【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 53~樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ拾捌
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です
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大海原の真っ只中。陸の灯りが何一つ見えない中、唯一の光である星や月が雲で覆われてしまうと、恐ろしい程分厚い闇が訪れる。そんな中降り出した雨は次第に強さを増し、今では肌を突き刺すようほどだ。
時折狂ったように吹く風は、まるで龍が体当たりしてくるよう。船はその度に大きく傾いた。それでも男たちは港を目指して漕ぎ続けた。もう誰一人泣き言をいうものはいない。皆黙って、自分の出しうる力のすべてを櫂に込めていた。
船は白い波を立てながら真っ黒な闇を突き進む。希望はある。必ず自分を待っている人々の元に帰るのだ。その強い想いが船を港へと引っ張っているようだった。
「ねねの姉貴!港まではあとどれくらいだイ?!」
雨音に負けないよう、大声で甚五平が叫ぶ。
「順調に進んでるよ!」
ねねは雨でぐっしょり濡れた髪をかきあげ、まっすぐ前を見つめたまま言う。
「大丈夫だ、もうあと数里で島影が見えるは……」
ねねがにっこりと笑おうとしたその時、ひときわ大きな波が船を襲った。ごうっという音と共に、身体がふわりと浮き上がる。皆、なにが起こっているのかわからなかった。空から激しく打ち付ける雨と、左右から襲い来る海水。腹の下の方でぞわりとする嫌な感覚が広がる。視界がぐるりと回転したかと思うと、次の瞬間には激しく船にたたきつけられていた。
「痛ってえ……」
背中を強く打ったなおは、ゲホゲホとむせながら、やっとの思いで身体を起こした。しかし状況を確認する間もなく、次の大波が打ち付けてくる。船は再び大きく傾き、なおは再び船べりへと打ち付けられた。
一瞬すべての音が消える。無音の世界の後、皆の怒声が聞こえてくる。
「大丈夫か!」
「皆掴まれるものにつかまれ!」
「海に落ちたやつはいないか?!」
しかし、それは激しい雨の音でかき消され、どこか非現実的だった。
(やば。これ何かにつかまらなきゃか)
慌てて手を伸ばそうとしたその時、再び大きな波がなおを襲った。首がもげるかのような衝撃の後、物凄い勢いで海に引きずり込まれる。
どうにかあがくも、手は宙を掴むばかり。波は顔や腹に容赦なく打ち付け、息の根を止めに来る。
それは数秒だったのかもしれないし、数十秒だったのかもしれない。しかし大波に巻き込まれていた時間は、永遠に終わらない拷問のようだった。
必死で止めていた息も限界だ。どうにか水の外に出ようとするも、波にもまれ、上も下もわからない。身体はあちらこちらに打ち付けられ、意識は遠のきかけていた。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。