ブランドを大事に育て、長く広く愛されるブルワリーに【ブルワリーレポート VOYAGER BREWING編】
和歌山県南部に位置し、総面積が県全域の約22%と県内第1位の広い面積をもつ田辺市(平成27年10月1日現在の国土地理院の公表値による)。名産品として、梅やみかん、肉質の良さと豊かな風味をもつ高級和牛「熊野牛」などがある。2015年8月20日(VOYAGER打ち上げ日)会社設立、2016年8月より醸造を開始した「VOYAGER BREWING(以下、VOYAGER)」。新商品を次々にリリースする現在の流れに逆行するように「COPPER」「GOLD」の2銘柄を中心に醸造を続けてきた(最近、IPAが定番に加わった)。ブルワリーのデザイン性の良さは、SNSを通じて惹かれるものがあり、今回ご縁もあり代表取締役の真鍋公二氏にお話を聞く機会を得た。
目次
クラシカルで派手さはないが、きちんと存在感のあるビールをつくる
「新規のブルワリーが、ファンや飲食店へ早く認知してもらうためには、流行りのものをつくった方が良いのですが、軸となるビールはモルトやホップそれぞれが主張しすぎることなく、それでいてそれぞれの存在感が感じられるようなビールを目指しています!」とビールについて聞くと真鍋氏はこう答えてくれた。
最近ではIPAを定番化や限定ビールも登場してきているが、醸造開始から2年は頑なに「COPPER」「GOLD」の2種類のビールをつくり続けてきた。その理由は何だったのだろうか?
「これまで2種類で展開してきたのは、ノンフィルター・要冷蔵の商品である色々な種類のビールを製造しても、創業して間もない自分達には販売力もなく売れ残りなどによりお客様の手元に届くビールの状態が不安定になると考えたからです。ビールはとにかく奥が深いです。使用する酵母の種類やホップの添加方法などで、製造から販売、お客様の手元に届くまで様々な環境の変化やお客様が食べるもの、飲む順序などで、同じロットのビールでも感じ方が変わってしまいます」と、まずは自分達のフラッグシップとなるビールをしっかりとつくりあげていく事を優先したからだという。
「限定ビールをたくさんつくる方が、お客さんも喜ぶと思いますが、今の僕たちはそれをすべきでないと考えています」。と思いを話してくれた。
「自分達のブランド」をつくりたいと思い、独立を決意
「田辺市は和歌山県の市として1番面積が広いにもかかわらず、お酒づくりをしているところがなかった事などが理由です」と、2014年奥様と創業を決意し2015年田辺市に醸造所を構えた。
「『VOYAGER』は、地域の特産品を使うローカル色を前面に出したブルワリーではありませんが、クラフトビールの市場がほとんどないこの地域にその良さを少しでも広めていくと同時に、若者がそこで働きたいと思えるような小さくてもブランド志向の醸造所となることを目標にしています(※2)。特産品を使うなどして地域色を出せば補助や助成金などの対象となり創業資金の一部に充当する方法もあると助言をいただいたりもしましたが、それは避けました。苦しい台所事情でしたが、地域の名産品を最初から使う目的でビールを製造する事だけはしたくありませんでした。まずは自分たちのつくりたいビール。それがうまくいってから地域の特産品を使用したビールも造っていきたいです」と、ブルワリーの方針を説明してくれた。
※2 製造免許は、発泡酒ではなく最初からビール免許取得している。
地域色を全面に出さないというが、決して地域を無視しているわけではない。「和歌山県田辺市で製造しているビールが全国の色んなお店で提供されるようになれば、結果としてそれが名産となり、街づくりの材料の1つになれば良いと考えています」と、真鍋氏なりに地域貢献の方法を考えたうえでの取り組みなのだ。
「ですから資金調達には本当に苦労しました。事業計画書をつくって、出資者を募り、税務署や金融機関に何度も足を運びました。税務署からは、『この事業をはじめるにあたって所要資金はどうするのか? 酒税の担保もあるのか? それを証明してほしい』と言われました。金融機関からは、『醸造免許が交付されなければできない事業。取得できるかどうかわからない現時点での融資の確約は難しい…』と言われ、何度も諦めようと思いました」。
しかし、これまでの経験が色々と活きたという。「先に会社を設立し、その後カナダに渡り醸造設備の売買契約を交わすなど、醸造所設立の準備をあらかた整えた後、税務署に『やります』と申請しました」と教えてくれた。
「それができたのは何と言っても、今までの経験やこの計画を後押し、指導してくださった商工会議所の方々、株主の方々、担保もお金も何もない自分達に金融機関の支店長が親身になって色々と力になってくれた事(金融機関としての融資証明は出せないが、免許取得出来れば融資すると時には税務署に同行してくれたという)や応援してくれた家族、親戚や友人知人などがあったからです。今思えばありえない事だったのかなと思います」と、当時を振り返る。
「まだまだ当初の計画通りこの事業を進めることが出来ていない現状がありますが、1日でも早く軌道にのせ、いつか同じ思いの人たちを応援できる立場になれたらと思います」と思いを語る。
VOYAGERという名前からつくったブルワリー
筆者が「VOYAGER」に興味をもったのは、ロゴやブルワリーのデザイン性の良さだ。どのように決めたのかを聞いた。
「ブルワリーを始めるにあたって、ビールのブランド名はすごく重要です。NASAの惑星探査機『VOYAGER』をブランド名にしたのは、人工物として1番遠くまで飛び続けているものとして『宇宙のスケール感や、未知への探求、ロマン、チャレンジ』など自分たちが描くイメージがぴったり重なったからです。しかし、この「VOYAGER」を商標登録するのにも苦労しました。(VOYAGER BREWING®)・ロゴマーク®・そして(VOYAGER®)が登録されるまで結局3年かかりました(笑)」と、ロゴについてのエピソードを話す。
地道に活動し、自分たちのできる範囲でやっていく
現在、約6割が県外への販売。「まだまだ、田辺市内でも県内でもマーケットが小さいです。これからは地域の方々やお店などの色んな方々とコラボレーションしたりしながら顧客の開拓もしていこうと思います」という。
これからの商品展開についても聞いてみると、「当初イングリッシュスタイルで販売していたIPAは、イーストの安定性など考慮してアメリカンクラシックスタイルに変更しました」。
「樽生のみ販売する季節限定ビールにつきましては、秋に販売して大好評だった『PORTER』と、春から初夏に向けての新商品 AMERICAN SESSION ALE の『THRUSTER(スラスター)』を4月1日に販売を開始しました」とのこと。
新商品 AMERICAN SESSION ALE 「THRUSTER」は、「23年前醸造研修でお世話になったアメリカカリフォルニア州のブルワリーで製造されているシトラホップを大量に使用したWIPAがあります。もともとブルワー達が飲みたいビールとして製造されたものが商品化されたようです。『THRUSTER』は、このビールをドリンカブルにしたものを目指して、これからの季節、自分達が飲みたいビールを限定販売しようと製造しました。名前の『THRUSTER』には、軌道修正や第2エンジンといった意味が含まれます(笑)」とのことだ。
「一昨年より当社の一員となった若いブルワー西崎くんのビール造りについての情熱や研究心、知識などもどんどん取り入れることにより、今後はさらによいものづくりができると考えています」といい、「これからも自分たちの可能な醸造範囲内でやっていきたいです。今は、焦って品質を落とすことがないようにすることと、私たちのビールを大切に取扱ってくださる店舗やお客様を地道に探していきたいと思います。とにかく丁寧に、雑にならないよう仕事していきたいですね」と一歩一歩、品質とブランド力の向上に努めていく方針だ。
最近は、東京や大阪のビアバーをはじめ飲食店での取り扱いもどんどん増えてきているという。まだ飲んだことがなく、これを読んで興味をもたれた方がいたらぜひ飲んでみてほしい。遠方ではあるが、ブルワリーの雰囲気もいいのでビア旅好きの方にもおススメしたい。
※2019年4月28日 本文を一部修正いたしました。
※2020年5月6日 本文を一部修正・加筆いたしました。
◆VOYAGER BREWING Data
住所:〒646-0061 和歌山県田辺市上の山1-9-20
電話:0739-34-3305
FAX:0739-34-3306
Homepage:http://www.voyagerbrewing.co.jp/
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。