温故「創」新~後編~
こちらは温故「創」新~前編~の続きです。
ランビックの輸入とその後
ベルギービールといえば独特な製法と味わいのランビックを避けて語ることはできない。醸造所に住みついた自然の酵母を使う製法は、古い時代の日本酒造りと共通する点もあった。なかでもカンティヨン・グースは酸味も強く、味わい深いことでも有名だ。社長も初めて飲んだときはその強烈な酸味に、驚かされたが、いずれ世間に受け入れられるようになるだろうという確信めいたものがあったという。というのも、日本には酢を使った酸っぱい料理を味わう文化がある。日本の酸味とは異なるため最初はあまり認知されなかったピクルスが時を経て日本人の舌になじんだように、ランビックを愉しむ日本人の姿が想像できたのだ。しかも、一般的なベルギービールの賞味期限は2年から3年ほどだが、カンティヨン・グースは20年である。初めは誤表記ではないかと思ったというが、無理もない話だ。
今ではベルギービールファンのほとんどがランビックを愛飲し、珍しい銘柄を個人輸入する者もいる。カンティヨン・グースの輸入を決め、ベルギービールバーへ報告を兼ねた営業に行ったとき、大いに感謝されたことはいい思い出となっているのだろう。その話をしたとき、小西社長は懐かしそうに目を細めていた。
日本のビール事情とベルギーのビール文化の違い
ベルギーでは銘柄ごとにグラスがあり、コースターも専用のものがある。ビール一つ一つにストーリーがあり、注ぎ方にもこだわりがある。その際立つ個性に魅了され、推してゆきたいと思ってはみてもなかなか難しいものがあった。30年前の日本といえば、樽生を買えばジョッキは無料でついてきた時代だ。だが、ベルギーのビアグラスは有料である。タダで当然なものに金を払えと言われたとき、飲食店側の抵抗は強固だ。しかし、美味しいものを美味しい状態で飲んでもらうためには、ビールとともにグラスも売ることが必要であった。「ジョッキがあるからビールだけ売ってくれ」という要求を呑むわけにはいかなかった。
飲食店にはビールごとにある専用グラスで来店客に提供してもらう。専用のコースターや注ぎ方、そのビールごとのストーリーや世界観を理解してもらうため、店に何度も足を運び、熱く訴える。美味しいものを美味しい状態で飲んでほしい、それが小西社長の一番の願いだった。
今日のベルギービール人気について
「ベルギーにはクラフトビールはないんですよ。だって、ある意味全てがクラフトビールですからね」
ニコニコしながら、優しい言葉で造り手に対する尊敬の念を口にする小西社長。若く荒々しいビールが時を経て柔らかで豊かな味わいに変化していくすばらしさを多くの人に知ってもらいたいという情熱が、言葉の端々からにじむ。そして、自分自身が進んできた道をいつくしむようにして振り返る。主力商品であるデュベルをリーファーコンテナで輸入するなど決定権者としていくつもの大きな決断をしてきた。エクスポートマネージャーとブルワーとの間に齟齬が生じたことなどもあり、様々な苦労も経てきた。
しかし、ご自身の経験に裏打ちされた自信と決断力が今日のベルギービールの発展の礎ですねと言ったとき、小西社長は即座に否定した。
「大手商社のようにシステマティックに淡々と物流を進めていくのも素晴らしいことだが、それはうちの会社には合わないやり方である。私たちは日本酒の造り手としての矜持をもってベルギーの造り手と手を組んでいきたい。幸いなことに、その志を理解してくれる社員が何人もいたからやってこられた」と。会社の内外を問わず、熱い情熱をもって応援してくれる人がいたからこそだと、感謝の想いを言外に伝えられ、言葉に表せないこれまでの苦労の一端が垣間見えた。
造り酒屋を営む家に生まれ、日本酒造りの知見で日本におけるベルギービールを広めようとしてきた小西社長の姿を目の当たりにして、文化が醸成される瞬間に立ち会っているような気持ちにさせられた。
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