アサヒバイオサイクル株式会社のビール酵母再活用法がすごい!
ビールの原料といえば、麦芽、ホップ、水、そして酵母です。醸造に使われた麦芽粕が、畜産動物の餌に再利用されることは、ビールファンであればご存知の方も多いことでしょう。では使用後の酵母は、どうしているでしょうか? 「アサヒグループホールディングス株式会社」の子会社として2017年に設立された「アサヒバイオサイクル株式会社」では、使用後の酵母を使った新たな取り組みを始めて効果を得ています。どのように活用しているかを聞きに行ってきました。
目次
アンチエイジングの研究から生まれた活用法
―:今日は、よろしくお願いします。はじめに「アサヒバイオサイクル株式会社」さんは、どのような会社なのか教えてください。
北川隆徳氏:醸造後のビール酵母などのアサヒグループの副産物を有効活用し、環境・社会的課題の解決を通じて、持続可能な社会の実現に貢献することを目指しています。
-:余った原料をどうやって有効活用することからスタートした事業ということでよろしいでしょうか。
北川:副産物、廃棄物を削減する為ではなく、副生される原料の特性をどう活かして価値を高めるかですね。
―:どのようなところで使われているのですか?
北川:農家様やゴルフ場が中心です。
―:ビール酵母をどうして、植物に活用することになったのでしょうか。
北川:もともとビール酵母は、主に「EBIOS錠」という胃腸・栄養補給薬や、分解した酵母エキスを調味料の原料などとして使われていました。これまでの研究で、人間・動物の免疫力を高めたり、植物の生育を良くしたりする機能があることがわかっており、大きなポテンシャルがあることがわかっていましたが、十分に有効活用できているとは言えませんでした。もっと付加価値を高めようと研究を進めて現在に至ります。
―:植物にどのような効果があるのでしょうか。
北川:農業分野では収穫量の増加、ゴルフ場では芝の品質の向上が期待できます。
植物が強くなることで、温室効果ガス排出削減にも効果あり
―:なぜ温室効果ガス排出削減につながるのですか?
北川:農地やゴルフ場で再活用することでサステイナブルな取り組みになります。養分吸収力が高まり植物体が頑強になるため、化学肥料や化学農薬の使用量の低減が期待できます。化学肥料や化学農薬を製造する際には必ずCO₂の排出を伴います。LCA(※1)の手法を用いてCO₂の排出量を数値化したところ、水稲栽培やゴルフ場のコース管理において、化学肥料や化学農薬の使用量が減量することにより、酵母資材の使用により上乗せされるCO₂量を差し引いても、トータルではCO₂排出量の削減につながるという計算結果が出ました。
―:なるほど!
北川:同様にビールや飲料など、あらゆる製品を製造する過程でもCO₂を排出します。LCAの考え方は日本ではまだあまり浸透していませんが、欧米を中心とした世界中のメーカーがこの考え方を基にして温室効果ガスの排出削減に取り組んでいます。
※1 LIFE CYCLE ASSESSMENTの略。ある製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取‐原料生産‐製品生産‐流通・消費‐廃棄・リサイクル)またはその特定段階における環境影響を評価する手法
―:だからビール会社の工場見学に行くと環境面への対策が展示されているわけですね。
北川:そうです。そうです。
酵母細胞壁にあるβグルカンが植物の免疫力を高める!
北川:アサヒビールでは品質を安定させるため、発酵終了後に酵母は濾過などをして取り除いています。取り除いた酵母を洗浄、乾燥し、これを錠剤にして製品にしたのが、「EBIOS錠」です。ビール酵母には、ビタミン、ミネラル、アミノ酸と健康に良い成分が豊富に含まれています。また、酵母の中にあるプロテアーゼという酵素を活性化させると、酵母自身が分解をはじめ、蛋白質がアミノ酸に分解されます。このアミノ酸などの水に溶けやすい成分を濃縮したものが酵母エキスで、カップラーメンなどの調味料の原料や微生物の培地の原料に使われていて栄養価も高いものです。
―:カップラーメンの原材料名のところで見たことがあります。
北川:今回の植物向けの肥料に使う原料は、水に溶けやすい部分を取り除き、多糖類を主成分とする酵母細胞壁を活用したものです。卵で例えるなら、白身と黄身が酵母エキスで殻が酵母細胞壁という感じです。
―:なるほど。
北川:酵母細胞壁のなかにあるβグルカンという物質が植物の免疫力を高めてくれる効果があります。ただこのままですと、酵母細胞壁は水に溶けにくく植物が吸収しにくいので、水に溶けやすく吸収しやすいように高温高圧化で分解する私たちの特許技術を用いることで製品化に成功しました。最初はヒトのアンチエイジング分野への活用を検討しましたが、人と同様に植物に対しても強力な生理活性を示すことがわかり、植物への活用に発展していきました。
―:すごいという言葉しか出てきません……。
北川:いやいや(笑)。この酵母のβグルカンというのは、カビのβグルカンと同じ構造をもっています。酵母のβグルカンを吸収すると人でも同じことが起こるのですが、異物と認識します。そうすると異物に打ち勝とうと免疫力が高くなります。
―:ワクチンみたいな感じですね。
北川:その通りです。植物も異物(病原菌)を認識し身の危険を感じると、種の保存(子孫を残す)をしようとします。子孫を残すために、土に細かい根を張って養分を吸って花を咲かせて種を落とそうとする動きをすることがわかりました。
―:なるほど。
北川:細かい根を張ると養分吸収力が飛躍的に向上し、単純に強くなるので、大雨が降るような環境の変化にも耐えやすくなります。それと強くなることは、農薬をあまり必要としなくなりますから自然環境にも優しい状態になります。それに伴い、繰り返しになりますが、CO₂削減にも貢献できるのです。
―:すごいですね。太い根ではなく、細かい根が増えるのですか?
北川:植物ホルモンが変化することにより、太い根ではなく細かい根が増えます。細かい根は色々な養分を吸い上げる能力が高いので、多くの実を収穫することができるようになり収穫量も増えます。そのほかにも病気になった芝に散布すると回復が早くなり、その後は再発がしにくくなることもわかっています。
―:それはいいですね。麦芽粕は畜産の餌に再利用していることを知っている人はいると思いますが、ビール酵母の再利用方法を知らない愛飲家も多いと思います。ここまで使いきれることは理想的だと思いました。
北川:そうですね。これがキモになります。高温高圧でエネルギーを与えて、酵母細胞壁がこれを溜め込める能力を発見したことがポイントになりました。溜めることができれば、あとで他のところへ渡せます。老化はエネルギーを失っていく過程なので、そこにエネルギーを補えれば予防できます。エネルギーを蓄えることができることでアンチエイジングが可能になります。
―:やっぱり、すごいという言葉しか出てきません……。製品としては植物にかけるだけでいいのですか?
北川:はい、希釈して散布するだけです。
スポーツ界に広がるビール酵母の再活用
北川:大手ゴルフ場チェーンの「アコーディア・ゴルフ」様では、コース管理に活用いただき、従来方法と比較して温室効果ガス排出量が約47%減少すると計算されました。
―:約半分の削減に。
北川:ゴルフ場以外では、競馬場、サッカー場でも使っていただいています。
―:競馬やサッカーが好きなビールファンは、現地に行ったら「この芝には自分たちが飲んでいるビール酵母が使われている」って思うと、ちょっと嬉しい気持ちになります。
北川・安齋:あははは(笑)。そのほかに「うまいを明日へ」というプロジェクトで、園庭の緑化に寄付した保育施設でも使われました。農薬を使用しない管理ができるので、園児が安心に裸足で遊ぶことができると好評を得ています。
―:色々なところに広がりを見せていますね。しかし、ビールをつくっている会社ですから芝だけではなくビール麦に使うことは検討されていないのでしょうか?
北川:もちろんやっていますよ(笑)。グループ会社としての商品原料の栽培にも使っていただけるように少しづつ広げています。
―:肥料会社に販売しているとのことですが、近年、小規模醸造をしているところで、自分たちで原料からつくってビールを醸造するブルワリーもあります。そういった方たちからすると関心のある商品かもしれません。製品となったものは小売りをされているのですか?
北川:はい、お取り扱いしている会社様から購入できます。
―:ビールファンは、喜ぶかもしれません。美味しいとともにビール会社の環境への取り組みも知ってもらえて一石二鳥です。
安齋:そうなれば嬉しいです。
―:ビールをつくるためには多くのエネルギーを消費します。これから企業に対して、環境面への対応も今以上に求められてくると思います。
安齋:そうですね。だからこそ挑戦できることもあると思います。
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