地産地消で船橋を活性させることができるか? 【ブルワリーレポート 船橋ビール醸造所編】
東京駅から総武線快速で約20分。都心へのアクセスも良く、人口は63万人を超え、千葉県で2番目に人口が多い船橋市。この地にも2018年3月にブルワリーが誕生した。その名は「船橋ビール醸造所」。同年6月21日よりオリジナルビールの発売開始と同時にブリューパブもオープン。先日、1周年を迎え「少しずつ認知をされるようになってきた」という彼らの思いをご紹介する。
目次
船橋の人に愛され、船橋の食文化になることを目指したい
「地元の方はクラフトビールに馴染みが薄かったので、船橋住民の日常的な食文化になれたらと思っています。目指すところは、地元に愛されるビールですね」とブルワリーの特徴について答えてくれたのは、醸造長を務める松井純氏。
「地元に愛されるビールになってほしいという願いから地元の食材を使うようにしています。クラフトビールを飲みなれていない人たちが飲んでも『美味しいね』と感じてもらえるよう馴染みのあるビールを心がけています」。
しかし、ピルスナーを中心とした大手ビールメーカーと同じようなビールをつくりたいわけではなく小規模ブルワリーならではのビールを目指したいという。具体的にどのようなものかを聞くと、「何かに突きぬけたり、今までにないビールであったりと醸造家の遊び心として他にはない要素を加えることで、他の小規模ブルワリーと被らない独創性や船橋だからこそ出せる個性と味です」と特徴を話す。
では、「馴染みのあるビール」とはどのようなことなのだろうか。それは「炭酸」だという。「大手ビールメーカーの喉ごしに慣れ親しんだ人が多いので、あえて強めにして提供しています」と現状に合わせた対応を試みている。そうした取り組みを行いながらビールの多様性を楽しんでほしいと考えている。
「最初につくった『船橋エール』はアメリカン・ペールエールですが、お客様から『IPAなの?』って聞かれるくらい苦味を強くしました。炭酸が強めという慣れ親しんだ部分と華やかな香りと苦味といった初めての体験の部分を楽しんでほしくて苦味をものすごく強くしました。まぁ、個人的に苦いビールが好きなので自分が飲みたいというのもありましたが(笑)」と松井氏が思いを打ち明けてくれた。
副原料に地のものを取り入れたビールづくり
レギュラービールは、「船橋エール」「船橋ブラック」「船橋ホワイト」の3種類。先にも述べていたように「苦いビールが好きなので、ペールエールはつくろうと決めていました」。他の2種類については「女性の方はヴァイツェンやホワイトエールの香りを好む方が多いこと。スタウトは入れるか迷ったのですが、メリハリをつけるうえで濃色系が1つ定番にあった方が良いと思いスタウトにしました」。
ビールには船橋への愛着を深めてほしいという願いから地元で採れた野菜や貝を使用。「船橋ブラック」は船橋名産の貝として有名になったホンビノス貝を、「船橋ホワイト」には船橋地域ブランドの船橋にんじんの葉を入れている。
「ホンビノス貝には、貝類に多く含まれるコハク酸という旨味成分が豊富に含まれていて、知人と『オイスタースタウトがあるのだからホンビノス貝でもつくれるんじゃない』と試験的に醸造してみました。飲んでみると少しコクが増した感じがあって、これだったら地元の食材としていいなと思いました。味ではなく旨味成分としての役割です。船橋にんじんは、葉の香りが強くてハーブのような感じがあり、コリアンダーを使うホワイトエールに合うかなと。使ってみるとオレンジピールでも出せない鼻に抜けていく清涼感のある香りが気にいり副原料として使っています」と経緯を教えてくれた。
お店で提供している料理も地元産の食材を可能な限り使っている。
「『ホンビノス貝のビール蒸し』をはじめ地元の食材を使ったメニューをご用意しています。軽食だけではなく食事のメインとなるメニューもあります。幅広く楽しめるようにして、ビールだけではなく食事をしてお腹を満たせる場所になればと思っています。ビールが得意ではない人も来店して味わってもらえれば嬉しいですね」。
ビール好きが高じてブルワーへ
ご存じの方もいるだろうが松井氏はブルワーになる前からビールイベントの企画に携わっている(現在も継続している)。「大江戸ビール祭り」といえば知っている人も多いだろう。そんな彼がビールをなぜ醸造し始めたのだろうか。
「私自身、成人してからずっとビールが好きでして。2013年に『東京クラフトビールマニア(※1)』というクラフトビールイベントを主催する団体を立ち上げ、よりクラフトビールが好きになりました。元々のビール好きが高じて、いつか『自分のビールをつくりたい』という思いが強くなっていきました。それと住んでいる船橋の地で『何かを残したい』というのがありました。この2つの思いからブルワリーを始めることにしました」。
※1 2015年大江戸ビール祭りの第1回目開催を機に法人化している。
ちょうどその頃、船橋でクラフトビール事業を興したいと考えていた「株式会社プロフード」の社長と出会い、一緒に事業を進めることになった。
乗り越える課題は多い
ブリューパブのオープンから1年。周年記念イベントを開催する時間もなく慌ただしい日々を過ごしている。醸造も飲食店も経験が乏しいため「すべてにおいて大変」という。西船橋駅近くの立地も開店当初は知名度が低く、ビールを目的に来店する人は少なく親会社の飲食店を知っていて来店する人が多かった。「クラフトビールはまだまだニッチな分野だと思います。少しずつ知ってもらう活動を続けていかないといけない」といい、「醸造でもクオリティを向上させていくことは当たり前ですが、どのタイミングでつくれば、品切れをおこさずに提供できるか考えながらやっています」とスケジュールによって違うが、現在は月に6~8回のペースで仕込みを行っている。船橋の住民に認知されるためにクリアしていかなければならない課題は多い。
課題は多いが、嬉しい面もある。「定番3種類はボトルでも販売していて、市内の酒屋さんをはじめとする酒販店に置かせてもらっているので、そこから知ってお店に来店される方もいます。最近はリピートのお客様も増えてきていますし、ビールを目的にいらっしゃる家族連れやお1人様の女性客も多くなってきています」と着実にその名が広がっている実感があるという。
船橋の地からクラフトビールの面白さを伝えたい
「あまり難しいことを考えずに飲めるビールでありたいと考えています。今までと同じ感覚で楽しんで飲んでもらえればと思います。飲んでくれる人が増えていかないとつくる側も成長しません。そのためには、お客様が日常的にクラフトビールを愛してくれるような環境をつくっていかないといけない。つくり手の思いだけを一方的に発信するビールだけではクラフトビールの市場は広まらないと考えています。とは言え、飲み手に寄れば良いわけでもないのでバランスが難しいですね(笑)。ここはブリューパブなので、お客様からの意見を取り入れながら一緒につくりあげていければと思います。定番ビールも感想を聞きながらブラッシュアップしていきます。それと『船橋ビール醸造所』を通じて色々なビールがあることを発信できればとも思っています」。
これからについて聞いてみると松井氏はこのように話をしてくれた。地域でビールがより愛着のある日常的な飲み物になるように飲み手とともに歩んでいく姿勢だ。将来的に醸造所の拡張や2号店といった展開もあるかもしれないが、当面は品質の向上や供給の安定化といった課題をクリアすることを目指していく。
地域に根付いていくためには、まだ時間がかかるだろう。松井氏がどのようにして広め、根を張っていくのか。「船橋ビール醸造所」が創りあげていく「TOWN BREWERY」の世界に注目していきたいと思う。また1つ楽しみなブルワリーができた。
◆船橋ビール醸造所 Data
住所:〒273-0031 千葉県船橋市西船4-29-9
電話:047-437-8888
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。