ホームブルーイングは、日本で実現するか? 【日本ホームブルワーズ協会 鈴木成宗会長インタビュー】
現在の日本では、アルコール度数が1%を超える飲料は、無資格者がつくることを禁じています。海外では自宅でアルコール飲料をつくる「自家醸造」を認めている国も多く、クラフトビールの人気が高いアメリカでは、ホームブルワーたちがつくったビールの審査会があるほど自家醸造が日常にあります。日本でも近年、クラフトビールの人気が高まり、自宅でビールをつくってみたいと考える人が増え、SNSで議論になることがあります。そんななか、「伊勢角屋麦酒」の鈴木成宗代表取締役社長が2019年10月1日に「日本ホームブルワーズ協会」を設立。
日本クラフトビール業界を牽引する1人である鈴木氏。彼が何故、自家醸造解禁向けて立ち上がったのか? その思いと課題を聞いてきました。
目次
■優秀な醸造家を育てる環境。海外をみて感じたホームブルーイングの重要性
-:「日本ホームブルワーズ協会」が設立されました。協会をつくった経緯を教えてください。
鈴木会長:海外のビール審査会に審査員として参加していますが、そのなかで日本と海外のクラフトビールを取り巻く環境が大きく異なることを感じてきました。色々な食習慣の違いなど要因はいくつもあるのですが、1番大きな違いが「家庭でビールがつくれるか」ということでした。
-:はい。
鈴木会長:いま、日本のクラフトビールは話題にはなっています。でも、国内ビール市場の1%程度しか占めていません。人口の違いはありますが、アメリカは物量ベースで10%を越え、金額ベースでは20%に迫る勢いです。日本よりも後にクラフトビールブームが起こったイタリアやフランスでも瞬く間にブルワリーの数は日本を越え、はるかに大きなムーブになっています。海外と比較しますと日本は市民権を得るスピードが遅いです。その原因の1つにホームブルーイングの可否があると考えています。なぜ、そう思うのかというと海外の有名ブルワリーの醸造家は自家醸造を経験している人が多いです。自分の趣味としてビールづくりに触れてプロ(※1)になっています。これはスターが生まれやすい環境だと思います。
※1 ここでは商売としてビールを醸造する人と設定します。
-:なるほど。
鈴木会長:プロとしてビールづくりをする場合、経営のことを考えなければいけませんからマーケットの声が大切になります。そこに合ったビールでないと売れません。しかし、ホームブルワーは、自分がつくりたいものを素直につくり続ければいい。個人のキャラクターが表れたビールが明確につくれます。そこで名を馳せた人は、その段階でスターであって、野球で例えるならプロ野球選手になる前の実力のある高校球児のような感じです。
-:音楽の世界にも通ずるものがありそうです。
鈴木会長:それと今年の夏に著書(※2)を出版して気がついたのですが、出版社から本を出そうとすると初版で5,000部~10,000部を刷らないと商売になりません。アメリカには約110万のホームブルワーがいるので、1%の人が購入してくれれば成立します。しかし、日本には醸造家向けの本を出版してもホームブルーイングができませんから、いま国内にある醸造所約400程度の数しか売れません。これでは出版市場が成立しません。アメリカならばホームブルワーという巨大な市場があるだけで、本の出版も可能になります。出版という視点からみても日本のビール市場が拡大していかないのは自家醸造ができないからじゃないかなという気がしています。
※2 「発酵野郎! 世界一のビールを野生酵母でつくる」新潮社
-:確かに趣味として市民権を得ているジャンルは、出版されている書籍も多いです。
鈴木会長:このような話を色々なところでしていたら、周りの人たちから「鈴木さん、ホームブルーイング解禁に動いてください」という声をいただくようになり、立ち上げることにしました。
-:構想はいつごろからあったのですか?
鈴木会長:かなり前から実現できたらという思いはありました。協会をつくろうと思って、立ち上げるまでは1ヶ月もかかっていません。
-:すごい行動力です。現在は、どのような活動を始めていますか?
鈴木会長:すでに関係各所と水面下で話し合いは行っています。
■本気で取り組んでもらえるところなら日本全国どこでもかまわない
-:ホームページに「健全な発展」という記載があります。具体的にどのような形をお考えでしょうか?
鈴木会長:2つあります。1つは酒税法との整合性をつけたうえでの業界の発展です。国税庁の方とお話をして初めて分かったのですが、特区というのはあくまで規制の緩和です。一方で酒税法は制度です。特区をつくったからといって酒税がなくなるわけではありません。今の時点では、優遇制度はあるかもしれませんが、ホームブルワーといえ、何しからの酒税は納める必要があります。もう1つがアメリカのビール審査会の一部では、ホームブルワーの競争が1番激しいと言われています。お互いが競い合い、意見交換をし合うことで、日本のアルコール飲料業界に貢献して盛りあげる文化の発展を考えています。
-:以前、ポートランドを取材したときにホームブルワーのコンペティションがあって、競争がすごいという話を聞きました。そうした競争があるから個々の能力もあがっていくのでしょうね。
鈴木会長:自分でビールをつくることで、より関心を持ってもらえるようになりますね。
-:知らない人がビール醸造を身近に感じられるようになります。
鈴木会長:体験してもらえば、面白さも難しさも知ってもらえると思います。そうなることで、マーケットの厚みも増すと思います。はじめのうちは不必要な菌が入って、コンタミネーション(汚染)を起こしてしまいますよ。そうした失敗を通じて「どうしたら美味しいビールがつくれるんだろう」と考えながら楽しんでつくってほしいです。
-:コンタミネーションしてしまうと身体への影響も心配なのですが……。
鈴木会長:ビールはアルコール度数が5%程度あって、ホップの抗菌作用もある飲料です。有害な菌は増殖できない環境にあります。重篤な身体への影響が発生する可能性はかなり低いです。そうした部分でも安心して取り組めると考えています。
-:なるほど。ホームブルーイングを可能にするための形として「特区」の設置を掲げられています。場所はお考えですか?
鈴木会長:どの地域でも歓迎します。この話を公にしてから「伊勢に特区を持っていきたいと思っているんでしょ」と言われることもあったのですが、伊勢市には以前から働きかけをしています。しかし、日本の会として立ち上げた以上、地元を特別扱いするつもりはありません。本気で取り組んでいただける自治体があれば北海道でも沖縄でも一緒にやりたいです。
-:場所は問わないと。
鈴木会長:はい。どこかのタイミングで、きちんと自治体の方々に集まっていただいて意見交換をする場を設けようと思います。すでに「やりたい」と声をあげているところもあります。特区は1箇所だけにする必要もないので、複数で認可されて始めたいです。そのほうが相乗効果も期待できるでしょう。
−:確かに複数の方がいろいろな成果が生まれそうです。
鈴木会長:何かきっかけを探している自治体にとって、ホームブルーイングは話題になるものだと思います。これはいいプロモーションになりますし、ビール業界はもちろんですが、日本全国の様々な業界の人から注目を集める場所になりますよ。
-:確かに注目されると思います。国も税収が増えるのならメリットがあるようにも思えます。
鈴木会長:あると思いますよ。ただそれは私たちの役割ではないのかなと。でも、それもセットに提案した方が通りやすいのかなと思います。
■様々な職種の人が集まることで、新たなコミュニティが広がる
-:ホームブルーイング特区ができると、その他に期待できる効果は何かあるのでしょうか?
鈴木会長:地域に人が集まってくることで、人とのつながりが生まれて様々な相乗効果が期待できます。特区にはそういう面白さがあります。全国で規制緩和されるのがクラフトビール業界から見たら理想ですが、特区には特区の良さがあります。
−:人が集まることによって、いろいろな職種の人も集まり、コミュニティができますね。
鈴木会長:その可能性もありますね。町にとってもそういう人たちをうまく使える熱意ある自治体と手を組んでいきたいですね。
−:現在の課題はなんでしょうか?
鈴木会長:関係各所にどういった形で提案するのかを決めないといけません。それが実際にホームブルーイングをやりたいと思っている人たちの意向に合っているか。特区をやりたい自治体との意向に合うかを確認する必要があります。まずはみんなが議論し合える場を設けるところですね。それを決めて、来年早々にはホームブルーイング特区をやりたいという自治体の方たちと関係各所に行って、お話を伺いたいですね。
−:自家醸造をする人たちの決まり事も必要になってきますね。
鈴木会長:そうした議論も必要ですね。そのうえで何が現実的なのかを行政に提案していきます。
−:話し合う場としてアイデアはありますか?
鈴木会長:掲示板を作ろうと思っています。日本ホームブルワーズ協会の掲示板を検討しています。日本ホームブルワーズ協会の会員になった方が意見を交換できる場を制作中です。
−:ホームブルーイングをやりたい方たちも色々なアイデアを持っていると思います。
鈴木会長:あると思います。
-:これはどうしたらクリアできそうですか。
鈴木会長:やっぱり丁寧に所轄官庁とすり合わせをすること、自家醸造を「やりたい」という声が国内にたくさんあることを伝えることだと思います。ですから皆さんの声を多く集めたいんです。
-:そのほかにはありますか?
鈴木会長:あとは実現しても原材料を少量で手に入れることが難しい現状があります。モルト1種類を購入するにしても1袋25kg。これはホームブルワーにとって多過ぎます。これは「伊勢角屋麦酒」が小分けにする作業をして販売を担当しても良いかなと考えています。商売にはならないですけどね(笑)。
−:自家醸造が認められていない日本では、原材料を小規模で販売するシステムはありません。そうしたら販売網の構築も必要になりますね。
■審査会に試飲会。実現後もレベルアップのために取り組む課題は多い
−:まだ先の話になりますが、ホームブルーイングが実現した場合、日本のつくり手のレベルアップに必要な事は何でしょうか?
鈴木会長:何点かあると思います。1つ目がホームブルワーを集めて、評価する審査会の開催です。つくったビールの評価を受けることで、自分のレベルを客観的に判断することができます。2つ目はつくったビールの試飲会です。みんなで飲み合うことで、意見が交わされ、スキルアップになります。
−:大会や意見交換できる場はレベルアップには欠かせないと思います。
鈴木会長:「International Beer Cup」のように国内で行う審査会もありますから、ビアジャッジに審査してもらえばホームブルーイング版もできると思います。
−:なるほど。優秀なビールをつくる人は、スカウトもあるかもしれません。
鈴木会長:あると思いますよ。
-:最後にビールファンに向けてメッセージをお願いします。
鈴木会長:ホームブルーイングを実現させようと思っているのは、日本のクラフトビール業界をより開かれたものにしていきたいという思いからです。「日本ホームブルワーズ協会」のホームページでは会員を募っています。ぜひご支援ください。
◆日本ホームブルワーズ協会 Data
住所:三重県伊勢市下野町567-14 伊勢角屋麦酒 内
電話:0596-63-6515
Homepage:https://www.japan-homebrewers.com/
Facebook:https://www.facebook.com/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%
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E-mail:japan.homebrewers@gmail.com
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