北海道のブルワリー最新事情 ~IWANAI BREWERY 開店レポート
この記事を書いている時点(2022年7月)で、北海道には31か所のブルワリーがあります。これは都道府県単位で東京、神奈川に次いで全国3番目の多さとなります。そもそも北海道は、発泡酒免許改訂(東京、神奈川を中心としたブルーパブ開業ラッシュのきっかけ)の2018年までは、1994年の「地ビール元年」以降一貫として醸造所数が最も多い都道府県だったのです。
その北海道にも今またブルワリー開業ラッシュの波が訪れています。この記事では、前半で北海道の最新事情をまとめます。後半でその一例として、2022年7月10日岩内町にオープンしたIWANAI BREWERYの様子をお届けし、北海道のブルワリーの現況をお伝えします。
北海道のブルワリー最新事情
後志(しりべし)エリア
小樽からニセコにかけての総合振興局(かつての支庁)を「後志(しりべし)」と言います。観光地が集中し、インバウンドの需要もあるこの地域は、2019年以後ブルワリーの開業が相次いでいます。
この後志エリアは大変なブルワリー過密地域となっていて、現在北海道全体の約三分の一にあたる10か所ものブルワリーがあります。多くの県で醸造所数は2ケタもないことを考えると、いかにこの地域に密集しているかがわかります。
筆者は昨年の時点で記事としてまとめました。
「SHIRIBESHI」(後志)が熱い! 国際的観光地に広がろうとしている北海道のブルワリーホットスポット
https://www.jbja.jp/archives/36612
この記事以後、ニセコ町内で3番目のブルワリー「YOTEI BREWING」(羊蹄山のヨーテイ)が2022年6月に開業しました。
東京から移住してきた大輪ご夫妻が開いたブルワリーで、町内を中心に販売されていきます。
●「YOTEI BREWING」:https://yotei.beer/
また、2022年7月20日発売の『ビール王国』vol.35では、倶知安町の「BLACK FOX BEER」を取材した記事を筆者が書きました。併せてご覧いただけると嬉しいです。
北海道内他地域の状況
他の地域に目を向けても、開業済・開業予定のブルワリーが目白押しです。
2021年末に道北の士別町で「士別サムライブルワリー」が開業しました。北海道から福岡まで全国に店舗を構えるスープカレー店「Rojiura Curry SAMURAI.」で提供されています(一部店舗)。またヘッドブルワーの風間健さんは、名寄市内でビアバー「maltrip(モルトリップ)」を経営しています。
●「Rojiura Curry SAMURAI.」:https://samurai-curry.com/
●「maltrip」:https://www.instagram.com/maltrip_ken/
道南・函館も新しいブルワリーが増えています。函館市内3番目のブルワリーとして「函館麦酒醸造所」が開業しています。ブルーパブ「ozigi」で飲むことができます。
●「ozigi」:https://www.instagram.com/hakodatebrewery/
道東では、釧路市の隣町、鶴居村に「Brasserie Knot」(ブラッスリー・ノット)ができます。「COEDO BREWERY」~「うしとらブルワリー」~「忽布古丹醸造」でのキャリアを持つ植竹大海さんの醸造所です。記事執筆時点で醸造免許を取得中で、年内には醸造開始が見込まれます。
●「Brasserie Knot」:https://brasserieknot.jp/
参考記事
ブームから文化へ! 日本の未来のブルワーも育くむ醸造所 北海道「Brasserie Knot」(ブラッスリー・ノット)クラウドファンディング進行中
道内最大都市、札幌市内でも「すすきのブリューイング」が醸造免許を取得中で、年内に醸造開始予定です。
●「すすきのブリューイング」:https://susukino-brewing.com/
また「札幌醸々(じょうじょう)」が下記記事のファンディングを成功させ、2023年の醸造開始を目指しています。
参考記事
北海道には1999年に最大33か所の醸造所がありました。その後「地ビール冬の時代」を迎え閉鎖が相次ぎ、2013年には16か所まで減りました。そして現在、記事冒頭に書いたとおり、この記事執筆時点でブルワリーは31か所(*)まで増えました。上記開業予定ブルワリーを含めると、過去最高の醸造所数となることが確定しています。
さらに他にも具体的な話を進めているところが数か所あります。北海道も、他都府県と同じように、マイクロブルワリーの開業ラッシュの真っ最中なのです。
*この数字は、醸造免許数ではなくブランド数です。また、サッポロビール傘下の「札幌開拓使麦酒醸造所」(札幌市)もカウントしていますので、狭義の「クラフトビール」醸造所の数ではありません。
IWANAI BREWERY 開店レポート
後半では最新情報として、7月10日岩内町に開業したばかりの「IWANAI BREWERY & HOTEL」(以下「IWANAI BREWRY」)の現地取材をお送りします。
後志エリアにある岩内は、積丹半島の南側の付け根にあり日本海に面する人口1万人の町です。札幌から高速バスで2時間半ほどかかりますが、1時間に1本走っているので小さな町としては利便性に優れています(観光ついでであれば、余市から1時間、小樽から1時間半で行けます)。漁港の町であり、また岩内岳の麓に温泉を発掘し、海と山のリゾートの町としての側面も持っています。
なぜこの小さな町でブルワリーができたかといえば、日本のビール史で重要な出来事がこの地域であったためです。
1871(明治4)年11月、明治政府のお雇い外国人トーマス・アンチセルが、この岩内地方(*)で野生のホップ(日本種のカラハナソウ)を発見。翌年にそれを中央政府に報告したことをきっかけとして、1876(明治9)年に開拓使でビール事業が起こります。これが現在のサッポロビールに繋がっています。町内にある岩内町郷土館には「野生ホップ発見の地」碑があり、このことを記念しています。
*発見地は厳密には現在の共和町内と推定されていますが、当時は広く「岩内」と呼ばれていました。
IWANAI BREWRYは、町の南部、いわない温泉郷にあります。経営元である「いわない高原ホテル」は、美肌に効果のある温泉のほかにも豪華な食事で人気のあるホテル。その使われていなかった別館を改装し、宿泊施設も併設するブルーパブとして生まれ変わらせました。
常務の荒井高志さんは、アメリカでクラフトビールの魅力にはまりました。観光地から離れて車でしか行けない場所にあるブルーパブが外国人観光客で賑わっていたことに衝撃を受け、観光需要が落ち込む冬季対策も目論み、「ホップの発見地」というヒストリーがあるこの岩内でのブルーパブ開業を決意しました。
1階のブルーパブは、500Lの仕込釜と貯酒タンクが全席からよく見える構造になっています。
客席部は地元の高校生が描いた壁画が目を引きます。
4種類の自家製ビールのほか、炭酸水にホップの香りを付けたノンアルコールの「ホップ炭酸」もあり、家族で楽しむこともできます。
この日のビールです。手前が「モルティ」。ホップとモルトのバランスが取れた秀逸なペールエール。奥が「ホップマシマシ」。ビタリングホップをしっかりと効かせたアメリカンIPAです。
今後、いろいろなビアスタイルに挑戦していくそうです。
フードメニューは、ホテルの食事も取り入れた本格派。
そしてこのブルワリーの最大の特色は、2階部分が宿泊のできる客室となっていることです。北海道では唯一となるホテルと完全一体型のブルワリーです。ビールを楽しんだ後そのままベッドへ直行、というビール好きにはたまらないシチュエーションも実現します。
ボトルビールの持ち帰りも可能です。車で旅行でも立ち寄ってビールを買うことができます。
「この町の観光資源として定着できれば、と思っています。中心部から少し離れたところにありますが、それだけの価値があるビールを造り、このホップの故郷でできる味わいを楽しんでいただきたいです」と、荒井さんは目標を語ります。
滞在型で、地元密着を目指すIWANAI BREWERY。都市部に乱立するブルーパブとは違ったアプローチで、リゾートならではのブルーパブを目指していきます。
前半で触れたニセコ町の「YOTEI BREWING」や、道東・鶴居村の「Brassrie Knot」のように、北海道のブルワリーは必ずしも町の中心部にはありません。
ビール自体に魅力を出し、ビールにつられ人がブルワリーを訪れる、ドイツの「ビアライゼ」(ビール旅行)のようなスタイルがこれからの北海道では開かれていくことを期待させます。
IWANAI BREWRY & HOTEL
営業時間/18:00〜21:30(LO20:45)
土日のみランチ営業あり11:30〜13:30(LO13:00)
定休日/月・火
利用は予約制 電話0135-62-5101(いわない高原ホテル)
https://iwanaibreweryhotel.com/
ホテル敷地内の「荒井記念美術館」では、国内最大級のピカソの版画コレクションがあります。アート好きはぜひ訪れてみてください。
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。