【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~㉓ 酒問屋の看板娘、異端児になる 其ノ什
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
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喜兵寿の言葉に、つるはさらにずるずると鼻水をすする。
そんな皆の姿を見て、なおはそりゃあ大変だ、と頷いていたが、ふと思ったことが口をついて出た。
「あのさ、よくわかんないんだけど、なんで女は酒造りをしちゃいけないわけ?
別に造りたかったら造ればいいのに」
ひゅっとその場が凍り付くのがわかる。
その瞬間、なおは「しまった」と思ったが、言ってしまったものは仕方がない。
空気が読めない、と言われるのは昔からのことだ。
「禁止されてる理由とか、俺バカだからわからないけどさ。
うちのブルワリーにも女はいるし、他にもビールを造っている女はたくさんいるぜ?
好きなことやるのに、性別なんて関係ないだろ」
なおの言葉に3人は驚いたように目を見開いていたが、しばらくするとつるがくすくすと笑いだした。
「……たしかになんで女だからって酒造りができないんだろうね。
ダメなことが当たり前すぎて、近づくことすらしちゃいけなくて、だからダメな理由なんてちゃんと考えたことなかった。
やりたかったのに、ずっとやりたかったことのはずなのに。
『それが決まりだから』とか『蔵の神様が怒るから』とかそんな理由で当たり前のように諦めてた」
そういって笑いながら涙をこぼす。
「女が酒造りできる国なんてあるんだ。
いいなあ、なおの国に行ってみたいな……」
もちろん「行こうぜ」なんて気軽に言えるはずもなく、なおはグッと言葉を飲み込んだ。
どうやってタイムスリップしてきたのかわからない以上、自分でさえも元の時代に帰れるかわからないのだ。
それでも、「やりたい」という大きな気持ちを腹に抱えたつるに、なおは何かをしたかった。
酒を愛し、酒を醸す。
酒を造りたいという想いがある以上、つるとなおは同士だ。
「そうだ!つるも一緒にビールを造ろうぜ!
日本酒ではないけどさ、下の町一、いやこの世界一のビールを造って、ビール職人になったらいいじゃんか。
ビールの歴史はここからはじまるんだ、男だろと女だろうと関係ない酒造りの世界をつるが作ったらいい」
なおの言葉に、つるは「でも……」と言いかけ、ぐっと言葉を飲む。
「……そんなこと、できるのかな?源兄ちゃんとの約束の日まであと3か月しかないのに」
躊躇する様子のつるに、なおはぐいっと手を差し出した。
「3か月あれば十分うまいビールが出来るはずだ。
やろうぜ!ま、そもそも3か月以内にビール造れなきゃ喜兵寿とおれは殺されるわけだからさ。
どうにかして造るっきゃないだろ~」
「たしかにそうだな」
喜兵寿が煙管をくゆらせながら言う。
「俺となおはどうしたってびいるを造らなきゃならない。
そこにつるが手を貸してくれるというのならば、これ程心強いことはないよ。
俺も頭が固いな、びいるも女人禁制だと思い込んでいた。
なあつる、一緒にびいる造りを手伝ってもらえないか?」
「つるちゃん、良かったね!わたしもつるちゃんが造ったびいる、飲みたい!」
皆の声を俯きながら聞きつつ、つるは静かに息を吐いた。
そして大きく頷くと、ゆっくりとなおの手をとる。
「よろしくお願いします。びいるを造らせてください」
芯の通った、強い声だった。
「よっしゃ!」
なおはそんなつるの手を強く握り返すと叫んだ。
「皆で最高のビール造ろうぜ!」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
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