【JBJAChannel】旅するJBJA in 福岡①ビール工場見学に行けなかったので宗像大社に行きました~サッポロ黒ラベル九州日田工場製を飲む
ビールに愛された皆さまへ!
今日公開のJBJAChannelは、こちらです。
目次
旅するJBJA in 福岡① 工場見学に行けなかったので宗像大社に行きました
何ともいえないリポートですが、まだマンボウ「まん延防止等重点措置」が明けないうちだったので、工場見学も休止され、あまり飲み歩くことが出来なかったのです。
その代わり、比較的安全に行けるアウトドア活動として、有名な宗像大社に行ってきました。
世界遺産の宗像大社・辺津宮(総社)
とても広い境内の本殿をお参りしたのですが、更に進むと山が続いていて、奥の院というか、別宮である二宮・三宮もお参りすることができます。更に奥の石段を登って進むと、古代神道の原始的な祭祀が行われた跡地である高宮祭場まで見に行くことが出来ます。
とても神秘的な森の中にある祈りと儀式の場で、厳かな気持ちになりました。
行きたかったけど叶わなかったサッポロビール九州日田工場について
2月の末に福岡に所用で行ったため、大分県日田市にまで足を延ばすのはなかなか厳しいものがありました。でも、サッポロビールを愛する者としてはいつか行ってみたい場所です。それに、福岡再訪の折には、もしかしたら頑張れば北九州市の門司だったら行けるかもしれないな、と次回リベンジを考えております。
サッポロビール九州日田工場
こちらの工場は2000年3月に竣工、それまで稼働していた福岡県北九州市にあった、九州工場から移転してきます。移転の理由は、老朽化です。大正時代から稼働し続けてきたのですから、大事にしていても老朽化は避けられませんね。でも、今は古き良き時代を訪ねる記念館として見学することができます!
門司麦酒煉瓦館は、大正2年(1913)帝国麦酒株式会社として建設され、竣工100周年を迎えます。
当時はサクラビールと銘打ったビールを醸造・販売しておりましたが、
長い歴史の中で合併や分割を経て、最終的にサッポロビールとして
平成12年(2000)まで操業しておりました。
門司沖は本州と九州を結ぶ海峡ということもあり、現在は関門橋・トンネルも作られて便利な場所ですが、大昔から交通の要所であると同時に、戦略的な要所でもありました。(1185年平家滅亡の壇ノ浦の戦い、1863・64年の欧米連合と長州が武力衝突した下関事件)
この地図の通り、海辺にある旧九州工場だったのですが、
このように、内陸部へ移転するのです。
陸路も辞さないサッポロビールの流通への自信を感じられるのですが、サッポロビールといえば、あの東京都渋谷区恵比寿にあるヱビスビールを思い出します。ヱビスビールのための貨物停留所の名前が街の名前になったという歴史がありますよね。ということは、陸路は貨物列車をチャーターしているのか、と思ったのですが、
どうやら、近くを通っていない様子です。
(特別列車でもあるのでしょうか。詳しく調べてみたいと思いました)
九州は内陸部の交通については、独自の流通網がないと厳しいのかもしれません。しかし、そこは大手ビール会社ですから、新鮮なビールを届けるためのシステムはしっかりしているのでしょう!
ちなみに千葉工場も海辺です。
千葉工場見学に行くと、南極観測船しらせがビール工場の真横に係留されているのを見ることができるほど、海辺です。
ウイスキー好きな方はご存知かもしれませんが、スコッチウイスキーのアイラ島のウイスキーの醸造所の立地によっては、「海の風に当たる醸造所で熟成され潮の香が漂う」などとテイスティングのリポートを読むことがありますが、ビールの場合は、海辺の工場にあっても潮の香は混じらないでしょうね。
ビール工場によって味わいが変わるのか?
とても味わいに敏感な方は、醸造用水を取水する水系の差を感じとることが出来るということを聞いたことがあります。
でも、ビールは味わいに沿った形で「水を磨く」といいますから、なかな一般人がこの差を味わい分けることは難しいことでしょう。
私は福岡市内のスーパーを2軒、コンビニ3軒を回り、以前私が書いたこちらの記事をスマホで参照しながら、各ビールメーカーの主要銘柄を探してみました。
【JBJAChannel】どの工場から来たの?缶の裏側の記号を読んでみました | 日本ビアジャーナリスト協会
皆さまも、ご旅行の際は上記の記事をご参照頂き、その土地に近い「地元の工場」の缶ビールをお土産にしても楽しい旅の思い出になると思いますよ。是非、お試しくださいね。
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。