3年ぶりの「けやき」、そこで見たもの、聞いたもの
けやきひろばビール祭り。言わずと知れた、ビールファンにはおなじみのイベントである。2009年にスタートしたこのイベントは毎年2回(春・秋)行われ、2019年の秋には90店舗・400種類以上のビール(※)を楽しめる、ビールイベントとしては非常に大規模なものに成長した。
(※けやきひろばビール祭りホームページより)
コロナ禍が襲った2020年、他の大規模なイベント同様、このビール祭りも中止となった。飲食店、特に酒類を提供する店が悪者のように扱われる風潮が広がる中、このようなイベントが再び開かれるのはいつになるのか。いや、もう開かれることは無いのかもしれないと、私は悲観的だった。
感染者数の増加と減少を繰り返し、コロナ禍も3年目に入った今年の春、3年ぶりの開催が発表された。しかしながらそのスタイルは、出入りが自由な以前とは違って、全席指定の2時間入れ替え制というもの。どんな様子なのか気になって、4日間にわたる会期中、2日目の金曜の昼間と、最終日の日曜の夕方の2回行ってきた。
5月13日の金曜日の昼12時、会場のさいたまスーパーアリーナ。入口で検温と手指の消毒を行い、受付で電子チケットを提示すると、リストバンドが渡される。そして入場、今までも会場として使われていた場所だが、やけに広く感じられる。それもそのはず、今回の出店数は36店舗。コロナ禍の前の半分以下である。
スペースの大部分は客席にあてがわれている。2名用と4名用があり、大きなテーブルが間隔に余裕をもって並べられていた。この日は2名用の席を確保してあり、友人と二人で行ったのだが、横並びで座るようになっていた。テーブルそのものが会議用の細長いものであったので自然とそうなるし、コロナ対策でもあるのだろう。
やはり、私が知っているけやきビール祭りとは、雰囲気がまるで違う。ワイワイガヤガヤの雑然とした、ビールを飲む場所を確保するにも一苦労する、まっすぐ歩くことも難しかった以前の様子とは大違いだ。
当然、会場内は静かだ。耳に入ってくるのは、各種の案内のアナウンスである。客席は2つのゾーンに分かれていて、時間をずらしての入れ替え制となっているのだが、退場時刻の予告だとか、コロナ対策としての会場内のルールなどが繰り返し放送されていた。
ブースを見て回る。出店数は少ないが、来場者も限られているので、どのブースも空いている。ほとんどが並ばずに買うことができ、呼び込みを熱心に行っている店舗もある。
差し当たり、知り合いのいる店舗で飲み比べセットを買って自席にもどり、ビールを飲み始めながら改めて周りを見回す。チケットは完売とのことだったが、空席も所々にある。久しぶりのけやきビール祭り、とりあえずチケットを買ったものの、平日の昼間では仕事などで来られなくなった人もいるかもしれない。
同行の友人との話も弾み、2時間はあっという間だった。ある意味では快適で幸せな時間だったが、以前に飲食店を経営していた私は、出店している店舗の売上はいかばかりか、多少心に引っかかるものもあった。
次に行ったのは、5月15日の日曜日の夕方5時から。最終日の最後の時間帯である。この時間のチケットに限り安く設定されていたのは、売り切れのビールが多くなる時間帯だからだろうか。
この日は4名用のチケットを買っていたが、同行者は一人だけだった。都内のブリューパブで店長を任されている20代の男性で、今回が初対面。そこの経営者が旧来の知人で、今回ぜひ連れて行ってくれとのことで、快諾したのだった。このような出会いも、ビールがもたらす縁である。
彼は大きなビールイベントは初めてだったようで、最初は落ち着かない様子でしきりにキョロキョロしていた。私は、昔はこんなではなかった、もっとすごかったと、つい力説してしまうのだが、彼は全く意に介さず、ひととおり見回した後で「夢のようですねえ・・・」とつぶやいたのだった。
彼の発言に私は不意を突かれた。私は以前との違いばかりに気をとられていたが、彼にとっては初めての、まさに夢見ていた世界が目前に広がっているのだ。まだ私の半分くらいの年齢の彼は、好奇心にあふれ、飲んでみたいビールが山ほどあるだろう。ましてやこの2年間は、それらに触れられる機会を大きく制限されてきたのだ。私は、はるか昔に初めてビールイベントに行った時の気持ちを思い出した。
この日は日曜日ということもあり、小さな子供連れの家族の姿も多く見かけた。ベビーカーを押しながらでもゆったりと通路を進むことができ、大きなテーブルは荷物を置いてもスペースに余裕がある。私自身も2児の父だが、これなら家族でも楽しめそうだと感じた。
終わり間際となると売り切れのビールも多くなるのがビールイベントの常ではあるが、この日はほとんどの店がラインアップを揃えたままだった。売上予測のつかぬ久しぶりのイベントに備えて、多めにビールを持ち込んでいたのかもしれない。
一昨日の金曜も、この日曜も、何人もの知りあいと会うことができた。店舗で手伝っているスタッフの中にも、会場の中で客としてビールを飲んでいる人たちの中にも。新たな知り合いもできた。そのあたりはビールイベントのいつものことではあるが、皆の表情の中には一様にホッとしたものが感じられた。今回のイベントが、この2年間の苦しい時期から明らかに一歩脱することができた証しであることが、皆の表情から感じられた。
4日間のフィナーレの合図は、最終組の私たちに対して退場の時刻を告げるアナウンスだった。印象的だったのは、その事務的なアナウンスの後、帰り支度をする客たちの間から、自然発生的に拍手が起きたことである。決して多くはない来場者からの、まばらな拍手ではあったが、とても温かい音に私には感じられた。それは、幾多の困難を乗り越えてこのイベントを復活させてくれた主催者と出店者への、心からの敬意と感謝の表れだったのだろう。
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