飲み手は単なる消費者ではなく、文化の担い手の1人。『発酵文化人類学』にビールシーンの楽しさの源泉を学ぶ
今年は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、各地のビールイベントが開催中止となっています。やむをえず、家飲みビール、という方もいらっしゃるかもしれません。
どうせならこの機会に、一冊の本を通じて、ビールを見つめなおしてみませんか?
文化人類学+発酵
小倉ヒラク著『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽社、2017年)は、文化人類学(*1)に発酵という新たな視点を持ち込もうとする、著者の試みを綴った一冊です。
はじめに断っておきますが、この本には、ビールの話題はほんの少ししか登場しません。登場する発酵食品は、味噌、醤油、ワイン、日本酒あたりがメインです。
それでもこの本をぜひ紹介したいと思ったのは、最近のビールシーンの楽しさの理由の1つを見事に説明していると感じたからです。
(*1) 文化人類学とは、「人間の生活様式全体(生活や活動)の具体的なありかたを研究する人類学の一分野」(引用元:Wikipedia)のこと。
作り手と受け手とのコミュニケーション
著者が、醸造と芸術の相似性を説くのが第五章「醸造芸術論 ~美と感性のコスモロジー~」。
著者は、
深入りすればするほど、酒づくりの世界はアートなのだと実感する。
僕にとって、お酒を飲むのと絵画を見るのは同じような喜びだ。
といいます。
さらには、
「醸造家の顔が見えない酒」あるいは「芸術家の個性が見えない絵画」は、それがいかに技術的に優れたものであってもつまらないんだよ。
とまで言い切ります。
それは、以下のように、醸造と芸術のどちらも、作り手と受け手とのコミュニケーションのパターンが同じだからです。
・作り手(芸術家・醸造家)が芸術や醸造を通して自分の捉えた自然を表現する
↓
・受け手(鑑賞者・飲み手)が表現を享受することで、作り手の認知を追体験する
↓
・受け手がその体験を自分の認知に反映してアップデートする
この、作品(絵画・お酒)に共感する(著者流にいえば「愛でる」)過程を通じて、受け手(鑑賞者・飲み手)も文化づくりに加わっていけるわけです。
そしてさらに、視覚・味覚・嗅覚などといった感覚だけではなく、言葉として表されることで、受け手は、作品をより深く理解し、共感することができるようになります。
言葉と一緒に味を認知すると、鼻や舌だけで味わうよりもテイスティングの解像度が高くなるのだね。
確かに、私たちがビールを飲むときには、しばしば、ブルワーがどんな想いをもとに、どんな原料をどう使って、どんなビールを作ったのか、といった情報を目にしています。それらは、広告やパッケージ、webサイト、あるいはビアバーのメニューや店員などを通じて、私たちのもとに届けられます。
そして、同じビールであっても、バックグラウンドを知った上で味わうのと、ブランド名すら分からない状態で飲むのとでは全く異なる印象になることもしばしばあります。(*2)
そう、私たちは、単にビールそのものを味わうだけではなく、実はビールを通して、ブルワーやビアバーの店員、他のビアラバーなどとのコミュニケーションを楽しんでいるのです。
(*2) 試しに、大手メーカーの主要なビールを、銘柄が分からないようにしてテイスティング(利きビール)してみてください。飲み慣れた味のはずなのに、意外なほど区別がつかないものですよ(関連記事(1)、関連記事(2))。
文化の担い手として
ただの消費者ではなく、文化の担い手の1人。
この発想の転換は、コロナ禍の中、飲み手が自分の生活圏内でクラフトビールを飲むことで業界を応援するチャリティ活動「#ビールで明日を幸せに。Support Your Local Pub & Brewery」の趣旨にもつながる話だと感じました。(*3)
私たちが日々楽しく飲むことにより、ビール文化をもっともっと発展させていけるとは、なんと幸せなことでしょうか!
『発酵文化人類学』。
今後のビールシーンをさらに楽しむための、ちょっとした気づきが得られる一冊です。
秋の夜長に、ビール片手にのんびり読んでみてはいかがでしょうか。
<書籍概要> 『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』 著者:小倉 ヒラク 発売日:2017年5月1日 価格:本体1,600円+税 判型・ページ数:四六判・384ページ 出版社:木楽舎 Amazon商品ページ |
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。