【愛知】ビールでまちの未来をつなぐ。ふるさと知多岡田に灯る「OKD KOMINKA BREWING」の改革の光
「ねぇ!それ、何持ってんのー?」
「これ? 瓶の中身は水だよ!」
ランドセルを背負った男の子が、列から興味深そうに声をあげた。
醸造所の前を小学生の下校班が通り過ぎてゆく。
「ここにいると、しょっちゅう中を覗いていきますよ」
慣れた様子で子どもたちに「おかえり!」と声を掛けるのは、「OKD KOMINKA BREWING」のブルワー新美泰樹さん。
2019年に醸造所を構えて1年。
住宅街に続く路地の入口にある醸造所は、さながらこの町の玄関のよう。
30年前、学校帰りの子供たちを見守っていたあの駄菓子屋がそうであったように、「OKD KOMINKA BREWING」のトタン外壁は子供たちの日常に溶け込んでいるようだ。
ブルワリー名の「OKD」は“OKADA”
醸造所のある地域「岡田」を指している。OKD KOMINKA BREWINGは、その名の通り岡田にある古民家で新美さんが造るビールだ。
目次
このまま家業を続けるだけでは、まちに活気は戻らない
愛知県南部にあり、西を伊勢湾、東を三河湾に囲まれた知多半島。
旧岡田村は、現在知多半島の付け根に位置する知多市にある。江戸時代から木綿の機織りで栄えた地で、昭和初期には木綿工場や卸問屋が立ち並び、現在でも豪商の屋敷や保存蔵の土壁など、当時の面影が色濃く残されている。メイン通りである県道沿いには劇場などの娯楽処や商店が軒を連ねにぎわいを見せたが、昭和後期に外国製品が流入してくると繊維業は徐々に衰退し、繊維工場の撤退や倒産が相次ぐことに。バイパスの開通も拍車をかけて、県道の交通量が減ると町全体の活気が急速に失われていった。
岡田は日本各地に数多くある衰退した地域、いわゆる“ 寂れゆく町 ”だった。
平成に入り、市民団体や地元のコミュニティが連携して蔵や建物の修復・保存を行い、「知多木綿」の機織り体験ができるイベントを開催するなど、岡田を観光地として復活させる動きが活発化している。
岡田で生まれ育った新美さんも、ふるさとを改革する起爆剤を模索していた。
そこには単なる出身地というだけではなく、代々続く地域に根付いた米菓メーカーの生まれ、というルーツゆえの責任感もあったのかもしれない。
新美泰樹さん(以下、新美)「周辺に大手のスーパーやコンビニができて、年々家業の売上も落ち込んでいきました。ブランド刷新やラインナップを見直すこともしましたが、このままただ家業を営むだけでは、いつか行き詰まる気がしていたんです」
とはいえ、家業一本を意識していたかというとそういうわけでもなく。
新美さんの経歴はバラエティに富んでいる。高校時代に打ち込んでいた野球でプロを目指し、22歳からアメリカのサマーリーグへ、さらにドイツに渡りプロとして活躍して24歳で帰国。そこから家業を継ぐために、新潟や中国の米菓工場で26歳まで修行を積む。そして家業のおかき製造を手伝いながら34歳で一念発起して東京へ。
新美「このときはほとんど家出ですね(笑)。何かフックになるものを見つけたくて東京に飛び出したんです。そしてある飲食店の丁寧な接客に感動して、そこの接客を学びたくて系列店のホールスタッフに応募しました。そのお店はテーブル担当制。お客様の様子をうかがいながら、担当スタッフが料理に合うビールやワインを提案し、好みのドリンクに合わせて料理をすすめます。そこではただオーダーを待つのではなく、『どんな提案や声がけをすればお客様に喜んでもらえるか』を常に考える接客を求められます。だからスタッフ同士にも適度な緊張感があって向上心が強い。そこで料理やドリンクの勉強もしました。このきめ細かい対応が好評で、400席もあるレストランは平日でも満席。中でもファンが多かったのが、レストランで造っていたビールでした」
新美さんが出合ったのが、勤め先のハウスビール。
東京都品川区、天王洲にある「T.Y.HARBOR」だった。
「T.Y.HARBOR」でビールの奥深さを知り、ビールが人を惹き付けるツールになると感じた新美さんが醸造にシフトしたのが、ホールスタッフになって3カ月が過ぎたころ。しかし醸造部門の人手は足りていたため、全国のブルワリーに醸造修行を申し入れた。そこで新美さんを受け入れたのが、中国地方屈指の老舗醸造所である鳥取県「くめざくら大山ブルワリー」。工場拡張のタイミングで人手を求めていた大山Gビールだった。
こうして新美さんは2016年1月から9カ月間、大山Gビールで醸造修行を重ねることに。
新美「次の目標が定まったら留まっている時間がもったいない。自分の醸造所を開くことを伝えて、それでも受け入れてもらえました。大山Gビールで学べてよかったことが、醸造技術の大前提として徹底した洗浄や衛生管理を教わったこと。醸造周りの細やかな配慮と品質管理への高い意識が基本として活かされています」
「このビールなら飲める」。地元客の言葉が心に響く
醸造修行の間に、開業準備もスタート。
家業の竹新製菓株式会社がオープンする新たな和食店として、築100年のおかき工場を改築する話が持ち上がったのを好機に、新美さんは隣接する倉庫スペースの改築に着手した。自ら基礎のコンクリートを塗り固め、中国からタンクを輸入し、工場を文字通り手づくりで形にしていく。ビールはその和食店「範丈亭」で提供する米や海苔、味噌にこだわった家庭料理とも合うものを目指した。
新美「大山Gビールで働きながらレシピを考えました。まずは知多半島の素材、梅やイチジクを使うこと。そしてシングルホップでバランスをとること。オープン目標にしていた東京オリンピックの1年前、2018年の春には工場が間に合わなかったので、まずは委託醸造で仕込んだビールを範丈亭で出すことにしたんです。そこで200Lから醸造を頼めたのが『山口地ビール』でした」
修行先の大山Gビールでは最低醸造量を消費できる見込みが薄かったため、新美さんは山口県まで足繁く通い、仕込んだビールを自ら運び入れ、2017年にオープンした範丈亭で提供を始めた。しかしクラフトビールにはなじみのない土地、当初は受け入れてもらえず、大手メーカーのビールの方が売れ行きは圧倒的だったとか。それでも店に通う常連客の口コミや、地元愛の強い仲間のおかげで少しずつOKDのビールが広まり、飲み手が増えるにつれて手ごたえも感じるようになった。
新美「余裕がなくて宣伝に力を入れていませんでしたが、乾杯ビールとして宴会でオーダーしてもらえたり、知多半島の飲食店で取り扱ってもらえたり、少しずつ知ってもらえるようになりました。すると、お客さんのビールに対する印象が変わってきたことも実感できて。近所のママさんに『普通(大手メーカー)のビールは飲めないけど、OKDのビールならおいしく飲める』と言ってもらえたのが心に残っています。そんな風に、ビールが苦手だった人に受け入れてもらえたのがうれしかった」
果物を使った定番ビールはどちらも果物の主張は控えめ。
あくまでベースのスタイルを重視した味わいに仕上げた。
新美「果物は使い過ぎると水っぽくなりますし、ホップや酵母との組み合わせでそれを連想できる程度にしています。全体のバランスを考えて主張の強すぎないものにしています」
コロナ渦でビールイベントの中止が相次ぐ中、地元のお祭りや店舗の小規模なイベントを開催して岡田のビールに触れてもらえる機会を地道に増やした。そして、2020年7月にブルワリーとして初の出店となる栄のビールイベント「ビアフェスタ in 名古屋 傘をさして」に出店。Y.MARKET BREWING主催で名だたるブルワリーが名を連ねる中、新美さんは内心はらはらしたという。
新美「ビールの大先輩が並ぶ中の初出店は正直怖かったです(笑)。でも醸造はもちろん、接客販売やブースづくりにしても勉強になることばかり。またとない機会だと思って時間の許す限り他のブースを回って学びに行きました。大山Gビールで学んだからには、名に恥じないものをつくりたい。イベントに声をかけてもらえたのも後押しがあったからだと聞きましたし、勉強中の僕にとってイベントはスキルアップの機会です」
「寄り道」で得たものが、人生をおもしろくする
250Lの発酵貯酒タンクを5基構え、ブルワリースペースにはまだ余裕があるが、醸造担当は新美さん一人。さらに範丈亭の切り盛りや、イベント時には手打ち蕎麦をふるまうこともある。蕎麦打ちは醸造修行中に徳島県で習い、和食店で提供していたとか。寄り道の多い人生だ。
しかし寄り道で得たものが、ここで活きている。
新美「ドイツで生活していたので、ビール文化を当たり前のものとして、本場のヴァイツェンのおいしさに触れることができました。その後もおかき製造の修行で中国にいたからこそ、醸造設備の輸入手配を自分でできたんだと思います。古民家の改築もこれまで積んできた経験を基に。そのときの人生の選択の延長に、今の自分があるんです」
寄り道の多い人生でも「岡田を盛り上げたい」という根っこの部分は変わらない。
だから培ってきた経験がさまざまな形でそこに結び付いていく。ビールで岡田の良さを伝えたいと思うのと当時に、再び岡田が活気あふれる町になるように「岡田で楽しそうに働く姿を見せたい」というのも新美さんの想い。
新美さんの活動に触発されて、近くでベーカリーを立ち上げる準備が進んでいるという。
これからを生きる若い世代がつながって、ふるさとのコミュニティを広げていく。地域に力が芽生える理想的な流れだ。
醸造所の前を行き交う子どもにとっても、岡田はふるさと。
「OKD KOMINKA BREWING」と、そこで汗を流す人々の姿が未来のふるさとの記憶として刻まれることが、10年後、20年後の岡田の姿につながるはずだ。
――そのうち、社会科見学で醸造所に来ることもありそうですね。
新美「大歓迎ですよ。楽しそうに働く僕たちを見て感じてもらえたら」
こんがり日に焼けた顔をくしゃっとほころばす新美さん。
岡田の町に、再び生気が満ちてゆく。
(※グラスビール写真提供:OKD KOMINKA BREWING)
【ブルワリー概要】
OKD KOMINKA BREWING(お食事処 範丈亭)
住所:愛知県知多市岡田字中谷4番地
電話:0562-85-1360
アクセス:
【電車】名鉄常滑線「朝倉駅」より知多バス「東岡田行き」で「岡田」停留所からすぐ
【車】知多半島道路 阿久比ICより車で7分、西知多産業道路 長浦ICより車で5分
営業時間:木曜日~日曜日11:00~15:00(LO 14:00)
定休日:月曜日~水曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は営業)
範丈亭HP
ブルワリーHP
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※ボトルは醸造所近くの下記コンビニエンスストアでも購入できます。
セブン-イレブン 知多岡田店
住所:愛知県知多市岡田字大曽19-3
電話:0562-55-8882
セブン-イレブン 知多岡田西店
住所:愛知県知多市岡田字西無常堂3番1
電話:0562-56-5480
OKDで乾杯!人気写真家×ビールの写真展「WITH BEER」渋谷で開催
2020年7月15日(水)~10月15日(木)まで、OKD KOMINKA BREWINGのビールをモチーフに、各種雑誌や広告で活躍中の人気写真家20名が撮り下ろした作品が一堂に会するオンラインフォトエキシビション「WITH BEER」を開催中。
乾杯したくなる写真展「WITH BEER」
コロナ禍の沈んだ世の中でも「写真」と「ビール」の力を信じて、フリーの編集者でもあるOKD KOMINKA BREWINGのプロデューサー生駒知子さんの投げかけで、ファッション誌や広告、カタログ、TVCMで活躍する写真家たちがOKDのビールを題材にした作品を自由に制作。
テーマは「HAPPYしかないBEER LIFE」
クリエイターそれぞれの視点でビールを切り取り、趣向を凝らした作品の数々は、どれもビールが恋しくなるものばかり。クスっと笑えるユーモラスなものから、ふわっと心がほどけるもの、ちょっぴり切ない哀愁を感じるもの、甘酸っぱいあの青春のひとコマ……。
ビール好きなら、うんうんと共感できる幸せな世界が広がっている。
さらに公開最終日の10月15 日(木)は渋谷でリアルな写真展が開催決定。
OKDの樽生ビールを味わいながら、Webとはまた違う迫力や臨場感を感じられる1日限りのポスター展だ。ビールは定番の「FIG ICHIJIKU WEIZEN」「PLUM UME SAISON」「MAPLE CINNAMON ALE」が登場。 愛知県以外では飲めない樽生のOKDを新美さん自らサービングしてくれる貴重な機会をお見逃しなく。
【20 Photographers POSTER EXHIBITION
~うまいビールで乾杯できる幸せなポスター展~】
日時:10月15日(木) 12:00〜20:00
場所:MO-GREEN
所在地:東京都渋谷区南平台町8-11 モーグリーンビル
入場料:無料(ビールの販売はキャッシュオン、ボトル販売あり)
参加写真家:
赤尾昌則/生田昌士/伊藤彰紀/今城純/宇戸浩二/小川久志/菊地哲/菊地史/木寺紀雄/kimyongduck/輿石真由美/腰塚光晃/佐々木慎一/髙安悠佑/竹中祥平/土山大輔/勅使河原城一/長友善行/宗像恭子/横浪修(五十音順)
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