飲み手の大切な時間を彩り、心を満たすビール【ビール誕生秘話9本目 GARGERY編】
イギリスの古典小説「大いなる遺産」(作:チャールズ・ディケンズ)に登場する心優しい鍛冶職人「Joe Gargery」から名付けられた飲食店限定ビールブランド「GARGERY」をご存じだろうか? 2002年に創業した「株式会社ビアスタイル21(以下、ビアスタイル21)」が企画・販売をしていて、今年で19年目となる。以前からブランドへの思いに関心があり、マーケティング・事業開発執行責任者である別所弘章取締役にお話を伺ってみることにした。
目次
■飲む人の生活や人生を演出する名脇役として長く愛されるビールを創りたい
「キリンビール株式会社(以下、キリンビール)」。ここが「GARGERY」が生まれた場所だ。
2001年、「キリンビールの名を冠さず、新しいビジネスモデルのビール事業を企画する」という主旨のプロジェクトが立ち上がる。社内でメンバーが公募され、数十名の応募のなかから現在も代表を務めている佐々木正幸氏と、今回お話を聞いた別所弘章氏の2人が選ばれた。その後さらに2名を公募で追加。合計4名で商品開発を行い、マーケティング等の詳細な計画を練り上げ、2002年7月25日に社内ベンチャー的な位置づけで「ビアスタイル21」は設立された(※1)。
※1 その後、2007年10月1日をもってキリンビールとの資本関係を完全に解消しています。
当時は大手ビールメーカーの市場では発泡酒人気による価格競争の激化が進む一方で地ビールブームは終息し、小規模ビール事業にとっては厳しい環境だった。
「そんな中でも、ワインや日本酒、焼酎、モルトウイスキーについて一定の知識をもって楽しむ人や、ビールも一部の地ビール、ベルギービールなど消費者の嗜好性は着実に高まりを感じていました」
「ビール業界の真ん中にいながら乖離感を感じていた」という彼らは、お酒が大好きなものたちが使命をもってやるべきことは何なのかを徹底的に話し合った。
「アンチテーゼだけでは人を惹きつけることはできません。既存のビール業界を否定するのではなく、新しい価値を創る必要がありました。ビールが本来もっている可能性を引き出し、さらに他にはない魅力を加える。飲んでいただいた人たちの生活や人生を演出する名脇役として長く愛されるビールをつくりたいと思いました」
1番売れるビールではなく、1番愛されるビールを目指す。その答えが「GARGERY」だった。
■黒ビールに見出した新しい価値の創造
新しい価値を創造するために彼らが最初につくったのは「GARGERY STOUT(以下、STOUT)」。一般的には黒系のビールは「売れない」と言われるなか、なぜスタウトにフォーカスしたのだろうか。
「よほどのビール好きじゃないと手に取らない『黒ビール』ですが、普段はワインやカクテルを飲み、美味しいものに目がない舌の肥えた30~40代の女性が、個性的で洒落たグラスで新しいアルコール飲料として『STOUT』を飲むというシーンを妄想したからです」と冗談を交えて話すが、新たな価値を生み出す可能性がスタウトにはあると確信があったという。
「コーヒーで言うならばアメリカンコーヒーをブラックで飲むのは苦手だけれど、濃いエスプレッソコーヒーに砂糖をたっぷり入れて飲むのは好き。挽き立ての豆で丁寧に入れられて、豊かな香りと雑味がない。それを素敵なカップで、おしゃれで落ち着く空間で、ゆっくりくつろぎながら飲むイメージでしょうか」
最初に出す商品は、ブランドコンセプトを最も体現し、インパクトを強く残す必要がある。大手ビールメーカーの定番銘柄であるピルスナーとは正反対の黒色で苦くて甘く濃い味。しかし、飲みやすく飽きないビール1つで勝負することで、ブランドコンセプトをしっかり伝え、目指すイメージを創り出すことにした。
その実現のために醸造から販売方法までこだわった。
「『STOUT』は、発酵・熟成に100日以上の時間をかけます。個性あるビールだからこそ、他には真似できない最高のコンディションで飲んでほしいと考え、飲食店からご注文をいただいた数だけを毎日樽に詰めて冷蔵便で翌日お届けしています」
ロースト麦芽の香ばしさとエール酵母由来の甘いエステル香に、芳醇な赤ワインやエスプレッソを思わせる柔らかい甘味と上品な苦味のバランスが取れた味わい。温度変化による香味の移り変わりを存分に楽しんでもらうため、受注分だけ樽へ移してチルド輸送で翌日届けることを徹底している。
■「GARGERY STOUT」の価値も同時に引き上げる「GARGERY ESTELLA」の登場
強い信念をもってスタートした「GARGERY」。ビアパブやビアレストランよりもオーセンティックバーやレストランを中心に展開していく。
だが、大きな壁が待ち構えていた。
「そのようなお店では樽詰ビールは大抵1種類しか置くことができません。その1つを『黒ビール』にするのは勇気がいることでした。『STOUT』は、2番目、3番目のビールのイメージが強く、そこまでたどり着かない人もいます。結果としてビール1樽の消費に時間がかかり品質を保てないため、取り扱いを継続できないお店が多く存在しました」
こだわりをもった高品質のビールでもお店にとってメリットがなければ取り扱いは継続されない。どうしたら継続して取り扱ってもらえるのか? 様々な議論を重ね、「『GARGERY』もお店のメインビールになる商品が必要」という結論に至る。メインビールを提供できるようになれば「GARGERY」の存在感も高まり、それに伴い「STOUT」も扱いやすくなるだろうと考えた。
そこで目指したのが「お客様の『生ビール』というシンプルなオーダーに黙って出しても受け入れられて、一口飲めば普通とは違うことがはっきりと分かる。そして、『STOUT』と並び立つ魅力的なビール」。それが2004年に発売を開始した「GARGERY ESTELLA(以下、ESTELLA)」だった。
メインビールとして受け入れられ、飲めば違いがわかるビールを実現するため、「ESTELLA」はエール酵母で上面発酵をさせた後に長期低温熟成という手法を取ることにした。
「一般論として、エールビールは上面発酵酵母で醸造し、20℃程度で発酵が行われます。そして比較的短い熟成期間を経て製品になります。高温発酵による華やかさがある反面、どちらかというと“もったりとした”ボディ感が特徴です。一方、ラガービールは、下面発酵酵母により醸造し、10~12℃程度の低温で発酵を行います。そして0℃近い低温で一定期間熟成されます。代表格であるピルスナーをはじめ、“スッキリ”とした後味が特徴です。『ESTELLA』は、エール酵母による高温発酵でフルーティーな華やかさを付与し、ピルスナーよりも長い間の低温熟成をすることで、高いレベルで調和の取れた香味のバランスをつくり出すとともに、スッキリした飲みやすさも実現させました」。
大手ビールメーカーのピルスナーよりも長い60日以上を基準として熟成をさせる。こうすることで、「低めの温度では飲みやすさが際立ち、温度が高くなるに従い華やかな香味が起き上がります」といい、「STOUT」と同様の方法で飲食店へ提供した。
この目論見どおり、和食、イタリアン、フレンチ、オーセンティックバーと、多様なお店のメインビールとして広がっていった。
■最高のコンディションで提供する信念から生まれた瓶商品
その後、「GARGERY」は2009年までの6年半の間、この2種の樽商品のみで展開していくが、試練は続いた。
「ビールの味わいは好評でしたが、お店のスペースでビールサーバーが置けなかったり、樽を開栓してから空くまでに時間がかかり過ぎて香味が落ちてしまったりして取り扱えないケースが多くありました」
一般的なビールよりも価格が数割高く、知名度の低いビールを、品質維持が可能な販売力をもつお店にしか展開できないハードルの高さが大きな障害となった。
「『GARGERY』のポリシーを守りながら、どうやってこのハードルを乗り越えるか?」。自問していくなかで、彼らがたどり着いた答えは「瓶内熟成」だった。
「通常、ビールは瓶でも缶でも樽でも、程度に差はありますが容器に詰めたときから酸化がはじまります。これは香味の劣化を意味します。この酸化を防ぐには、容器内に酸素を入れないか容器内の酸素を除去することしかありません。このうち、容器内に酸素を入れずに詰めることは事実上不可能です。劣化を防ぐには、容器内の酸素を除去するしかありません。酵母を一緒に瓶詰めすることで、多少の酸素が消費されて酸化が抑制されるわけです。樽商品は、タンク内で長い熟成期間を設けていますが、これを瓶内で実現させたのが『GARGERY Wheat』『GARGERY Xale』『GARGERY BLACK(以下、BLACK)』の3商品でした」
「STOUT」と「BLACK」は、同じスタウトなのだがレシピを変えている。ここにも飲む人に最高の時間を体験してもらうためのこだわりがある。
「樽商品は、店舗へ届いた後に早々に消費されることを前提としています。一方、瓶商品は、瓶詰の後60日以上熟成させてから飲食店へ届け、そこから1年、2年と熟成させる可能性も含めてレシピ設計をしています。商品開発のスタート地点から異なるので、樽商品と瓶商品で商品名が違うのです。具体的に何が違うのかというとホップの使い方を変えています。『STOUT』にはアロマタイプと呼ばれる香り重視のホップを中心に使っていますが、『BLACK』では苦味重視のビタータイプのホップを100%使用しています。これはホップの使用量が多いと、長期瓶内熟成をしている間に、意図しない余計な香味の変化が起こりやすくなると考えたからです。そのため、同じ苦味を付ける際に使用量を減らせるビタータイプのホップを選んでいます」
瓶商品の展開は、瓶商品であることの理由をきちんと求めた結果であり、鮮度・コンディションにこだわり展開をしている「GARGERY」のポリシーを守りながらブランドの価値をさらに高めることが可能となった。
■他にないグラスで提供することで、特別な時間を過ごしてほしい
ここまでは「GARGERY」の成り立ちやビールについて書いてきたが、このブランドを伝えるうえで欠かせないものに専用グラス「リュトン」がある。
古代の酒器、角杯をモチーフにして、側面にはルーン文字で「GARGERY」を表現したデザイン。単独では立てることのできない角杯とそれを受け止める台座は、店内の華やかな存在になっている。
この特徴的なグラスは、どのようにして生まれたのだろうか。
「事業計画の段階で、『GARGERY』を魅力的なものにするために、特別なオリジナルグラスが必要だと考えてデザイナーの太田益美さんに依頼をしました。いざ、このデザイン案を見て、飲食店でビールを提供する容器として実用性があるのか不安になりました。そもそも作れるのかって」
しかし、プロジェクトメンバーの一人として太田氏に入ってもらい話し合いを重ねる中で、酒器の元型である角杯に辿り着いたこのアイデアは、別所氏たちの心を強く掴んで離さなかった。
「お店でしか飲めない美味しいビールを、お店でしか出逢えない個性豊かなグラスで飲む。お客様に素敵な時間を楽しんでいただいて『GARGERY』を覚えていただく。その使命を『リュトン』に託しています」
「GARGERY」は人の心の一番大事なところに寄り添い、飲み手は最後にはここに戻って来る、そんな存在でありたいと思っているブランドである。通常のグラスにはない台座に戻す動作は、「自分の心の深い部分に戻っていくと見立て、大切なものを壊さないように扱う優しい心をもってほしい」という願いを込めている。
ちなみにグラスを穴に戻せないほど深酔いしないようにという酒飲みへの戒めもあるそうだ。
「リュトン」は、お店の人とお客様のコミュニケーションのきっかけとして重宝され、「GARGERY」の極めて大切なブランド要素になっている。
■個性的なビール・提供されるサービスと空間・鮮度。これを実現できる場が飲食店だった
冒頭にあるように「GARGERY」は、飲食店限定で展開をしている。それには2つの理由がある。
「1つが新しいブランドをつくること。これには社名にもなっているビールの新しいスタイルをつくることです。新しいビアスタイルをつくる意味もありますが、それ以上に飲む側に新しいスタイルを提供する意味を持たせています。社名の英語表記は「beerStyle21 Inc.」になっていて、beerは小文字だけ、Styleは大文字を使っています」
これは当時、日本で展開を始めた「スターバックスコーヒー」の、コーヒーをただ売るのではなく、カフェラテの飲み方やスタイリッシュな空間とそこで過ごす時間という抽象的要素も含めてブランド化していること、小さなブームになっていたベルギービールがもつ個性的な味わいや個々の銘柄がそれぞれ個性的な形状・デザインのグラスで提供されていることからヒントを受けたことが活かされている。
「個性的なビール、印象的なグラス、スタイリッシュで上質な空間と時間を併せもったものというイメージが固まり、お客様に愛される上質な食事、空間、サービスを提供する飲食店にだけ存在するビールというアイデアに行き着きました」
「もう1つは、代表の佐々木が強く意識した鮮度です。瓶商品についてお話した通り、ビールは容器に詰めたときから酸化がはじまり、香味が劣化していきます。『1日でも早く飲んだ方が本来の香味を味わえる』。この基本の信念が受注数だけ樽にビールを詰めて、翌日にお店に届ける方針となりました」
この受注分だけ樽にビールを詰めることは、「飲食店を舞台にしたブランドづくりと極めて相性が良かった」という。
「日本でピルスナー以外のビールが定着しない要因の1つは、ビールの鮮度と重要な関係があると考えました。『クラフトビール』という言葉がない時代に、メーカー在庫、卸売店在庫、小売店在庫を経て飲食店や消費者に届くまでの時間を考えると、売れ筋の銘柄に比べて無名の「黒ビール」は間違いなく回転が悪く、劣化が進みます。コンディションの悪いビールを飲んだら『美味しくない。やっぱりいつものビールがいい』となります。ここで発想の転換をして、「黒ビール」こそ鮮度の高いものを飲んでもらい、その個性的な味わいの良さに気づいてもらうべきだ。そして、その品質をしっかり管理できて、飲み手に説明できる良き提供者に直接渡す、ということを考えたのです」
個性的なビール。提供されるサービスと空間。そして、鮮度。ブランドづくりと品質へのこだわりに最もマッチングしたのが飲食店限定販売だったのだ。
■GARGERYはクラフトビールなのか?
ここからは、本来のテーマから脱線してしまうのだが、「GARGERY」の立ち位置について聞いてみた。
「『どんなビールなのか?』なのかという問いには、聞き手の背景によって様々な答え方があると思います。ブランドマークはケルト神話のなかの鍛冶神ゴブヌをデザインしているので、職人的なイメージをブランドに取り込んでいますし、小規模醸造所でつくっているのでクラフトビールという答えで満足されるのであれば、私たちは問題ありません(※1)。ただ、落ち着かない感じはありますね。というのも、事実はどうあれ、どこか『クラフト』という言葉をつけるだけで美味しそうに感じるイメージを利用しているようで、どうもすっきりしないんです。もちろんレシピや製法があってのことですが、私たちが重要視しているのはコンディション。そこには『手作り』だからという要素はありません。お客様が実際に召し上がって幸せな時間を過ごしていただくことが重要で、『飲食店だけでしか飲めない、美味しいビールですよ』と最高の優しい笑顔でお店の方に伝えてもらえればそれで良いと思っています」
※1 醸造はエチゴビールと業務委託契約を結び、行っている。レシピや原材料の選定はビアスタイル21が行っている。
彼らが大事にしているのは、商品だけではなく、飲み手に寄り添う空間と時間。中心にあるのは、「飲み手のストーリー」と話す。「また、あのお店で、あの面白い形のグラスのビールを一緒に飲みたいね」という素敵な記憶の一部になりたいと願っている。
■新しい世代への継承や販売環境への適応。難題を乗り越え飲み手に価値を提供し続ける
最後にこれからのことを聞いてみた。
「味もいいし、デザインもいい。クラフトビールの人気も高くなっているので、小売店やオンラインショップで販路を広げればいいじゃないかというご意見や、新商品は出さないのかという期待の声もいただきます。ビジネスとして成り立たせることが前提ですが、目先の利益よりも長期的に続けることを意識しています。お客様の人生に寄り添う存在でありたいという想いを持ったブランドですので、5年後も10年後も、さらにその先も、飲み手の大切な場所で待っているスタンスを大事にしていきたいと思っています」
「続けるためには、続けるための変化も必要です。今年で代表の佐々木は60歳。私も54歳になります。近い将来、新しい世代に託す時が来ますし、東日本大震災や新型コロナウイルスの感染拡大のように思いもよらぬ困難に対応していく必要もあるでしょう。とても大きな課題ですが、やりがいのあることだと思っています。あとはSNSでの情報発信が当たり前の時代になりましたから、表現とコミュニケーションは新しくしていかないといけないですね」
目先の売り上げよりも飲み手の大切な場所にあるビール。この姿勢を変えることなく継続していく。そのために何を変えていくのだろうか。
いまは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により飲食店の営業は非常に厳しい状況にある。まだ「GARGERY」の飲んだことがない人、その世界観を体験してみたい人は、ぜひこの事態が終息したらお店に足を運んでみてほしい。
◆GARGERY Data
販売元:株式会社ビアスタイル21
住所:東京都港区赤坂4-1-33 赤坂中西ビル8F
お問い合わせ:beer-info@beerstyle21.co.jp
Homepage:https://www.gargery.com/
Facebook:https://www.facebook.com/GARGERY
Twitter:https://twitter.com/GARGERY_BEER/
Instagram:https://www.instagram.com/gargery_beer_japan/
※画像はすべて株式会社ビアスタイル21より提供
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