映画の中のビール01
ビールは気軽に飲める飲み物として浸透しているからなのか、例えば銘柄を表に出したり、ビールの個性に結び付けて鮮烈な印象を打ち出しつつ登場する機会は、案外多くない。それでも、とりわけ喜びを表現する場面で効果的に使われている映画がいくつか存在する。
ビールが映画の中で印象的に使われているシーンを紹介していこう。
■ビールにみる人間のエネルギー
1993年に公開された、黒澤明監督の遺作『まあだだよ』。小説家、内田百閒の随筆をもとに、戦前・戦後における氏の日常と、大学の教え子たちとの交流を描いている。
ビールが登場するのは、劇中で開かれた「摩阿陀会(まあだかい)」でのことだ。内田先生の長寿を祝う祝賀会で、先生の目の前に一リットルはあろうと思われるピルスナーグラスに入ったビールがデーンと置かれている。内田氏は両手でグラスを持ち上げ、ごく、ごく、ごくと旨そうに一気飲み。そして元気に叫ぶのだ。「まあだだよ!」
そもそもこの「摩阿陀会」とは、内田百閒の教え子が「もう還暦の祝いはやった。お迎えが来るのは『まあだかい』」という意図で、ユーモアと温かみを持ってこの名称が付けられた、内田氏の誕生日会。つまり一リットル一気飲みは還暦を過ぎてからの話ということになる。
この「摩阿陀会」は17回、先生が77歳になるまで続けられた。相も変わらず、会の始まりにはビールの一気飲み。グラスはだんだん小さくなっていったようだが、それでもゆうに500ミリリットルはあるようだ…。
この映画の中でのビールは、祝いの席のマストアイテムであったことはもちろん、内田氏のエネルギーそのものを表現していたように思う。
ちなみに氏はかなりの酒豪で、飲むビールの銘柄は「エビスビール」と決まっていた。映画に銘柄は登場していないが、おそらく摩阿陀会で用意されたのも当然エビスだろう。戦後すぐ、昭和21年に始まったこの祝賀会でエビスを大量に用意するのが簡単だったとも思えない。おそらく教え子たちは「先生、エビスじゃないと飲まないからな〜」などと文句をいいながら準備に勤しんだのではと想像する。でもそれが先生らしさなんだよと、皆で顔をほこばせながら。■
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