摘房ぶどうをアップサイクル!Far Yeast Brewingとシャトー・メルシャンの協業から生まれた「Far Yeast Grapevine 2024」
山梨県小菅村に醸造所を構えるFar Yeast Brewingは、2024年10月22日(火)から「Far Yeast Grapevine 2024」を数量限定で発売しています。「Far Yeast Grapevine 2024」は、シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリーのぶどう栽培を行う農地所有適格法人メルシャンヴィティコール勝沼株式会社との協業で造られたビール。栽培の過程で間引かれたぶどうを原料として使用しており、この協業は2024年で4年目となります。
現在ではビール以外でもアップサイクルな取り組みが注目されていますが、「Far Yeast Grapevine 2024」はどのような経緯で造られたのか、Far Yeast Brewingのプロダクション事業部マネージャー・富田晃史さんにお話をうかがいました。
目次
生産者と一緒に山梨を盛り上げていこうという取り組み
――「Far Yeast Grapevine 2024」はメルシャンヴィティコール勝沼株式会社との協業で造られたビールで今回が4年目ということですが、このプロジェクトが始まったきっかけについて教えてください。
富田晃史(以下、富田):Far Yeast Brewingでは、山梨県産の生産物を使ったビール造りを通して地域産業の活性化をはかりたいという思いがあり、2020年7月から「山梨応援プロジェクト」を行っています。第1弾は山梨市の桃農家さんの桃を使った「Far Yeast Peach Haze」で、その第3弾として造られたのが、最初の「Far Yeast Grapevine」です。弊社スタッフのつながりで韮崎市のぶどう農家さんとのご縁があり、出荷できないぶどうをビールの原料として使わせていただきました。
――そのぶどうはどういった理由で出荷できなかったのでしょう?
富田:2020年は、長梅雨や猛暑の影響で巨峰やピオーネなど黒系品種を中心に晩腐病(おそぐされびょう)という病気が広がっていたのです。病気のぶどうは廃棄せざるを得ないのですが、病気にかかっていないぶどうは食べられるため、房から病気の実を丁寧に切り落とし、ビールに使える部分を原料として譲り受けました。翌年は、別のつながりから山梨県甲州市勝沼にあるシャトー・メルシャン 勝沼ワイナリーさんと協業し、今年は4年目になります。
――「Far Yeast Grapevine 2024」で使っているぶどうは、病気で出荷できなくなったぶどうということではないそうですね。
富田:はい、ワイン用のぶどうは、果実ひとつひとつの糖度を高めるために、栽培の途中で房を間引きする必要があるんです。それを「摘房」というんですが、適房したぶどうは糖度が低いのでワイン醸造には使われず土に還していました。ただ、ワインには適さなくてもビール醸造には十分な糖度なので、この適房したぶどうを使わせていただいています。
――山梨といえばぶどうやワインのイメージがありますし、山梨ならではというつながりのある取り組みですね。
富田:そうですね。商品名の「grapevine」とは「ぶどうのつる」のことで、英語では、つるが伸びて網のようになっている様子から「口伝え」「人づて」という意味もあります。
――商品名のとおり、まさに人づてで生まれたビールですね。その適房したぶどうはどのような品種なのですか?
富田:今回は赤ワインに使われる品種で、「シラー」と「マスカット・ベーリーA」の2種類です。3,000リットルのビールを造るのに約540kgのぶどうが必要になるのですが、買い取っているのは摘房したぶどうの一部なので、実際にはもっと多くのぶどうが摘房されていることになりますね。実際に私たちも山梨市の「シャトー・メルシャン 鴨居寺ヴィンヤード」のぶどう畑で摘房作業をお手伝いしてきました。
――そういったつながりからオリジナリティあふれるビールが造られるというのは、非常に興味深いですね。この取り組みは今回で4年目ということですが、この4年で何か変わっていったことはありますか?
富田:そうですね、もともと「山梨応援プロジェクト」は、コロナ禍で落ち込んでいる産業をビールで応援したいという気持ちで始まったのですが、新型コロナウイルス感染症が5類に移行し、世の中の状況も変わってきたこともあり、応援というよりは事業者さんや生産者さんと一緒に盛り上げていこうという変化が出てきました。そこで、地元と一緒に協業して、共に造っていく「Brewed with YAMANASHI」という取り組みに変わっています。
――シャトー・メルシャン 勝沼ワイナリーさんやメルシャンヴィティコール勝沼さんとしても、社会課題の解決といったことにもつながっているでしょうし、非常に意味のある取り組みなんだろうなと思います。一方で、Far Yeast Brewingさんでは、社会貢献というようなことに加えて、オリジナリティのあるビールを造れるということでその意味での楽しさもあるんじゃないかと想像していますが、いかがでしょう?
富田:この取り組みについては、みんなやりがいを感じていますね。毎年ぶどうの品種が変わるので、そのぶどうの品種だったらどういったビアスタイルがいいか、と考えています。毎年ビアスタイルも変えているので、今年はこんな製法にチャレンジしたいといった意見も出てきて、楽しく取り組んでいます。
――ビアスタイルを決めるときは、誰かが中心になって決めるんでしょうか?
富田:製品ごとに担当ブルワーがいて、ビアスタイルや味の方向性を最終的に決めるのはその担当ブルワーになりますが、それまでの過程で、ブルワー全員で知恵を出し合って、どういうスタイル・製法が良いか議論しながら決めていく、という感じですね。その際にも、こう変えたらもっといいんじゃないか、といった議論をしながら作り上げていきます。
ワインの醸造手法を使う一方で、ブレタノマイセスを使うチャレンジも
――「Far Yeast Grapevine 2024」は具体的にどういったスタイルなのでしょうか?
富田:これまでは赤ワイン用や白ワイン用の品種が混在していて、IPAやペールエールを造ってきたのですが、今回は赤ワイン用の品種だけなのでシンプルにぶどうのキャラクターをしっかり出せるスタイルがいいんじゃないかということで、セゾンにしました。また、今回使っているシラーは、黒胡椒のようなスパイシーなニュアンスもあるので、セゾンのスパイシーさにも合うんじゃないかと。
――そういったぶどうのキャラクターを出すために、ほかにも何かこだわった点があれば教えてください。
富田:今回はマセレーション(マセラシオン、醸し)という方法を試してみました。マセレーションは、発酵中のワインにぶどうの果皮や種子を漬け込んで色素などを溶け出させるワインの醸造手法です。これまでも、ぶどうの果汁に果皮や種子を漬け込んで、それをビールに加えるようなことはしていたのですが、今回は発酵中に行ってみました。発酵中のビールの一部を取り出し、ぶどうの果皮や種子を何日か漬け込んで発酵タンクに戻す、という作業を10日くらい繰り返してみたんです。
――実際に、ぶどうのキャラクターは出たのでしょうか?
富田:はい、特に香りのキャラクターや赤ワインのようなタンニン感は出たなと思っています。ただ、色味はそこまで抽出できず、オレンジワインくらいの色合いかなと。せっかく赤ワイン用の品種だけを使ったので、色も赤っぽくしたかったのですが、それは来年以降に改善できればと思います。
――そういったチャレンジを毎年行っていると、新しい視点や醸造技術がブルワーのみなさんに蓄積されていくんでしょうね。
富田:そうですね。今回もうひとつチャレンジしたのが、ブレタノマイセスを少し加えたことです。ブレタノマイセスは野生酵母の一種で、「馬小屋」と表現されるほどワインには好ましくない香りをもたらす酵母として知られています。なので、ワインでは一般的にネガティブに捉えられがちなのですが、少量であればポジティブに捉えられるトレンドも一部見られます。そこで、これをビールで試してみたらおもしろいビールが造れるんじゃないか、と考えたんです。
――ビールではブレタノマイセスを使うこともありますが、それを今回のような取り組みで行うのはおもしろいですね。
富田:ビールはやっぱり自由じゃないですか。なので、ワイン用のぶどうを使ったビールを造るときに、ブレタノマイセスを使うのはオリジナリティがあるんじゃないか、やってみる意義もあるんじゃないか、ということで試してみました。
――ブレタノマイセスを使っているというと、酸味のある味わいなのですか?
富田:やや酸味を感じられる程度ですね。後味はドライな印象になっています。実際に、チェリーやプラムのような香りもありつつ、レザーっぽい香りも少しあって、全体的には複雑味のある印象が出たと思います。ぶどうをイメージすると少しギャップのある味わいかもしれませんが、バレルエイジのビールが好きな方には刺さるんじゃないでしょうか。
生産者さんと一緒に造っているという一体感
――最後に、今回まで協業を続けてきたからこそ気付いたことなどがあれば教えてください。
富田:ビールはいま原材料のほとんどが輸入に頼っているという状況なんですよね。そういう状況の中で、実際に生産者さんの声を聞いて、原料に触れられて、ということができると、やはり思い入れも出てきますし、生産者さんと一緒に造っているという一体感が醍醐味だなと思います。
――確かに、醸造設備も機械化されて季節に関係なく造れますし、農業とつながっていることを意識しにくい状況かもしれないですね。
富田:そうですね。でも、「Far Yeast Grapevine」の取り組みを行っていると、農業とつながっているという実感が出てきます。同じ品種のぶどうでも毎年違う部分もありますし、天候によって左右されることもありますからね。
――そういった意識を持てるようになりつつも、適房時期に醸造スケジュールを合わせないといけないとか、ブルワーさんは考えることも増えるんじゃないかなと思いますが、いかがでしょう?
富田:もちろん大変なことはありますね。適房したぶどうの実を茎から1個ずつ取っていく作業がかなり大変なんです。540kgを1日で作業しないといけないので、ブルワー総出ですし、村の方々にもお手伝いいただくこともあります。地域の方々とつながりができるというのも非常にありがたいですね。こういったつながりから造られた「Far Yeast Grapevine 2024」は、Far Yeast Brewingの直営店のほか、全国のビアバー、飲食店、酒販店で取り扱っています。Far Yeast Brewing公式Web Storeでも購入できるので、ぜひ飲んでみてください。
Far Yeast Brewing直営店
Far Yeast Brewing公式Web Store
Far Yeast Grapevine 2024の商品情報
Far Yeast Grapevine 2024(ファーイースト グレープバイン2024)
原材料:ぶどう(山梨県甲州市産)、麦芽(外国製造)、糖類、ホップ
アルコール度数:6.0%
ビアスタイル:Brett Saison with Grapes
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。