【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~⑪
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
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水場は、柳屋の裏にある路地を少し進んだところにあった。
木でできた井戸のようなものがあり、水を汲むための桶などが置いてある。
「おお、井戸!はじめてみた!」
井戸といえば石造りで、上に滑車がついているようなイメージだったけれど、それとはだいぶ異なる。
井戸の側には「稲荷」と書かれた鳥居があって、その前で数人の女性達が立ち話をしていた。
昼飯の支度前なのだろうか、手には立派な大根を抱えている。
その足元では腹掛けをした子どもが走り回っていた。
なおはたらいとざるを置くと、よいしょっと井戸の中を覗き込んだ。
深さはかなりあるようで水面は見えないが、かすかにちゃぷちゃぷという水音が聞こえてくる。
じりじりと照り付けるような暑さと対極に、井戸の中はしんと静かに涼しかった。
「さてと。これでどうやって水を汲むかだな……」
井戸の上には長い持ち手の桶が置いてあるので、それで汲むのだろうということは予測できるが、何か他にルールがあったのでは困る。
ここいら一体の人が使う大事な水だろうから、誤って汚してしまうなどといったことはしたくなかった。
「……誰かに聞くか」
周囲を見渡すと、鳥居前の女性達と目が合う。
しかし彼女たちはすぐ視線をそらすと、眉をひそめひそひそと小声で話し出した。
警戒されていることはあきらかだったが、なおは気にせず声をかける。
「すんません~!この井戸の使い方教えてもえらえませんか?」
すると、女性達は「信じられない」といった表情でこちらを見ると、再びひそひそと話し出した。
「井戸の使い方知らないなんて」「怪しい人だ」「岡っ引きに言った方がいいのでは」なとどいった単語が細切れに聞こえてくる。
困ったなあ、となおが腕組みしていると、突然足元に子供がぶつかってきた。
「おい、お前。変なやつだな。だれだ?」
年は3歳くらいだろうか。
鼻水を垂らしながらこちらを見上げている。
腹掛け一枚の姿は「リアル金太郎」という言葉がぴったりで、なおは笑いながら子供の前にしゃがみ込んだ。
「おう坊主。人に名前を聞くならまず自分が名乗れよ」
なおが言うと、子供は勢いよく話し出した。
「おりゃあ、イチだ。そこの長屋に住んどる。とうちゃんとかあちゃんがいてな、いもうとももうすぐ生まれる。かあちゃんはおとうとだっていってるけど、おりゃあいもうとだとおもう。かあちゃんはおとうとがいいのかもしらんけどな」
「俺はなおだ。よろしくなイチ」
なおが手を差し出すと、母親らしき女性「イチ!」と叫ぶながらものすごい形相でが飛んできた。
「やめてください!岡っ引きを呼びますよ!!!」
イチが言うようにもうすぐ子供が生まれるのであろう。
大きなお腹を守るようにしながら、イチを引きはがす。
「俺は別に怪しいもんじゃ……」
見ると一緒にいた女性たちも、一同に箒や棒、大根を握り締め、こちらを刺すように睨みつけている。
「いや、だから俺は井戸の水を汲みたいだけで……!」
なおが弁解するもその言葉は全く届かず、女性の一人が「誰か!助けてください!」と叫び出した。
「え、ちょっと……だから……」
やばい、なんだこれ。
そう思っているうちに、近くの長屋から「どうした!」「大丈夫か!」とわらわらと人が飛び出してきた。
その手には武器になりそうなものが握り締められており、中には鎌を持った男までいる。
「おい!何をしている!!!!」
その数はざっと10人強だろうか。
なおは「小さい長屋なのに、こんなに人がいたのか」と驚き、いやいや今はそこじゃない、と慌てて頭を振る。
正直喧嘩は苦手だ。
若かったころは不良グループと呼ばれる中にいたけれど、のらりくらりできるだけ争いからは逃げて生きてきたのだ、こんなに大勢を相手にできるわけがない。
それも皆、小柄なくせにやたらマッチョだった。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。