[コラム]2023.10.4

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~⑲ 酒問屋の看板娘、異端児になる 其ノ陸

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。

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大通りをまっすぐに抜けて、路地を二つ。

二八蕎麦は確かそのあたりにあったはずなのだけれども、いくら走っても見えてはこない。

なおは流れてくる汗をぬぐいながら、じりじりと照り付ける太陽を睨んだ。

「あっつ!まじであっつ!ってかここどこだよ!」

立ち止まってあたりを見渡すも、右も左も長屋ばかり。

なんとなくこっちだろうと思って走ってきたが、どうやら全然違うところに来てしまったらしい。

一度店に戻って……と引き返すものの、また見たことのない場所に出る。

「なんだよ、ここ!迷路かよ!」

なおはしばらくぐるぐると走り続けたが、とうとうへばって座り込んでしまった。

久しぶりに走ったからだろう、心臓が飛び跳ね、汗が滝のように流れ落ちてくる。

一体全体自分はどこにいるのだろうか。
数分前、自信満々に走り出した自分を殴りたかった。

ふと、兄だと名乗る男の見下すような目と、怯えたつるの姿を思い出す。

こんなことになるなら喜兵寿を探しに走るのではなく、つるを追いかけたほうがよかったのでは……
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、すぐに振り払うようにして立ち上がった。

「よし、まずは誰かに柳やの場所を聞こう」

自分の位置がわからない以上、それが最善だ。

それに喜兵寿がもう店に戻っている可能性もある。
なおが再び走り出そうとすると、後ろから聞き覚えのある声で「なおさん!」と呼び止められた。

「やっぱりなおさんですよね。あれえ、こんなところでどうしたんですか?」

振り向くと夏だった。買い物帰りなのだろうか、手には枝豆を抱えている。

「よかった!実は喜兵寿を探してるんだけど、道に迷っちまって。柳やの場所を教えてくれないか?」

そういって駆け寄ると、夏は驚いた顔でなおを見た。

「なおさん、顔が真っ赤。大丈夫ですか?何か飲んだ方がいいんじゃ……」

「あぁ、後で何か飲む。今は急ぎで喜兵寿を探さなくちゃで。実はつるが誰かに連れて行かれたんだよ、兄ちゃんっていってたけど、よくわかんないしさ。急いで喜兵寿に伝えたほうがいいんじゃないかと思って」

なおが説明すると、夏の顔がさっと曇るのがわかった。

「……なるほど。それはきっと一番上のお兄さんですね。わかりました、行きましょう」

そういうと足早に歩きだす。
長屋を抜けて、右に曲がり、細い路地をさらに抜ける。

つるの背中についていくと、あっという間に見知った店の前に出た。

「え?あれ?おれだいぶ走ったと思うんだけど」

まるで狐につままれたような気分だ。

あれだけ走り回ったはずなのに、近くをぐるぐるしていただけとは……
改めて自分の方向感覚のなさにびっくりする。

「なおさんが先ほどいたのは、お店裏手の長屋あたりですよ。慣れていないとこのあたりは迷いますよねえ」

夏はそう言いながら、店の中をのぞき込み、続いて店の周囲に素早く目を走らせる。

「きっちゃんはまだのようですね……どこに行ったか心当たりはありますか?」

「朝つるが『朝市に買い出しに行った』と言っていたから、たぶんまだ朝市だとおもう」

なおの言葉に、夏は「わかりました」とほほ笑む。

「水曜日のいまは昼四つ。きっちゃんのいつも買い出しから考えるに、たぶん橋向の米屋か、堀の下の野菜売りのどちらかかな……」

夏はぶつぶつと独り言を言うと、静かに目を閉じ、今度はくんくんと風のにおいを嗅ぎ始めた。

「えっと夏ちゃん、一体何を……」

なおが話しかけると、

「しっ!ちょっと静かに待っていてください」

そういってゆっくりと歩きながら風のにおいを嗅ぎつづける。
美しい女性が枝豆を抱えたまま、犬のように鼻を鳴らし続けるのはなかなかにシュールな光景だ。

何をしているのか全くわからなかったが、なおは真剣なその様子を黙ってみていた。

しばらくすると夏はその動きをぴたりと止め、こちらに向かって大きく手招きをする。

「なおさん、わかりました!きっちゃんは今堀の下の野菜売り場で買い物を終え、こちらに向かっていると思います。こちらの道を真っすぐ行けば、途中で落ち合えると思うので行きましょう」

「いやいやいや、ちょっと待って。どういうこと?!」

なおが素っ頓狂な声を出すも、夏は「なにか?」といった具合に小首を傾げる。

「1週間のきっちゃんの行動は大体把握しているんです。そりゃあもちろんいつもと違う動きをすることもありますが、そういう時はきっちゃんのにおいを辿ればすぐにわかりますよ」

「におい……?」

「はい!きっちゃんってすごくいいにおいがするじゃないですかあ。わたし大好きなんです。あ、大好きって言っちゃった。ふふ、これは恥ずかしいから秘密にしてくださいね。ふふふ」

人間とは「好き」がすぎると、嗅覚までも異常に研ぎ澄まされるものなのだろうか。

にわかには信じがたく、なおはまじまじと夏の顔を見つめが、その目は至って真剣で嘘を言っているそぶりは微塵もなかった。

「……じゃあ、行ってみようか」

「そうですね。行きましょう。わたしつるちゃんのあの馬鹿兄貴、心底嫌いなんです。一刻も早くつるちゃんを取り返しましょう」

―続く

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、飲食店等へのビール提案などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。

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