ビール愛溢れる小説。『ビールボーイズ』を読んで第1次地ビールブームを振り返る
『ビールボーイズ』(竹内真 著、東京創元社、2008年)は、ビールに翻弄されつつも魅せられ、成長していく、幼なじみ5人の姿を描いた小説です。
本書の舞台は、北海道・室蘭市近くの海沿いにある架空の街「新山市」。物語は第1次地ビールブーム(*1) 前後の動きをなぞって展開し、主人公の正吉がクラフトビールの醸造開始に向けて奮闘する姿を描きます。正吉ら幼なじみ5人のうち何人かが集まって開催される10回の「ビール祭」を1つ1つの章にした、10章立てのストーリーです。
「第1回ビール祭」開催が12歳というあたり、なかなかにやんちゃですが、あくまでもフィクションですので、そこは笑って読み進めていただければと思います。
(*1) 1994年、ビールの製造免許取得に必要な年間最低製造量が2000kLから60kLに規制緩和されたことにより、各地にご当地ビールが誕生し、ブームとなりました。(参考:ヤッホーブルーイングのwebページより「クラフトビールと地ビール」)
丁寧なビール描写
本書は全体を通して、ビール周りの描写が丁寧なのが印象的です。
例えば、仕込み作業の1つ、麦芽を糖化させる工程。
「五十度で蓋を閉めたら十分キープ、その後に六十五度で四十分キープだ。ここのバルブを開けば釜が蒸気で熱くなるから、開け閉めして温度を調整してくれ」
温度を変えてやる間に酵素が活性化してタンパク質やデンプンが分解していく。ビール工場ではこれを大規模な装置で自動化しているのだが、手間さえ惜しまなければ小型の醸造釜でも同じことができるのだ。
「キープ中も十分ごとに攪拌して温度むらをなくしてやってくれ。温度が上がりすぎると糖化酵素が死んじまうから気をつけろよ」
作業の内容と理由が、正吉のセリフとその間の説明文とで、わかりやすく記されていますね。実際に作業が行われているのを、横で見ているような気分になります。
また、ビールの品質にこだわりをみせる正吉が発する、以下の言葉。
「でもな、納得いかねえ味で売っても、結局は客を逃がすだけなんだ。日本に地ビールが根づかねえのだって、そのせいでもあるんだからな」
この一言はまさに、第1次地ビールブームが一過性のものとなってしまった原因の1つを的確に表しています。
こういった丁寧な描写の裏にあるのは、徹底した取材でしょう。巻末の取材協力者の一覧には、そうそうたるブルワリーの名前がずらりと並んでいます。
株式会社ヤッホーブルーイング(長野・軽井沢町)
ロード・ネルソン・ブリュワリー(オーストラリア・シドニー)
木内酒造合資会社(茨城・那珂市)
ベアード ブルーイング カンパニー(静岡・沼津市)
麦雑穀工房マイクロブルワリー(埼玉・小川町)
コラムにあふれる著者のビール愛
単に取材がきっちりしているだけではなく、これは著者のビール愛からくるのに違いない、と思えるような記述も随所に見られます。
特に、各章の手前にある2~4ページずつのコラムは、内容が濃く、著者の想いが伝わってくるようです。各コラムのタイトルは以下。
・ビールの苦味
・ビールと配給
・ビールと刑罰
・ビールと魔女
・ビールと移民
・ビールと保存
・ビールと戦争
・ビールと運動
・ビールと個人
・ビールの喜び
コラムだけでも読んでおきたくなるような、気になるテーマばかりですよね。
『ビールボーイズ』。著者と登場人物のビール愛が詰め込まれた一冊です。
日本の地ビール・クラフトビール文化の成長を振り返りつつ、秋の夜長に、ビール片手に読んでみてはいかがでしょうか。
<書籍概要> 『ビールボーイズ』 著者:竹内 真 発売日:2008年2月25日 価格:本体1,700円+税 判型・ページ数:四六判・318ページ 出版社:東京創元社 Amazon商品ページ |
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。