クラフトビールの魅力が描かれるマンガ「琥珀の夢で酔いましょう」作者インタビュー
2018年11月号より月刊コミックガーデン(株式会社マッグガーデン発行)で連載が始まった「琥珀の夢で酔いましょう(以下、こは酔い)」。2021年7月には、最新刊となる第4巻が発売されました。連載が進むに連れて漫画ファンやビールファンだけではなく、ビール業界からも注目される同作品。現在、既刊が続々と重版されています。
2021年8月には、「次にくるマンガ大賞2021」コミックス部門20位を受賞し、さらに注目されることが予想される「こは酔い」。今回は、原作担当の村野真朱さん、作画担当の依田温さん、編集担当のアリウエさんに、これまでを振り返っていただきながら作品の魅力をお伝えしたいと思います。
目次
3年経って様々な人たちからの声を実感できるようになった
――:2018年11月の連載開始からもうすぐ丸3年をむかえます。ここまで連載をしての感想を教えてください。
村野:連載が始まってから、あっという間であまり記憶がありません。でも、少しずつ読者の方や醸造所さん、飲食店さんの方から声をかけていただけるようになってきて本当にありがたい気持ちでいっぱいです。そういう声を聞くことで、「読んでくださっている方がいらっしゃるのだな」という実感が徐々に出てきました。
依田:3年近く描いてきたという感覚は正直ないです。未だに最新話が公開されるとドキドキしています。読者さんからの感想が上がってきて、やっとホッとしています。
――読者さんからの反応も増えてきましたか。
依田:はい。反応が増えてきました。本当に嬉しいです。
アリウエ:登場するビールは醸造所の皆様からご許諾をいただいているのですが、巻を追うごとに初めてご連絡する方からも「読んでいます!」「ファンです!」と声をいただくようになりました。
――:それは嬉しいですね。私も取材をさせていただく醸造所さんから「こは酔い」の話題を聞くことがあります。
アリウエ:読者さんからもSNSにビールと一緒に単行本の写真を上げてくれることが本当に多く、ビールを楽しむ方法の1つになっているようでとても嬉しいです。

埼玉県川口市にある「麦酒処ぬとり」のやまだこばさんも「こは酔い」ファン。お店では、主に料理を担当していて、「立場や同じ西日本出身ということで隆一に魅力を感じます」と隆一のような味の組み合わせは大切な気づきを得られると言います。
作品の中で最も印象的なシーンは、「でも、ぼくは料理人の顔が見える店に来たら感じたい。料理人のメンドくさい何かを」という料理評論家グリフ・ハーヴェイの言葉(第1巻第5話)。このシーンを読んで、「私が『麦酒処ぬとり』を通じて伝えたいことは、『メンドくさい何か』そのものだとはっきりしました」と言います。
麦酒処ぬとりの情報はこちら
――:これまで色々なビールが登場しました。どれも思い入れがあると思います。あえて印象に残っているビールを挙げるとするとどのビールでしょうか。
村野:本当にどれも大好きで、とても難しいのですが……。京都醸造さんの「後ろめたい秘密」は、改めて「ビールの力」をすごく感じたということで印象に残っています。
――:どのようなところに「ビールの力」を感じたのでしょうか。
村野:自分が飲んでおいしかったのはもちろんですが、ビールが苦手な友人に「これは飲みやすいよ」と勧めたときに、一口飲んで「おいしい!」「ビールの味がしない!」と言われたのには本当にびっくりしました。友人の中にあった「ビールの味はこういうもの」というイメージが、その一口で変わったんです。何より友人の表情がパッと明るくなったのが印象的でした。
――:それは勧めた側からするととても嬉しいことですね。

村野さんが「ビールの力」をすごく感じたという「後ろめたい秘密」。第12話「十月は後ろめたいクリーム・エール」(第3巻掲載)は、「自分で書いたというより『後ろめたい秘密』の力に書かされた話」だと言います。
――:依田さんは、どのビールが印象に残っていますか。
依田:私もどれも思い入れがあります。強いて挙げるとすると第1話に登場した京都醸造さんの「一意専心」でしょうか。
――:「一意専心」には、どのような思いがありますか。
依田:連載開始前に村野さんと監修の杉村さんとで、錦市場で買った生麩田楽とこのビールを実際に合わせたのですが、ペアリングがガチッとハマる瞬間を初めて感じられた忘れられない体験をしたビールですね。ネーミングと作品のテーマもハマっていますし、「こは酔い」を象徴するビールだなと思っています。「一意専心」は定番商品なので、定期的に読者さんから「飲みました!」と声が聞けるのも嬉しいです。
お酒やビールにネガティブなイメージがあることを踏まえて描いていく
――:「こは酔い」を読んで、お酒やビールのネガティブなイメージが変わる人がいます。作品で意識していることはありますか?
村野:少しでもお酒やビールに親しみや興味を感じていただけたとしたら嬉しいです。意識しているのは、ネガティブな感情を否定せず、「ネガティブな印象もある現状」と「これからのお酒の場のありかた」を両方描くことでしょうか。両方踏まえた上で、読者さんご自身が何をどう飲むか、選んでいただければと思います。
依田:「こは酔い」はビール漫画ですが、飲まない人・飲めない人のことを存在しないように扱わないというのはいつも気をつけています。

お酒に対して、ネガティブな印象を抱いている人からの視点も描いている。色々な考えがあることを前提に物語が進行していくので、共感する人が多いのではないだろうか。(第3巻第12話より)
――:作品を読んでいて、本当に色々な方面に気を配りながら描いていらっしゃるのが伝わってきます。ビールを描いていく中で、興味を持ったり、イメージが変わったりする印象があるビアスタイルはあるのでしょうか。
村野:「ビールは苦い」というイメージが一般的なので、苦味の少ないスタイルを紹介している回は反応が大きいなと感じています。特にラードラーやクリーム・エールはビールっぽくないので、苦いビールが好きな方も苦手な方も注目されている印象です。
依田:フルーツビールは周りのビールが苦手な人にもよくおすすめしています。第3話で登場した小西酒造さんの「秋マロン」は、味をモンブランの絵で表現したのが良かったのか「飲んでみたい」という声が多かったです。デザートのように楽しめるスタイルというのは、苦手な方にとって結構インパクトがあるのかなと思います。
――:一般的なビールのイメージとは違うビールには、固定概念を覆す力がありそうです。参考になります。

ビールイベントで秋マロンを飲む鉄雄。絵で表現されるので、味のイメージが湧きやすい。【第1巻第3話より】
「わかりやすく伝える」ことは難しいということを意識して描く
――:クラフトビールの楽しみ方で取り上げられる中にペアリングがあります。「こは酔い」でも大切にしている部分だと思います。しかし、その魅力をわかりやすく伝えるのは難しいと感じています。伝える上で気をつけていることはありますか?
村野:「そのときどきにおいて、その場にいる人たちが満喫できるあり方」を大切に表現したいという気持ちは持ち続けています。それをわかりやすく伝えることについてもずっと考えていますが、明解な答えは見つかっていません。。
――:わかりやすく伝えるのは本当に難しいです。
村野:限られた紙面上で総合的な情報は伝えることはできません。また、言葉から想像するイメージと、自分の舌や鼻で感じるものとでは印象が異なることも多々あると思います。実際に食べたり飲んだりしていただけたら良いのですが、それは難しいので「断片的な情報でしか伝えられない」ということを念頭に置きつつ描いています。
依田:村野さんの言葉での説明を絵で補強するのが私の役割ですが、表情のつけ方からトーンの貼り方まで、どれも正解がないので毎回悩んでいます。味はもちろん、合う料理を探っていくプロセス自体や場の雰囲気もペアリングの魅力のひとつなので、登場人物と一緒に楽しんでいる気分になってもらえるような描き方は意識しています。

香りや風味の感じ方は十人十色。「これが正解」というものが無いからこそ、様々な楽しみ方があることを意識して伝えている。【第4巻第17話より】
好きになる形はひとそれぞれ。だからこそ共感を生む
――:新しい登場人物も次々と登場してきました。皆さん、ビールを好きなる熱量や視点がバラバラで、リアリティがあって良いなと思いました。それぞれが違う熱量でクラフトビールを好きになるところに作品への共感が生まれていると感じています。登場人物をつくりあげていく中で、どんなことを意識していますか?
村野:ご指摘いただいたように、ビールへの視点や思いは全員異なるものとして描いています。その方がクラフトビールの多面性を様々な角度から描写できるというのも理由の1つです。
――:確かにビールの多面性が伝わりやすいです。
村野:それと飲みの場の素敵なところとして、大人になると貴重な「同じ経験を同じ立場で気軽にシェアして、他者との違いを味わう」機会であるという点もあると思います。ビールという同一の経験を通してキャラクターの奥行きを描くことも意識しています。ビールの個性とキャラクターの個性とが、それぞれの音色をもって響き合う様子を描いていきたいと思っています。

同じ経験を他の人とシェアし合えるのは、クラフトビールならではの魅力。【第1巻第2話より】
――:連載が続いてきて、キャラクターの表情などの躍動感が強くなってきた印象があります。連載をしていく中で、「これは上手くなった!」というものがあれば教えてください。
依田: ありがとうございます。ビールを飲んだり料理を食べたりしたときのリアクションの幅は広がってきたように思います。一番魅力的に描かないといけない部分ですし、上記の通り村野さんの描くキャラクターにどんどん幅も奥行きも出ているので、負けないように頑張っています(笑)
――:新しい登場人物の中には、今までとは違う表情をする人もいます。
依田:第4巻では新たに知愛というキャラクターが登場しましたが、表情があまり動かないタイプです。七菜たちとはまた違うリアクションを描けるのが楽しいですね。

第4巻から多く登場してきた知愛。これからどんなキャラクターが登場してくるのかも楽しみの1つ。【第4巻第17話より】
お酒の場での暴力やハラスメントにも向き合う
――:「こは酔い」を読んでいて、ビール(アルコール飲料)の良い面だけではなく、怖い面も表現しているところが気になりました。これは、他のお酒漫画では見られません。どのような思いで描いているのでしょうか。
村野:アルコールによる健康被害などは「アルコールの危険」ですが、飲酒の強要や心身の自由が利かない状況に追い込まれるのはお酒を利用した「暴力・ハラスメントの危険」です。
――:そこは別物ですね。
村野:はい。お酒と暴力・ハラスメントとはまったく別のものです。しかし、お酒の場の被害を見聞きしたことがある方は少なくないと思います。お酒の場で暴力が行われていることを見て見ぬふりをして扱えば、お酒と暴力はいつまでも密接なままになってしまう。結果として二次加害につながることもあります。
――:はい。
村野:つらいシーンを描かないでほしいという意見もあります。楽しいお酒のみが存在する優しい世界で心癒やされることもとても大切なことだと思います。でも、現実にはお酒の場を利用した暴力やハラスメントが身近に存在しています。それを描いている作品はあまり多くありません。だからこそ「琥珀の夢で酔いましょう」で取り上げる意味があると判断しました。
――:デリケートな内容ですから表現の仕方もとても気を使われていると思います。こうした問題にも前向きに取り組まれていることは凄いです。

第20話(第4巻掲載)の1シーン。この他にも「こは酔い」では、飲用シーンでの課題を取り上げている。
これからもクラフトビールの魅力を伝えていきたい
――:作品を描いていく中で、取り上げたいことや読者からの要望など色々なアイデアがあると思います。これから描いてみたいことがあれば教えてください。
村野:世界にはおいしいビールがたくさんあり、どんどん新しいビールが登場しているのに、漫画の紹介スピードが全然追いつけていないのが悲しいです。引き続きビールの紹介もしつつ、クラフトビールの文化やコミュニティの広がりも描いていけたらと思っています。
依田:奈良醸造さんの見学回もそうですし、ビールの造り手側にフォーカスした話が多くなってきたので、今後もやっていけたらいいなと思っています。遠方の醸造所さんも回ってお話を伺いたいです。でも、今は情勢的になかなかできないのが歯痒いです。
――:魅力的なビールもどんどん登場してきますし、紹介したい醸造所さんもたくさんあって悩ましいですね。これからもどんな話にどんなビールが登場するのか楽しみです。最後にファンにメッセージをお願いします。
村野:「琥珀の夢で酔いましょう」がお酒やビールのことを考えたり、実際に楽しんだり、どなたかとお話ししたりするきっかけになればとても嬉しいです。今後も描き続けていけたらなと思っていますので、引き続きの応援をよろしくお願いします。
依田:いつも応援ありがとうございます。今後も飲める方・飲めない方どちらも楽しんでもらえるような作品づくりを続けていきたいです。ぜひ周りの人にも勧めてほしいです!
アリウエ:今回の4巻では、念願のグッズ販売や醸造所のインタビュー記事など、漫画以外でも充実したコンテンツをお届けできたのではないかと思っております。これからもそんな「作品と読者」「読者と醸造所」を繋ぐ取り組みを模索していきたいです。とても個人的な思いですが、いずれ「こは酔いオリジナルビール」を実現したいです(笑)。
――:オリジナルビールは良いですね。第5巻の発売記念に造ってください!

現在、単行本は4巻まで発売中です。MAGCOMIのウェブサイトでは第1話が無料公開されています。
★過去のインタビューはこちら
琥珀の夢で酔いましょう Data
原作:村野真朱
作画:依田温
監修:杉村啓
発行所:株式会社マッグガーデン
掲載誌:月刊コミックガーデン
ウェブマンガプラットフォーム:MAGCOMI
※作中画像は全て株式会社マッグガーデンより提供
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。