小さな離島、六島の文化「回し神輿」を復活!土地と人を繋ぐビールの力
「クラフトビールの魅力ってなんですか?」
過去何度か聞かれたことのあるこの質問。おいしい、様々な種類がある、ビールを通じて友達が増える……ビールは様々な魅力があるのだけれど、わたしは「人と土地を繋いでくれるところ」と答えていた。
ビールは土地を醸した飲み物だ。地の農作物を使い、水を使い、そしてそこに生きている人が丹精込めて造っている。だから一口飲めば、その土地に旅したような気分になれるのが面白い。そしていつかその場所を訪れることで、世界が広がる感じが堪らなく好きだった。
ビールはわたしに知らない世界を見せてくれる。そして行ったことのない場所に導いてくれる。
1本のビールから感じ取れることは本当にたくさんで、だからこそどっぷりと「沼」にハマってきたのだ。
しかしある時「おいしいとは思うけれど、そこまでのものは感じられない」と言われたことがある。忘れもしない、とあるタップルームでのことだ。クラフトビールについて教えてほしいと言われ一緒に飲みに行った彼は、首を傾げながらこう言った。
「土地を感じるというのは、あくまでもあなたの感覚ですよね。タップルームで友達ができる、とはよく聞くので『人と人を繋ぐ』ということは理解できるんですけど、人と土地をビールが繋ぐって本当にあるんですか?」
悔しいことに、わたしは言葉に詰まってしまった。
「ビールを気に入って、その土地に旅行に行く。確かにそれはあると思いますが、『土地と人とを繋ぐ』とまでは言えないんじゃないですかね。○○を食べたいから旅行に行くとかよくある話ですし」
ぐぬぬぬぬぬ。彼の言っていることは確かにその通りで、でも絶対にそうじゃなくて、でも絡まった言葉はうまいこと口から出てこなくて、わたしはビールと一緒に反論をごくりと飲み込んでしまった。
あなたたちの魅力を説明できなくてごめん。言い返すことができなくてごめん……その夜は悔しい想いを抱えながら家に帰り、ジタバタしながらお酒を飲んだことを覚えている。
でもこの秋、わたしはクラフトビールが土地と人を繋ぐ光景を確かに目にした。瀬戸内海にある小さな離島。そこでのお祭り復活劇の一翼をクラフトビールが担ったのだ。
今でもあの日のことを思い出すと胸が熱くなる。クラフトビールの持つ輝きや、力が確かにそこにはあった。「ほら!!これだよ!」とあの日のわたしに向かって何度も叫びたくなるような出来事。
これは「クラフトビールの魅力とは何か」の改めて感じた話。少し長くなるかもしれないが、わたしが見た2日間のことを聞いてほしい。
目次
六島の祭りを復活させたい!島のブルワー動き出す
すべての始まりはFBの投稿だった。わたしが沼ったきっかけのビール「六島浜醸造所」ブルワー井関竜平さん(以下井関さん)が、お祭りをやるから神輿を担ぎに来て!と募集をしていたのだ。
大好きな六島浜醸造所のビールが飲み放題!?回す神輿とは一体どんなものなのか?
わたしは食い入るように本文を読んだ。そこにあったのは、「5年ぶりのお祭り復活」や「これが最後になるかもしれない」などといった言葉。そしてお祭りに対する井関さんの熱い想いだった。
六島に伝わる神輿は、「回し神輿」。回す遠心力で人がすっ飛ばされてしまう程激しい神輿で、しかもそれを「どんだけ回すねん」と言いたくなるくらい、島中で回す。
しかし六島では年々過疎化、そして超少子高齢化が進んでおり※、筋肉と体力が求められる回し神輿を維持するのは難しくなっていた。そんな中でのコロナ禍……お祭りは中止になり、それ以降ずっと再開の目途は立たないまま今日に至っていた。
※六島の人口は40人程度(2024年10月現在)。島には若者はほぼおらず、65歳以上が70%を占める
それを井関さんが島外から担ぎ手を募集し、復活させようとしているというのだ。わたしも何か関わりたい!手伝いたい!
込み上げてくる熱い想いと共に、鼻息荒く六島への経路を調べた。……そしてそのまま、静かにスマホを閉じた。
六島までの道のりは、想像していたよりも遥にずっと遠かったのだ。六島は岡山県の最南端、瀬戸内海にぽつんと浮かぶ離島だ。わたしが住む神奈川県から電車と新幹線、そして高速船を乗り継ぎ片道なんと7時間もかかる。
7時間もあれば、飛行機でインドネシアあたりまで行けてしまう……移動時間の長さ、そして表示された交通費に高さに、わたしのわくわくもお財布も一瞬でしゅんっと萎んでしまった。
しかし「行きたい」「見たい」という想いは日に日に強まっていくばかり。行かなければきっと後悔する。行けばきっと大事な経験をすることができる。そんな確信にも似た思いに突き動かされる形で、わたしは六島行きを決めたのだった。
ビールを灯りに。日本中から集まった担ぎ手たち
10月13日。初めて訪れた六島は、それはもう素晴らしかった。ビールを味わいながら想像していた、そのままの風景。エメラルドグリーンから青へと続く穏やかな海に、まろやかな風。島の人々は無骨さもありつつも、とにかくあたたかで優しかった。
波止場につくと、島ではすでに祭りの準備が始まっていた。港にほど近い六島浜醸造所の前には旗が立てられ、始まりを告げる太鼓が鳴り響く。わたしたちは寺に荷物を置くと、早速六島の氏神様である大鳥神社へと向かった。
神輿は神様が乗る乗り物。島を巡行する前には様々な神事が必要となる。太鼓や獅子舞、神輿への御霊入れ……様々な準備を島全体で見守る。
六島の神事はどれも興味深いものばかりだった。きっとこのお祭りのキーワードは「回す」なのだろう。参拝でも本殿や奥宮を回り、太鼓の音色にあわせて神輿も回す。自分の地元とは全く異なるそれらは目新しく、どれも胸を高鳴らせてくれるものばかりだった。
しかし。どうしたってわたしの目は本殿横にある休憩所に向いてしまう。
そこには六島浜醸造所のサーバーが設置されていたのだ。太陽の光を浴びて、キラキラと輝くケグ。当日は10月といえども、じりじりと汗ばむような暑さで、六島浜醸造所のおいしさを知っているわたしは、ビール欲が止まらなくなってしまっていた。
神輿準備がひと段落すると、境内に料理が並び、皆にビールが配られた。「麦のはじまり」、酵母の香りが美しいセゾンだ。
手渡された大きなカップをうっとりと眺め、わたしは喉を鳴らしてビールを飲んだ。フルーティな香りと麦のあまみ。そしてすっと消える酸味が身体中を駆け巡っていく。
「やはり島で飲むとさらにおいしい!」
感動しながら周囲を見渡すと、他の人々もうまそうにビールを飲み干していた。年齢も性別も様々。島外の人も島外の人も、皆一様に黄金色の液体に目を細めている。それはとても美しくて、神々しくさえ思える光景だった。
ビールを飲みながら神輿の担ぎ手の方々とお話をしていると、驚くべき事実がわかった。なんと今回担ぎ手のほぼ全員が島外から来ているというのだ。「出身が六島で、今は島外に住んでいる」という方や「親戚が六島にいる」という六島関係者、それに加え井関さんの投稿を見て集まった30人以上の人々。
遠くは東京そして熊本から。それはわたしと同じようにビールを通じて六島を知り、島の魅力にハマった人たちだった。そのほとんどが六島リピーターであり、何度も島を訪れているという。
「島の人々が優しい」「井関さんには人を惹きつける魅力がある」「ビールきっかけで島を知れてよかったと思っている」などという話を聞きながら、「ビールは灯台のようだ」と思った。
その光を目印に人は土地へと辿り着く。ビールは人と人を、そして人と土地を繋ぐのだ。信じてきたもの、いや信じたかったものが、目の前でわかりやすく形になっていて、わたしは彼らの言葉を何度も噛みしめ、そして何度も飲み込んだ。
人もぶっ飛ぶ!?とにかく回して回して、回しまくる「回し神輿」
六島の回し神輿は「とにかくすごい」の一言だった。ものすごいスピードで回る神輿の圧倒的な迫力。担ぎ手たちは「よーまっせ!」という掛け声と共に地面を蹴り、神輿を上下に揺さぶりながら走る。
回転による遠心力で飛ばされてしまわないよう、神輿に結ばれた紐、そして前の人の腰紐を掴み、皆が一心不乱に回転していた。
神社の境内で、波止場近くにある弁天様の前で。神輿は各所で回転をしながら六島を巡っていく。
驚いたのは、海の中でも神輿を回すことだった。ざぶざぶと神輿を担いだまま海の中に入っていき、胸ほどの深さで神輿を回す。たっぷり海水を含んだ神輿は見るからに重そうで、砂は踏ん張りがきかなくて、回すのは本当に大変そうだった。それでも担ぎ手たちのテンションは落ちることなく、むしろどんどんと盛り上がっていく。海の中で輝く神輿と、担ぎ手の白い服。それは額に入れて飾りたいくらいに美しい光景だった。
さらに神輿は海の上でも回っていた。大漁旗のついた船に神輿を乗せ、六島周辺の海上を高速でぐるぐると回り続けるのだ。わたしも一緒に船に乗せてもらい、六島の周りを回った。船は2隻。太鼓を乗せた船が、神輿を乗せた船を先導するように進む。
海の上で回りながら、いろいろな角度から六島を見た。島のほとんどは山で、青々とした緑が広がっている。「ここで、こんな小さな島でビールを造っているのか」。わかってはいたけれど、改めて認識した事実にハッと息を飲む。お祭りに参加させてもらったことで、六島という島の歴史や文化、そして脈々と続いてきた人々の想いまでもが一緒に流れ込んできて、それがビールという飲み物をさらに厚くしてくれるようだった。
ビールが繋ぐ、様々な縁
お祭りが無事終わった夜。波止場では慰労会が開催された。公民館で島の人たちが用意してくれた料理や、周囲の島から取り寄せてくれたオードブル(六島には居酒屋やお店がない)が電球の灯りで照らし出される。
そこで振舞われたのも、六島浜醸造所のビールだった。セゾン「麦のはじまり」、島の名産であるひじきを使用したラオホビール「ドラム缶会議」、そして牡蠣を使ったスタウト「北木島オイスタースタウト」。
皆、思い思いの銘柄を手にし、星空の下乾杯をした。ビールをサーブする井関さんは満面の笑顔で、その周囲には人だかりが出来ていた。島の人々、そして神輿を担ぐために島にやってきた人々。皆がビールを囲んで、楽しそうに談笑していた。ビールが繋いだ関係はこうやって強くなり、土地に根付いていくのだろうな……そんなことを考えていると、背後から声がした。
「竜ちゃん、セゾンちょうだい」
何気なく振り向くと、そこにいたのは島の漁師のおじいちゃんだった。そうか、この島では「セゾン」という言葉が当たり前なのか。びっくりして、そして同時にとても嬉しくなる。ラオホもスタウトも、きっとここではきっと皆が知っている当たり前のものなのだ。
井関さんは六島とビールも結んでいるのだな。そう気づいた瞬間、たくさんの糸のようなものが見えたような気がした。ビールで結ばれたたくさんの縁。それらは揺らめきながら、美しく輝いているようだった。
盛り上がった慰労会は、会場を波止場から公民館へと変えて夜更けまで続いた。レーザーカラオケをしながら、ビールを飲み、食べて、また歌う。「結局6樽のビールがなくなったよ!」そう教えてくれた井関さんの顔はとても嬉しそうだった。
ビールが結ぶ土地と人
翌日。祭りの片付けを終えると、昼間から六島浜のビールが振舞われた。というか波止場にサーバーが設置され、自由に飲めるようになっていた。太陽の下、祭りを通じて出会った人々と飲むビールもまた格別にうまい。海を見ながら、風を感じながらビールはするすると身体の中を流れていくようだった。
六島から笠岡までの船は1日4便。印象的なのは船が出港するたびに、そこにいる全員が桟橋まで行って見送りをすることだった。会ったばかりの、でも島で、ビールでつながっている人たち。
わたしたちが帰る時も、たくさんの人たちが手を振りながら見送ってくれた。優しくて、あたたかなその時間が本当に嬉しかったのを、いまでも覚えている。
遠くなっていく島を見ながら、ただただ湧き上がってきたのは「絶対にまたこよう」という気持ち。わたしがそれが純粋に嬉しかった。わたしと六島もしっかりと繋がったのだと認識できた瞬間だった。
ビールは土地と人を結ぶ。そしてその土地に住む人との縁も結んでくれる。こんなに素敵な経験をさせてくれるビールが、わたしはやっぱり大好きだ。
いつの日か。もう一度あの日の彼と飲む機会があれば、胸を張ってこの話を伝えようと思う。
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