[コラム]2020.8.5

国産ソラチエース生産量拡大には、サッポロビール流国産ホップ農家活性化計画があった

2020年6月30日、サッポロビール株式会社(以下、サッポロビール)は、「サッポロSORACHI1984(以下、SORACHI1984)」における国産ソラチエースの使用量アップを目指した国産ソラチエース生産量の拡大に向けた取り組みを発表した。

以前にもお伝えした通り、現在の「SORACHI1984」に使われているソラチエースの多くはアメリカ産だ。今年4月のリニューアルで国産の比率を上げたが、純国産には至っていない。

今なぜ、このタイミングでサッポロビールはソラチエースの国内生産量拡大に舵を切ったのか。その思いを「SORACHI1984」ブリューイングデザイナーである新井健司氏に話を聞いてみた。

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もっと日本の人に気軽に飲んでもらえるホップにしたい! 5年の月日をかけて誕生した「SORACHI1984」

最初に「SORACHI1984」の誕生ストーリーをご存じでない方もいると思うので、簡単に説明をさせていただく。

ソラチエースが品種登録されたのは1984年9月5日。空知郡上富良野町で生まれたホップということ、将来サッポロビールのエースとなるホップになってほしい思いを込めて名付けられた。ちなみに商品名の1984は誕生年から取られている。

ソラチエースの品種登録証。【「このビールは、世界を変えるかもしれない。」MOVIEより】

香りが強く、苦味成分の高いホップを目指して開発されたソラチエース。しかし、当時の日本のビールに求められていたのはスッキリした喉ごし。今のように香りを楽しむ風潮はなく、ソラチエースが使われることはなかった。その後、同社のフィールドマンによりアメリカへ渡るも状況は変わらなかった。転機が訪れたのは2002年。1人のホップ農家がソラチエースに魅せられ、アメリカのクラフトビール界に売り込んだところ「ビールの完成度が1段階上がる」と評判になり注目が集まり、その後、人気は世界へ広まっていった。

ソラチエースを見い出したダレン・ガメシュ氏(右)とブリューイングデザイナー新井健司氏(左)【「このビールは、世界を変えるかもしれない。」MOVIEより】

新井氏がソラチエースの名前を知ったのは、2013年にドイツ留学時。海外の醸造家から「サッポロビールにはソラチエースという素晴らしいホップがあるね」と言われて存在を知った。話を聞くうちに「日本生まれのものが海外で流行るということは、これはいいホップなのだろうなと思いました。だったら、もっと日本の人に気軽に飲んでもらいたいと考えるようになりました」と当時を振り返る。

2015年に日本へ帰国後、商品開発に携わる立場になり、ソラチエースを使った商品「伝説のSORACHIACE」を開発。その後、「伝説のホップ ソラチエース」を経て、2019年4月に「SORACHI1984」を発売して現在に至っている。

新井氏が初めてソラチエースを形にしたビール「伝説のSORACHIACE」(左)と初めて日本産ソラチエース100%で造った「伝説のホップ ソラチエース」(右)。【画像提供/サッポロビール】

日本で生まれたホップだからこそ日本で育ったソラチエースで造りたい

冒頭にも記したが、いま「SORACHI1984」に使用しているソラチエースの多くはアメリカ産だ。

「日本で生まれたホップを使ったビールなのに、実際に使っている多くは海外のもの。国産をアピールするにはまだまだです」

今回の生産量拡大まで、サッポロビールと協働契約する農家での栽培は行われていなかった。「SORACHI1984」が発売されてソラチエースをアピールすることができるようになったが、発売時にはまだ国産ソラチエースの商用栽培が実現していなかったため、生産量が少なく、結果として国産ホップのアピールには繋がっていなかった。

だったらもっと前から日本国内でソラチエースの栽培をはじめて対応すればよかったのではないかと思われるかもしれないが、「SORACHI1984」は一般的なナショナルブランドのビールと比べると良くも悪くも個性的であり、少しずつ市場に浸透させていくという方針であったため、需要と供給のバランスをみるまでは、栽培量を増やすことは難しかった。

左が2019年に発売された「SORACHI1984」。右が今年リニューアルした「SORACHI1984」。【画像提供/サッポロビール】

ジャパニーズホップを世間にアピールをしていくためには、日本国内で生産されたソラチエースを使う必要がある。生産量の増大を実現するため、新井氏たちは発売から地道にPRを続けて少しずつファンを広げてきた。また、延期になってしまったが東京オリンピックも影響した。「もう1度世界で活躍しているホップをお客様に提案できるチャンスとして世界中が日本に注目するオリンピックは絶好のタイミングだった」と開催が後押しになった。

こうした要因が重なり次のステージに向かうための目途が立ったことで協働契約農家での栽培を開始。悲願である国産ソラチエース100%の実現に向けて1歩を歩み出した。

日本のホップ産業を一緒に盛り立てたい

実は、この生産量拡大にはもう1つのテーマがある。

それは「日本のホップ産業の活性化」。

全盛期と比較すると日本国内の生産量は1/10未満にまで縮小。栽培する農家の数はもっと少なくなっている。

「第二次世界大戦後のビールの需要を支えてきたのは、間違いなく日本のホップ農家です。今は、ほとんどが外国産に代わってしまいました。このままでは日本のホップ農家は消滅してしまいます。それは日本のビール史の一部が途切れることになります。そうならないためにも日本国内のホップの魅力を上げていきたい」

年々、縮小しているホップ産業。近年はクラフトビール人気の高まりからホップ栽培をはじめる人たちも現れてきているが、風向きが変わる状況にはなっていない。サッポロビールでも北海道で協働契約をしている農家は4軒しかない(※)。

この現状を変えるきっかけとして、世界的に知名度があり、オリジナルの物語があるソラチエースを使った「SORACHI1984」は、日本のホップ農家の現状を知ってもらうには適役だと考えた。

※ 北海道でも上富良野町にしか商用のホップ栽培をする農家はいない。そのうちの1軒が今回ソラチエースを育てる。

さらにサッポロビールは、昨年末に「大地と、ともに、原点から、笑顔づくりを。」をスローガンにサステナビリティ経営方針というものを打ち出している。畑から美味しいビールを造るという思いを栽培する農家と一緒に盛り立て、2022年には、これまでの4.5倍となる450㎏の収穫量を目指す。

今回の改植の様子【画像提供/サッポロビール】

思いが繋がっていくソラチエースの栽培

今回の取り組みで栽培をはじめる上富良野町の関係者はどのように思っているのだろうか。新井氏を通じて聞いてみた。

「皆さん、喜んでくれていますね。元サッポロビール取締役の研究開発部長である森義忠さんは、『自分が開発に着手して、総指揮したホップが、長い月日を経て生まれた上富良野の地で育てられていくことに本当に感謝の気持ちしかありません』と仰っていました。

それと今回、生産量を増やしていくに際して、昨年9月から苗を試験管レベルから育て、改植する800苗を手作業で害虫駆除してくださった弊社の原料開発研究所北海道原料研究センターの鯉江弘一朗さんは、『この仕事が自分のなかで今年1番大きい仕事だと思ってやりました』ということを聞いて、そこまで大事に育ててくれたことに改めてたくさんの人の思いが繋がっていると思いました」

改植前のソラチエースの苗

苗を改植してソラチエースの栽培をはじめるホップ農家の佐藤秀幸さんは、改植作業時にマスコミが取り上げるほど大きな出来事とは捉えていなかったので、「とても驚いた」そうだ。

「農家さんもフォーカスされて、モチベーションを上げることができたかなと思っています。一生懸命育ててくれたホップについて私たちが栽培の方法や将来のことなどをお客様に伝えて、一緒に成長していけるのが理想だと思っています」

ソラチエースの生産量拡大はホップ農家の未来にも繋がる重要なミッションなのだ。

改植に際し、苗を育てたサッポロビール原料開発研究所北海道原料研究センターの鯉江弘一朗氏。【画像提供/サッポロビール】

ソラチエースの日本での知名度が上がるには何が必要か

日本産ソラチエース100%の「SORACHI1984」の実現にむけて動き出したサッポロビール。日本国内での知名度を高めていくために、どんなことがこれから重要になってくるのだろうか。

「栽培量を増やすことよりもソラチエースを使ってくれるブルワーさんが多くなることですね。むやみに栽培する量を増やしても使ってくれる人たちがいなければ意味がありません。ブルワーさんが造りたいビールの原料にソラチエースが入るようになるのが理想です」

そのために、まず「SORACHI1984」を通じて、ソラチエースが魅力的なホップであることを知ってもらう必要がある。使用するブルワーが増えることで、飲み手にその存在が伝わる可能性が広がっていく。

ソラチエースの認知度が高くなっていった先には、サッポロビールがまだ世に出していない魅力的なホップで飲み手を楽しませたい構想もあると新井氏はいう。

「まだ見ぬホップたちがソラチエースのように海外で人気になったら面白いなと想像しています。ホップでビールを選ぶということを言ってきていますが、その日が早く来てほしいですね。そうなったら日本のビールはもう1段階レベルが上がったビールの楽しみ方ができると思います」

ただ、新品種をアピールするのではなく、研究者、協働契約農家がホップに込めた思いをのせて飲み手へ届けたい。その先に新しい世界が開けるとサッポロビールは信じている。

その第一歩が国産ソラチエースの生産量拡大だ。これからどのように国産ホップを伝え広めていくのか。大いに注目していてほしい。

国産ソラチエースの生産量拡大は、日本のホップ産業にどんな可能性を広げてくれるのだろうか。【画像提供/サッポロビール】

SORACHI1984シリーズがBier keller Tokyoで飲むことができます

東京・新橋にあるBier keller Tokyoは「SORACHI1984」のアンテナショップとなっています。こちらでは「SORACHI1984」はもちろん、昨年Amazon限定で発売された「同 SESSION」「同 DOUBLE」「同 Another Story Amarillo」の3種類が樽から飲むことができます。

★お店の詳細はこちらから

Bier keller Tokyo のウェブサイト

※お店では入店時の検温をはじめ、スタッフの健康チェック、テーブル使用毎のアルコール消毒など衛生管理をして営業をしています。来店されるお客様に付きましても体調がすぐれないときの来店を控えるなど感染拡大防止へのご協力をお願いします。

SORACHI1984サッポロビール 株式会社ソラチエース

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

(一社)日本ビアジャーナリスト協会 発信メディア一覧

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この記事を書いたひと

こぐねえ(木暮 亮)

ビールコンシェルジュ

『日本にも美味しいビールがたくさんある!』をモットーに応援活動を行っている。実際に現地へ足を運び、ビールの味だけではなく、ブルワーのビールへの想いを聴き、伝えている。飲んだ日本のビールは4000種類以上(もう数え切れません)。また、ビールイベントにてブルワリーのサポート活動にも積極的に参加し、ジャーナリストの立場以外からもビール業界を応援している。

当HPにて、「ブルワリーレポート」「うちの逸品いかがですか?」「Beerに惹かれたものたち」「ビール誕生秘話」「飲める!買える!酒屋さんを巡って」などを連載中。

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<Web>
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