【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~㉑ 酒問屋の看板娘、異端児になる 其ノ捌
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
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店に帰る道すがら、つるは俯いたままずっと下唇を噛んでいた。
涙が流れないようにだろうか、時折小さく息を吐くのが聞こえる。
喜兵寿はそんなつるを背中で隠すように、先頭を黙々と歩いていた。
「ただいま戻った」
店に帰ると、「おかえりなさい」と夏が心配そうな顔で駆け寄ってきた。
荷物を運んだまま、ずっと店で帰りを待っていたのだろう。
そのままつるに抱きつき、背中をポンポンと叩く。
「大変だったね。戻ってきてよかった」
黙って頷くつるを、夏は再度ぎゅうっと抱きしめ、ゆっくりと座敷に座らせた。
炎天下の中を歩いてきたというのに、つるの顔は青白く、見れば小さく震えている。
「夏、荷運びに店番まで任せてしまって悪かった」
喜兵寿がいうと、夏は「全然~」とほほ笑みながら首を振った。
「今回の件って、やっぱり一番上のお兄ちゃん……だったのですか?」
「ああ。そうだ、約束の日まで何月もあるから大丈夫だろうと油断していたが……まさかこんなに急に来るとな」
喜兵寿は煙管に火をつけ、ため息と共に大きく煙を吐き出した。
「こんなに急に、それも無理やり連れて行こうとするなんてひどいですよ。つるちゃんの気持ち、なんにも考えてないじゃないですか」
夏も眉間に皺を寄せ、ため息をつく。
その横でつるは黙って俯いていた。
皆、思い思いに何かを考えているのだろう。
ずっしりとした沈黙が店の中を覆い、外から聞こえるミンミン蝉の声だけがやたら大きく響いてくる。
1分、2分、3分……そんな皆の様子に耐えられず、なおは思わず叫んだ。
「ちょっと!そろそろ俺にもわかるように説明してくれよ!めっちゃ空気読んで、静かにしてたけど俺の存在忘れすぎじゃない?!え、俺、透明すぎ?ねえねえ!」
その声でなおの方を見た、喜兵寿と、夏と、つるの顔には「たしかに」とわかりやすく書いてあって、お互い顔を見合わせるとぶはっと吹き出した。
緊張がほどけたつるは特にツボに入ったのだろう。
肩を震わせながら笑っている。
「すまない、今回の件はなおが教えてくれたのに、なにも伝えてなかったな」
喜兵寿は笑いながらなおの肩を叩くと、「少し長くなるが」と前置きをし、造り酒屋柳やそして自分たちの家族のことを話してくれた。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
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