ガーナ人とつくりあげたジャパニーズスタイルビール【ビール誕生秘話 7本目 那須高原ビール ナインテイルドフォックス編】
「ビールはできたてが1番美味しい」。多くのビールは、鮮度が良い状態で飲むがいい。しかし、なかには年月をかけて楽しむビールもある。その1つが1998年日本で誕生した那須高原ビールの「ナインテイルドフォックス」だ。ヴィンテージビールという新たなスタイルを考案したのが代表取締役社長を務める小山田孝司氏。何故、真逆の発想を思いついたのかが知りたくブルワリーのある那須を訪れることにした。
目次
世界に通用するジャパニーズスタイルがつくりたかった
「世界でも通用するような本当に美味しいビールをつくりたいとブルワリーを始める前から考えていました。日本のクラフトビールで世界に通用する特殊なビールをつくりたかったのです」。
きっかけを聞いてみると想定外の答えが返ってきた。那須高原ビールがオープンした1996年は地ビール創生期(まだクラフトビールと呼ばれていなかった)。伝統的なドイツスタイルのビールを提供しているブルワリーが多く、オリジナリティが乏しい時期に世界に通用するビールを考えていたことに驚いた。
「先に名前も考えていました。日本語に訳すと『九尾の狐』という意味で、異次元の力をもった那須に伝わる伝説の生き物です。しかし、美味しいだけでは名前負けしてしまいます。当時は美味しいビールは鮮度が命という時代で、日本には古くなると美味しくなるビールがありませんでした。時間が経つと美味しくなるというのは異次元のビールだなと。これは海外にも通じるネーミングにピッタリだということで名付けました」。
真逆の発想から誕生したのがナインテイルドフォックスだった。
子供の頃の原体験がヒントに
美味しいだけではなく、今までにない考えをもったビール。そのアイデアはどこから生まれたのだろうか。
「祖母が家で梅酒をつくっていたのですが、大人になって時間が経った梅酒を飲んでみるとマイルドな味わいになって美味しかった」。
ワインやウイスキーのようにお酒には時間をかけて熟成させて楽しむものもある。ルーツは、時間が経った梅酒の美味しさにあり、これがヴィンテージビールのヒントになった。
そして、ラベルデザインにも思い入れがあるという。「那須に大丸温泉というところがあります。そこに九尾の狐の像がありました。小学生の頃、父が私に『この像を写生しろ』と言って何回か描きました」。その経験から自身でラベルのイラストを製作。本来はデザイナーが描いたイラストを起用する予定だったが、知人から「小山田さんのイラストを使うべき」と強く推され採用することになった。
父親は、未来が見えていたのだろうか? 「理由を聞かないまま他界してしまいましたので、なぜそんなことを言ったのかは分からないんですよ」と不思議そうに語る。
ガーナ人によって具現化したナインテイルドフォックス
ナインテイルドフォックスから少し離れるが、那須高原ビールを語るうえで欠かすことができない人物がいる。それがエチゴビールでブルワーを務めていたガーナ出身のバワ・デムヤコ氏だ。那須高原ビールでは、醸造指導や新しいビールレシピの相談にのり、初仕込みにも立ち会った人物だ。
前例のないヴィンテージビールの挑戦においても小山田氏はバワ氏に相談した。小山田氏がビールのイメージを伝えてバワ氏がレシピを作成した。「彼とは周りから兄弟と間違えられるくらい価値観のピッタリと合う間柄でした。イメージを伝えると一発で私が思い描いていたビールに仕上げてくれました!」と笑顔で話す。
「販売を開始する時期の色はSRM(※1)で9。梅酒と同じで、ナインテイルドフォックスも時間とともに色が濃くなってきます。発売を1999年9月9日とすべて9がらみにしました。発売までに最低でも熟成期間は、4~5ヶ月を必要としますので、初仕込みは1998年12月9日に行いました」と、名前にちなみ数字の9に関連づけている。
※1 Standard Reference Methodの略。1950年に米国醸造化学者学会が採用。日本語に訳すと 「標準参照法」。
よくビアスタイルは、「バーレーワインか?」と聞かれる。その都度「これはオリジナル。ジャパニーズスタイルと説明しています」という。醸造当初は、専用の木樽で貯酒をしていたが「劣化してしまった」ため、現在はステンレス樽で貯酒している。
小山田氏がイメージし、バワ氏が表現したナインテイルドフォックスは、1999年「アジア・ビアカップ」の銅賞受賞(その後5回金賞受賞)をはじめ、2012年「WORLD BEER AWARD」にてワールド・ベスト・エクスペリエンス部門でワールドベスト、2016年「WORLD BEER CUP」Aged Beer 部門で金賞受賞。世界でも認められるビールに成長した。
バワ氏がガーナへ帰国後も数回、那須高原ビールを訪れ小山田氏との交流は続いた。ナインテイルドフォックスの醸造をスタートして15年が過ぎた2014年、「人は慣れてくると色々な影響をうけて考え方にブレが生じてくる」という考えから、改めて指導を受けて初心を思い出すためバワ氏に連絡をとることにした。しかし、それは叶うことがなかった。
「2013年12月に心筋梗塞で亡くなられてしまいました。時間もかなり経ち、基本に立ち返るため、もう一度しっかり教えてもらいたかったのですが残念です」
再び指導を受けることはできなかったが、醸造開始から現在まで彼の教えを忠実に守り、一度もレシピの変更は行っていない。「バワさんはガーナに帰国するときに『私の技術は那須高原ビールにすべて置いていきます』といって帰国しました。彼は全精力を注いで私たちにビールづくりを伝えてくれました。これからも彼から学んだことを忠実に守っていこうと話しています」。那須高原ビールが続く限りバワ氏の教えは守られていくだろう。
ドラマにモデルとして取り上げてられたことで注文が殺到!
昨年は、1998年醸造のものが熟成20年をむかえた。またとないタイミングでクラフトビールが登場するドラマでヴィンテージビールのモデルとして登場。最終回では、ブルワリーレストランがロケ地としても使われた。
「最終回が放送された直後からオンラインストアに注文が殺到しました。翌日には供給量を超えてしまい、注文を一旦終了させていただきました。ありがいことですが、反響がこんなにも大きいとは思いませんでした」と驚いたという。レストランには、大阪や名古屋から足を運ぶ人がいたほか、台湾からの来店もあったという(台湾でもドラマが放送されていた)。
「けやきひろば春のビール祭り」でも土曜日・日曜日に13時より限定販売を行った。ここ数年は、販売を開始してから夕方まで購入できていたが、ドラマの影響だろう用意された15Lは、20分で完売。注目の高さがうかがえた。
小山田氏は、「100年熟成を目指している」というが、そうなると各年代の在庫がなくなってしまうのではないかと心配になる。「計画的に販売する量を決めています。ですから1番古い1998年のものも確保できています」。これを聞いてホッとした。
現在、オンラインストアでは販売を停止している年代もあるが、時期をみて計画的に販売されるので、気になる方はこまめにホームページを確認しておくといい。
夢は栃木県産の麦芽とホップを使用したナインテイルドフォックス
「夢は100年まで熟成することと栃木県産の麦芽とホップを使ったナインテイルドフォックスを醸造することです。原料が変わるので、バワさんのビールとは違ったバージョンとしてつくってみたいですね」とビールの賞味期限は25年とされているが、小山田氏はもっと先を目指している。
県内の原料を使ったビールは、創業当時より構想にあったが、当時は大手メーカーのビール以外は知られていなかった時代。まずはビールには様々なスタイルがあることを知ってもらうため各国の代表的なスタイルのビールをつくることを優先した。
「最近は、少しずつピルスナー以外も知られるようになってきました。ですから栃木県産のいちごをはじめとした県内の原料を使ったビールもつくるようになってきましたし、昨年は『初恋エール』という栃木県産の麦芽で醸造したビールもつくりました」。
創業から23年が過ぎ、「栃木」にこだわったビールづくりも手掛けていきたいと抱負を語る。地元産の原料を使ったものとバワ氏オリジナルレシピのナインテイルドフォックス。近い将来、2つのヴィンテージビールを楽しむことができるかもしれない。
そんな贅沢な体験ができるビールが日本にはあるのです。
◆ナインテイルドフォックス Data
内容量:500ML
アルコール度数:11%
価格:2019年 3,500円(税別)
※1年古くなるごとに500円上がります。
賞味期限:25年
◆那須高原ビール Data
住所:栃木県那須郡那須町大字高久甲3986
電話:0287-62-8958
FAX:0287-62-8968
Homepage:http://www.nasukohgenbeer.co.jp/
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。