[イベント]2023.6.28

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~⑤

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。

第一話はこちら
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下の町の朝市といえば、近隣の商人たちもこぞって足を運ぶほどの活気溢れる市。とれたての野菜や魚、日用品、そして仕事にでるものたちの腹を満たす屋台がずらりと並ぶ。

「まるで祭りみたいだな!」

なおは興奮した面持ちで、あちらこちらの軒先に顔を突っ込んでいた。「なあ喜兵寿、これはなんだ?」「お、なんだこれ?ちょっと喜兵寿見てみろよ」そんな風にして立ち止まるので、遅々として進まない。それも「なんだ?!」とキラキラ顔を輝かせて指さすものが、ただの人参だったり、大根を干したものだったり、煮つけた豆だったりするので、喜兵寿はいい加減うんざりしていた。

「お前の国ではいったい何を食べているんだ?」

「なにって、大体ここと同じもんだよ。ちょっと料理法は変わったりしてるだろうけどさ」

そう答えたなおは、今度は甘酒の行商人の前で立ち止まり、物珍しそうに甘酒が入った樽を覗き込んでいる。

「喜兵寿、これは?」

「……なにって、甘酒だろ」

「甘酒を樽で持ち運んで売ってんのか!」

甘酒の行商人がよっぽど珍しいのか、なおは興味深げにお客とのやりとりを見ていた。甘酒の樽には冷めないように大きな蓋がしてあり、その上には器が入った箱が乗っている。行商人はその箱を肩に担いだまま甘酒を器に注ぐのだが、なおはその様子を食い入るように見つめていた。

「器用だな。でも甘酒って冬の飲み物だろ。こんな暑い時期に売れるのか?」

なおの言葉に喜兵寿は目を丸くした。

「いやいや、甘酒は夏の飲み物だろ。1日1杯飲めば医者いらずだ」

「あーなるほどな、夏場の栄養補給か……なるほどなあ!」

ふむふむと頷きながら歩きだしたなおに、喜兵寿は話しかけた。

「なあ、なお。お前の国の文化はずいぶんここと異なるようだが、一体どこから来たんだ?」

「確証はないんだけど……たぶん未来から来たんだと思うよ」

なおはぐうっと伸びをしながら答える。

「『未来』から来たということは、昨晩酔っぱらったお前から聞いている。だからその『未来』とはどこの国だと聞いておるのだ」

それに対し、なおは「うーん」と考え込んだ。

「どこって言われてもなあ……。未来は未来なんだよなあ。この時代のもっと先のさ、例えば喜兵寿が子を産んで、その子がまた子を産んで、そこ子がまた子を産んで、その子が生きてる時代から来ました、的な感じ?」

ちっとも理解できないなおの言葉に、喜兵寿は眉間の間を指で押さえた。

「ちょっと待て。それはつまりどういうことだ?」

「うーん……場所はここなんだけど、時代はここではなくて……。つまりどういうことなんだろうな?俺もよくわからないんだけど、とにかく未来からきたんだよ」

「だからその未来とは……」

会話を続けようとする喜兵寿の言葉を切り、なおは

「まあ細かいことは良しとしようぜ。どこから来たかは置いといて、まずは腹ごしらえだろ。喜兵寿が蕎麦って言ったから、蕎麦食いたくなっちまってさ~」

と腹を抑え、小走りに駆け出した。

どうにもこうにもあっけらかんとした、おかしな男だ。どこの国から来たのかいまだ要領を得ないが、話を聞く限り自身の意思でここに来たわけではないのであろう。にも関わらずそんなことはどうでもいい、と言わんばかりにこの状況を楽しんでいる。大酒飲んで、騒いで、また飲んで。散々、傾奇者を見てきたと思ってきたが、こんな男ははじめてだった。

「まったく……期日までに「びいる」を造らなければ、どのような目にあうかわからないというのに」

喜兵寿は口に出した自分の言葉に、ぶるりと身を震わせた。小伝馬町の牢屋敷に入れられ、無事出てきたという話はいまだ聞いたことがない。命あって出てこれたとしても両腕を失っていたり、声を失っていたり。心神喪失した状態から戻らず、そのまま社会に復帰できないものが多いと聞く。

それでも。

喜兵寿は自分が薄く笑っているのに気づき、きゅっと下唇を噛んだ。

それでも「びいる」を造ることができるかもしれない、という胸の高鳴りを抑えることができなかった。いままで嗅いだことのないような香りに、口にいれた瞬間の跳ね回る感覚。あの酒をどのように生み出すのかをこの男は知っていて、それをいまからこの目で見ることができるかもしれない。その事実は喜兵寿をたまらなく興奮させていた。死が身近に迫ってくるかもしれないというのに、それすらもびいる造りのいいきっかけと思ってしまうとは。

「あやつもおかしな奴だが、俺も俺だな」

喜兵寿はふふっと笑うと、「おい!蕎麦はこっちだぞ」と大きな声でなおを呼んだ。

―続く

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、飲食店等へのビール提案などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。

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