[コラム]2022.3.3

一歩進めた雑学(3) 桜の季節。ビールに咲く桜と、ベルギービールの秘められた?関係

桜の季節がまたやって来ます。
日本中がピンクに染まり、そして、そのピンクの花びらが散るのに合わせるように、別れと船出に涙し、希望を抱く。人生の機微を感じる、その情景が私は大好きです。
それと共に楽しみなのが、桜を使った食べ物。
桜餅は言うに及ばず、桜を使ったロールケーキ、チョコレートなどなど。スイーツもピンクに染まり、「桜〇〇」という表示を見つけると買わずにはいられない衝動に駆られます。
そして、我らがビールにも、桜は咲くのです。

ビールに咲く桜

ビールと桜のコラボは幾つかの形があり、以下の3つの分けられるのではと考えています。

1 桜を原料の一部として使ったもの
2 桜由来の酵母で醸造したもの
3 パッケージやフレーバーを桜のイメージにしたもの

1に関しては、この時期に合わせて、サンクトガーレンさんが「サンクトガーレン さくら」を醸造してくれています。食用の桜を使い、桜餅のようなフレーバーのビールに仕上がっています。いわて蔵ビールさんの「桜嵐IPA 」、ロコビアさんの「佐倉櫻 さくらゴーゼ」、網走ビールさんの「桜 DRAFT」なども、このカテゴリーです。
2には、田沢湖ビールさんの「桜こまち」、伊勢角屋麦酒さんの「さくらペールエール」があります。これらは、桜から取り出した桜由来の天然酵母で醸造したビールです。
そして、スーパーマーケットに行けば、いつもの御用達ビールが桜のパッケージでピンク色に染まる。これが3です。

古来から桜好き

桜は古来から愛でられていて、古事記にもコノハナサクヤヒメという桜の女神が存在します。コノハナサクヤヒメは、最も有名な女神と言って良いアマテラスオオミカミの孫で高千穂に降臨したと言われるニニギノミコトの妻になった女神です。その後、ややこしい事が色々あるのですが、この女神の曾孫が最初の天皇と言われる神武天皇となります。八百万(やおろず)の神がいると言われる日本神話の中でも重要な神であることを伺い知ることができ、古来より桜が重要な神木であったことを物語っています。ちなみに、全国に1000以上ある浅間神社に祀られているのは、コノハナサクヤヒメです。まさに桜のように、全国で愛されている女神と言えるでしょう。皆さんの家の近所にも浅間神社はあると思います。

また、古来より和歌にも数多く詠まれており、小野小町が詠んだ、「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」という和歌を知っている方は多いのではないでしょうか。長雨で物思いに耽っている間にも、儚く色褪せていく桜を詠んだものと解釈されています。

ちなみに、最初に花見をしたのは、平安時代の嵯峨天皇だと言われています。
古来からここまで桜が好きなのは、日本の特徴という事ができ、桜関連のビールはまさに日本を体現したビールと言って良いのではないかと思っています。

桜系ビールとベルギービールの秘められた?関係

ここで話が少し跳びますが、「さくらんぼ」と「桜」の関係を考えたことはあるでしょうか。
現在、我々が楽しんでいる主な桜は、ソメイヨシノです。一方、「さくらんぼ」のなる木は、ミザクラ、黄桃と言われる種類の木で、桜の木ではありますが品種が違います。とは言え、ソメイヨシノと「さくらんぼ」のなる木は親戚なのです。
ですが、ソメイヨシノから「さくらんぼ」は取れるって聞いたことがない、って思いませんか。そうなのです。ソメイヨシノからは、「さくらんぼ」は、残念ながら取れないのです。

ソメイヨシノは、江戸時代に、染井村(現在の東京都豊島区駒込辺り)の植木職人らが売り出した「吉野桜」が起源と言われています。DNA的には奈良県の吉野の桜とは関係がないようですが、今回の話にとって重要なのは、ソメイヨシノがクローンによって増やされているという事実です。クローンなので、実がならない、つまり、「さくらんぼ」が取れないのです。この事実を知ったとき、「さくらんぼ」と「桜」が関係していると想像していなかったことに合点がいきました。

また、ソメイヨシノも食べられるようですが、食用の桜は一般的にはソメイヨシノではありません。桜の花びらは八重桜、桜の葉は大島桜が使われることが多いです。これらの食用の桜は実もつけるようですが、小粒であまり美味しくなく、「さくらんぼ」としては活用されません。

結局、これらの事情により、私は「さくらんぼ」と「桜」に接点を感じていなかったのですが、この事実を知った後にビールの世界を振り返ると、新たな発見?があります。

「さくらんぼ」で有名なビールと言ったら、ベルギーのランビックではないでしょうか。クリーク(Kriek)という言葉は「さくらんぼ」を意味し、クリークを冠するフルーツランビックはベルギービールの象徴でもあります。
そして、我らが桜系のビールは、「さくらんぼ」が実らない、あるいは実が食用に適さない桜を、独自の工夫で食用に昇華した、日本独特のビールと言うことが出来るのではないでしょうか。

ベルギー独特のランビックと、日本独特の桜系ビール。全く関連のないように見える二つの国の独自ビールは、実は親戚だったのです。

遠く離れた二つの国が、同じ桜を使って、独自に進化させたビールを創っていた。歴史、風土、慣習の違いが独自の進化を促したのですが、根底に流れる気持ちは同じで、地理的に遠いベルギーがより身近に感じられます。
今日、皆さんが飲むベルギービール、桜系ビールも、お互いの国に想いを馳せて飲むと、また違った味わいに思えるのではないでしょうか。

おわりに

「さくらんぼ」と「桜」の関係を知っていた方には、当たり前の話だったかもしれませんが、桜の季節を楽しみにしつつ、ふと、両者の関係に疑問を持った私としてはちょっとビックリするトリビアがありました。皆様にも楽しんでいただけたら幸いです。また、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
では、毎年のことですが、皆さん、桜の季節を楽しみましょう!
乾杯!

毎年楽しませてくれる近所の桜の木。一足先にビールの桜を咲かせてみました

ビール

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

小川 雅嗣

ビアジャーナリスト/ビール研究家

1966年、東京生まれ。これまでずっと企業の研究員として過ごしている。
ビールの好きなところは、美味しいところ、自由で多様で何でもありな懐の深いところ、そして、飲むとみんなが笑顔になるところ。そんなビールには、まだまだいろいろな楽しみ方、美味しさがあるのではないかと思っていて、ビールについて疑問に思ったことを調べたり、思いついたことを試したりする中で、ビールの楽しさが伝えられるといいなと思っている。
人生やりたいことは、とにかく全部やろうと思い、ビアジャーナリストに。その他、音楽、映画、小説などの活動も、大したレベルではないが、いろいろやっている。

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