海洋深層水で巡るサステナビリティの世界をつなげるビール【ビール誕生秘話16本目 KUMEJIMA612編】
2021年10月8日よりロート製薬株式会社(以下、ロート製薬)のグループ会社である株式会社ロート・F・沖縄が3種類のビール(発泡酒製品も含む)の販売を開始した。資料によると沖縄・久米島で取れた海洋深層水を使っているということだ。製薬会社がなぜビールを販売するのか。
気になったので、株式会社ロート・F・沖縄取締役社長中原剣さんに話を聞いた。
久米島のサステナブルな取り組みに共感した
海洋深層水を使ったビールの話の前に、最初に久米島の海洋深層水とロート製薬の関係について触れておく。
久米島では、海洋深層水を汲み上げる時に生じる温度差を利用した海洋温度差発電(通称OTEC)の発電規模拡大に向けた取り組みが行われている。その際に汲み上げた海洋深層水を海に戻すだけではなく、海水温が高いと難しい養殖事業に再利用したり、清浄性等を活かして化粧原料に使用したりする自立循環型のまちづくり「久米島モデル」を目指すことで「エネルギー・水・食料」の自給自足でサステナビリティな島嶼コミュニティをつくっている。
一方、「ロート製薬も2013年から沖縄県において畜産と農産や加工販売を通してサステナブルな事業や六次産業化に取り組んでいます。その中で、『久米島モデル』に共感して、2016年より海洋深層水を活用した農業実証プロジェクトに参加しています」と関わりを説明する。
海洋深層水(海深200m以上の水をいう)は高知県や富山県でも取水され、どこでも取水自体は可能だ。その中でも「陸地から急激に深くなる場所は配管が短くできるので取水しやすくなります。久米島は海洋深層水を汲み上げるのに適している地形です」という。日本国内では久米島が最も取水量が多く、「これは世界の取水量をみてもハワイ、韓国に次いで3番目に多い地域です」と世界的にみても海洋深層水の取水に適した場所となっている。
久米島は612mから海洋深層水を引き上げていて、非常にクリアで冷たく、ミネラルが多いのが特徴。しかし、このままでは飲料水にはならない。海洋深層水を逆浸透膜に通し、濃縮塩水と脱塩水に分ける。濃縮塩水は濃縮し、食塩とミネラル液に分け、ミネラル液と脱塩水を合わせることで硬度の高いミネラル水(硬度150、250、1000の3種類ある)をつくっている。また、脱塩水は逆に硬度10以下の超軟水としても利用されている。
お酒がもたらす人と人をつなぐコミュニティの力に注目
どうして「久米島モデル」の中で、硬度1000の超硬水を使ってビールを造りたいと中原さんは思ったのだろうか。
理由は2つあると言う。
「純粋に硬度1000の超硬水でビールを造ってみたら、どんなビールができるのだろうという興味がありました。これは後に調べてみてわかったことなのですが、ペールエール発祥の地と言われるイギリスのバートン・オン・トレントの水が超硬水でした。超硬水でIPAを造ったら商品の強みになると思いました」
「ビールを選んだのは、ワイナリーで仕事をしていた経験からです。その時にぶどう畑をみながら、その土地で造られたワインをみんなで一緒に飲むことでコミュニティが形成される素晴らしさを体験しました。
ワインを造ることも考えましたが、久米島の特色を考えたときにビールの方が合っていると思いました。海から取れた水でビールを造って、みんなで分かち合うことでつながりを築いていくためのツールにしたいと思いました」
中原さん自身の興味と先進的な取り組みをしている久米島のことを広めたい、応援したいという思いがビール造りのきっかけだ。海洋深層水を使ったビールを通じて、サステナビリティを意識した自然、技術、人のつながりの価値を高めていきたいと話す。
久米島に興味を持ってもらうための3つの銘柄
今回、造った「KUMEJIMA612」には「THE BOTTOM」「HATENO BLUE」「RED&BLUE」の3つ銘柄があり、それぞれ異なるブルワリーに依頼して造っている。
「THE BOTTOM」は、中原さんが「ここのIPAが好きだった」という南都酒造所に依頼。
南都酒造所のIPAを元に海洋深層水に変更して造ったところ、「IPA特有のフルーティーな香りを保ちつつ、シャープさが増した飲み口になりました。特に苦味は、クリーンなホップの苦味をもっと感じられるようになりましたね。硬度1000の重い感じを受ける水がビールになると印象が変わったことに驚きました」と中原さん。その理由として、豊富なミネラルが不必要なたんぱく質を取り除いたのではないかと考察している。
「HATENO BLUE」は、久米島のアイデンティティである「はての浜」の海の色をイメージしたビール。久米島モデルと呼ばれる自立循環型事業の中にある微細藻類から抽出した天然色素「スピルリナ青色素」を使い、久米島の青い海を表現している。青い泡立ちとカクテルのような甘い飲み口は、「久米島に来たことがある人の心を刺激する味わいだと思います」という。
醸造は奈良県のゴールデンラビットビールへ委託。同ブルワリーの代表を務める市橋健さんは、ロート製薬でも仕事をしている人物だ。中原さんが市橋さんに「久米島の透き通った青い海の色を表現したビールが造れないか相談したところ、『再現できると思う』と受けていただきました」と見事にきれいな青い海の色を再現している。
「RED&BLUE」は、水深30m~40m付近から見える“その先の青”をイメージしたビール。グラスに注いで光にかざすと、光が当たらない深海の青に光を当てたときの赤みがかった色味が見えるレシピで造っていると言い、青色を表現するために「HATENO BLUE」同様に「スピルリナ青色素」を使っている。
「地上でも海の底で出会う深い青を楽しんでほしい」と中原さん。
この商品を担当したのは、沖縄のウォルフブロイ。「彼らは私たちと一緒で、ビールには人と人を結びつける力があるという共通した考えがあり共感しました。それと首里の水にこだわってビールを造っていて水という共通項もあって『RED&BLUE』をお願いすることにしました」と話す。
3つの商品とも久米島で採れた水と原材料を使うことで、島外の人へのアピールだけではなく、島内の人に地元の取り組みを知ってもらうツールとなっている。
現在、「KUMEJIMA612」は、久米島にある海洋深層水を使って仕込んだ軽飲食が楽しめる「くめじまーるcafé」で飲むことができる。こちらのお店には、海洋深層水が流れる蛇口が設置されていて、直にその冷たさを体験できる。その他にも海洋深層水を活用して生まれた商品の販売、海洋深層水のディスプレイなどを行っている。
しかし、久米島は気軽に訪問できる場所ではない人の方が多い。ロート・F・沖縄では「KUMEJIMA612」を多くの人に知ってほしい思いからオンラインショップでの販売もしている。
海洋深層水を使ったビールがどんなものなのか飲んでみたい人や久米島が好きな人、興味のある人は購入してみてほしい。
はじめは製薬会社と久米島とビールの関係性が分からなかった。しかし、海洋深層水を通じてサステナブルな社会の実現を応援するために、ビールを使って取り組む話を聞いて関心が強くなった。
「健全なコミュニティを形成することは心身の健康につながると思います。そうしたところも広い意味で製薬会社の役割だと思っています」と中原さん。「KUMEJIMA612」を通じて、これからどんな展開を見せてくれるのか。注目していこうと思う。
くめじまーるcafé
住所:〒901-3104 沖縄県島尻郡久米島町真謝500-7
電話:098-987-1108
営業時間:11:00~16:00
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