自分の信じるビールで邁進(まいしん)し、地域密着を目指すBREWERY【ブルワリーレポート 柿田川ブリューイング株式会社 沼津クラフト編】
クラフトビールへの関心が高まる近年、全国各地で新規ブルワリーの開業が続いている。特に昨年は酒税法の改正もあり、改正前の昨年3月は多くの新しい醸造所が誕生した。都道府県別ブルワリー数第4位である静岡県(※1)もここ数年、急増している地域である。
※1 東京53 神奈川28 北海道22 静岡17 (日本ビアジャーナリスト協会調べ 2019年5月現在)
静岡県沼津市に拠点をかまえる「柿田川ブリューイング株式会社 沼津クラフト(以下、沼津クラフト)」も2018年1月に醸造免許が交付された新しいブルワリーだ。今回のブルワリーレポートは、こちらをご紹介する。
目次
名水百選の水を使ったビールをゆっくりと楽しむのが「沼津クラフト」スタイル
「ロゴに記しているように『SLOW BEER SLOW LIFE』です。人生のようにゆっくり時間をかけて楽しんでほしいという思いを込めています。グビグビ、ガバガバと飲むのではなく、イギリスのパブのように1杯のビターをゆっくりと楽しんでください。私たちのビールは、時間が経っても美味しさが持続するつくりをしています」。
コンセプトについて話すのは代表取締役兼ブリューマスターの片岡哲也氏。彼のビールは、長く美味しく飲んでもらうために約6℃と低めの温度で提供し、12℃くらいの液温になったときに香りが最も立つように心がけている。「たくさん飲んでもらった方が売り上げとして良いんですけどね(笑)」と冗談を交えてながら教えてくれた。
ビールの要となっているのが、環境庁が指定する「名水百選」に選ばれている湧水だ。硬度の平均は1リットルあたり48.0mg~61.0mgと軟水であり、ナトリウムは約0.94mg含まれている。カルシウムも100mlあたり約1.40mgと豊富に含まれていて、水質的に日本人には飲みやすいと言われている(※1)。
※1 日本の名水百選より
ビールのラインナップは、伝統的なスタイルのものが多い。「何かに突出した内容のものよりもバランスが重要だと思っています」。モルトだけ、ホップだけと何かに突出しているキャラクターのビールではなく、「SLOW BEER SLOW LIFE」を体現したビールづくりをしている。
現在は、クリームラガー・千本松ペールエール・バイカモIPA・マージ―サイドESB・ラヴァポーターの5種類が定番ビール。「スタイルもバランスよく揃えました。クリームラガーは地元の方向けにレシピを組んだビールです。軟水の湧水を使うので柔らかさを表現したくクリームラガーにしました。あまり馴染がないかもしれませんが、地元に根付くよう頑なにつくっていこうと思っています」と、地域に愛されるビールを設けている。
将来的にも季節限定としての定番はあるかもしれないが、レギュラーラインナップを増やすことは考えていないという。
イギリス留学で見つけた醸造家という天職
「15~16年前にイギリスに留学をしていて、そのときに色んなビールを知りました。ヨーロッパも巡り『自分の職業はビールだ』と思いました」とブルワーを目指したきっかけを話す。
「まだビールが全然知られていなく、これから伸びるだろうと思いました」。しかし、当時の日本は小規模醸造のブームが下火となりどこも経営が厳しい時期。唯一、ブルワーを募集していた静岡県内のブルワリーに就職し、醸造家の道を歩み始めた。
その後、8年間務め、「もっと自分でやれることがあるのでないか?」という考えが強くなったこと、新規醸造所が増えていくなかオーナーブルワー業態を確立したいという思いから2016年に独立をする。
沼津という地を選んだのは、「海も山もあって自然に恵まれていますし、水質もとても良く、すごく好きな土地なんです。昔からのお客さんや知人が『沼津でビールをつくってよ』という声もありました」。
拠点となるブルワリーの場所も幸運だったという。
「ここはもともと写真屋さんでしたが移転されて、知り合い伝手で3階に住んでいました。1・2階の住民が引っ越すことになり、大家さんから『ここでブルワリーをやらないか』と勧めてくださり、やることにしました。ご縁があってここまでくることができました。発酵・貯酒タンクの奥にある壁や2階の吹き抜け部分も写真屋さんだったときのものです。使える要素はそのままにしています。ブルーハウスに投資がしたかったですし、残したままの方が昔を知っている人も嬉しいんじゃないかと思って手を加えることはしませんでした」。
「1回の仕込みは約600Lです。ビール免許を取得したかったのでこのくらいの醸造規模が必要でした(※2)。ビール免許ですと軽減税率が適用されるので」と小さなサイズで短期間に色々なビールをつくるよりも一度に量を仕込み、作業にかかる時間負担を少なくする方針で行っている。
※2 発泡酒免許も取得している。
目指すは街の日常にあるブルワリー
「1年を振り返るとよくやって来られたなと。でも前職での経験から見通しというのはありましたから焦りというのはなかったです」。
ビール販売から1年が過ぎた。ブリューパブは地域の住民からも支持され「天気が悪いときはパブを閉めることもありますが、近所の方が手伝いに来てくれて人を集めてくれることもあります」と店内の写真からも地域との良好な関係が伺える。
「地元の方からは、バランスの良いビールを心がけていることもあって受け入れてもらいやすかったですね」。沼津には他にも小規模醸造所やビアバーがあり、大手メーカー以外のビールの認知も高いイメージがあるが、そのようなことないという。「こちらの方の気質なのかもしれませんが、横文字のネーミングだとビール会社と認識されにくい。地域の名前が入った方が根付きやすいと感じていて『沼津クラフト』というブランド名を付けました。
取材に同行してくれた同県在住の山口紗佳ビアジャーナリストも「地方のビールイベントを見ていると、クラフトビールに初めて触れる人や特にシニア層は、地名がブルワリーやブランドについていると親しみやすいのか、体感的に売れ行きの初速に違いがある印象を受けます」と話す。
順調に地域住民に受け入れられているが苦労も多い。前職時代を含め、ブルワーという仕事を続けているのにはどんなところに魅力を感じているのだろうか?
「やっぱり自分の味を表現しやすいところでしょうか。それとお客さんの反応をダイレクトに感じられることです。ブルワーは職人だと思っているので、自分がつくったものが残せることも魅力だと思っています」。
自分の思いが形になり、醸造したビールを自分の目の前で反応してくれる。そしてつながりが生まれる。大変なことも多々あるが、改めて魅力的な仕事だと感じた。
「でも、どんな醸造規模でブルワリーを始めるにしてもビジョンが明確になっていないとダメです。ブルワリーをつくるのに大きなお金が必要になりますし、始めたらビールを醸造して売り続けなきゃいけない」。継続かつ安定して運営していくためには、短期・長期でみた明確なビジョンが必要だと強く話す。
あくまでも自分たちのペースで、自分たちのビールをつくり続ける
現在は、醸造所併設のパブと隣接する三島市にある直営店「沼津クラフトビアフィールド」のほか、ビアバーへの外販、パブや市内の酒販店でのボトル販売がある(ネット販売はなし)。
「狭い空間で仕事をしたくないので、1~2基のタンク増設はあるかと思いますが、必要以上にタンクを増やすことは考えていません。年間醸造量60Kl(※3)と地域にもっと根付くことが今の目標です」。年間醸造量については、ブルワーの育成ができれば可能だと話す。
※3 1年目は35Kl程度
「基本的に自分のつくりたいものや好きなビールをつくっていますが、お客さんの要望でこの間はセッションIPAを初めてつくりました。飲んでもらったら反応も良くて。お客さん目線も大事だなと感じたので、リクエストがあれば取り入れていこうと考えています」。
さらに夢として「クラフトジンにも挑戦したいですね。柿田川の湧水を使ったトニックウォーターの会社を設立してジントニックをつくってみたい」と地元の特徴を活かした構想を語る。
生産量を増産して大きなブルワリーを目指すのではなく、自分たちを表現するビールで長く地元に愛されることを目標とするブルワリー「沼津クラフト」。バランスが良く、ゆっくりと時間をかけて楽しめる彼のビールは、人との絆を深めてくれる最高の潤滑油になると思う。
今度はプライベートで訪れて、ゆっくりと過ごしてみたい。
SPECIAL THANKS 山口 紗佳
◆柿田川ブリューイング株式会社 沼津クラフト Data
住所:〒410-0855 静岡県沼津市千本緑町2-8-10
TEL:055-919-6473
Homepage:http://numazucraft.com/
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。