【意外なビアスポット探訪】歴史を刻む町家の縁側で飲める、名水仕込みの「郡上八幡麦酒こぼこぼ」
思いがけない場所で飲めるビール&ビアスポットを紹介するシリーズ。
第3回(に含めさせてほしい)は、名水で知られる岐阜県の郡上八幡で飲めるビールをご紹介したいと思います。
岐阜県のほぼ中央にある郡上市。
最近では竹田城に続く天空の城として話題の「郡上八幡城」と、数日間徹夜で踊り狂うというお盆の風物詩「郡上おどり」が有名ですが、日本名水百選の第1号に認定された“水のまち”としても知られています。
……と、さも当然のようにドヤ顔で書きながら、実は隣の愛知県に住んでいた頃から一度も訪れたことがありません。岐阜といえば北部の飛騨高山や白川郷まで抜けるか、はたまた長野寄りの中津川や恵那か。筆者の中で中部は完全に抜け落ちたスポットでした。微妙に近場だとなかなか行かないアレです。
しかし一昨年のビアフェスで、郡上を訪れるきっかけを得ました。
「このブラウンエールを生まれた土地で飲んでみたい」
そして、ようやく人生初の郡上八幡へ。
目次
ローカル鉄道に揺られ、旅情という前菜で腹ごしらえ
始まりは名古屋。
実家に前泊して名鉄岐阜行きで来たので便宜上ここからですが、東京から来ても、大阪から来ても、まずは名古屋を経由します。名古屋からはJR特急「ワイドビューひだ」で40分(岐阜駅から約20分)で美濃太田駅へ。
ここで岐阜のローカル電車「長良川鉄道」に乗り換えます。美濃太田が始点なので迷うことはありません。ただし整理券方式のワンマン列車なので、乗り方に迷うことはあるかもしれません(ワンマン列車の乗り方はコチラ)
ここからガタゴトとディーゼル列車に揺られ、長良川沿いを1時間20分かけて北上します。長いです。長いですが、車窓からは変化に富んだ景色が流れるので鉄道マニアでなくても楽しめます。
季節は10月。どこまでも広がる黄金色の田んぼ沿いにひらひら揺れるコスモス、色づき始めた長良川渓谷や、深く碧い清流のせせらぎ、山小屋風の質素な駅舎――。
初めて見たはずなのにどこか郷愁を誘うのどかな田園風景が流れ、窓の外をぼーっと眺めているだけでも疲れた心を解きほぐしてくれます。さすがに飽きたら目を閉じましょう。ここでするうたた寝は、最高に心地よいはず。
この80分は、日常の煩わしさを忘れ去り、非日常に入るために必要な時間。
ビールを美味しく頂くための準備、前菜として旅情をたっぷり味わいましょう。
そして郡上八幡駅。
長良川鉄道の代表駅なだけに、年季を感じながらも整えられた駅舎です。駅を出たら左手、郡上八幡城方面に進みます。ここから徒歩15分。タクシーやバスもありますが、時間に余裕があればここは是非散策で。郡上の情緒あふれる街並みを楽しむと、ビールがますます美味しくなります(駅に分かりやすい観光Mapがあるので入手しておきましょう)
醸造所まで続く道は、お米屋さんや郡上名産の郡上みそ、酒蔵など、昔ながらの個人商店が軒を連ねるメインストリート。街の中心を貫く長良川の支流、吉田川からあちこちに水路が張り巡らされ、家々の裏手を流れています。
江戸時代から漢方堂として使われていた町家でなごむ
そぞろ歩くうちに町家「玄麟」に到着。 ここは「郡上八幡麦酒こぼこぼ」醸造所の他に、雑貨店やバルなど数軒が入居する町家です。周辺と馴染みすぎて通り過ぎてしまいがちですが、クラフトビールのノボリと食品サンプルのビールがひっそり主張しています。
うなぎの寝床のような細長い通路を抜けると、奥は吹き抜けの中庭。中庭に面してテイクアウトのカウンターがあります。
中庭に抜けると世界が一変。表通りの賑わいが嘘のようにピタリと止み、水音だけが響く静かな空間が広がっています。
屋内の飲食スペースには、通路手前にある入口からお邪魔します。
「お邪魔します」としか言いようがない、この“おばあちゃんちに来た”感。
飲食スペースは純和室。縁側に腰を落ち着けると、それだけでほっとするのが日本人です。この町家は、かつて寛政年間(1789年~1801年)から明治20年ごろまで漢方医を営んでいた「稲葉家」の邸宅を改築したもので、「玄麟」は代々受け継がれてきた屋号だそう。
実は郡上八幡に数多くある町家は観光地化されたものではなく、生活感のあるものばかり。この和室も長きに渡り、多くの人が集い、語らい合ってきた空間。人の暮らしに根ざした場所が落ち着かないわけがありません。ここを隣のカフェと共有しています。
早速、中庭を眺める特等席の縁側で。
クリームエール(550円)。未成熟のパッションフルーツのような青々しい香りに穏やかなモルトの風味、そしてナチュラルな炭酸。2杯目のビターエールもやさしいホップの香りで、苦味は穏やかにきいています。そう、こぼこぼビールを飲んで真っ先に浮かんだ形容詞は「やさしい」。町家の環境とはほど遠いビアフェスの会場で飲んだ時もそうでした。
理想のビールに適した水と、里山暮らしに惹かれる
「郡上八幡のこの水でビールを造りたいと思ったんです」
手がけるビールと同じように、柔らかな物腰で話してくれたのは、こぼこぼの醸造長で店主の松本徹哉さん。
数年前まで岡山県で会社員をしていた脱サラブルワーです。趣味で始めたというホームブルーイングは20年余り。会社のイベントなどでオリジナルのビールを提供しているうちに、いつか自分のブルワリーを立ち上げる夢を描くようになったそうです。しかしなぜ郡上で?
「長年ホームブルーイングをしていた経験から、特に“水”にこだわって土地を巡りました。倉敷、京都の丹波、滋賀、長野、地元の東京……。そして辿り着いたのが郡上八幡です。郡上八幡周辺には石灰岩が造る鍾乳洞がいくつも存在していて、石灰岩の影響でカルシウムが溶け込んだ、やや硬度の高い水が生活用水として日常的に使われています。これが僕のビールを造るのにぴったりだったんです。どうぞ、これを飲んでみてください」
そういって手渡された水のグラス。キッチンの蛇口をひねって出てきた水道水です。その瞬間、頭を過ったのは“違いがわからなかったらどうしよう”という不安。 筆者は水に対してのこだわりがありません。こだわりがないため、飲みなれていない硬水はむしろ苦手です。不安に思いながら口をつけると……。
違う! 違いがわかる!!(良かった)
水が「やわらかい」、そして「ほんのり甘い」んです。
といっても喉にひっかかるほどの違和感はなく、口当たりがマイルドで、あくまでも「やわらかい」。やや硬水ということが普通の水道水で実感できます。
「まずこの水に惚れ込み、そして郡上の町の人や自然環境に惹かれました。僕のように縁もゆかりもない、外から来た人間に対しても、町全体で受け入れてくれる。歓迎してくれるあたたかい空気がここにはあったんです」
ビールを造ることに加えて、家族で腰を据えて暮らすことを考えたときに、郡上八幡の空気は安心感をもたらしてくれたそう。さらにIターン移住の受け入れに積極的な自治体のサポートもあり、町家の物件はトントン拍子に決定。住宅の確保に苦労したものの、退職直後の2012年秋に移住して里山暮らしを始めました。そして2013年の夏にブルワリーがオープン。
ビールはライトなものからじっくり味わうタイプまでカバー。この中から飲みごろの6種類がつながっています。小ぢんまりとしたお店ながら、幅広いラインナップです。そこには松本さんがもうひとつ気に入ったという醸造所の特徴が関わっています。それは、地下にある室(むろ)。
もともと食品などの貯蔵庫として使われていた地下室がビールの発酵、貯蔵に使えると思ったそうです。あくまで手作りのホームブルーイングを礎とするこぼこぼのビールは、大型の発酵タンクを使わない樽内発酵。全て「ユニケグ」と呼ばれる発酵・熟成・貯酒を同時に行う小型の樽で醸造されています(酒税法上は「リキュール(発泡性)」です)
「外気の影響を受けにくい地下室は年間を通して温度変化が少ないので、発酵スペースの温度管理がしやすいのです。発酵を終えたビールは樽ごとに併設の冷蔵室に移され、汲み上げられるその時まで樽の中で低温熟成を続けることができるので、ラガーのように、すっきりとした味わいを出すことができます。17Lのユニケグ5つで85Lと1回の仕込み量は少ないですが、小回りがきくのでさまざまな種類を造ることができるんです」
地下の樽から1階のサーバーまで直接つながっているので、まさにそのままの状態のビールが届きます。郡上の名水と地下室、極小規模のユニケグ醸造が、こぼこぼビールの秘密(マイクロブルーイング方式の開業は、川崎のブルーパブ『ムーンライト』にコンサルティングを依頼)。
「地下室では常に13~15種類のビールを仕込んでいます。もうすぐ『IPA』と半年寝かせた『ベルジャン・デュッペル』が飲みごろですよ」
料理は人気の名物「イングリッシュ コテージパイ(600円)」をはじめとして、岐阜名産、明方ハムの醤油フランクや、地元産の野菜を使った軽食が中心。冬場は岡山から取り寄せる、ぷっくりとした日生(ひなせ)の蒸し牡蠣や、甘味の濃い地ネギ焼きが登場します。
どの料理もリーズナブルながら、ひとつひとつ丁寧に仕込まれた味。
「酵母の“こぼ”です。酵母たっぷりの手作りビールと酵母を使った料理を楽しんでもらいたいなと思って。将来的には妻が作る天然酵母のパンも出せたらと思っています」
酵母たっぷりで、こぼこぼ!
音の響きと字形のやわらかい雰囲気が、ビールの個性も表す見事なネーミングです。こぼこぼと水が湧き出る音のようにも聞こえます。酵母の働きに適した水が流れる郡上は昔から味噌や醤油、日本酒など発酵食品の名産地。さらに、パンとビールの相性がいいのはビアラバーには知られた話です。
奥様のことを話すとき、ちょっと照れていた松本さん。奥様が愛情をこめて作る天然酵母のパンは、こぼこぼビールの美味しさを引き立ててくれるはず。
郡上の名水で仕込むビールが、人と町を結ぶ
この日本人には申し分のない空間で、やさしいビールをいただく。何よりもそれが1番のおすすめですが、県外から来る人にはそれなりの距離があります。
他にはどこで飲めるのでしょうか?
「最近取扱いがあったのは名古屋だと『ヒンメル』、『KEG NAGOYA』。関東では『Craft Beer Server Land』(神楽坂)や最近オープンした『Craft Beer Bar 淡島倉庫』(世田谷)、横浜だと『Sakura Taps』です」
――イベントなどに出されるご予定は?
「仕込みとお店をほぼ一人で切り盛りしているので、なかなか外に出るのが難しいですが、少しでも多くの人にこぼこぼビールを飲んでもらうために、少しずつ動きたいと思っています。まずはボトルをネットで購入できるようにしたいですね」
1つ注意したいポイントがあるとすれば、あまりの居心地の良さについ時間を忘れてしまうところ。風の冷たさにハッとしたら、昼過ぎから4時間も滞在していました。長居しすぎて日が暮れ、この日は観光できませんでしたが、松本さんおすすめの郡上八幡の見どころは?
「やはり郡上の町を一望できる郡上八幡城がおすすめです。あとはこの町全体の雰囲気でしょうか。ぶらぶら散策するだけでも楽しいですし、いろんな場所で食品サンプル作りもできます。冬場は冷え込むので、カーボンヒーターと石油ストーブでお部屋を暖めてお待ちしていますよ」
そぞろ歩きのお供には、テイクアウトのこぼこぼビールを(1杯500円)。
秋も深まり、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた今日この頃。もうしばらく紅葉が楽しめそうな郡上でそぞろ歩きビールはいかがでしょう?
取材協力:郡上八幡麦酒こぼこぼ
住所:岐阜県郡上市八幡町新町939 町家「玄麟」1階
電話:090-4626-2847
アクセス:東海北陸自動車道 郡上八幡ICから車で10分
長良川鉄道 郡上八幡駅から徒歩15分
営業時間:
月、金:17:00~23:00
土、日、祝日:13:00〜23:00
火、木:予約があれば営業
定休日:水曜日(祝祭日は営業)
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