブルワリーがまもなく醸造開始【ブルワリーレポート NOMCRAFT Brewing編】
平成18年1月1日、旧吉備町・金屋町・清水町が合併した和歌山県のほぼ中央に位置する有田川町。空海が高野山を開設した時代に高野有田街道が開いたことがはじまりといわれる。町の中央部を高野山に源を発する有田川が流れる人口約26,000人の町にブルワリーが誕生しようとしている。まだ醸造免許が交付されていないため、話を聞くには少し早いかもしれないが、コンセプトが興味深く現地で話を聞いてきた。
目次
有田川町に魅せられた3人の男たちがつくるブルワリー
「NOMCRAFT Brewing(以下、NOMCRAFT)」でビールづくりに関わるのが、ポートランド出身のBen Emrich氏、シカゴ出身のAdam Baran氏、そして愛知出身でPRマネージャーも務める金子巧氏の3人の男たちだ。
有田川町にブルワリープロジェクトを持ち込んだのはBen氏。
「昔、関西に住んでいたときから『日本で何かをしたい』と考えていて、友人であるAdamとお互い好きなクラフトビールに関わることをやろうと話していました。そのときは大阪を考えていましたけど(笑)。有田川町を選んだのは、2016年に大阪の梅田にある阪神百貨店のポートランドフェアがきっかけです。有田川町が出店をしていて接点が生まれました。興味が湧いて調べてみると柑橘系のフルーツが有名な場所でした。ビールは柑橘類と相性がいいのです。それとビールづくりには水が重要ですが、水質を調べてみるととても良いことが分かり、クラフトビールをつくるのに最適な土地だと思いました。地元の高垣酒蔵さん、隣接する湯浅町は醤油発祥の地と、発酵の文化があったことも決め手になりました」。
有田川を気にいったBen氏は、有田川のまちおこし団体のスタッフに連絡を取り、ブルワリーについてプレゼンテーションをした。「そうしたら彼らも気に入ってくれました」という。
元、保育所であるこの場所にブルワリーを構えようとしたのは何故だろうか?
「有田川町のツアーに参加したとき、コミュニティスペースとして活用を検討していた旧田殿保育所(※1)にも連れてきてもらったことです。ケネディー・スクール(※2)にとても似た雰囲気だと思いました」とBen氏は理由を話す。
※1 ブルワリーがある場所。保育所をリノベーションしてビアカフェをはじめとした複合施設として活用をはじめている。
※2 Mcmenaminsという会社が小学校をリノベーションしてレストランやホテル、ブルワリーをつくった。
職人がつくる飲みもので「NOMCRAFT」
「もともと、私がオレゴン州でクラフトビールシーンが人々の間のコミュニティにどう関わっていくのかというツアーをしていて、ブログやFacebookで、ビールやコーヒー、飲みもの全般の記事を書いていました。飲みものと出会ったインスピレーションをうけて、クラフトマンがつくる飲みもの『NOM(飲む)CRAFT(職人)』と、英語で美味しい食べ物を食べるときに出す音『NOM』にもかけて、『美味しい飲みものをクラフトする』という意味で名付けました」とBen氏は名前の由来について教えてくれた。
ブルワリーのコンセプトやビールの特徴について聞いてみると「まずは楽しんで飲んでもらえるビールをつくり、この土地にクラフトビールを根付かせたい」とBen氏。最初は、IPAにフォーカスし、「楽しんでもらう」ことを第一目標に掲げる。「そこから様々なスタイルのビールに関心をもってもらいたい」と、1番大事なことは「飲んだときにリラックスできて、楽しい」気分になってもらいたいという。
田舎町でブルワリーは成立するのか?
気になるのは、クラフトビールとは無縁である有田川町で、地元の人たちに受け入れられるのかということだ。
「この周辺は、農家の方が多いので、今は地域の外からのお客さんが多いですかね(※3)」と金子氏。
※3 隣接するビアカフェ「GOLDEN RIVER」ではクラフトビールの提供をしている。
「今の日本のクラフトビールシーンは、少し前のアメリカと似ています。アメリカでは、私が生まれた翌年(1979年)にホームブリューイングが合法化されました。それまでアメリカでもラガービール主流でしたが、小規模のブルワリーが誕生したことで、クラフトビールが飲まれるようになっていくのを子供の頃からみてきました」とBen氏。
「5~10年前の日本では、モルトが強くボディが重いクラフトビールが多かったイメージで、ドリンカビリティではありませんでした。飲みなれていない人には、はじめはIPAやフルーティーなスタイルが飲みやすいのではないかと考えています」と、最初にホップのアロマやフレーバーで特徴を生み出しやすいIPAにフォーカスしようとした理由を3人は語ってくれた。
ブルワリーが人を集める
「NOMCRAFT」は、有田川町のまちづくりプロジェクトに共感してブルワリーの拠点を構えた。ポートランドでは、町の再生にブルワリーが重要な役割を果たしたと言われているが、なぜなのだろうか?
「約10年前にリーマンショックがあったときに、2人のリポーターが崩壊し、再生した町に取材をすると10個の共通項があったといいます。そのうちの1つがブルワリーだったのです。ポートランドでは、クラフトビールとコミュニティは常に一緒になっています。パブは人々が集まって飲むところですが、大人だけが集まる場所ではなく、子供も一緒に楽しめる場所になっています。なぜブルワリー(パブ)に人が集まるのかというと、私たちで例えるならビールはブルワーがつくりますが、つくるためにはブルワリーが必要です。建設には大工さんをはじめ大勢の人たちが関わってくれます。醸造所が完成しても原料がなければビールはつくれません。原料を育ててくれる農家のみなさん。ここではみかん農家の方から買ったり、譲り受けたりします。このようにブルワリーに関わる人たちがビールを飲んで『これは、この町でできたビールだ』と、人と町をつないでいくのです。自分たちのビールがあることで人が集まってきますし、他の場所で飲んで『美味しい』となれば『そこへいってみよう』と関心をもちます。こうして町に人が集まり、新しい出会いが生まれ、新しい物事がはじまります」とBen氏とAdam氏はブルワリーが果たす役割を教えてくれた。
「まちおこし団体をみても、個人で何かをする方が多く、そういう方たちとつながって新しいことが始められそうな印象があります。有田川町が“新しく面白いことをしている地域”と認識され、興味をもってくれる人が移住してきてくれると嬉しいですね」と金子氏。
「『NOMCRAFT』のビールを飲んで興味をもった人が有田川町のことを調べて名産品であるみかんのことを知ります。そこから『じゃあ、みかんを見に行ってみよう』と現地にきてくれるかもしれません」と、こうした小さなつながりが大事になるとBen氏はいう。
将来は、有田川で採れた野生酵母を使ったビールをつくってみたい
「ブルワリー部分は部屋の解体から始めて、自分たちでできるところはDIYでつくりました。間もなく醸造免許が交付される予定で、順調に行けば5月下旬ごろにビールが出荷できるスケジュールです」と、金子氏が進捗状況を教えてくれた。
まだ先のことを聞くには早いが、将来的にやってみたいことを聞いてみた。
「ここは海が近く、山もあります。こうした地形は野生酵母にとっても環境の良い場所です。私の醸造技術をレベルアップさせて、野生酵母を使ったビールにチャレンジしてみたいですね」とBen氏はいい、「懐かしいビールシーンがあるポートランド出身者とちょっと変わったニュースタイルが生まれてくるシカゴ出身者の私たちだからこそ色々なアイデアが生まれてくると思いますよ」と、Ben氏とAdam氏は展望について楽しそうに話してくれた。
「ビールは、隣接する『GOLDEN RIVER』での提供のほかに東京や大阪への外販もします。最初は樽から外販をはじめ、ボトルは近い将来やっていきたいと思います」とのこと。
彼らの思いが込められたビールが飲める日まで、もう少しだ。そして、飲んで「美味しい」と感じたなら、ぜひ有田川町にも足を運んで彼らと飲みながら色々語り合ってほしい。きっとビールがもっと好きになるから。
◆NOMCRAFT Brewing Data
住所:〒643-0000 和歌山県有田郡有田川町546-1
Homepage:https://nomcraft.beer/
Facebook:https://www.facebook.com/Nomcraft/
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。