注ぎは「サイエンス」だ!【Beerに惹かれたものたち13人目 ピルスナーウルケル・タップスター 佐藤裕介氏】
「アサヒ・スーパードライ」を注ぎ分け、味わいを変えることで飲み手を魅了する佐藤裕介氏。昨年10月に日本人初となる「ピルスナーウルケル・タップスター」に認定された。彼はなぜ「注ぎ」にこだわるのか? その思いに迫った。
目次
ずっと抱いていたピルスナーウルケルへの思い
―:日本人初のタップスター認定おめでとうございます。タップスターとはどのようなものか、またどのような経緯で目指されたかを教えてください。
佐藤:ピルスナーウルケル(以下PU)社認定バーテンダーの称号が「Tapster(タップスター)」です。チェコ・ピルゼンの町にある醸造所にてタップスタープログラムを受講し、厳しい試験に受かったものだけが認定されます。PUに関する様々な知識を自らの口で語り、伝統的かつ独特の注ぎ方である「ハラディンカ」を完璧に注げるスキルを身につけ、世界各国でアンバサダーの役割も果たしながら活躍しています。今回は、PU社から直接、招待を受けタップスターを取得するに至りました。私がこのビールに惚れ込んだのは、12年前のことです。2007年に「新橋DRY-DOCK(※1)」の店長として店を立ち上げる際、ヨーロッパのビール文化を学ぶための旅をしました。約1カ月かけてイギリス、アイルランド、オランダ、ベルギー、ドイツ、チェコと6か国を巡り、様々なビールを見て周りました。そのなかで、僕にとってもっとも衝撃的だったのが、カスクコンディションドエールでもトラピストビールでもヴァイスビールでもなく、普段飲み慣れているはずのチェコのピルスナーだったのです。この「ピルスナーの元祖」に一瞬で虜になりました。
※2007年オープン、東京・新橋にあるビアバー。
―:どんな衝撃があったのですか?
佐藤:日本でも飲み慣れているはずの「ピルスナー」はもともと好きでしたが、本場チェコのPUは、何杯飲んでも飲み飽きず、何杯目でも美味しく飲み続けられたのです。黄金の液体が大ぶりなジョッキに注がれる様子を見ていて、注ぎ方にも秘密があることを悟りました。このときの「美味しくて楽しいビール体験」をいつか東京でも再現したいと強く思いました。
―:独立して2015年にオープンした2号店のピルゼンアレイは最初「アサヒ・スーパードライ」のみを提供するビアバーでした。
佐藤:もともと15年来スーパードライを注ぎ続け、様々な観点から研究してきました。もっとも説得力を持って提供できるピルスナーがスーパードライだったのです。そして、当時は品質を維持して輸入できる環境がなかったため、「スーパードライ」一本勝負でピルスナーの店をスタートしました。開業から2年ほどして、なんと「アサヒグループホールディングス(以下、アサヒ)」がPU社を傘下に収めるというニュースが飛び込んできました。実は、その頃からPU社のグローバルチームとアサヒビールのマーケティング本部からコンタクトがあり、たびたびピルゼンアレイに来てもらい、一緒に飲む機会も設け、よくコミュニケーションをとるようになりました。私のPUに対する思いや日本での展開について話をしていくうちに「ぜひ日本で初めてのタップスターは佐藤になってほしい」とご指名をいただいたのが経緯です。ビールがつないでくれた素敵なご縁ですね。
―:佐藤さんの熱い思いが伝わったわけですね。タップスタープログラムではどのようなことをするのですか?
佐藤:まず醸造所内を細かく見学し、歴史や伝統、製法、成分、他のビールとの違い、そしてSNSの活用法についてなど、多岐にわたる講義を受けます。そして、ピルゼンの町のレストランやバーで実地研修があります。プログラムの期間は5日間。私はその後に「ピルスナーフェスト(誕生祭)」にも参加したので1週間くらい滞在しました。
―:講義で印象に残っていることはありますか?
佐藤:製法や成分、原料といった情報も包み隠さずなんでも教えてくれました。これは企業秘密主義の日本ではありえません。自社での製麦もトリプルデコクションという独特の糖化方法もとても印象的ですが、「パラレルブルーイング=並行醸造」という珍しいことを行なっているのが特に印象的でした。これは、木桶(樽)で発酵・熟成・貯酒をさせる昔の製法と現代の設備でそれぞれビールを造ります。見学ツアーに訪れた人たちにも昔の製法のものを飲んでもらい、1842年の創業当時も今も「同じ味を守り続けている」ということを証明するために行なっている取り組みです。こんなことをやり続けるのもPUの懐の深さであり、唯一無二の「ピルスナーの元祖」たる所以だと感じました。世界のビアスタイルの7割を占めるピルスナーの原点であり、味わいも含めて類似したものが存在しないオンリーワンのこだわりを感じました。
―:それはすごいですね。実地研修ではサービングを学ぶのですか?
佐藤:基本はサービングを学ぶのですが、私はそれ以上に現地でどのように飲まれているのか、どんな料理と合わせているか、どんなことに気を遣っているかなど、そのほかのことにも目を光らせていました。現地のプロの(笑)ビール飲みにあれこれ言われながら1日に8~10時間、3日間にわたりずっとPUを注ぎ続けていましたからヘトヘトでしたが、終わった後は深夜2時くらいまでタップスター候補生たちと飲みに出かけ、翌朝はまた8時半工場集合で講義といった日々を送りました。普通に朝現れない人とかいましたが、私ではありません(笑)
―:研修以外もハードだ……。
佐藤:最終日の試験では、4択問題、記述問題の筆記試験と実際にサービングをする実技試験があります。これに通るとタップスターとして認定されます。
―:タップスターとして認定されたときはどんなお気持ちでしたか?
佐藤:認定時にヘッドタップスターに言われた一言「Welcome to the family!」には、嬉しくて身体がゾクゾクしました!
―:それは嬉しいですよね。
佐藤:タップスターたちは帰国後、PUの伝統や良さを語り、完璧な状態で「ハラディンカ」を注ぎます。ビールの飲み手にPUの思いを伝え、完璧な味わいを体験してもらい、ファンを増やします。大変よくできたシステムだと感じました。SNSの講義では、インスタグラムで各自の活動を投稿するのですが、タップスターのボスであるビアマスターや、醸造長からもコメントをもらえるのですごくチーム感・ファミリー感を得られます。
―:2018年現在、世界でタップスターは何人いるのですか?
佐藤:150人くらいです。今年も日本から数名が研修に行くと聞いています。これからもちょっとずつ増えていくでしょう。
―:これから美味しいPUが飲めるお店が増えていきますね。
佐藤:そうですね。僕もアンバサダーとして多くの方々にPUの想いを伝えていかなければなりませんね。
バーテンダーからビールの注ぎ手へ
―:ビールとの出会いを教えてください。
佐藤:もともとはバーデンダーに興味があり、大学2年生からアルバイトをしていました。大学4年生の時には新橋のバーでアルバイトをしていて、工学部でしたので卒業後は大学院に行く予定でした。そのときに「大学院を卒業した先に何があるのか」と疑問が湧いてきて、自分のやりたいことは何かと考えるようになりました。だんだんと自分のやりたい仕事がバーテンダーだと思うようになり、やがて間違いないと確信しました。札幌から東京の理系私大に進学させてもらって両親には申し訳ない気持ちにもなりましたが、自分の気持ちを正直に伝えたところ「自分の決めた道なら頑張りなさい」と応援してくれました。大学の教授には怒られましたけどね(笑)。
―:はじめからビールだけに携わっていたわけではなかったのですね。
佐藤:はい。カクテルもウィスキーも大好きでした。ただ、そのバーが立ち退きとなり、オーナーから「次の店はビール専門店にするから店長をやれ」と言われてから重点的にビールに関わるようになりました。
―:ビール専門店の店長を任されたときに辞めようとは思わなかった?
佐藤:「ビール専門かぁ…」という気持ちはちょっとありました(笑)。「シェイカーは振らなくなるなぁ」と寂しい気持ちになりましたね。
―:ビールの道に進む決断をしたきっかけは何かありましたか?
佐藤:挑戦してみて駄目だったらバーデンダーに戻ればいいと考えていました。気づいたらビールの世界にどっぷりとハマってましたけど。広く浅い世界かと思っていたら、広く深い世界でした。そしてビールを介して世界中のさまざまな人たちとコミュニケーションした時の興奮はたまりません!
―:注ぎ分けはいつから始めたのですか?
佐藤:15年前に勤めはじめた頃、アサヒビールの直営ビアホールで名物店長として有名だった方にビールの注ぎ方を教わりました。私のビール注ぎの師匠です。シャープ注ぎとマイルド注ぎという2つの方法によって印象がまったく変わるのに驚きました。勤めているときは、あくまでメーカー推奨の注ぎ方で「スーパードライ」を美味しく提供していく方針で営業していました。ただ、そこで注ぎ方に対する意識は明らかに変わり、よく観察するようになりましたね。
海外でみたビール文化の違いから誕生した「注ぎ分け」
―:注ぎ分けは、いつ思いついたのですか?
佐藤:今まで様々の国を巡り、様々なビール文化、注ぎ方を見て考察してきました。例えばイギリス。「彼らが育んできたビール文化=リアルエールやカスクコンディションドエールは炭酸ガスの含有が少なく、ほとんど泡立ちません。ですから、泡が(ほとんど)ないのが彼らの『ビール』なんだ、なのでラガーに対してもほとんど泡が無いように提供してるのかなとか。ドイツでは二度注ぎしてる店があるんだなとか、チェコでは泡を先に入れて注いでるんだなとか」。じゃあラガー(ピルスナー)で特徴的な注ぎ方を何種類か並べて選んでもらったら面白いのではないだろうかと思いました。
―:独立後も「スーパードライ」を選ばれました。当時は状態の良いPUがなかったということですが、他の銘柄は考えなかったのですか?
佐藤:10年間、スーパードライの樽生を美味しく提供するためにどうしたらいいか考えながら注いできましたから、もっとも理解しているピルスナーがスーパードライです。選んだのは必然的だったと思います。
―:他のビアスタイルではやらないのですか?
佐藤:ピルスナーが誕生して約180年、現在は世界の7割のシェアを占めるスタイルです。世界のいろいろな場所で飲まれているからこそ、いろいろな注ぎ方、飲まれ方が生まれ、各国のビール文化を形成しているんだと思います。他のスタイルで注ぎ方がどうこうといった話は聞かないですよね。各ビアスタイルが持つ伝統や慣習などの文化に、ピルスナーの注ぎの概念をねじ込むのは、ちょっと違う気がしています。注ぐことは、主に炭酸ガスをコントロールすることです。炭酸ガスが弱い他のスタイルではあまりやる必要がないという持論もあります。「ビールが苦手」という人だけではなく、「ピルスナーはつまらない」という人にも改めて美味しいピルスナー体験をしてほしくて、「ピルゼンアレイ」はピルスナー専門にしています。ごく当たり前にありふれた「スーパードライ」ですが、伝統的ないくつかの注ぎ方でよりビールを楽しめる方法をチャレンジしてみたいと思いました。
―:飲み心地が違うので、飽きないですよね。
佐藤:お客様によっては、「シャープ注ぎ」が好きっていう人もいるでしょうし、3杯目ならガスを抑えた「マツオ注ぎ」がいいという人もいると思います。
―:オリジナルの「サトウ注ぎ」の誕生エピソードは?
佐藤:これはPUの「ハラディンカ」という注ぎ方をベースにしています。泡から先に入れる注ぎ方をチェコで見たことがきっかけで、帰国後に真似をしてみました。タップのノズル形状やビールの流量が違うので完全に同じではありませんが、泡を先に入れて、撹拌させながら注ぐと泡が立ちます。泡が立つと炭酸ガスが抜けていきます。飲んでみたら適度なガスの抜け感が美味しかった。そこから改良を重ねたのが「サトウ注ぎ」です。
―:「スーパードライ」で3種類と「ピルスナーウルケル」のハラディンカの4種類が基本的な提供方法ですが、飲む順番でおススメはありますか?
佐藤:「シャープ注ぎ」「サトウ注ぎ」「マツオ注ぎ」「ハラディンカ」の順番ですかね。自由ですけどね(笑)。あとは何杯飲むかによって変わると思います。炭酸の爽快感で喉の渇きを潤し、その後はガスを抜いて、味わいを感じやすく、そしてお腹の張らないビールと考えるのが一般的かと。ただ一般的な「シャープ注ぎ」にしても完璧に注がれると、どう感じるかを試してほしいですね。2杯飲でしたら「サトウ注ぎ」「ハラディンカ」を薦めます。
注ぎは全体の美味しさをつくる3割
―:美味しいビールを提供するためには、たくさん注いで覚えるしかないですか?
佐藤:興味のある方には夢のない話ですが、注ぐこと自体は「作業」です。機械だって注いでいますし、人だって練習すれば誰でもできると思います。センスがある人なら1度見ただけでできるようになりますよ。
―:1度見ただけで!?
佐藤:もともと今の日本のビールサーバーは誰にでも注げるようにと開発された経緯があります。よく考えれば、そうでなければ樽生ビールが広がっていきませんよね。アルバイトの学生さんでも小料理屋のママでもできないと。では私がどう違うかというと、まずグラスの持ち方や注ぐ動作といった所作が美味しそうな印象に見せるということがあります。そこは私がバーテンダーとして経験してきたところが大きいと思います。そして、それ以上に「どうして泡立つのか?」「泡が立つと味わいにどんな変化が起きるか?」「サーバーのシステムはどうなっているのか?」「どうしてこの時期はアロマに変化が起きているのか」など、自分で気づき、考え、探求し、理解していかないと問題を解決して、説得力を持って本当に美味しいビールを提供することはできないと思います。ビールは、工場を出荷してからお客様の口に届くまでに味わいが変化する変数がとても多い。注ぎ方は一番注目されますが、それだけでは最高のビールは出せません。サービングは全体の美味しさをつくる3~4割くらい。美味しさを形成するほとんどは工場からの流通過程での温度管理と要する時間、店舗での管理や準備、グラスの形状や洗浄などです。
―:なるほど。
佐藤:醸造が「サイエンス」であるように、サービングも「サイエンス」だと思います。ちょっと理屈っぽいですが、そもそも私のビールへのアプローチは理系的な考え方や探求心からきているのは間違いありません。
―:目に見えないところでの管理や準備が美味しいビールを飲むためには欠かせないわけですね。
佐藤:ビールが苦手な人って「炭酸が強い」「苦い」というイメージをもっています。もちろんそこが嫌いな人は仕方ないのですが、私も皆さんも含め、初めからビールが美味しいと思える人なんてほとんどいません。動物にとって苦味は「毒」ですしね。ただ、飲み続けているといつかそれを乗り越える瞬間があるのです。今の若い人は、なかなかその山を乗り越えることができないうちに、ビールは諦めてカシスオレンジに向かってしまっているように見えます。ですから飲食店は、正しい方法によって、本当の「ビールの美味しさ」を体験する機会を提供していかなければなりません。「樽生ビールは品質管理が不安だから、瓶ビールの方が安心!」なんて声もよく聞きますよね。「正しく管理できないなら樽生ビールの提供はやめた方がいい」と当たり前のことがなかなかできずにいるのも確かです。こうした要因で、毎年ビール消費量が減少しているとしたら残念です。美味しくビールを提供するという当たり前のことを伝えるのが自分の役割だと考えています。
―:飲食店だけの問題ではないところもあると思いますが……。
佐藤:まぁ、そうですね。各ビールメーカーが厳しいシェア争いもあって、無理に広げすぎたこともあるでしょう。これが30年以上かけて形成された日本のビール業界の現状です。今となって、ビールの消費がどんどん減少し、歯止めが利かないのは、少子高齢化やアルコール離れだけではないはずです。ビールの良さが若い人たちに伝えられていない。ビールにネガティブなイメージをもつ人もピルゼンアレイで飲んだらイメージが変わったりするわけですよ。当たり前のことを正しくやって、ビールが飲めない方々にも「ビールってこんなに美味しいものなんだ」ということを知ってほしいですね。
―:佐藤さんにとって注ぎとは?
佐藤:サービスマンとしての表現手段ですかね。我々の仕事って、お客さんに美味しいとか楽しいと喜んでもらえることが最大の悦びであり、モチベーションなのです。
タップスターになって改めて感じた「ビールって楽しいお酒」
佐藤:最近、ピルゼンアレイでは、お客様にチェコの乾杯の仕方「Na Zdravi!(ナズドラヴィー)(※2)」をお伝えして、乾杯する機会も増えてきました。PUのごっついジョッキを持った人同士が、ガツンと乾杯する光景がすごく良いのです。
※2 チェコ語で乾杯の意味
―:楽しそう!
佐藤:タップスタープログラム中にピルゼンの店でビールを注いでいると、自分たちも味のチェック(ただ飲みたいだけ?)でビールを注いで、スタッフ同士やお客様と乾杯します。もちろん店にもよりますけどね。ただ、そのときに醸し出される楽しく温かい空気に、改めて「ビールってなんて楽しいお酒なんだろう!」と深く感じました。
―:日本ではなかなか見られない光景ですね。
佐藤:すごく明るい雰囲気になりますね。15年以上ビールを注いでいますが、初心に返ったような気分になりました。ビールの美味しさ、楽しさ、そしてこの雰囲気を皆さんに伝えるためにタップスターになったような気がします。
―:体験してみたい人は佐藤さんと乾杯しに「ピルゼンアレイ」に来ないと。
佐藤:そうですね(笑)。ピルゼンアレイは、お客様とコミュニケーションがとれることや、注ぎたてを自らの手で素早くお客さんの前に置けることを目的に、この広さでやっています。今年からしばらくはこちらで注いでいることが多いので、ぜひ飲みにいらしてください!お待ちしています。
◆佐藤裕介氏が注ぐビールが飲める店
店名:PILSEN ALLEY(ピルゼンアレイ)
住所:〒104-0061 東京都中央区銀座6-4-14 HAOビル1F
TEL:03-3572-1655
Homepage:http://www.beerboulevard.com/pilsen/
Facebook:https://www.facebook.com/pilsenalley/
アクセス:東京メトロ銀座駅C2出口から徒歩3分・JR有楽町駅銀座口から徒歩5分
営業日:月曜日~金曜日17:00~22:00 土曜日15:00~21:00
定休日:日曜日・祝日
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