サッポロビールとキリンビール共催イベント「ソラチエース誕生祭~こちらでソラチ、そちらでもソラチ~」から4ヶ月。初の共催は、何を生み出しだしたのか?
2019年9月5日(木)~16日(月・祝)の12日間。東京銀座にある「BEER TO GO by SPRING VALLEY BREWERY(以下、BTG)」と、同じく新橋にある「Bier Keller Tokyo(ビヤケラー東京)新橋店」にて、日本生まれのホップ「ソラチエース」品種登録35周年を祝うイベント「ソラチエース誕生祭~こちらでソラチ、そちらでもソラチ~」が開催された。それに先立ち行われたプレス発表会には、ビールメディアのほか一般媒体の関係者も参加して注目を集めた。
なんと言っても、このイベントの興味深いところは「サッポロビール株式会社」と「キリンビール株式会社」の大手ビールメーカーの共催で行われたことだ。開催までの経緯は、以下の記事の通り。イベント終了から4ヶ月。両社はどんな思いを抱き、未来に向けて何を思うのか。キリン企画部クラフト戦略チーム兼ブルックリンブルワリー・ジャパン株式会社ブランドアンバサダーの尹惠楨(ユン・へジュン)氏とSORACHI1984 ブリューイングデザイナーであり、サッポロビール株式会社新価値開発部 第1新価値開発グループの新井健司氏を訪ねて話を聞いてきた。
★プレス発表会の様子はこちらから
■動いてみたら実現した初共催。メディアもお客さんも「面白い」と好反応
はじめに4ヶ月が経過したいま、どんな気持ちか振り返ってもらった。
「最近はオープンイノベーションと言われていますが、一企業を見たときに足りないものだけを取ってくるみたいな要素が強く、本当の意味で新しいものをつくりあげていないと感じていました。そのような状況のなか、同じ市場を争っている企業が、利益関係なく『日本のホップを盛り上げる』という名目で手を組めたことはすごく良かったです」。(新井氏)
「率直な感想は、楽しかったです。キリンビールもサッポロビールも創業から100年を超える歴史ある会社です。これまで日本で競合同士が一緒にイベントを行うことは、なかなかありませんでした。でも、やろうと思ったら意外とスムーズに開催することができました。今回は、本格的にプロジェクトが動き出したのがイベントの1カ月前。準備期間が短いなかでここまでやれたことにやりがいも感じました。メディアに取り上げてもらう数も多かったですし、『ソラチエース』をきっかけに手を取り合って一緒に企画を進めることができたのは嬉しかったです」。(尹氏)
普段は、市場を競合し合う者同士。しかし、「ソラチエース」という共通項により手を取り合えたことに充実感をみせていた。
プレス発表後の質疑応答では、一般メディアからどのような質問があったのだろうか? 彼らの反応も聞いてみた。
「この後に『共同で商品を開発するんですか?』『ホップを交換して商品を造るんですか?』と、将来の展開に期待を込めた質問が多かった。後で聞くと、皆さん『面白い試み』と受け止めてくれていたようです」。(新井氏)
「1番面白かった質問が、『タップマルシェにサッポロビールが加わるんですか?』って。これは今回のイベントとは別次元の話なので、さすがにこの問いかけには、何て答えればいいか困りましたね(笑)」。(尹氏)
やはり競合同士が手を組むという話題性から期待が膨らんだ分、イベントよりもその先の展開が気になる人が多かった様子だ。
今回は、あくまでも「ソラチエース」の誕生祭。では、9月5日(木)に行われたイベントでは来場者の反応はどうだったのだろうか。
「イベントを催すにあたり、会場を考える必要がありました。1ヶ所にしてしまうと、どちらかに寄ってしまう可能性がありますし、だからといって2社を一緒に取り扱っているお店もなかったので会場の選定は悩みました。そのなかで距離や利便性を考えたときにキリンビールは「BTG」、サッポロビールは「Bier Keller Tokyo新橋店」になりました。お客様の反応としては、BTGは、イベントを目的に来店されていた方が多かったですね。みなさんから『おめでとう』という声をいただきました」。(尹氏)
「かなり盛り上がりました。私たちの会場として『Bier Keller Tokyo新橋店』には、『SORACHI1984』を知っていて、来場される方が多かったです。普段よりも来客も売り上げも良く、興味をもって来てくださった感じです」。(新井氏)
ビールファンからも「次はどんな楽しいことをやってくれるのだろう」とこれからを期待する声は多く、さらにサッポロビールが開発したホップを、キリンビールが資本提携している『ブルックリンブルワリー』が世界に広めているストーリーに興味を示してくれた人が大勢いたという。
少し残念な点を挙げるならば、イベントがメディア発表会当日夜だったこともあり、周知までの時間が少なかった。ぜひ次回開催の際は、告知にも時間をかけて多くの人たちにソラチエースを通じて手を取り合い、ビールの魅力を伝えていることをアピールしてほしい。
ちなみに2人とも2店舗を何往復もしたので、「けっこう疲れた」そうだ。しかし、そう言いながらも嬉しそうな顔で話す姿が印象的だった。
■意外にもすんなり進んだ社内調整
これまでは、外部の反応を聞いてみたが、社内の反応も気になるところだ。
「誰からも『面白いことをやっているね』でした。『ライバル企業と手を組んで何をしているんだ』と批判的な意見はまったくなかったです。商品ではなく、『ソラチエース』をくさびにして明確な状態を築けたことが、肯定的な見方になったと思います」。(新井氏)
「上司は肯定的でしたし、営業部の方にも確認したら『リスクになるものはないよ』と言っていただけて。広報部の方にもサッポロビールのTwitterをリツイートして協力してくださいました。こちらがビックリするくらいスムーズに話が進みましたね。イベントが終わった後に営業部の方から、記事を読んだ小売店様から『面白いことをやっているね』と嬉しい反応があったと教えてもらいました。『ブルックリンブルワリー』本社やヨーロッパ部門からも『そんな面白いことやっているの』と驚かれました。サッポロビールが開発したホップなので、日本でうまくやれているのか気になっていたみたいです。私たちが一緒に楽しく仕事をしていることを喜んでいました」。(尹氏)
2社ともに大きな障害もなく、社内でも話が進んだ話を聞いて、実はビール会社には垣根を越えて業界を発展させたい思いがあるのではないかと感じた。
「そういう思いは、両社とも潜在的にあったかもしれません。それが今までは、様々な理由で実現できなかった。『ソラチエース』があったから実現できたのかもしれません」と尹氏。
■次回への期待値が高まる。次はあるのか?
今までにない取り組みは、飲み手からも会社内からの反応をみても大成功といえる。冒頭にあるように次の展開への期待が高まる。
「やっぱり誰と話をしても次の展開を期待する声が多いですね。振り返るとそれだけインパクトがあったと感じています。そのぶんプレッシャーもかかっていますけど(笑)。少し前にキリンビールさんとフィードバックの機会があり、『次に何をしようか』という話しもしました。でも具体的に何も決まっていません。今回はイベントの1カ月前から動き出したので準備期間も短かった。次回があるなら準備をしっかりとして臨みたい」。(新井氏)
「とても嬉しかったと同時に『もっと多くの人に知ってほしい』という気持ちが出てきました。社内でも『次はどうするの』と話すことはあります。1回目はやることに意味がありましたが、次回はさらに面白くするためのハードルが高くなったなぁと(笑)。前例をつくるのは大変でしたが、開催できたことで次回に話が進みやすくなったと思います。今回、開催するにあたり、1回で終わるのではなく、段階的にいろいろな仕掛けをして盛り上げていこうと新井さんとも話をしました」。(尹氏)
今のところ、次回開催に向けた具体的な動きはないようだ。しかし、お互いに挑戦してみたいことはある。
「ソラチエースを使ったビールは2社以外にもたくさんあります。ほかのビールメーカーとも協力して、やってみたい気持ちはあります。日本全体でソラチエースを祝って、社会的なムーブメントにしていきたいですね。もっといえば、日本のホップ農家が減少を続けています。このままでは日本産ホップがなくなってしまう危機感があります。キリンビールさんとは、何とかしなくてはいけない考えを一緒にもっているので、イベントを開催しなくても、日本のホップ産業を協力して盛り上げていくためにできることはたくさんあると個人的に思っています。今回のようにみんなが幸せな気持ちになれる形を実現したいです。これはあくまでも個人的な意見ですが、同じブランド名で、私たちは『ソラチエース』、キリンビールさんは『IBUKI』や『MURAKAMI SEVEN』と日本産ホップを使った商品を展開したら面白いかなと思っています」。(新井氏)
「今年は、銀座と新橋の2つの会場だけでしたが、スタンプラリーを企画して、より多くの場所で楽しめるように企画を考えてみたいですね。そうすることでもっと多くの人にお互いの商品、お互いの会社のことを知ってもらえるとも思います。それと、ビールファンではない方たちに対して、どうやったら伝わるのか考えていかないといけないと考えています。『ソラチエース』は北海道で生まれて世界で認められたホップ。その物語をもっと多くの人に伝えたいです。例えば、北海道で頑張っている農業や漁業といった生産者の皆さんに向けてとか、東京に住む北海道出身の人に向けてアピールするとか。コミュニティに向けてキリンビールとサッポロビールで何かを一緒にできたらいいなと思っています。もっと枠を大きくして色んな人たちを巻き込みたいですね」。(尹氏)
やはり両者とも今回のイベントを通じて、ビールの力を伝えたいという熱い思いがある。話を聞いているだけでも期待が高まる。「ソラチエース」の誕生日は9月5日。来年もこの時期が近くなったら両社の動きに注目したい。きっとこの2人を中心に「ワクワクするビールの未来」を魅せてくれることだろう。
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。