吟醸ヴァイツェン-島根産佐香錦-は米麹つながりから誕生したビール【ビール誕生秘話19本目】
島根県の松江ビアへるん(以下、ビアへるん)と東京都のISANA BREWING(以下、ISANA)には共通点があります。
それは米麹を使用したビールを造っていることです。
そんな両ブルワリーが2022年5月24日に初めてのコラボビール「吟醸ヴァイツェン-島根産佐香錦-」を仕込み、8月11日に発売となりました。今回はコラボに至った経緯やコラボをしてみての感想などをビアへるん矢野学代表取締役とISANA千田恭弘代表兼醸造責任者、斉藤穂乃香アシスタントブルワーにお話を聞きました。
斉藤さんの「一緒に造りましょう!」からはじまったコラボストーリー
――:最初に今回のコラボビールを造ることになった経緯を教えてください。
千田:コロナ禍以前に、毎年冬になるとISANAでビアへるんの「おろち」のリアルエールに窒素を詰めてナイトロバージョンを提供する「ナイトロおろちナイト」を開催していました。
――:予約がすぐ埋まってしまう人気イベントです。
千田:イベントには矢野さんも来店いただいているのですが、イベント中、私の知らないところで斉藤さんが「今度コラボビールつくりましょうよ!島根に行っていいですか?」と声を掛けていたんです(笑)。それを矢野さんに快諾をいただいたのが経緯です。彼女が良い仕事を取ってきてくれました。
斉藤さん:褒めてください。
――:お2人にとって、今回のコラボビールはどのような目的があったのでしょうか?
矢野:ISANAの醸造に対してアグレッシブに挑戦するところを尊敬しています。その技術を開示していただき学ばせていただくところです。
千田:以前、ナイトロビールについて情報交換を行った時に、20年以上の歴史あるブルワリーなのに新しい技術を意欲的に取り入れる柔軟な考えを持つ技術者たちと感じていました。一緒に仕事をすることで将来的にも新しいモノや技術生み出す良い関係が得られるところです。
――:お互いのビール造りに対する姿勢に尊敬の念を感じます。
千田:大先輩であるビアへるんと一緒に醸造できて今までに無い経験値を得ることが出来ましたよ。
――:今回のコラボビール「吟醸ヴァイツェン-島根さん佐香錦-」を造ろうと思ったのはなぜですか?
矢野:最初は、イベントで大人気だった、「日本酒ボンボン(「おろち」と「ショコラNo,7」のブレンドビール)」を最初から造る提案もいただきました。しかし、完成までに4~8ヶ月を要する「おろち」をベースビールにするのは現実的ではありませんでした。
千田:「日本酒ボンボン」やりたかったですね…。じゃあ、他にはどんなことができるのかを考えて、ビアへるんの濃厚「ヴァイツェン」とISANAの「吟醸ヴァイツェン」をコラボしたら「面白いのではないか?」という流れになりました。「吟醸ヴァイツェン」は使用する米麹によって風味が変わる面白いビールです。たまたま島根産の米麹がすぐに使えるということで今回のコラボとなりました。
矢野:そうそう。手元に2022年12月販売用の「おろち」の米麹があったんです。しかも、酒蔵さんがたまたま契約より多くつくり過ぎて、余剰在庫があったこともご縁がつながりました。
液温の変化で表情がどんどん変わるビール
――:「吟醸ヴァイツェン-島根産佐香錦-」は、どんなビールですか?
矢野:ISANAの「吟醸ヴァイツェン」の特長である飲みやすくて適度に清酒らしさを感じられるところと、ビアへるんの「ヴァイツェン」の特長である濃厚さの両方が出ています。注目してほしいのは、液温でキャラクターがどんどん変わっていく点です。冷えた状態だとISANAらしいスムーズな飲み口とほのかな清酒フレーバーが感じられます。だんだん液温が上がってくると「おろち」のような濃厚さが感じられるようになり、最終的にはヴァイツェン特有のバナナを思わせるフレーバーが現れてきます。
――:じっくりと楽しめるビールですね。
千田:私たちが仕込む吟醸ヴァイツェンの香りとビアへるんで仕込んだ吟醸ヴァイツェンのベクトルが同じだったため、異なる醸造設備でも米麹でヴァイツェンを仕込むと「この香りが出るのか!」と嬉しい気持ちになりました。
――:千田さんのお話から新しい発見もあったように思えます。改めて、今回のコラボで得たものは何だったでしょうか?
矢野:ISANAの技術をいただくことで、新たな挑戦をすることができました。具体的には、麹の糖化方法と殺菌についてです。ビアへるんでは踏み込めなかった挑戦的な温度での実績と経過データが得られました。
――:今まで取り組んでこなかった方法で得られる経験は大きいですね。
矢野:そうですね。それと今回、醸造方法はISANAですが、醸造はビアへるんで行いました。色々やってもビアへるんの「ヴァイツェン」らしさが残ることを改めて感じました。
――:それは興味深いですね。千田さんはいかがですか?
千田:米麹の使い方にも汚染が無いように微生物検査を実施したり、大規模に流通させるので米麹由来の酵素分解の最終着地点を見極めるタイミングが非常にシビアであったりと大きい規模のブルワリーならではのこだわりを体感することができました。
――:コラボしないと経験できないことですね。
千田:それとこれは醸造での経験ではありませんが、島根県を訪問することでビアへるんの皆様をはじめ、酒蔵や神社などの様々なご縁に恵まれました。また島根県を訪問したいです。
次回作はISANAで実現?
――:お互いに得るものがありますが、コラボをするにあたり大変だったことは何でしょうか。
矢野:こちらに来ていただくスケジュール調整でしょうか。今回はベースになるヴァイツェンの仕込みや米麹を投入するための準備、米麹の投入と色々なポイントがありました。どのタイミングで一緒に作業するのが良いのか悩みました。あと、発酵が「おろち」の超辛口のように、酵素が残って並行複醗酵をしているような発酵経過を辿ります。そのため、3ヶ月(5月24日仕込み~8月11日発売)という長い期間、どんなビールになるのか先が全く見えないことも不安が大きかったです。
千田: 基本的にレシピはISANAの吟醸ヴァイツェンですし、米麹もすぐに用意していただいたので大きな苦労はありませんでした。缶ビールのラベルも「吟醸ヴァイツェン」のものを矢野さんにアレンジしていただき、とてもスムーズなコラボになりました。
――:お2人の話を聞いてコラボの良さが伝わってきました。次回、やるならどんなことに挑戦してみたいですか?
矢野:ビアへるんでは挑戦していないサワー系をISANAでやってみたいです!
千田:出雲そば出汁エールです。
斉藤:島根産イチジクベルジャンスタウトがやりたい!
――:次回のコラボも楽しみにしています。
ビール業界では、同業他社や異業種とのコラボは盛んに行われています。筆者がコラボに魅力を感じているのは、お互いの技術や知見が掛け合わされることで生まれる新しいビールです。「吟醸ヴァイツェン-島根産佐香錦-」もビアへるんらしさを出しながら今までになかった形を感じました。この経験が今後のビール造りにどのように生かされていくのでしょうか。両ブルワリーの展開が楽しみです。
吟醸ヴァイツェン-島根産佐香錦- Data
品目:発泡酒(麦芽使用料50%以上)
原材料:小麦麦芽(ドイツ製造)、大麦麦芽、米麹(島根産)、ホップ
アルコール度数:9.5%
内容量:350ml缶、樽(樽の容量はビアへるんに確認ください)
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。