街の外も内もつなげるコミュニティブルワリー【ブルワリーレポート 遠野醸造編】
岩手県遠野市。ビールが好きな人ならば、ここがホップの産地であることは周知のことだろう。しかし、農家の高齢化や担い手の減少により生産量はピーク時の229t(昭和62年)から43t(平成30年)とピークの5分の1まで減少している(※1)。生産者減少の課題を解決するため、民間企業、ホップ生産者、行政、そして地域の人々が一体となって立ち上げられたプロジェクト「Brewing Tono」。その流れの1つとして2017年11月に誕生したのが「株式会社遠野醸造」である。クラウドファンディングでは目標金額の1.5倍を超える800万円近い支援を集めて醸造設備を導入。オリジナルビールの販売を2018年5月3日から開始した。先月、1周年を迎えた彼らが、いま何を思っているのか。現地で聞いてきた。
※1 BEER EXPERIENCE株式会社の資料より
目次
計画以上の来店に賑わった1年
-:ゴールデンウィークには1周年祭も開催しました。改めて振り返るとどのような1年でしたか?
大田睦氏:苦労しました(苦笑)。はじめてみると色々と課題が出てきましたね。それをどうやってクリアしていくか。そこが大変でした。
田村淳一氏:太田さんは醸造しながらお店で料理も担当しているので、料理の仕込みとか大変だったと思います。
太田氏:醸造だけではありませんでしたからね。
袴田大輔氏:メニューも考えないといけなかったですしね。
-:ブリューパブという形態ならではの大変さだと思います。オリジナルビールの販売開始からすぐに夏場を迎えました。在庫が少なくなることはありましたか?
太田氏:昨年は、常に在庫が少ない状態でした。8月末の「遠野ホップ収穫祭」の後は、冷蔵庫のなかが空っぽになりました。
-:ちょうど収穫祭の後に伺ったときに空の冷蔵庫を見せてもらったのを覚えています。
太田氏:今年は、在庫を確保できるように醸造計画を立てて進めています。
-:袴田さん、田村さんはいかがでしたか?
袴田大輔氏:私はお店の運営を中心にやってきました。総合的に1年目としては良かったと思います。私たちが想像していたよりもお客様に多く来店してもらえましたし、様々なメディアからも注目していただけたおかげで事業計画よりも1.5倍を超える売り上げを上げることもできました。
田村氏:需要的なことも課題もちゃんと見つかって、それに対してアプローチができているので私も良い状況だと思います。
地元に愛されるビールを目指して品質に向き合う日々
-:ビールのラインナップを見るとホップの産地にもかかわらず、ホップの効いたビールが少ない印象です。これは何か意図があるのでしょうか?
太田氏:これはですねぇ、どういった戦略でいくか考えましたね。私たちの課題として醸造経験が浅い。まずは美味しいと思ってもらえる品質を継続してできるようにならないといけませんでした。
田村氏:スタンダードでドリンカブルなビールを継続的につくれるようになることが目標でした。
太田氏:最初からニッチなスタイルは考えなかったです。それは2年目以降のチャレンジだと思っていました。実際に品質が不安定な時期もありました。クオリティを継続的に安定させる課題をクリアしていかないと次には進めないですね。
田村氏:それと遠野の人たちのことを考えてやってきましたから「地元の方が飲まないビールだったら意味がないよね」という話はしました。
-:飲んでくれる人がいなければ成り立たないですからね。でもホップの産地とはいえ、ピルスナー以外のビールに馴染みがない地域だった思います。地元のお客様の反応はどうでしたか?
太田氏:メニュー表を見て、どんなビールかわからないから「とりあえず一番搾り」というお客様もいます。そういった方には、「一番搾り以外はここでつくっているビールですよ」とご案内して、どんな味わいが好きなのかをヒアリングして提供するようにしています。飲まれると「美味しいねー」って反応してくれますよ。
袴田氏:飲む機会がなかっただけなんですよね。
-:なるほど。今は定番ビールというのは?
太田氏:「ペールエール」「ESB(EXTRA STRONG BITTER)」「スタウト」「しおツェン(ヴァイツェン)」の4種類ですね。
田村氏:しおツェン(※1)が定番になっちゃった(笑)
一同:(爆笑)
※1 昨年まで遠野醸造にインターンに来ていた子がつくったビール
遠野の人たちと共存し、築き上げた信頼
-:地元との方たちとの関係づくりはいかがでしたか?
田村氏:外からきた私たちなので、「1年続くのか?」という目もありました。そのうえ今までにない「ブリューパブ」ですから。どうしてもイロモノ的な感じになりますよね。
-:若い世代が何か起業したりするのは少ない地域なのでしょうか?
袴田氏:遠野は割合にある方だと思いますよ。
田村氏:昔の地ビールブームが衰退していったイメージも残っていると思います。でも飲みに来た地元の人たちが、他の人たちに「美味しかったよ」と伝えてくれることで少しずつ認知されるようになってきました。
-:遠野醸造はブリューパブを始めるにあたり、椅子を地元の人と製作したり、元の酒屋さんの雰囲気を残したりしました。人やモノを大事にし、街の人と共存していく気持ちが伝わったから受け入れられるまでが早かったと感じています。
太田氏:街のなかにも新しいことに関心をもってくれやすい方とちょっと距離を置く方と色々いらっしゃいます。はじめに彼(袴田氏)が月に1回クラフトビアナイトという企画で「クラフトビールってこんなに美味しいのがあるよ」と啓蒙活動をしてくれていました。コミュニティの土台となる活動をしてくれていたことは大きかった。関心を持ってくれる人たちと一緒に始めるということは大事でしたね。
田村氏:今では「ハスカップを使いませんか?」と地元の方たちが相談に来てくれる場所になっていて良い流れができていると思います。
-:それだけ遠野醸造が地域から信頼されていると感じます。
袴田氏:1年間しっかりやってきたからこそ、地元の方から認めてもらえるようになったと思います。
ビールの里の中心地に
-:遠野では「ホップの里からビールの里へ」をテーマに街づくりをしています。皆さんの役割はどんなところにあるのでしょうか?
田村氏:「ビールの里」を掲げたときに、まちの中心にシンボル的なものが何もありませんでした。そこにブルワリーができてビールが飲める場所を提供できるようになったことは大きかったと思います。駅からも近いので遠野以外からも飲みに来る方が増えました。お客様が宿泊することで、地元にも還元できるようになりましたし、少しずつ存在感が出てきたと感じています。
太田氏:実際に関わる人たちが集まる場所にならないといけません。遠野以外の場所から来た人も「あそこに行けばビールの里が体感できる」という象徴でなければいけないと思います。
-:市内外から人が集まってくるので、コミュニティブルワリーとしての役割が果たせていますね。
袴田氏:そうですね。徐々にですけど。地元の方が日々の生活のなかで利用してくれるようになってきました。
田村氏:ビールの里構想を進める起点になれたのは大きいと思います。私たちを通じて、つながりが生まれていく。そんな場所になっているのは意味のあることですね。
-:いい場所になっていますよね。駅から近いのもいいです。
袴田氏:はい。これはもう奇跡ですね。物件を探しているなかで、たまたまこの前を歩いていたら前日までなかった賃貸の看板が目に入って。
太田氏:紹介された場所によっては、車じゃないといけないところもありましたすから。それを考えたら本当に幸運でした。
-:偶然だったんですね。それと市役所がすぐ近くにあるので、プロジェクトを進めるときに便利ですね。
田村氏:そうですね。最近は、電話じゃなくて直接来て打ち合わせをすることも多いです(実は取材中も市役所の職員が来ていた)。地域の食材を使ったビールやイベントを1つずつ丁寧に対応していくことで地域にとって大事な存在になるし、それがビールの里構想につながっていきます。
太田氏:街の人と一緒にビールのレシピを考えてつくることができれば、「このビールは俺がつくったんだ」と身近に感じやすくなると思います。そうなればビール文化に厚みが増してくると思います。ホップの生産を基本にしながら文化の厚みをつくっていくのが私たちの役割だと思っています。
品質の安定化とコミュニティスポットとしての進化を目指して
-:現在の課題は何かありますか?
田村氏:きちんとしたクオリティのビールをつくり続けられるかが1番の課題ですね。
太田氏:そこが1番ですね。自分自身のキャリアもまだ浅いので、トラブルも1つずつ経験を積んで対応できるようにならないと。
田村氏:見た目はベテランですけどね
一同:大爆笑。
袴田氏:2人が話をしたように醸造の失敗もありました。常に自分たちが納得いくビールがつくれるようになることは課題ですね。あとは冬場の来店者数が落ち込んだところを今年はどうやって乗り越えていくかですね。
-:やはり冬場は厳しいですか……。
田村氏:かなり寒いですからね。観光客もグッと少なくなりますし、地元の人も外に出なくなります。でも1年やってきたことで、サイクルもわかってきました。
-:将来的にボトル販売とかは考えていらっしゃるのでしょうか?
袴田氏:選択肢としてはあると思います。
太田氏:今の規模ですと夏場は外販する余裕はないですね。外販するなら地元での販売量が落ち込む冬場ですかね。そこは考えていかないといけないかな。
-:冬場なら遠野醸造のビールが外販されるチャンスがあると。
袴田氏:お土産需要もあるので、その辺りの対応もできるようにしたいですね。
-:地元の方だとグラウラーの利用が普及してきているとのことですが、旅行で来た人でグラウラーをもっている人はビールファン以外にはなかなかいません……。
田村氏:週末は車で来た観光客の方から「ボトル販売はないんですか?」って聞かれますからね。
-:他に挑戦してみたいことはありますか?
太田氏:収穫したてのホップを使ってビールをつくれるのは、うちの強みです。今年はフレッシュホップを使ったビールを最大限つくっていきたいと考えています。新鮮なホップでどれだけ仕込めるか。そこに挑戦していきたいですね。
袴田氏:最近は、若い世代のホップ生産者が、「自分たちが育てたホップがビールになるとどんな風になるのか? 醸造にも関わってみたい」という要望もありますので、連携しながら進めていきたいですね。
太田氏:将来的には、「○○さんが育てた△△の品種を使ったビール」と遠野醸造がショールーム的な役割を果たしていきたいですね。そういう形でホップの産地に貢献していけたらいいですね。
-:飲んだ人から「○○のような香りのあるホップをつくってほしい」という要望から試験栽培がスタートする可能性もありそうですね。
田村氏:そうですね。
袴田氏:経営面では、健全なビジネスモデルを構築することですね。そのなかで、今計画を進めている3つ目の新しいブルワリーだったり、ホップとビールのミュージアムだったり遠野に生まれる新しい動きに関わっていければと思います。
太田氏:ビール醸造を学べる環境もつくれたら素晴らしいなと思います。
袴田氏:そのために1番大事なことは、地元の方たちから支持されるか。今はメディアに取り上げてもらう機会が多く、観光地的な感じになっていますけど、将来を考えていくと地域の人たちがクラフトビールを理解してくれて、自分たちのビジョンに共感して飲みに来てくれる状態をつくらなければブルワリーを継続していくことは難しいでしょうね。
田村氏:これから先、お店で使う食材やビールの原料も遠野産のものに変えていきますし、そうした積み重ねが大事だと思います。直接の関わりは薄いかもしれないけど、接点がある人たちが増えると私たちのファンになってくれる方も増えてくると思います。
-:コミュニティブルワリーの大事なところですね。
田村氏:遠野醸造があって良かったと思ってもらえるようにならないと。地域活性をやっているから応援しようではなくて、遠野醸造で美味しいビールを飲むことで楽しい体験ができて生活の質が上がる。そんな場になりたいですね。
-:これからの活躍も期待しています。今日はありがとうございました。
◆遠野醸造 Data
住所:岩手県遠野市中央通り10-15
電話番号:0198-66-3990
Homepage:https://tonobrewing.com/
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。