[テイスティング,ブルワー,新商品情報]2017.4.7

【浜松】土地と野菜の”声”をきく農園ビール。「農+(ノーティス)」からブロッコリーとトマトのビール誕生

静岡県西部に位置する浜松市。その北部に「三方原(みかたはら)」と呼ばれる地域がある。東に天竜川、西に浜名湖、南は太平洋に囲まれた広大な平坦地は、静岡の中でも特に温暖な気候に恵まれており、浜松特産のじゃがいも「三方原馬鈴薯」や白たまねぎなど、数多くの農作物を栽培する農業地帯として知られている。

3月上旬、うす曇りの空にはときおり晴れ間も覗くが、遠州地方の冬の風物詩である強い季節風がびゅうびゅう吹きすさび、体を芯から冷やしていく。「温暖な気候」はどこへやら……。冬だけはこの「遠州からっ風」のおかげで気温以上に肌寒く感じるのもこの地方の特徴だ。


しかし足元に広がる赤土の畑には、強風をもろともしない濃い緑の葉が生い茂っていた。膝頭のあたりまで伸びた大きな葉に、まるで守られているかのように収まっているのはブロッコリーだ。粒の細かい蕾がびっしりと詰まっていて、ボリュームのある頂花蕾を形成している。蕾はうっすらと紫がかった色をしている。

今津氏「これは『恵麟(けいりん)』という品種で、昔の野菜のようにポリフェノールの一種、アントシアニンがはっきり出るのが特徴です」

 

そう話すのは、この畑を営む農+(ノーティス)の代表、今津 亮氏。

日光をたっぷり浴びて、冬の厳しい寒さに忍び耐えたものは、凍結から身を守るために糖度を高めて、より栄養価が高い=「密度の濃い」野菜に育つのだとか。今津氏は新潟麦酒と共同で、自社農園のブロッコリーを使った「ブロッコリーとホップ」、そして通常の3倍の時間をかけて育てたトマトを使った「トマトと麦」の2種類のビールを考案。3月1日から地元の酒販店を中心に発売している(310ml/税別760円)。


野菜を使ったビールというと、日本地ビール協会のガイドラインでは「フィールドビール」というビアスタイルにカテゴリーされる。大地(フィールド)の恵みを受けた副材料を使ったビールだ。日本ではコエドブルワリーの「COEDO 紅赤 –Beniaka-」や、ヘリオス酒造の「ゴーヤーDRY」などがあるが、未だかつてブロッコリーを使ったビールがあっただろうか。

 

なぜブロッコリーをビールに?

今津氏「10年ほどの前にアメリカのがん研究所が、ブロッコリーに抗がん作用をもつ成分が多く含まれていることを発表しました。抗がん作用をもつ食材についてはさまざまな研究が行われていましたが、科学的な検証に基づいて、がんに対する有効性が実証された野菜はブロッコリーが初めてだったのです。そこで、栄養価の高いブロッコリーの『葉』を使い、おいしく食べられるものをつくれないかと考え始めました」

東京農業大学を卒業後、日本各地や東南アジア、インドなどで農業の技術指導や農作物の産地研究、農環境開発に携わっていた今津氏は、2011年に浜松北部の三方原で「農+」を立ち上げた。農+では、これまで培った栽培ノウハウをいかして、野菜本来の持ち味、栄養素を最大限に引き出す野菜の生産と、その野菜をおいしく食べる「食」にこだわっている。 そこで農園のブロッコリーから閃いたのが、ビールだった。

ブロッコリーがもつ、アブラナ科の植物特有の苦味を活かせるものを考えたときに、ビールの苦味とうまく調和させることを考えついたという。さらにブロッコリーと対になる商品として、「トマト」を使ったものも考えた。

昔ながらの風味が特徴の「ファーストトマト」


「トマトと麦」
に使われるトマトの品種は、かつて愛知県を中心に栽培されていた「ファーストトマト」。栽培期間が長く手間がかかるため、今では手がける生産者が少ない。

今津氏「近年では育てやすく傷みにくい品種がスーパーの主流になっていますが、ファーストトマトは昔ながらのトマト。栄養価が高くて、甘さと酸味のバランスが優れているトマトなんです。昔懐かしい味だと思いますよ」

そう言いながら今津氏が差し出したファーストトマトの断面には、果肉がぎっしり詰まっている。いわゆるゼリー状の部分が少ない。そして、食べてみると「甘くて青い」。幼いころ、おばあちゃんの畑でもいだトマトを丸ごとかじったような青々しい香りを放ち、甘さと同時に骨のある酸味も感じる。そしてしっかりした歯ごたえ。味も香りも、全体的に「濃い」のだ。

表面の溝が多く、先端がツンと尖っているのがファーストトマトの特徴

今津氏「通常のトマトはハウス内を15℃程度に加温して育てますが、ノーティスではトマトの生命維持に必要なギリギリの温度で栽培します。開花から収穫まで120日間かけて低温でじっくり育てることで、甘みと酸味をたっぷり蓄えたファーストトマト本来の味わいを引き出しています」

 

ハウスではトマトの他に、からし菜やわさび菜などの葉物野菜を栽培している

この自慢のトマトとブロッコリーをビールにするにために醸造を依頼したのが、かつて農業指導で滞在したことで土地馴染みのある新潟県にある「新潟麦酒」だった。委託醸造を得意としており、数多くのご当地ビールをOEM製造している。

ビール×野菜、両者を表現するバランスに苦戦

新潟麦酒で今津氏の相談にのったのが、醸造担当の吉田氏。

吉田氏「2年前に話を伺ったときは考え込みましたね。当社では年間50種類ぐらいのビールを受託醸造していて野菜も扱ったことがありますが、ブロッコリーは初めてでした。ブロッコリーの味をどこまで出すか、どこまで出せるのか、やってみないと全くわかりませんでした」

 

通常、新潟麦酒の委託醸造ではベースとなる2タイプのビールに副材料を加えることで、オリジナルのビールを造っている。酵母菌も含めて瓶詰めする瓶内発酵、ボトルコンディションの形式をとっているが、瓶詰め前に火入れをするため、実際はほとんど発酵が進まないという。

依頼を受けた吉田氏は、トマトの皮と繊維を取り除いた果汁を麦汁に加え、ブロッコリーに関しては、煮出した葉と茎から抽出した濃縮エキスを使った。今津氏のリクエストは、「ビールと野菜がうまくバランスしたもの。野菜の風味が目立ち過ぎず、それでいて存在を感じとれるもの」だったという。なかなか難しいオーダーだが、ビールを料理と合わせて楽しんでもらいたいという今津氏の願いが込められている。

吉田氏「エキスの量やタイミングを調整しながら2パターンずつ造って試飲してもらい、選ばれた方をベースにして、去年の秋ごろに本格的に仕込みを始めました。トマトはライトですっきりした味わいに、ブロッコリーは苦味とコクを合わせもったエールに仕上がったと思います」

と話す吉田氏。
こうして、「農+」で育まれた野菜の持ち味をいかした「ノーティス・ビール」が誕生した。

 

ビールとトマト、2種類のテイスティング

早速2つのビールを味わってみよう。まずは【ブロッコリーとホップ】


緑黄色野菜を連想させる、緑がかった強い濁り。
泡と炭酸は控えめで、乳酸のような酸味の混じった香りが漂う。
口に含むと、まるで刈ったばかりの芝生に寝そべったような青々しいフレーバーと、それを追いかけるように、えぐみとも違う苦味が残る。焦がした麦のようなロースト香と甘味もほのかに広がる。時間が経つとワイルドな風味が増し、しっかりしたボディに野性味が溶け込んだユニークな味わいだ。

これにはスモークサーモン、ラムチョップの香草焼き、しめさばなど、スパイスをきかせたものや、香りに特徴のある料理とマッチしそうだ。


【トマトと麦】


うっすら白濁りしたライトゴールドの液色。
グラスに注ぐと、きめ細やかな泡がいつまでも残る。
「ブロッコリーとホップ」に似たアロマを感じつつも、より爽やかでフルーティな香り。ビールベースのカクテルのような甘さを想像していたら、非常にすっきりした味わいと予想外のシャープな酸味に驚かされる。ライトでさっぱり。乾杯酒や食前酒として楽しめそうだ。

こちらは軽めの前菜やチキンソテー、フリッツ、白身魚のフライ、シンプルなオイル系パスタとの相性がよいだろう。

ここにしかない味にこだわり、土地の価値を感じるものを

ところで、埼玉県出身の今津氏が、なぜ浜松の三方原に農園を開いたのだろうか。

今津氏「私は長年、農作物の産地や農環境に関する研究調査をしてきて、国内外のさまざまな土地で、数多くの野菜の栽培を担ってきました。その経験を踏まえて、自分が作りたいと思う幅広い品種を育てるのに最も適した場所が、この三方原だったのです。晴天率の高い三方原台地の日照時間は日本一。冬場は強い季節風で気温が下がりますが、作物を傷める雪は滅多にふりません。さらに、三方原の特徴でもある水はけのよい赤土が、私が目指す『濃度が高く、強い野菜』を育んでくれるのです」

今津氏がいう「強い野菜」は、細胞密度が濃く、野菜本来の旨味を豊かに携えた野菜。
言い換えれば、健康的で筋肉質な野菜だ。それらは病害虫に対する抵抗力も強いため、農薬や化学肥料を極力使わずに栽培できる。しくみは人の体と同じかもしれない。

土地のクセをつかみ、土地や野菜が発する声に気づく(Notice)
自然の循環の中で、野菜の生命力をのばすのが今津氏の農法。「農+」のこだわりだ。

 

「ノーティス・ビール」のこれから

三方原の大地の恵みをたっぷり携えた「ノーティス・ビール」。
次は他の野菜を使うなどの新しい展開もあるのだろうか?

今津氏「今のところ他の野菜を使ってビールを造ることは考えていません。あくまで野菜の味わいをいかせるバランスを大切にしたいので、構想には時間がかかります。その代わり、新東名・浜松SAのスマートインター近くに開く予定の飲食店で、農園で育てた野菜の創作料理といっしょにノーティス・ビールを味わってもらいたいと考えています」


同じ土で育った野菜とビールが、テーブルの上でどのような共演を見せるのか?
ビールの多様性と同じように、100品目の野菜を手掛ける「農+」の多様性が、野菜×ビールの新しい可能性と魅力を引き出してくれるかもしれない。

 

■ビール取扱店
エスポワ ごとう
住所:静岡県浜松市中区鹿谷町29-20
電話:053-471-4917
営業時間:10:00 ~ 21:00(水曜定休)
HP :http://www.wr-salt.com/gotoh/


■農園情報

農+(NOTICE)
住所:静岡県浜松市北区東三方232-3
電話:053-525-8311
FAX:053-525-8312
HP :http://notice-vegetable.jp/
MAIL:notice.vegetable@gmail.com
Facebook:https://www.facebook.com/notice.vegetable/

 

■イベント情報
JBJA主催「第3回 世界に伝えたい日本のクラフトビール ピルスナー篇」
~クラフトビールをブームではなくカルチャーにしたい~

場所:渋谷 東京カルチャーカルチャー
日時:4月20日(木)19:00~(開場18:30)
詳しくはこちら

ノーティスビールフィールドビール静岡

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

山口 紗佳

ビアジャーナリスト/ライター

1982年愛知県知多半島出身、大分県大分市在住。中央大学法学部卒業。
名古屋で結婚情報誌制作に携わった後、東京の編集プロダクションで企業広報、教育文化、グルメ、健康美容、アニメなど多媒体の編集制作を経て静岡で10年間フリーライターとして活動。現在は大分拠点に九州のビール事情をお伝えします。

【制作実績】
フリーペーパー『静岡クラフトビアマップ県Ver.』、書籍『世界が憧れる日本酒78』(CCCメディアハウス)、雑誌『ビール王国』(ワイン王国)、グルメ情報サイト『メシ通』(リクルート)、ブルワリーのウェブサイトやPR制作等

【メディア出演】
静岡朝日テレビ「とびっきり!しずおか」
静岡FMラジオ局k-mix「おひるま協同組合」
UTYテレビ山梨「UTYスペシャル ビールは山梨から始まった!?」
静岡新聞「県内地ビール 地図で配信」「こちら女性編集室(こち女)」等

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