自然栽培でつくる作物の美味しさを広めたい農家がつくるビール 【ブルワリーレポート PARADISE BEER FACTORY編】
日本建国・武道の神様である「武甕槌大神(タケミカヅチ)」を御祭神とする鹿島神宮。大鳥居のすぐ近くにある「PARADISE BEER FACTORY(以下、PBF)」は、農産物の生産から加工・販売、そして「おいしい」まで含めた総合飲食体験をコンセプトとしているブルワリーだ。2016年4月に免許交付を受けて、まもなく丸3年をむかえる彼らの取り組みを紹介する。
目次
農作業の過程から生まれたビールづくり
PBFを運営しているのは若手農業集団「鹿嶋パラダイス」。肥料も堆肥も農薬も使わず、野菜本来の味を引き出す「自然栽培」を特徴としている。過度な甘さや味の濃さを追求するパンチのある「おいしい」でなく、素材そのものをそのままの味として育てている。土づくりに数年かかり、成長速度もゆっくりで効率の悪い形であるが、時間をかけて汗水を流し携わることでモノに魂が宿るとオーナーブルワーの唐澤秀氏はいう。
「種を蒔くところから収穫、ビールや味噌、納豆などレストランで使う食材を加工するところまで、すべて自分たちの手で行うことを信念にしています。原材料がないから他から安易に仕入れることはしていません」。
自然栽培を実施していく過程で、肥料を使わずに土壌を回復させる手段として唐澤氏の畑では大麦や大豆を栽培していた。「畑を回復させるために、この2つの作物を栽培するのが効率良いのです」。大豆は味噌、醤油、きな粉、豆腐、納豆と様々な商品に加工できる。しかし大麦は、麦ごはんや麦茶と使い勝手の良い商品がなく頭を悩ませていたところ、まとまった麦芽量を使うビールのことを知り、「これだ!」と閃いたという。
ビールづくりを始めた理由は2つあるのだが、農家が良質な畑をつくるための栽培している大麦の利用価値をビールに見出したのが第1の理由だ。
ドイツで飲んだビールの感動が「つくりたい」の原点
「2006年にドイツへサッカーワールドカップを観戦しに行きました。初めての訪問で色々と巡りました。ドイツといえばビールですが、それまでも国内の大手メーカーやクラフトビールを飲んで良い印象がありませんでした。ところが飲んでみたらその美味しさに感動しました」。それまでビールは舌ではなく、喉で味わうものという印象が180度変わったという。
おいしいビールが飲みたかったので、帰国後に自家栽培した米で日本酒の委託醸造を依頼している千葉県の「寺田本家」の当主に「ビールもつくってほしい」と相談。しかし、「つくる気はない。自分でつくればいい」と断られてしまう。
つくりたい思いはあったものの「設備を揃える資金がない」と話すと、当主より「最近は小さい設備でもつくれるらしい。今度、一緒に見に行ってみよう」と、埼玉県にある「麦雑穀工房マイクロブルワリー」へ足を運んだ。
「いろいろとお話を聞かせていただいて、この形なら自分でもチャレンジできそうだと感じました。その後も様々なブルワリーを訪問し、始める決心をしました。ビール醸造の経験を積むため、ヴァイツェンの味に惚れた銀座の『八蛮』で教えてもらいました」。
ドイツで飲んだ美味しいビールにより芽生えたビールづくりへの思い。これが第2の理由である。
自家栽培した原料でつくったドリンカブルなビールを楽しんでほしい
ビールの特徴を聞いてみると「飲みやすいこと」と話す。IPAにしてもビターホップはそれほど効かせずにドライホッピングで香り付けすることで、華やかなアロマに対し、苦味を抑えている。また、炭酸ガスを入れずにナチュラルカーボネーションとすることで優しい口当たりにしている。
流行りのスタイルやハイアルコール、ホップがガツンと効いた刺激的なビールには関心がないといい、「他社との勝負ではなく、自分たちが目指す味に近づけるよう努力する」とビールづくりへの思いを語る。
現在、栽培した大麦は収穫後、麦芽にするため製麦会社に委託している。ピルスナーモルトはペールエールモルトに近い状態まで焙燥してもらい、チョコレートモルトのように焙焦する必要がある麦芽は、対応できる会社や設備がないため輸入品を使っている。ビールは麦の酒というこだわりがあるので、ボトルに自然栽培の麦芽使用率をあえて表記している。
使用した麦芽は、地元の養豚場で餌として活用し、その豚をソーセージに加工してブリューパブで調理して提供してサステナビリティな環境を実践している。
仕込み水には「鹿島神宮」内にある御神水を使用。硬度が95あり、硬水に近いためエールビールにもラガービールにも使いやすいという。
興味深いのはホップだ。
「ホップは、地元のみなさんにホップグリーンカーテンとして栽培してもらっているとカナダのバンクーバー島にいる友人が栽培しているオーガニックホップを使っています。今後は、そちらに圃場を設けて栽培をしようと思っています」。
収穫期が夏となるホップは台風をはじめとする自然災害時のリスクが高いこと、夏にほとんど雨の降らないカナダで栽培する方が質の良いホップが収穫できるという理由から鹿嶋産にはこだわらないで自家栽培を目指す予定だ。
セクシーな女性のロゴはもともとトマトのキャラクターだった!?
ボトルに描かれているセクシーな女性。イタリアのトマトを栽培するときに考案したもので、名前はマチルダという。キャッチコピーは、「男を狂わす魅惑のトマト」。女性が男性を口説き落とすときに使うトマトだ。「色気を素直に表現したい」という思いから誕生した。
なぜ、トマトのキャラクターをビールにも起用したのか?
「ロゴはアピールするための大事なポイントになると考えていました。たまたま私の知人が海外で現地の友達とお店でビールを注文するときに、その友達が『この間、飲んだ日本のビールはなんだったかな?』となったそうです。しばらく考えて、フクロウのイラストのビールだったという話を聞きました。フクロウといえば『常陸野ネストビール』だとすぐにイメージできると思います。これは凄いと。そこでインパクトがあるマチルダを採用しました」。
自分たちがつくったものを飲んで食べてパラダイスを感じてほしい
この世にパラダイスをつくり、関わる人の人生をパラダイスにすることを目的に活動している唐澤氏。美味しくて、サステナビリティな社会を築いていく思いを届けるための「場」が重要だといい、今年中に都内に出店して関心をもってもらうきっかけをつくる予定だ。
やることが多く、人手が足りない(※1)状況だが「私たちが育てた麦でつくったビールをみなさんが飲んで楽しんでもらえたら自分たちも嬉しくて幸せになる」と語り、背伸びをせず自然体でビールづくりに励み、パラダイスな環境を目指したいと今後について語ってくれた。
理想を形にするには現実的に困難な課題も多いが、話をする唐澤氏の表情をみているとこちらもワクワクしてくるから不思議だ。理想に近づいていく過程を追うのが楽しみだ。
東京駅から高速バス約2時間。自然栽培で育まれた食材でつくられた料理とビールがある空間を楽しみにまた出かけてみようと思う。
◆PARADISE BEER FACTORY Data
住所:〒314-0031 茨城県鹿嶋市宮中1-5-1
電話:0299-77-8745
Homepage:https://paradisebeer.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/Paradise.Beer.Factory/
営業時間:木曜日~日曜日 ランチタイム11:30~14:00 カフェタイム14:00~16:00 ディナータイム18:00~21:00
※日曜日・祝祭日はディナータイムはなし
定休日:月曜日~水曜日 その他、農作業のため臨時休業あり
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。