世界で最も地域から愛されるブルワリーに【ブルワリーレポート 松本ブルワリー編】
長野県の中央部に位置する松本市。この地に2016年に誕生した「松本ブルワリー」。設立当初は委託醸造での販売を行なっていたが、2018年3月念願の醸造免許の交付を受け自社醸造を開始。同年7月より販売をスタートした。
「世界一地域から愛されるビール」を目指す彼らの思いをご紹介する。
目次
■松本の人たちの日常にあるビールに
「現在急激に首都圏に販路を拡大していますが、これまでは7〜8割が地元中心で消費され、直営店では地域の方と観光客の方が一緒になって私たちのビールを飲んでいただき、皆さまに支えられていると実感しています」。
林幸一代表取締役は、インタビュー中に何度も地域住民への感謝の気持ちを口にした。
地域から親しまれることが私たちのやりがいと林氏。「地元から愛されるビールにならないと存在意義がない」とブルワリーの信念について話す。飲料であるから美味しいのは当たり前で、地域住民の日常に選ばれるビール。それが松本ブルワリーの目指す形なのだ。
「これは何があってもブレてはいけません。たとえ何かあってもここに立ち返ろうとスタッフ全員で話しています。やみくもに醸造量を増やしたり、利益を追求したりするのではなく、しっかり地元に貢献した取り組みをしていこうと思います」。
■CRAFT BEER FESTIVAL in MATSUMOTOがなければ松本ブルワリーの誕生はなかった
松本出身の林氏は、北海道のホテルでバーテンダーとして経験を積み1998年に独立。松本でバー「MAIN BAR COAT」をオープンさせる。2000年には第28回全国バーテンダー技能競技大会で総合優勝するほどの実力の持ち主だ。
バーテンダーである林氏がなぜクラフトビールの世界に足を踏み入れたのだろうか?
「当社の常務取締役 福澤崇浩がずっと地域でボランティアをしていまして、そのなかの1つに『サイトウ・キネン・フェスティバル松本』がありました。2014年に会場で信州のクラフトビールや松本のカクテルを提供することになり、彼から要請があり手伝うことになりました。イベントではクラフトビールのブースに長蛇の列ができ、お客様からも『信州のクラフトビールってこんなに美味しいんですね』と大変喜んでもらえました。私も仕事柄、人気が高まっていることは知っていましたが、とても需要があると感じました」。
※1 2015年からはセイジ・オザワ松本フェスティバルに名称変更。
福澤氏とは「クラフトビールのイベントを松本で開催できたらいいね」と話したことや東日本大震災で炊き出しを経験したことで地域を再認識し、『地域のために自分たちにできることがあるじゃないか』と考えるようになり、松本市役所の観光課に企画書を作成して打診し「ビアフェス信州 CRAFT BEER FESTIVAL in MATSUMOTO(以下、ビアフェス信州)」を開催。2年目には20,000人以上が来場した。
「クラフトビールを多くの方に認知してもらう良い機会になりましたが、お客様から『松本のビールはどこにあるんですか?』とたくさん質問されました。その度に『ないんですよね…』と回答していました。そうしているうちに『信州のクラフトビールはたくさんあるのに『なんで松本にはないんだ』と、心にぽっかりと穴が空いて寂しい気持ちになり、みんなで『ビールをつくろう!』とブルワリーを立ち上げることを決心しました」。
「松本の地にクラフトビールを」。この思いが林氏を新たな道へ突き動かした。
■委託醸造したビールが地元で大好評を博し、自社醸造所建設を決意
ブルワリーの立ち上げを決意したが、ビールづくりについてはまったくの素人。何から動き出せば良いかわからなかった。
「最初にご縁があった県内のクラフトビールメーカーの代表に相談し『醸造所をつくるには多大な費用が必要。まずは委託醸造からはじめてみては?』とアドバイスをもらいました」。
2016年に委託醸造からはじめ、地域で販売すると大好評となり、生産が追いつかない状況となった。「これは自分たちで醸造する環境をつくらないといけない」と、物件を探しはじめる。
しかし、簡単に自分たちのビールを実現する物件は見つからない。市内を隈なく捜し歩き、決まるまで1年半の時間を要した。
その間には松本出身であり、当時県内の別のブルワリーに勤務していた勝山拓海氏に「松本で一緒にやるぞ」と声をかけ、醸造担当者を決定。醸造専門家の知人の紹介でアメリカウィスコンシン州の「GREAT DANE BREWING CO」 でHead BrewmasterをしているRob Lobreglio氏のもとに派遣して経験を積んでもらった。
林氏はビール醸造について「勝山くんに一任しています。それとRob氏にアドバイザーをお願いしていて助言してもらっています」と話す。
■長く愛されるバランスのとれた「麦酒」
「地域で長く愛されるビール」。これは実際にはどんなビールなのだろうか。
「1杯で終わることなく、2杯3杯と飲み続けたくなるビールを目指しています。当社のビールを飲むお客様は食事と一緒に楽しむ方が多いです。ですからビールが主張し過ぎることなく両方を楽しんで飲み飽きないビールを心がけています」。
林氏も勝山氏も「今の流行りからしたら地味」という「MATSUMOTO Traditional Bitter」をフラッグシップとしているのも麦芽とホップのバランスがとれた長く愛されるビールをつくっていきたいという思いからだ。
「ビールは日本語で表すと『麦酒』。麦芽のキャラクターがきちんと感じられるビールをつくり届けたい。私自身、バーテンダーをしていて、『美味しさは何だろう』と考えたときに、カクテルにも通じることですがバランスが大事だと思いました。そこが飲み飽きないことにつながると考えています」と思いを語る。
多様性を知ってほしいということで、限定ビールはホップがガツンと効いたものも醸造しているが、定番ビールでは調和を心がけている。
■自らが楽しんで仕事をし、若い世代の力で飛躍していく
自社醸造の開始前にはタップルーム2店舗目となる「本町店」がオープン。当初の事業計画にはなかったが、ビルを所有する地元新聞社から「地元のものでないと意味がない」と熱心に誘われ、「ここまで評価していただいているなら、やらないといけない」と計画を変更した。
周囲の期待や使命感、ブルワリー経営という経験したことがない不安感は、とてつもないエネルギーを必要とし、昼も夜も関係なく動き続けた結果、体調を崩してしまうこともあった。
それでもこの1年を振り返えると「ここまで目標としていることのほとんどを達成できている」と手ごたえを感じている様子。
直近の課題として、週2回程度のペースで行っている「フル稼働の状態」の仕込みスケジュールと人材の確保があるという。「醸造量を増産していくには設備投資をもう一度しないといけません。その時期と内容を見極めていかなければいけないと思っています。それと弊社は平均年齢がちょっと高いので、若い力や女性の感性を取り入れていきたいですね(笑)。欠けている力を補って、私たちの思いを多くの人に伝えられるようにしていくことが重要です。1つずつ課題に向き合って、地道に成長していきたいですね」。
「体調を悪くしてしまったことも踏まえ、ある程度の余裕をもって楽しんで仕事をするようにしています。社長自らが楽しんで仕事をしている姿勢を見せないと社員も楽しくないですからね。クラフトビールは楽しい飲みものですからつくっている私たちが楽しんでいないと飲む人も楽しくないと思います」と焦らずに対応をしていく姿勢だ。
さらに「人の身体のなかに入るものをつくるという責任感を強く持ち、品質の良いものをつくり続けないといけません。それを怠ったら明日はないという気持ちで臨んでいます。長野県には『ヤッホーブルーイング』さん、『玉村本店(志賀高原ビール)』さんをはじめ、業界の名だたるブルワリーがあります。諸先輩方が築き上げてきた実績に傷をつけないよう信州のクラフトビールとして我々も自信をもって手を上げられるようになりたいと思います」と加えた。
■今年は自社ブルワリーで2回目のフレッシュホップビールに挑戦
2019年9月よりスタートしている「Fresh Hop Fest 2019(※2)」にも初参加している。8月24日に奈川産、乗鞍産、安曇野産のフレッシュホップ(信州早生とカスケード)を使い、仕込みを行った。
※2 2019年9月1日(日)〜11月30日(土) Fresh Hop Fest 2019サイトはこちらから
「ビールのテロワール化、国内のビールシーンの将来性があると思います」とフレッシュホップが秘める可能性ついて勝山氏は話す。フレッシュホップビールは原料から地域を意識したビールづくりをする彼らにとって、参加は必然な流れといえる。
今年は昨年の乗鞍産の約1kgから地元の三地区産のホップ約16kgを仕込み日の早朝に収穫して使用。「量が多くなったので、蔓からホップを外す作業が大変でした。地元のお客様も急遽手伝ってくださり、なんとか無事に終えることができました」と林氏。仕込み後に2回目のフレッシュホップビールの感想を勝山氏に聞いてみると早朝からの作業に「疲れました」と苦笑いしていた。気になるビールは、彼ららしいモルトのキャラクターが感じられるレッドエール。9月中旬ごろから販売を開始する予定なので、ビアパブなどで見かけたら飲んでみてほしい。
■9月~10月は松本がアツくなる!
2019年9月20日(金)~23日(月・祝)には松本城公園で5回目となるビアフェス信州が開催される。
「県内外から25を超えるブルワリーが松本に集結します。北アルプスの山々を望み国宝、松本城を見ながらビールを飲める貴重なイベントで、海外の観光客の方からも『Amazing!』と言われます。ゆったりと流れる時間のなか気の合う仲間と自然が溢れる松本の地で美味しいビールを楽しんでほしいと思います。今年はお客様からの提案にあったテントのなかでビールを飲むことができる信州ならではの体験ブースをアウトドアのメーカーさんの協力のもと設けています。ぜひ、楽しんでみてください! ビールは大人の飲みものですが、お子様も楽しめる催しなどもありますので、ぜひご家族でも楽しんでください」。
日本でも有数の小規模醸造所がある長野県。現地に行かないと飲むことが難しいビールも、ビアフェス信州であれば一度に楽しむことができる。
また10月6日(日)は、信毎メディアガーデンにて「International Beer Cup 2019」の表彰式・試飲会が開催(※3)。世界中から審査員が集まり、評価された高品質のビールを1度に試飲できる会なので、こちらにも足を運んでみてほしい。
※3 審査会は、10月3日(木)~5日(土) まつもと市民芸術館で開催。
★CRAFT BEER FESTIVAL in MATSUMOTO 概要
日時:2019年9月20日(金)~23日(月・祝)
時間:20日(金)12:00~18:00 21日(土)・22日(日)11:00~18:00 23日(月・祝)11:00~17:00
会場:松本城公園
入場料:無料(別途、飲食代がかかります)
ビールチケット購入ページ:https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01r05w10ed1ww.html
Homepage:https://2019.beerfes-shinshu.com/
Facebook:https://www.facebook.com/beerfes.shinshu/
★International Beer Cup 2019 概要
日時:2019年10月6日(日)時間未定
出品ビール:25 カ国・地域250社900銘柄を予定
主催:International Craft Beer Days(ICBD)実行委員会
共催・事務局:クラフトビア・アソシエーション(日本地ビール協会)
後援:外務省(申請予定) ※2018年度以前も後援
協力:松本観光コンベンション協会、ビアフェス信州実行委員会
クラフトビールの魅力を普及し、地域に愛されるブルワリーを目指している松本ブルワリー。1歩1歩「地域に根付く」ため、確実に歩みを進めています。彼らの取り組みを感じに、この秋は松本の地を訪れてみてはいかがでしょうか。思いを知ることでより美味しく、より楽しくビールが飲めることでしょう。
また、訪れたいブルワリーが1つ増えました。
SPECIAL THANKS 鈴木沙絵ビアジャーナリスト
◆松本ブルワリー Data
住所:〒390-0811長野県松本市中央3-4-21
電話:0263-31-0081
FAX:0263-31-0083
Homepage:https://matsu-brew.com/
Facebook:https://www.facebook.com/matsu.brew/
●松本ブルワリーTAPルーム中町店(本社併設)
住所:松本市中央3-4-21(中町通り※)
電話:0263-31-0081
FAX:0263-31-0083
営業時間:13〜19時 定休日:火曜
●松本ブルワリーTAPルーム本町店
住所:松本市中央2-20-2(信毎メディアガーデン3F)
電話:0263-88-1560
営業時間:11時~22時 定休日:水曜
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。