四旬節(レント)の”今”だからこそ飲みたいこのビール
ベルギービール、とくにトラピストビール/修道院(アビイ)ビールについて本を読んでいると「四旬節(しじゅんせつ)」(以下、レント)という言葉が出てきます。
ベルギービールが好きな方なら、周りのビール初心者とこんな会話をしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
「なんで修道院でビールを飲んでいいんですか?」 「それはね、冬の断食修行の時期だけは、修道士がアルコール度数の高い自家醸造ビールを飲んでもよい期間で、ビールで身体を温めるんだよ」
しかしそこまで詳しくありながら、レントの期間がいつかを意識したことがない方もまた多いのではないでしょうか。なんとなく1月から2月にかけての一番寒い時期だろう、と思っていませんか?
レントは、ざっくりといえば、謝肉祭(カーニバル)から復活祭(イースター)の間です。今年2023年は、2月22日(水)~4月6日(木)です。実は主に3月がその時期で、この記事を書いている今はまさにレントの期間中なのです。(復活祭は3月22日以降のいずれかの日曜日となっていて、年によって日付と期間が変わります)
レントは、キリスト教でもカトリック教会の暦です。イエス・キリストの最大の奇跡である「復活」を前に40日間断食をしたことに由来し、食事の節制(断食)と祝宴の自粛が行われます。謝肉祭(カーニバル)は、肉に名残を惜しむお祭りで、レントの直前に行われます。有名なブラジルの「リオのカーニバル」は、それで2月開催なのです。
レントの期間中は厳しい食事制限があります。ただし、ビールを醸造している修道院内では、普段は飲料水代わりとしてアルコール度数の低いもの(いわゆる「シングル」)しか飲めないところを、この時期だけは特別に滋養のある高アルコールビール(いわゆる「ダブル」「トリプル」)を飲むことが許されました。この場合のビールは、キリストの肉体である「パン」と解釈するので口にすることができます。「液体のパン」というビールの異名は実はこの慣習から名づけられています。
ベルギービールからこのレントのことを知ると、あたかもベルギーだけがそういうことをやっていそうなイメージに捕らわれますが、カトリック信者の多いドイツにもフランスにもあります(イギリス、ロシアは宗派がさらに違い、カトリックはメインではありません)。つまり、ベルギーの修道院/トラピストビールだけのお話ではないのです。
実際にドイツでは、この時期のためにドッペルボックがあります。ドッペルボック(ダブル・ボック)の起源に関しては、まさに修道院ビールと同じ話がされます。ベルギーの修道院/トラピストをこの時期に飲むのと同じく、ドイツのドッペルボックもまさにレントの時期に飲むのがふさわしいビールなのです。
ドッペルボックの元祖とされるのが「パウラーナー・サルバトール」というビールです(記事冒頭の写真の右から4番目)。「サルバトール Salvator」は「救世主」という意味。語尾が「or」で終わることから、他社のドッペルボックも「or」で終わる名前が付けられることが多いです。
ここで、レントにおススメのビールをご紹介しましょう。
左からウエストマーレ・トリプル(ベルギーのトラピスト)、ロシュフォール6(同)、アインガー・セレブラトア(ドイツのドッペルボック)、シュレンケルラ・ドッペルボック(同)です。
「ウエストマーレ・トリプル」は、聖心ノートルダム修道院のビール。アルコール度数9%と高い度数でありながら淡色をしている、現代の「トリプル」を先駆けたビールです。
「ロシュフォール6」は、サン・レミ修道院のビール。手に入れやすい「8」「10」よりもアルコール度数が低い分(7.2%)いくぶんドリンカブルなビールです。
「アインガー・セレブラトア」(輸入元は「セレブレイター」と表記)は、ミュンヘン南部の町アイングにあるアインガ―醸造所のドッペルボック。名前が「セレブラトアCelebrator」と「or」が付いています。さらにはラベルに「ボック」(ドイツ語の雄ヤギ)が描かれダブルミーニングになっています(ビアスタイルの「ボック」はアインベックという街の名前に由来します)。かつては雄ヤギのマスコットが瓶の首に付いていました。
「シュレンケルラ・ドッペルボック」は、バンベルクのシュレンケルラ醸造所のラオホ(スモーク)ビール。薫香も相まってしっかりとした飲みごたえのあるビールです。
また、日本でも山梨県の富士桜高原ビールでは、「さくらボック」という8%の高アルコールビールを発売しています。これはドッペルボックで、まさにレントに飲まれることを意識したビールです。日本の「春」とレントを融合させた見事なアイデアです。
ベルギーの「トリプル」は淡色でアルコール度数が9%前後。「ダブル」は濃色ながらも度数が少し下がり7%前後。濃色である分だけ、ダブルの方が少しモルト感が強く感じられます。
ドイツの「ドッペルボック」はアルコール度数が8%前後あり、色は茶色から黒色と濃い。モルトの風味がしっかりとしていて甘みの強いビアスタイルです。
ここで取り上げたビールは、ピルスナーのように軽快ではなく、またIPAなどのホップが強いビールの華やかな香りもありません。しかし、モルトの重厚な風味と甘みは、ビールが「モルトのお酒」であることを改めて思い出させてくれる独特の魅力があります。
まだ寒の戻りもあるこの時期、レント向けのビールで身体を温めてみませんか?
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。