地のものを使い、地元に還元するブルワリー 【ブルワリーレポート いわて蔵ビール編】
昨年、当協会が主催しました世界に伝えたい日本のクラフトビール副原料編(以下、セカツタ)にて、ジャパニーズスパイスエール山椒(以下、山椒)で優勝したのが「いわて蔵ビール」です。今年で醸造を開始して21年目を迎えます。「いわて蔵ビール」はどのような歩みをたどり、どんな未来を見据えているのかを社長である佐藤航氏に話を伺いに一関へ足を運びました。
目次
地元の食材を使用し、地元を知ってもらうのが、私たちの役目
「私たちのビールの特徴ですか?いつも後藤工場長と地元の良さを伝えるために造っていると言っています。定番ビールは別として、新しいビールは地元に関わりのある食材を使用した本格派ビールを目指しています。私たちのビールを飲んで、『ここに行きたい!』と思ってもらえるビールにしたいと考えています」
しかし、最初からこのような考え方ではなかったと言います。
「初めはアメリカンスタイルとかイングリッシュスタイルとか。そういったビールを造っていました。醸造を開始した当初はヴァイツェンがフラッグシップビールでしたし、IPAも最初のころから造っていました。でも、ここ10年くらい『日本のクラフトビールってなんだろう?蔵元(※1)が造るビールってなんだろう?』ということが課題になっていました。当社のスタッフは皆さん地元の方なので、『やっぱり地元の良さを伝えていくということが重要だよね』ということになりました」
そこから生まれたのが、山椒やオイスタースタウトです。この2つのビールは現在の「いわて蔵ビール」のフラッグシップビールとなるまでに成長しました。
※1 「いわて蔵ビール」は日本酒を醸造する世嬉の一酒造のビール部門
造っても赤字。止めるにも多額の支出
「いわて蔵ビール」がビール事業を始めたのは1995年です。設立は先代社長と仲の良かった菓子業や養豚業をしていた社長たちが「食の村(※2)」を造りたいという想いから生まれています。
※2 技術継承をしながら食の匠を育てるプロジェクト
「私が東京から一関に帰ってきたのが1999年です。ちょうどその頃は第1次地ビールブームと呼ばれていた時期が去った後でした。当社も売り上げが落ち込み、ビール事業から撤退するという話もありました。会計士からも『続けるにしても赤字ですし、止めるにも設備を取り壊すのに多くのお金がかかります』と言われました。元々、先代がビール事業を始めるときに私は反対だったのです。どうするか考えた末に微生物学を学んでいた自分がやって駄目なら止めようと決心しました」
そこから佐藤氏がとったのは他のブルワリーへ研修に行くことでした。
「1番、お世話になったのは常陸野ネストビールさんですね。研修を直談判して、勉強させてもらうことになりました。当時は始発で工場へ行って、4、5日間研修して、帰ってきて仕込みをして、またすぐに研修しにいく日々でした。その他にも多くのブルワーさんに研修させてもらいました」
その結果がどうなったのかは現在をみれば、一目瞭然のことと思います。その後は自らが商品サンプルを持って、仙台や東京の飲食店へ営業や販売会に向かいました。地道な活動を続け、少しずつ業績が安定されたとのことでした。
グランプリ受賞後に変化が!
昨年のセカツタ後についても訊いてみました。
「ものすごい、変わりましたよ!それまではお土産ビール的な印象を持たれている方が多かったです。それが、グランプリ受賞後は普通に認知されるようになりました。実は山椒はアメリカで先にヒットしていました。醸造を始めたのが10数年前なので、ゆっくりと育ってきました(笑)デパートからも急に『うなぎとのセットで販売させてほしい』と言われ、今年も販売予定です」
自信のあった山椒も開発当初は柚子を使用したりして試行錯誤をしたと言います。山椒のみを変更したり、様々な試みをしたりして、現在の評価になっています。
刺激的だったオレゴンビアフェスティバルでの日々
「向こうの醸造の仕方が私たちと全然違いましたね。それとサワーエールやグルテンフリービールは刺激的でしたね。日本もそうなんですけど、向こうのブルワーさん同士が仲良くって、業界を作ろうという意識をブルワーさんと話していて、より強く感じました。あと、起業しやすい環境があると感じました。自分たちで環境を良くしようと努力されている印象を受けました」
普段、体験することない環境で受けた大きな刺激は、今後にきっと活かされて私たちに美味しいビールをもたらせてくださることでしょう。
さらなる高みを目指して、設備強化や人材育成を!
醸造設備も見学をさせていただいたのだが、現在、タンクはフル稼働の状態になっていました。
「仕込みは週4日くらいです」
どのくらいのペースで仕込みを行っているのかを工場長である後藤孝紀氏に訊いてみるとこのように答えてくださいました。
取材時には地元農産物を使用したビールと昨年大好評でした「麦酔ラガー」が貯蔵タンクで熟成されていました。「麦酔ラガー」は3月に発売予定とのことです。
「おかげさまで、醸造が間に合わなくて欠品が出てしまうこともあります」とその隣で佐藤氏が申し訳なさそうに付け加えられていました。
「実は今、工場の拡張工事を検討しています。実現すれば、生産能力も向上します。そのためには醸造を担当できる人材の育成が不可欠です」
設備が増えても、正しく醸造ができる人がいなければ、美味しいビールは造れません。そして、その技術はすぐに身につくものではないと佐藤氏は考えています。
しかし、「いわて蔵ビール」ではブルワーにおいても信念があります。それはこの土地に根づいてくれる人であるということです。冒頭でお伝えしたように「地元を大事にしたい」という想いをもってくださる方を育てたいと今後について話されていました。現在、ブルワリーには佐藤氏、後藤氏を含め、4人で活動しています。
「とはいえ、自分も他のブルワリーさんにたくさん教えていただきました。『ブルワーになりたい』と熱い気持ちをもっていらっしゃる方の力になりたいと思います」
アメリカでより強く感じた「横のつながり」を日本でも行っていきたいと熱く語られていました。
地元を愛し、地元のためにできることのために日々取り組み、そして、クラフトビール業界のさらなる飛躍を願い、未来を見据えてアグレッシブに活動されている「いわて蔵ビール」はこれからも岩手の素晴らしさを私たちに届けてくれることでしょう。
◆いわて蔵ビール Data
住所:〒021-0885 岩手県一関市田村町5-41
電話:0191-21-1144
E-mail:staff@sekinoishi.co.jp
Homepage:http://sekinoichi.co.jp/beer/
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。