ビール道を追求し、高松の街にビールを広める医師【Beerに惹かれたものたち15人目 ビアジャッジ 河内雅章氏】
河内雅章氏。脳神経外科医として市民の健康に寄り添いながらビアジャッジ、ビアコーディネーターとして「美味しいビール」を香川県で伝えている。医師として病院業務のほか学会に参加するなど多忙な日々を送る彼は、何をきっかけにビールの世界に魅了されたのか? 高松市に最近オープンした「のみもの家」で話を聞いてきた。
目次
■感覚のブレを無くすためのトレーニングと日々の体調管理
はじめにビアジャッジについてご存じない方のために説明すると、「Craft Beer Association(以下、CBA)」の認定資格で、ビール審査会等において、審査をする知識と官能評価能力があると認められた者に与えられるライセンスである。資格の取得には、官能評価(テイスティング)によってビールの出来の良し悪しを客観的に鑑定し、その理由を理論的に説明できる人に対して与えられる「ビアテイスター」の資格を有している必要がある。
河内氏は、2015年にビアジャッジを取得している。その理由として、「極めたかったからでしょうね。ビアテイスター合格後も『もっと勉強してビールのことを知りたい』と。これは医師の性分からじゃないかと(笑)。純粋に知りたいという思いからセミナーを受講して取得しました。審査会でジャッジをして活躍したいという思いは、まったくなかったです」ときっかけを話す。
現在は、春の「Great Japan Beer Awards」(2019年新設)と、秋の「International Beer Cup」の年2回、ビアジャッジとして参加している。
「審査会に参加することは、とても勉強になります。ブルワリーさんの将来を左右する可能性もあるので、プレッシャーはありますけど苦に思ったことはないですね」と謙虚に語るが、審査に参加する以上、能力の研鑽は欠かすことはできない。河内氏はどのようなところに気をつけて技術を磨いているのだろうか。
「ジャッジをしていくうえでビアスタイルガイドラインがあります。きちんとそこに合わせる準備をしっかりとしていないとダメですね。そのために、なるべく同じ条件下で平等にテイスティングするようにしています。CBAが推薦しているアロマグラスを使いますが、違う場合は同じグラスを使って行います。それと喉が渇いてしまっていると美味しく感じやすくなり判断が甘くなるので、始める前に水分を摂取して喉を潤わしておきます」と、評価に入るための準備や高い再現性を身につけるため、日々トレーニングをしている。
しかし、それ以上に気をつけていることがあるという。
「体調管理ですね。コンディションが悪いときに、『こういう香りは感じにくくなる』という経験を積んでおくようにしています。先輩のビアジャッジの方も言われていますが、体調が良くないときも判断ができる必要があります」。
日常において自分自身が正しい判断を行えるよう出張時にはマスクをして加湿に気をつかい、ときには投薬をしてでも体調を整えて、正確なジャッジが行えるようにしている。
定期的なトレーニングを欠かさない河内氏だが、話を聞いていると「純粋にビールを飲むことが楽しめないのでは?」と感じてきた。
「トレーニングは、最初の1〜2杯までにして、ある銘柄のオフフレーバーを確認しておきたいなと思ったら、そのビールを最初にテイスティングします。全部飲まないで置いておいて、練習が終わってから楽しむようにしていますよ」とメリハリをつけている。
■ビールは、「スーパードライ」のみ。しかも流し込むだけの飲みものでした
「僕は『スーパードライ』しか飲まない人間だったんです。水泳とヨット、軽音楽もやっていて体育会系で鍛えられてきた環境もあり、ビールはガンガン量を飲むものでした。はっきりと覚えていませんが、6〜7年前に『ベアードビール』を飲む機会があり、『エールビールってなに?』と関心をもったことでクラフトビールを色々と飲むようになりました。同時期にCBAの存在を知りました。それまでビールを味わうという概念はなくて、『ビールって味わうものなんだ』と衝撃を受けました」。
「ベアードビール」との出会いが河内氏をビールの世界に惹きこんでいった。
その後は、冒頭の話にあるように探求心からCBAへ入会し、「ビアテイスター」の資格を取得。さらに「ビアジャッジ」として活躍するに至っている(※1)
※1 ビアテイスター、ビアコーディネーターは、2014年に取得。
■「のみもの屋」を通じて、ビールの多様な楽しみ方を伝えたい
ビールの世界にハマるに連れて自宅で購入するビールの数も増していった。「買いたいけど高松市内で購入できるお店がないことが悩みでした」と当時を振り返る。時を同じくして、長野県や静岡県のブルワリーで仕事をしていた故 田口昇平氏が「のみもの屋」がある仏生山近くにブルワリーを立ち上げる話が持ち上がり、「ここにビール醸造所ができるぞ」と地元でも盛り上がりをみせた。
しかし、この話は田口氏が病気でこの世を去ってしまうことで止まってしまう。
「田口さんが亡くなった後も『この地でクラフトビールが飲みたいよね』という声は続いていました。そこに私と田口さんの共通の知人から『のみもの家』のある土地が売りに出されたことを伝えられました。『これは田口さんに呼ばれているんだ』と思い、物件を見に行きました」。
その後は田口氏に導かれるかのように話はトントン拍子に進み、同じくビアテイスターである奥様の河内真希氏が代表となり、河内がサポートする形で2019年7月8日「のみもの屋」をスタートした。
「仏生山温泉の番頭をされていて、設計士でもある方がこのお店をリノベーションしてくれました。その方と仏生山の街を旅館と見立てて、訪れた人たちが雑貨屋さん、酒屋さん、飲食店などを1つの括りとして、この場所を楽しんで使ってもらえたらと話していました。『のみもの家』は、ちょうど良いタイミングでお酒を楽しめる場所として地域の構想にも合ったのです」。
「家でクラフトビールを楽しんでもらいたいと計画当初から考えていましたので、酒屋として購入して帰ることを基本にしています。希望される方は店内でも楽しめるように座席を設けています。お客様には自宅の冷蔵庫が1つ増えたイメージで来店してもらえればと思います。第2のリビングスペースとして利用してほしいので、土間の雰囲気を残した内装にしています」と、自宅の冷蔵庫を開けるように気軽に使ってもらえるお店をコンセプトとしている。
だが、多様なビールに馴染みがない地域で、彼の試みは住民にどのように写ったのだろうか。
「まず驚かれますよね。置いてあるビールの三分の一が酸っぱいビールっていうと『えっ、ビールが酸っぱいってどういうこと?』って。お客様にビールを提供するときは、一言添えてレクチャーをしています」。取材時に来店していた人には、同じビールでもグラスを変えることで香りの立ち方や味わいに変化があることを説明する場面があった。
「ビアコーディネーターでもあるので、『おつまみにこのビールを合わせてみては?』とご提案させてもらっています。それと普段どんなお酒を好んで飲んでいるかをお聞きして、お客様に合うビールを勧めています」と、来店する人に寄り添うことで、「のみもの屋」は好意的に受け入れられているという。なかには詳しい人もいて、「このビールを置いているの!?」と嬉しい反応が返ってくることもある。
■仏生山の地に美味しいビールを伝えていく
「先日、地域の方たち向けにビールの話をする機会があったのですが、多様性の話をしたんです。皆さんの生活のなかに私というピースが入って、『生活を楽しく豊かにできたら』とお伝えしました。文化というとおこがましいですけど、「のみもの屋」を通じて生活が豊かになるスパイスになれたらいいですね」と自身の役割について語る。
以前は、ビアジャッジとビアコーディネーターの知識を活かし、2ヶ月に1回程度のペースでテイスティングとマリアージュのイベントを行っていて、今後は「のみもの屋」での開催も検討している。
「半分冗談ですが、自分は脳神経外科医です。栄養面や嚥下機能(食物を飲み下す能力)、リハビリテーションを担っているので、これらと飲みもの関係をうまく交わらせていけないかなと考えています。リハビリテーション栄養学会の先生からは『ビールで臨床研究してみたら』なんて言われているんですよ」。
ヘルスケアとビール。いろいろクリアしなければならない課題はあるが、興味深い組み合わせだ。医師である河内氏だからこそできる広め方だろう。
都市部ではビール専門店が増え、正しく伝えられる人も多くなってきている。それでも品質の良い美味しいビールを購入したり飲んだりすることはまだまだ難しい。専門的に伝えられる人が少ない郊外地域では、しっかりとした知識や技術を持っている河内氏の役割は重要だ。高松から香川。そして四国と、彼の活躍により「美味しいビール」が広まっていくことを期待したい。
◆河内雅章氏に会えるお店「のみもの家」
住所:〒761-8078 香川県高松市仏生山町甲464-1
電話:090-5710-7158
Homepage:http://nomimonoya.main.jp/kagawa/sp/
Facebook:https://www.facebook.com/nomimonoya/
営業時間:不定期営業のため、Facebookページをご確認ください。
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。