[ビアバー,ブルワー]2019.2.18

東海道BEER川崎宿工場ー美を追求した和の空間。過去・現在・未来の川崎。そして、これからのクラフトビール

ビールに愛された皆さまへ!

東海道BEER川崎宿工場は、川崎にて古くから商売を続けている岩田屋の4代目である岩澤克政氏が、空きスペースの有効利用と同時に、川崎を盛り上げる一つの場としてリノベーションし、2018年12月21日に開業したブルーパブです。
京急川崎駅から徒歩7分、JR川崎駅からも10分程度です。かつてここが江戸時代からの五街道のひとつだったことを示す石碑がそこかしこ建てられ、趣きを感じさせる旧東海道を北に上ったところに東海道BEER川崎宿工場があります。

東海道の石碑

岩田屋の創業は明治時代。もともとガラスや建具を扱ってきた会社で、この店舗にもその技術を生かした素晴らしい和風の意匠がこらされています。

左から 番頭:田村寛之氏、主人:岩澤克政氏、醸造技師:田上達史氏 画像提供:東海道BEER川崎宿工場

「まず、普通にビールに関わってきた人たちであれば、ありえないデザインですよね」
と東海道BEER川崎宿工場 醸造技師の田上氏。
ビールの醸造所といえば、ステンレスのタンクに、ボイラーや直火の熱源、そしてタンクからタンクへと続く配管や、チラー、洗浄に必要なホースなど、とにかく水分や蒸気、熱と切っては切れない設備です。そんななかで、白木の細い枠とガラスで仕切る繊細な建具が、向こう側にステンレスのタンクをきらびやかに浮き上がらせています。
「洋風ではなく、和風に仕上げるということも。」

オープニング レセプションでは和風の美の極みともいえる芸妓の技も披露された。画像提供:東海道BEER川崎宿工場

そう、ここは江戸時代から続いた川崎宿をモチーフにした、旧くて新しいビアパブなのです。

稲毛神社の大銀杏と勝虫

まず最初に目を引くのは、店舗側の表に面した、イチョウとトンボのモチーフを抜いた白木の細工です。両面にガラスがはめられているので、ペアガラスと同じ機能があるのでしょうか、何度かドアの真横にあたる、カウンター席の一番端に座ったのですが、真冬の時期にも関わらず一度も寒さを感じたことがありませんでした。

イチョウとトンボの間隔など、デザインは何カ月もかけて決められた

そして、ビールが提供されるグラスはオリジナルデザインで、イチョウとトンボのサンドブラストが施されています。

SサイズとMサイズが選べる

さて、モチーフのひとつである大銀杏ですが、この川崎宿の中心ともいえる古くからこの地に建つ稲毛神社にて信仰を集める、樹齢1000年を超える御神木です。実際に稲毛神社へお参りに行ってみたところ、戦時中の空襲で大きな傷を負いながらも生き抜く満身創痍の巨木はまさに迫力があり、胸に迫るものがあります。

稲毛神社。明治以前は河崎山王社とよばれていた

 

御神木大銀杏。樹齢約1000年といわれている。願いごとをして一周お参りすると願いがかなうそうです

そして「勝虫」と呼ばれ縁起の良いトンボ。前方にだけ進むことから「不退転」の精神を表すとして、戦国武将などに好まれていたといわれています。稲毛神社でご縁のある方にお配りしているという手ぬぐいには、トンボがあしらわれています。

赤と青の2色。非売品

麦の穂をつかむ旅路の人

さて、川崎宿には麦にまつわる有名なエピソードがあります。「月日は百代の過客にして、行き交ふ年も又旅人也」と、まさに亡くなるまで旅に病んで夢が枯野を駆け巡った人物が、亡くなる前年に江戸を引き払い、西へと向かう途中に、ここ川崎を通り過ぎます。
川崎のこのあたりは海に近い平地ということもあり、一面に広い麦畑が広がっていました。彼の弟子たちがこの川崎宿にて見送りの際に師匠に送った俳句に対して、彼が返しとして別れに詠んだ句が、
麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」です。
川崎宿と麦は、こうして切っても切れない縁を、江戸時代のスーパー著名人によってむすばれたのでした。そう、松尾芭蕉です。

今もJRと京急の八丁畷駅の近くにたたずむ記念の石碑

現在の川崎、未来の川崎

川崎といえば、泣く子も黙る京浜工業地帯のど真ん中。海辺には大企業の巨大プラントが立ち並び、夜ともなると気焔を上げるがごとく、煙突から炎が燃え盛り夜空を照らしています。
そんな工業地帯を思い起こさせるのが、東海道BEER川崎宿工場の中枢を為す醸造設備です。立ち並ぶステンレス製の醸造タンクが、下からの照明効果によって、大きなガラスの向こうに浮かび上がるようにしてゲストを驚かせます。
まさに、「今ここで」ビールが作られているという臨場感と、そして「出来立てのビール」を楽しむ贅沢さ。

ビールの後ろにタンクが浮かび上がるのは、まさに「映える」瞬間

そして反対側の壁には、東海道五十三次の広重の絵を、近未来的にイメージした壮大なペインティングが施されています。よくよく見ると、ビルや建物にタップが取り付けられていたりします。ウィットに富んだ未来の川崎を眺めて飲むのも、またオツではないでしょうか。

細かいところまで楽しめる特大アート。未来の川崎に想いを馳せながら。画像提供:東海道BEER川崎宿工場

醸造技師 田上達史氏

ビアファンの中には、彼を知る人が多いのではないでしょうか。一昨年閉鎖された、川崎市南加瀬の風上麦酒製造の経営者であり、そのカリスマ的ともいえる独特なセンスで作り上げるビールに心酔するファンも多い、天才ブルワー。職人というよりアーティストに分類されるような方ではないでしょうか。

醸造技師・田上達史氏

―ここでは、どんな仕事を任されているのですか?
「ビールに関わることは全て自分の仕事です。醸造、税金や書類作成、注ぎ方、お客様にビールの話をすることも」

―オープンからずっとお店に立って接客をされています。休日はおろか、休憩時間もなさそうですが?
「開店直後なので休み無くやっていましたが、定休日もできます。お店にも、立たなくなる時間も増えてくると思います」
(2月から毎週火曜日が店舗の定休日になりました)

―風上時代、一人で仕事をすることに強いこだわりがあるように見えましたが、何か心境の変化があったのですか?
「一昨年12月、(風上麦酒の閉鎖の原因となった)怪我のことも辞めることも知らなかった、東海道BEERの方からコンタクトがありました。その当時は、一緒にやるというより、ビールの醸造所、ビールを作ることについて全く何も知らないので教えて欲しい、という形での声掛けでした。もちろん、そういった方には誰にでも力になりたいといつも考えています。醸造免許を取ること自体にノウハウが必要ですし、いろいろ頑張っていらっしゃるという印象で、協力しようと思いました。
(合流して事業をやることになった)今も、ビールについては完全に任されているので、一人といえば、一人です。心境の変化というのは特にありません。今後、やる気のある方がいれば、醸造に人を入れて育てていかないといけないと思いますが、それでも今は一人が楽ですね。醸造部門については、じっくり時間をかけて人を探していきたいと思っています。
東海道BEER川崎宿工場の後ろにはいろんな人が付いていますが、川崎市も市長や副市長など、レセプションだけではなく、その後も店に来られるような付き合いをしています。公的部分での関わりがあるし、僕らに期待もしています。
口出しは、されませんね。仕事の量もクオリティも、自分でなければできないレベルでやれていると思うから。口を出す必要がないことを分かってもらっています。」

―大分、個性的な味わいから、飲みやすいきれいなビールにシフトチェンジしましたね
「クラフトビールは、まだまだマニアのもので、それをもっと一般的な市民レベルにまで落としたいと思っていて、今は、そういう大衆受けして、長く愛されるものを作っています。ビアギークより、もっと浅いファン層や、一般市民の方を向いたビールを作りたいと思っております。」

四種の定番ビールについて

左から麦の出会い、薄紅の口実、黒い弛緩、1623

1623

アルコール度5%
大麦のアロマホップを使ったIPA
シトラスの香りに強い苦みを
調和させた爽快なビール

ネーミングの1623は川崎宿が宿場町として正式に制定された年で、あと数年で400周年です。具体的なことは決まっていませんが、川崎市と提携しながら、この2023年は年間を通じて特別な年だと感じるようにしていきたい。その旗振りをしていきたいですね。
今の日本のクラフトビールのIPAは、アメリカの影響で強い香りを求める傾向がどんどん強まっています。いわゆる「ドラゴンボールインフレーション」という経済学的な言葉ですが、読者の要望に応えるため、敵の強さを上げ続けなければならない。同じようにIPAの味も香りも、もっと強い刺激を、という風潮になっている。
その波には乗りたくなくて、本来の、穏やかでもいいけど、きちんと香りがいいというものを作りたいというのが方針です。
ホップは使い方によっておいしくない部分が出ます。やはり植物なので、草っぽさ、えぐみという表現になると思いますが、それが僕はとても敏感に嫌なので、出さないように気を付けています。丁寧に作るということ、それをきちんとやっていれば、出ない味わいだと思います。
使っているホップは、各銘柄4~5種類ありますが、1623で主に特徴づけているのはカリプソですね。

黒い弛緩

アルコール度7%
ハーブによる複雑なアロマに
覆われた黒色のビール
わずわらしさを忘れさせる
強い香りを持っています

風上麦酒(無意識の承認)から踏襲している、原点にもなっている味です。だいぶ穏やかになっています。この穏やかさは、前々からここがベストだろうと思っていたポジションで作っています。
前の風上麦酒製造を立ち上げたのは、日本にも世界にもなかった、こういう味を作りたかったから。洋酒に近いような味わいのビールがあってもいいのではないか、ということで無意識の承認を作りました。今の黒い弛緩ぐらいがベストと思っていながらも、あえて強い方向で、ベストの位置を通り過ぎたところで作っていた。
個性的で激しいものを作ってきたのは、誰もやらないからやってきたというところがあって、特に日本人はそういった拡げ方ができないから、ビール業界が広がらない部分だと思ったので、自分がやろうという目的意識を持ってやっていた。そして、それはかなり達成できたと思っています。
今回の黒い弛緩はバランス重視です。まだ個性的だとは思いますが。ハーブはクローブを使っています。今後調整で種類を増やす可能性もありますが、他の部分はホップで補っています。香りの中心はアータナムというアメリカのホップと、ニュージーランドのラカウです。クローブで出す香りの土台となっています。

薄紅の口実

アルコール度5%
いちごの爽やかな酸味と
ほのかなハチミツの香りをもつ
美しい紅色のビール

川崎宿は江戸時代から、多摩川の氾濫などで川を渡れず、宿場にとどまる期間が長くなることもあり、艶っぽいサービスのある施設も自然と増えていきました。そして、そういった場所を目当てにして、何かの用を作ってわざわざ訪れるという人たちもいたということで、このネーミングになりました。色から連想しています。今でも川崎に風俗街があることで有名なのは、そういった歴史的由来があるからです。
ジュースではないので、果汁や香料は使わず、ちゃんと複雑さを出しています。
紅色はローストモルトのちょうどいい色合いのもので出しています。いちごは、500リットルに対して20㎏。いちごの風味もよく出ています。甘味はいちごだけではなく、はちみつ由来の甘味も生きていますし、甘味が出やすいモルトもあるので、そこでの調整もしています。はちみつは県立川崎高校の養蜂部から、購入しています。セイヨウミツバチでした。花は特に決まっている様子ではなく、近隣の花の花蜜を採集させているようです。一度の醸造で8リットル使用します。
いちごについては、日本で作られている一般的ないちごは甘さを追求しすぎているので、使っていません。欲しい酸味が出るのでアメリカ産のいちごを冷凍などで入手しています。
ホップはアータナムが中心です。ちょっとフラワリーな香りが出ます。

麦の出会い

アルコール度5%
小麦をまぜて造られた
飲みやすい白ビール
オレンジピールとコリアンダーが
心地よく香ります

(前述の)芭蕉の句にちなんで名前を付けました。(オリジナルは)別れの句ですが、この麦の出会いは、「ここで出会う」ビールです。というのも、将来的にはここで醸造されるビールはボトリングされて外販することも予定されているのですが、定番4種のうち、この麦の出会いだけボトル(の見本)を作っていません。
ここに来ていただいて、私達がここでサービングすることで、ここで出会っていただくという意味もあります。
小麦は35%ぐらい、一般的な量ですね。小麦麦芽を使用しています。オレンジピールとコリアンダーを使用してベルジャンヴィット的なニュアンスですが、ベルジャン酵母は使用していませんね。ホップはいろいろ使っているがアータナムも使っていますが、おだやかな香りはそこからつけています。苦味はチヌーク、シムコー、このあたりですね。

ブルワーとしての向上と定番を持つ意味

―この4種以外に銘柄を増やす予定はないのですか?
「定番は、定番。違うものを作るとしたら余裕ができたときに限定で作るかもしれませんが、定番をしっかり持ちたいですね。
定番がなく、多様なビールを作り続けるとなると、作業が一過性で終わってしまう。その時作ったものが失敗しようが常に正解になってしまいます。
それでは、一般市民レベルにまで落とし込む作業は不可能です。
4銘柄のコンセプトに合わせた最高のものを作っていくために、レシピも微調整しつつ、最高のバランスを目指します。
基本的には同じものを作っていくことになりますが、理想とのズレは必ず生じるので、年単位で微調整が続くと思います。
そういうゴールを目指す作業がないと、自分のブルワーとしての腕も上がらないし、成長が阻害されます。
自分なりのゴールを、到達点を目指して、向上させていくために微調整を重ね、最高の場所へ登って行く作業をするために、定番は必要です。自分なりの理想を描いていかないと、向上はしません。」


インタビューの間中、訥々と言葉をつなぐ田上氏。本当にクレバーで思慮深く、ゆっくりと言葉を選びながら語って下さったという印象でした。

今後、クラフトビールも大きな転換期を迎えることでしょう。
たとえばスターバックスコーヒーが日本に上陸する以前は、ある一定以上の価格帯のコーヒーは、高級な喫茶店やホテルのラウンジの利用者、豆の産地やドリップの方法などにこだわる愛好家たちのものでしたが、スタバのマーケティング戦略の大成功により、専門的なコーヒーが、まったく市民権を得て、学生までもが飲む物になりました。
ここを訪れて記事を読んで下さる皆さまのようなビアファンだけではなく、街を歩く人が、ふと足を止めてクラフトビールの店に入るような、誰も(ただし20歳以上の成人)が選ぶものになっていく。東海道BEERが目指す「市民レベルに落とす」という意味はこういうことを指すのだと思われます。そしてそれは、業界の努力により少しずつ実現の方向へ進みはじめています。
この一年で、大きな転換期を迎え、第二章が始まった田上氏。全国のクラフトビール関係者やファンからの熱い視線を受けながらも、そこから離れた更に先の到達点を目指し、これから新しい活動が始まります。


東海道BEER川崎宿工場
公式ホームページ:https://tokaido.beer/
Facebook:https://www.facebook.com/tokaidobeer.kawasaki/
Instagram:https://www.instagram.com/tokaido_beer/
営業時間 平日17:30~23:00 土日祝12:00~23:00
火曜定休
客席 カウンター11席、テーブル2(4席)
タップ数 4

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

MJ

ビアジャーナリスト/Youtube JBJA Channelプロデューサー

ビールと昆虫とリコーダーと天然石が大好きです。JBJAではイベントサポートやBJAチューターも楽しんで取り組んでおります。人に寄り添う記事作成を心がけ、JBJA公式動画サイトJBJAchannelではMCを担当しております。
JBJA公式動画サイト:YouTube JBJAチャンネル

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