【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 77~クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ玖
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です
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小西の話は突拍子もないものだった。影は小さな何かの集合体のようなもので、小刻みに動いており、相手が酒を飲み始めると現れる。そしてそれは相手の発言などによって、随時変化するので、みえる色によって相手の考えていることがよくわかる、というのだ。
「だから嘘をついている人間は、一目見でわかる」
商人という仕事柄、それは取引の場面で大いに役に立つものだった。しかし普段の生活の中でも相手のことがみえすぎてしまい、人を信用できなくなってしまう場面も多々あった、そんなことを小西は少し悲しそうに語った。
「どうして酒を生業に選んだか、という質問をお前たちにしただろう?その時のお前たちの影は実に美しかった。だから信用したんだ」
(つまりは……オーラ的なやつってことか!?)
小西の話を聞きながら、直はうーんと唸った。スピリチュアル界隈には全くと言っていいほど縁がない直だ。後ろに見える影でわかる、などと言われたところで「どういうことだ?」と首を捻るしかなかった。
恐らく喜兵寿もよくわかってないだろうな、そう思って隣を見ると、嬉々とした表情で何かを考えこんでいた。
「わたしはこの影のおかげでここまで上り詰めることができた。善良な人間でも、多くの場合は少し濁りがあったりはするもの。しかしお前たちは違った。だからもっと関わってみたくなった、というわけだ」
小西は話終わると、小さくふうっと息をついた。
「まあ、そんなことを言ったところで信じてもらえないかもしれないが」
「いや、わかります!」
いきなり食い気味に話し出した喜兵寿に、直は目を丸くした。このなんだかわからない話に……共感できるだと?!
「先日もお伝えしたように我が実家では酒を造っているのですが、今は亡き祖父がよく言っていました。酒が生まれる瞬間には光が見えると」
喜兵寿の言葉に、小西は黙って目を見開く。
「祖父はもろみの熟成期間に、度々明るい光のようなものがどこからかやってきて、酒に入り込むといっていました。それは黄色だったり桃色だったり、とにかく美しい色だと」
『今年も無事に光が酒に入ってくれた』、祖父は樽を見ながら喜兵寿に耳打ちしてくれたものだ。喜兵寿の目には何一つ見えはしなかったが、酒造りの天才と呼ばれた祖父の言葉だ。疑う余地もなく、祖父の目には何かが見えているのだろう、と信じていた。
「自分にはそのようなものをみる力はありませんが……お話は信じます」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
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