『静岡 CRAFT BEER MAP』。公共施設にも置かれるビアマップは、地元ファンの熱意から作られた【静岡 CRAFT BEER MAP 開発者インタビュー】
ビア旅をするときに、その土地の情報を調べるためにインターネットを使う人が多いと思います。でも、1軒1軒調べていると時間がかかりますし、パブクロール(複数の店舗を飲み歩くこと)しようとすると、土地勘がないと距離関係がわかりづらい。そんなときに便利なのが、ビアマップ。「クラフトビール東京」のようにインターネットで調べるものや冊子としてまとめられているものがあります。
今回、ご紹介する『静岡 CRAFT BEER MAP(以下、静岡CBM)』も冊子にまとめられています。この夏には「県version」も発行。静岡CBMは、どのような思いでつくられたのか? 製作メンバーの伏見陽介氏、小楠瞬太氏、山口紗佳氏、小島直哉氏に話を聞いてきました。
目次
■きっかけは、「自分たちの街にもあったら便利だ」という思い
-:今回は、静岡CBMの制作についてお話を聞かせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
一同:よろしくお願いします。
-:2019年7月に、「県version」を発行されましたが、どのような経緯で最初に刊行された「静岡市内version」を制作しようと思ったのかを教えてください。
小楠瞬太氏:「市内version」を発行したのが、2017年12月です。その年の9月に夏休みを利用して名古屋と岐阜に旅行をしたときに、名古屋で「NAGOYA CRAFTBEER MAP.」を手に入れました。そして、この「Craft Beer Station(以下、CBS)」で、よく一緒に飲んでいた伏見君に「こんなのもらったんだけど」と話したのがきっかけです。
伏見陽介氏:そうでしたね。
小楠氏:名古屋にはたびたび飲みに行っていましたが、それまでマップの存在を知りませんでした。「こんなにいい情報があるのに知られていないんだなぁ」と思ったのと、名古屋駅から徒歩で行けるお店が静岡駅より少ないことに気がついて、「これは静岡でも作れるな」と。さらにいろいろな情報は知っていても、地元の人で、飲み歩く人は少ないなという現状もありました。そこでまず「市内version」を制作することにしました。
-:他の地域のマップを見て、静岡市内でも作れると思ったことがきっかけだったと。
伏見氏:そうですね。「市内version」は、2018年の春に第2版を作成しています。
小楠氏:「市内version」には、市内でクラフトビールが飲めるお店を掲載しています。いま、静岡市内でしたら東京の神田エリアに匹敵するくらいのお店がありますよ。
-:それはすごい。第2版を作るまでの期間が短いとも感じたのですが、それはお店が増えてきたことが理由でしょうか?
伏見氏:店舗数が増えたことと、営業時間の変更などの情報更新が必要でした
-:「市内version」のこだわりは、どういったところにありますか?
伏見氏:「市内version」は、デザインの親しみやすさでしょうか。ビールを知らない人でも一目でわかるというところを意識しました。見た目も可愛らしい感じにしています。
山口紗佳氏:ハンドメイドな感じですね。「市内version」のイラストやマップは、ビールのイラストや漫画でおなじみのToaさんに描いてもらっています。エリアマップも手書き感を出しています。
-:これはわかりやすいですね!
■どこもやっていない県全体レベルのCRAFT BEER MAPをつくってみよう
-:その後、「県version」を制作されました。これはどのようなきっかけがあったのでしょうか?
伏見氏:「市内version(第2版)」の完成後に、制作メンバーでCBSのオーナーである小島直哉さんと「これだったら県内全域の情報をカバーしたマップも作れるよね」という話になりました。ちょうど醸造所の数も増えてきて、これを機にどこの地域もやっていない県内すべてをまとめたCRAFT BEER MAPを作ることになりました。
-:いま、静岡のクラフトビールシーンの勢いには凄いものがあります。
伏見氏:昨年は、ブルワリーも一気に増えたので、市外の方から「自分たちの地域も載せていてほしい」という要望をたくさんいただいていたんです。ですから新しくする必要性を感じていました。
-:「県version」で力を入れたポイントは、どんなところでしょうか?
伏見氏:市内版でも並記していますが、英語の訳を入れたことです。他のMAPでは情報まで英訳しているものはなかったので、英訳があれば海外の人も静岡の醸造所やビアパブに訪れやすいのではないかと思いました。いえ、英訳が載っていないと来てくれないと思います。
-:実際に静岡CBMを持って訪れる人はいましたか?
伏見氏:いましたね。インバウンドの人も来てくれました。
-:英訳は自分たちでされたのですか?
伏見氏:イングリッシュエディターの肩書きがある小楠さんが担当してくれました。
小楠氏:肩書はいらないって言ったんですけど(苦笑)。「県version」では、英語圏の人を意識した訳にしています。
-:なるほど。
伏見氏:それと、ブルワリーの情報を集約して載せるページを設けました。ここ数年、県内にブルワリーが急増していることは、県全体でクラフトビールが盛り上がっているPRポイントになると思ったんです。どこで飲めるという情報だけではなく、工場見学の可否やボトルやケグなどの販売形態も掲載しています。
-:こういう内容があると旅行の行工程を考える際に参考にできて助かります。
山口氏:「県version」は、市内版と比べると閲覧性や検索性を重視したカタログ的なレイアウトですね。
-:確かに読んでいて、いろいろ知ることができて楽しかったです。参考にしたものとかはあるのですか。
小楠氏:「県version」は、海外のホームページやSNSを参考にしました。海外の人たちは、まず信念やポリシーなど、自分たちの「思い」を前面に押し出していることが多く、勉強になりました。
-:クラフトビールは、醸造家たちの考えも重要だと思います。そうしたところを知って訪れる方が楽しいでしょうね。
■制作スケジュールの曖昧さや掲載情報の漏れ。進行の遅れを救った助っ人の登場
-:ここまでいろいろな情報を掲載するとなるとかなり大変だったのではないでしょうか。
伏見氏:実際にやってみて、思っていたよりも冊子制作のノウハウがなかったなと……。完成から逆算した工数を見極めたり、掲載に必要な情報を精査したり、予定通りに進行することが難しかったですね。当初予定していた刊行時期の2019年4月に「これはまずい」と、山口さんへ相談をしました。
小楠氏:12店舗の情報が紙1枚で収まった「市内version」に対して、「県version」では50以上と情報量も莫大になりました。本業である他の仕事をしながら制作をしていて作業時間がなかなか確保できないことから、掲載店からヒアリングシートを回収したり、集めた内容を確認する作業が適切に行えていない状況だったんです。当初の完成時期よりも遅れてしまったので、協力してくださった方々に迷惑をかけてしまいました。
小島直哉氏:県内すべてのお店や醸造所が知り合いというわけではないので、依頼の段階でつながりがない方たちへのコンタクトをとるのが大変でしたね。
-:もともとは、どのくらいの制作期間を見積もっていたのですか?
伏見氏:取材を始めたのは2018年末で、完成は2019年4月を予定していました。「市内version」が2ヶ月くらいで完成したので、3ヶ月あれば問題ないだろうと考えていたんです……。
山口氏:編集業務に携わる私の見立てでは印刷所やデザイナーと連携してきちんとスケジューリングをして、3ヶ月集中して取り掛かれれば完成できる内容ですが、制作スケジュールに大幅修正が必要な状況になっていました。今年の春に加入した段階で掲載内容に漏れがあったり、デザイナーさんへの依頼内容や発注時期が曖昧だったり、混乱状態だったので、一度進行管理と素材を整理するところから始めました。とても4月に完成させるのは厳しい状況でしたね(苦笑)。
伏見氏:専門用語のすり合わせから始まりました。
山口氏:他のメンバーは本格的な制作経験がないので、私が仕事をする上で当たり前だと思っている視点で話したり、いつもの制作方法で進めたりしてはいけないなと改めました。再度完成時期を設定して、全員で共有できるオンラインの進捗状況のチェック表を作り、その通りに進行するために必要な工程と実現可能な制作時間を見積もって、ゴールから逆算して作業していかないと完成できないと思いましたね。
-:大変な状態だったのですね……。
山口氏:「県 version」ではお店に掲載料をいただいて広告を載せているので、それまで遅延に対する対応策の連絡が不十分だったことに対して、掲載店からお叱りの声もいただいていました。制作物の納期遅れは、信頼関係を失ってしまう深刻な事態です。そこで、なんとしても6月中の入稿を目標に工程を修正しましたが、入稿前は経験したことがないくらい大変でしたね。入稿後も印刷所でミスが見つかるなど、かなり肝を冷やしました……。「県version」のデザイン全般を担当してくださったイソガイヒトヒサさんも、入稿前に作業が集中したので、かなり大変だったと思います。あの頃は他の仕事を全部放置して、1日中かかりきりで作業していました(笑)
-:やっぱり何かを作りあげるのは大変だ。
山口氏:私もここまで密接に関わることになるとは予想していませんでした(笑)。相談を受けた時点でイソガイさんは具体的な作業範囲や制作時期を把握しておらず、レイアウトの相談もしていなかったので。「あ、いまから進めるんだ……」って焦りました(苦笑)
伏見氏:デザイナーさんとのやり取りも良くわかっていなかった状況でした。
山口氏:素材の取り違えや誤表記など、店舗情報部分での作業ミスが最も怖かったので、デザイナーさんが作業しやすい発注方法や素材の手配、送り方、「ラフを描いて、ここにはこういう素材が入ります、その素材はここにあります」といった基本的な進め方から3人で共有して制作していきました。
-:身近に経験者がいてよかった。
山口氏:「県version」は正確なMAP地図表記にしていましたので、MAPに起こす範囲を正確に決めて、「ランドマークはどこを表記してほしい」「主要な道路の色分けや国道の路線表記をしてほしい」など、オーダーをはっきり伝えないと、曖昧な情報で依頼される側は困ってしまうんですね。店名はもちろん、ランドマークや駅名、通り名、地図情報といった事実ベースでの誤りは最も避けなければなりません。
-:逆にそうした経験がないなかで作ってきたのは凄いですね。だからこそとても愛着のある作品になったとも思うのですが。
小楠氏:本当に制作や出版の仕事をする人を尊敬します。
山口氏:完成したものを手に取ったときは、本当に感慨深いものがありました。
-:完成後、さまざまな人のSNSにアップされていて、それを見た他の人が「それはどこでもらえるの?」といったコメントのやり取りもみられました。
伏見氏:たくさんの方が静岡CBMをさまざまな場所に配ってくれていて。本当にありがたいです。
-:クラフトビールを取り扱うお店は、県内では静岡市内が1番多いのでしょうか?
山口氏:そうですね、静岡市は商業の街なので。かつては観光名所の伊豆半島や関東からアクセスしやすい東部にブルワリーが多く、2014年に「AOI BREWING」が静岡市内にできてから、中部から西側にかけてブルワリーが増えてきました。同時に「静岡地ビール祭り」や「静岡クラフトビール&ウイスキーフェア」など、ビールイベントも立ち上がりました。
■「県version」が、クラフトビール国のアピール材料に
-:制作してみて良かったところを教えてください。
小島氏:やって良かったと思うのは、これから県内外のいろいろなお店や企業にPRしていくときに県内の情報がまとまっているので、「静岡県全体で取り組んでいるんだぞ」というのがアピールしやすくなったことですかね。市内のお客様からも改めて「静岡市ってこんなにクラフトビールのお店があるんだ」って声をいただきました。
-:地元の方にとっても有益な情報源になったわけですね。「市内version」と「県version」とでは配布したときの反応の違いはありましたか?
小島氏:反響の違いですか? 県単位でまとまった情報をお伝えしているものはあまりないので、県外の方から「最近は、静岡の勢いがすごい」と言われることはあります。醸造所の情報が入ったことで、サービス業だけではなく、製造業や観光・旅行業も加わってビールに関わる業界範囲が拡大したので注目度も高くなってきたと感じています。
-:つくるところから提供するところまでが一体となった情報が得られるので、情報を得る側からみると贅沢なマップだと感じました。
小島氏:クラフトビール国としてアピールしているんで!
山口氏:この「クラフトビアステーション」に集うファンのつながりや拡散力がとても大きくて、BEER MAPもどんどん外に旅立っていますし、逆に今後の展開につながるオファーも舞い込んできます。店名の通り、小島さんの人と人をつなぐ力に驚きました!
■行政の公認を得たことで信用度がアップし、配布場所が一気に拡大
-:発行から短期間で静岡県内だけではなく、さまざまな地域に置かれているのは驚くばかりです。
山口氏:静岡CBMの活動が、静岡市の商業活性化グループ事業補助金採択事業に認められたことも大きいですね。県内の他の地域の市役所や行政施設にもご理解いただけて、区役所や図書館、美術館、生涯学習センターなど公共施設にも配架してもらえることは、私たちも凄いことだと思っています。
-:公共機関に置かれているのは凄い……。
山口氏:伏見君、最初行政にはどうやってアプローチしたの?
伏見氏:小島さんが静岡市の商業労政課に事業補助金の申請をしたんです。それが事業として採択された後、公共施設に設置してもらえるように担当の方に相談して、依頼書を提出しました。戦略的に、ビール好きではない一般の人の目につく場所にも置いてもらいたかったんです。
山口氏:おかげさまで、今は行政や民間企業を問わずさまざまなところから設置配布の問い合わせがきてるよね。静岡や掛川、浜松駅や富士山静岡空港など、交通の要所にも置いてあるんですよ。
-:駅にあると、そこからどこへ行けばいいかわかるので助かります。ビアマップの多くは飲食店に置かれています。公共の場に置かれることでビールファン以外の方の目に留まるので、興味も持ってもらいやすくなると思います。
山口氏:静岡市のホテル旅館関係の組合を通して、ホテルでも配布しています。JRの駅近くは、出張で来るサラリーマンや観光で来る海外の人が多いので、ホテルは手に取ってもらいやすいんです。
-:ちなみに、今回はどのくらいの部数を作って、今(2019年9月4日時点)どのくらい配布したのですか?
小楠氏:12万部刷って、3万5千部を配布しています。
山口氏:在庫は、伏見さんの家に保管してもらってるんですけど、ちょっと減ったかな?
伏見氏:おかげさまで少しスッキリしました。重さでいうと2トン近くあったので……。
■日帰りで楽しめるモデルコースに、ツアーの提案。まだまだやってみたいことはたくさんある
-:これからもお店や醸造所の情報が変わっていくと思います。今回の経験を元に次にチャレンジしてみたいことを教えてください。
伏見氏:静岡県内でもまだビアパブやブルワリーがない地域もあります。静岡CBMを見て「こんなに静岡は盛り上がっているなら、ビールを取り扱ってみよう」と思ってくれる人たちが出てきてくれたら。掲載するところを増やしていきたいですね。
小島氏:静岡CBMを見て関心を持った方が実際に静岡を訪れて、地元のお店で食事をしたり、宿泊したりすることで、地元経済の活性化が期待できると思っています。ビール業界だけではなく、地域全体が潤うようになるアイテムになってくれたら最高ですね。
小楠氏:内容を更新していきたいと考えていますが、静岡CBM自体から新しいサービスや展開を生みだせたらと思います。
-:今の時点で何か構想はありますか?
小楠氏:日帰りで静岡のビールを楽しむモデルコースを作るとか。ツアーを組んでみるとか。そういう形で盛り上げることもやってみたいですね。
山口氏:私はQRコードの読み取り精度を上げたい(笑)。文字も小さいので視認性を上げたいですね。
-:それは、かなり現実的なご意見。
山口氏:店舗データ部分にあるQRコードは、スペースの関係で余白をとれなかったので読み取りづらいことがあるんです。そして、私も小楠さんが言っていたツアーはやってみたいですね。マップからもイメージしやすいような形にしてみたい。
-:見る側としては、イメージできるのは嬉しいです。
山口氏:発行後は皆さんからお褒めの言葉をいただくことが多いですが、逆に改善点も聞いてみたいです。あ、あと今回、諸事情で掲載できなかったお店やブルワリーも入れられるようにしたいですね。
伏見氏・小楠氏:それはあるね。全部カバーできるようにしたい。
-:最後にビールファンにメッセージお願いします。
伏見氏:僕はもっと旅をしてほしいなと思います。静岡県民って、あまり自分が住んでいる地域から外に出ない人が多いイメージがあるんです。ビールをツールとして、いろいろなところに出かけてほしいなと思います。
小楠氏:能動的に動いてほしいなと思いますね~。
山口氏:私は逆に県外の人に静岡に来てほしい。
-:これを読んで、静岡CBMを手に取ってくれる人が増えて、静岡に遊びに来てくれるといいですね。本日はありがとうございました。
SPECIAL THANKS:Craft Beer Station
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