[コラム,ブルワー]2020.3.21

静かな街並みでゆっくりと味わえるブリューパブ【ブルワリーレポート なら麦酒ならまち醸造所編】

元興寺旧境内を中心とした地域「ならまち」。この場所には江戸時代から明治時代にかけての町屋が多く立ち並ぶ。この地域にあるブリューパブ「なら麦酒ならまち醸造所」は、2017年3月1日に醸造免許(発泡酒)の交付を受けた。免許交付から2年が経過し、今何を思うのか。現地を訪問してお話を聞いてきた。

ビールとゆっくりと向き合える空間を提供するブリューパブ

日本酒発祥の地といわれる奈良(※1)。お酒に馴染みがある土地もビールとなると長い間ブルワリーが増えてこなかった。クラフトビール過疎地だったこの地域に「ブルワリーがあってもいいんじゃないかと。私自身もこの静かな『ならまち』で、じっくりとビールに向き合って、できたてのビールをゆっくり味わってほしい考えではじめました」と話すのは、代表取締役で醸造責任者である青山政義氏だ。

※1 諸説あります。

ブリューパブは、「ならまち」と呼ばれる中心地の少し外側。周囲は閑静な住宅が多く、「じっくりビールと向き合える空間の提供」という「なら麦酒ならまち醸造所」のコンセプトを表わせる場所だ。

ビールは、「ならまちエール(ペールエール)」「白 haku(ヴァイツェン)」「玄 kuro(スタウト)」の3種類を定番としている。初仕込みのならまちエールを醸造した後に「ペールエールがあったら次はこんな感じのビールが欲しいな」という感じで増えてレギュラー化していった。このほかには季節限定ビールやフルーツビールを提供している。

定番ビール。
ならまちエール(左):奈良県産の大和ほうじ茶使用。ほのかに香るほうじ茶の風味は「ならまち醸造所」を代表する一杯。フルーティーな香りがするホップの苦味と麦芽の旨味はどんな料理とも相性がよく、あらゆるシーンで楽しめる。アルコール度数5.5% IBU 40
白 haku:小麦の優しい味わい。ヴァイツェン酵母特有の風味であるバナナとクローヴのような香り、ふとしたときに感じられる爽やかな青リンゴの風味が特徴。小麦の優しい滑らかな口当たり、クリーミーな泡から感じられる柔らかいニュアンスはクラフトビールに馴染みがない人や女性におススメ。アルコール度数 5.5% IBU 18
玄 kuro:ロースト麦芽の芳ばしさと苦味、有機栽培のカカオが醸し出す芳醇な香りはすっきりとした味わいのビールとは対照的でビターな味わい。ビールとビールの間の口直しなどちょっとした一味違った大人の味を楽しみたいときにおススメ。アルコール度数 5.5% IBU 43

取材中、青山氏の口からは「ゆっくり」「じっくり」という言葉が何度も出てきた。それは「何かを突出させるのではなく、飲み口がしっかりとしたビールが多いですね」と話すビールにもよく表れている。

世界の多様なビールに触れて目覚めた思い

青山氏がビールに関心をもつようになったのは今から約10年前。姉と一緒に大阪に飲みに行ったことがきっかけだという。

「飲みに行ったお店にベルギーやアメリカのビールがありました。それまでは大手のビールメーカーさんのビールしか飲んでいませんでしたし、アメリカというと『バドワイザー』を代表する軽いビールのイメージしかありませんでした。ベルギービールに至っては存在も知らなかった。『とりあえず1回飲んでみるか』と軽い気持ちで飲んでみたら今までとは違う味に驚きました。『世界にはこんなに色んなビールがあるんだな。これは奥が深いな』と感じました」

興味をもちはじめ、調べてみると日本各地にも美味しいクラフトビールがあることを知り、各地のブルワリーを巡るようになる。そんななか、茨城県にある「常陸野ネストビール」にビールづくりを体験できる「手造りビール工房」があることを知り、現地まで足を運んだ。「麦芽の糖化作業がすごく面白かったですね」と、そこからビール醸造への関心が強くなり、ブルワリーを立ち上げることを決意。本格的にビールづくりを学ぶため、「吉備土手下麦酒」で醸造研修を受け、ブルワーとしての経験を積んでいった。

その後、ブルワリーの場所を考えたときに人口や観光客の多い大阪も検討したが、最終的に「ならまち」を選んだ。それには奈良への思いがあったからだという。

「生まれは奈良ですが、育ちは大阪なんです。10年くらい前に親の仕事を引き継いで奈良で仕事をしていました。おかげさまで順調でして、仕事をしているなかで『今度は奈良に恩返しがしたい』という気持ちが湧いてきました。自分の性格を考えても奈良という静かな土地でじっくりやる方があっていると思い、『ならまち』に決めました」

ブリューパブの外観。以前は米屋の倉庫だった場所を改築した。

青山氏の話をじっくりと聞くのは今回がはじめてだったが、ご自身の考えを噛み砕きながら丁寧に伝える姿勢と「ならまち」の雰囲気がよく合っている。この地に醸造所を設けたことは必然的だったのかもしれない。

店内は白色を基調とし、木の温もりが感じられる落ち着いた空間。カウンターの後ろは大きなガラス壁になっていて陽の光が射し込んでより暖かみのある空間が演出される。

醸造量の確保とフルーツと野菜を使った新しいペアリングの提案を実現させたい

免許交付から2年。発展途上のなか、いま感じている課題は何だろうか。

「1回の仕込み量が200Lと少なく、発酵・貯酒タンクの数も3本と少ないので、夏場はビールの在庫が少なくなってしまうことが多いです。品質を落とさないため、じっくりとつくっていきたいのですが、在庫が少なくなると気持ちが焦りますね」

「まだまだ地元でのクラフトビール認知度は低いが、ビール目当ての観光客の来店も多い」と青山氏がいうように夏は旅と一緒にビールを求める観光客が増えることで「飲みに来てくれる人が多いのは嬉しいのですが、少ないときは定番ビールしか提供できなくなってしまったこともあります」と葛藤を語る。

将来的には醸造量を増やす構想はあるが、現在の場所ではスペースの都合上、設備の増設は難しい。「そのときは新たに醸造所を設けることになると思います」とのこと。

新たな場所に設備を増設する際には、ビール醸造に関心をもつきっかけにもなった「手造りビール工房」を行うのも面白いのではないか。奈良の人にクラフトビールへの興味をもってもらうきっかけになるし、県外から人を呼び込む動機になるかもしれない。

醸造室の様子。現在の場所での増設は難しい。醸造量を増やす場合は、新たな場所を探すことになる。

「それとビールを楽しんでもらうために料理との関係は大事だと思っています。パブでのフードメニューをはじめ、どうしたらもっと喜んでもらえるかを考えています。私はフルーツと野菜が好きなので、これらを中心としたメニューを開発して、ペアリングを意識してもらいたいです。パブのお決まりフードではないメニューをつくっていきたいですね。ペアリングという観点からも奈良にクラフトビールがあることを知ってもらえたらいいですね」

お店側がペアリングを意識するところは少しずつ増えてきているが、ビールファンでなければ飲む側の意識はまだまだ低い。「なら麦酒ならまち醸造所」のSNSには料理の投稿も多い。料理からビールを合わせる提案をすることで、クラフトビールへの関心を増やすことができるのではないか。どんなペアリングが提案されるのか楽しみにしたい。

SNSには料理の投稿も。ハッシュタグを活用することで閲覧者の関心を高めて、来客を促す方法もあるだろう。【画像提供:なら麦酒ならまち醸造所】

最後に、今回「なら麦酒ならまち醸造所」のほか、奈良県内の醸造所を数件取材して知ったことがある。それは観光客が奈良に滞留しないことだ。大阪や京都からのアクセスもいいため、日中に奈良を巡り、夕方には多くの人が観光の拠点としている両都市に戻ってしまうのだ。青山氏も「滞留時間が少ないなかで訪れてくれる人に何か1つでもいい思い出をもって帰っていただきたい。それもコンセプトの1つですね」という。

「近くには『春鹿(はるしか)』という日本酒をつくっている『株式会社今西清兵衛商店』さんもあります。ビールと日本酒のはしご酒をしてみるのも楽しいのではないでしょうか」と、奈良観光の際に一緒に飲んでみるのもいい。

時間の流れがゆっくりと感じられる静かな街並みのなか、落ち着いた店内で、じっくりと味わえる「なら麦酒ならまち醸造所」のビール。また味わいに訪れたいと思うブリューパブだ。

青山政義代表取締役。静かな口調ながらビールや奈良への熱量が感じられた。

◆なら麦酒ならまち醸造所 Data

住所:奈良県奈良市紀寺町956-2

電話:0742-95-9700

お問い合せ:http://narabeer.jp/contact

Homepage:http://narabeer.jp/

Facebook:https://www.facebook.com/narabeernaramachibrewery/

Twitter:https://twitter.com/nara_beer

店舗営業日:月・火・水・金・土・日曜日・祝日 11:30~20:00(L.O 19:30)

定休日:木曜日(不定休あり)

なら麦酒ならまち醸造所ブルワリーレポート青山政義氏

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

(一社)日本ビアジャーナリスト協会 発信メディア一覧

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この記事を書いたひと

こぐねえ(木暮 亮)

ビールコンシェルジュ

『日本にも美味しいビールがたくさんある!』をモットーに応援活動を行っている。実際に現地へ足を運び、ビールの味だけではなく、ブルワーのビールへの想いを聴き、伝えている。飲んだ日本のビールは4000種類以上(もう数え切れません)。また、ビールイベントにてブルワリーのサポート活動にも積極的に参加し、ジャーナリストの立場以外からもビール業界を応援している。

当HPにて、「ブルワリーレポート」「うちの逸品いかがですか?」「Beerに惹かれたものたち」「ビール誕生秘話」「飲める!買える!酒屋さんを巡って」などを連載中。

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