ビール注ぎを継ぐ-スイングカランを含めた注ぎ手の技術を学ぶ-
『●●注ぎ』『注ぎ分け』『注ぎ手』…
クラフトビールという言葉もさることながら、ビールを「注ぐ(つぐ)」という行為自体に、いまや注目が集まっている。
(業界内だけでなく、一般的な消費者でさえ上記のような何かしらのワードを「聞いたことがある」くらいには浸透し始めてきているのではないだろうか?)
これは「手酌はよくない」とか「注いでもらう際はグラスを傾けて」というような酒の場でのマナーの話ではない。より美味しく頂く(提供する)ためのビールへのリスペクトだ。
丁寧でそつのない所作で注がれた液体は、まるで絵画のように瞳を奪い、喉を通すと日々口にしている銘柄と本当に同じなのか?と目と舌と、五感全てを疑ってしまう…。
実際私も、その沼に憑りつかれた一人だ。
そして今、私も「注ぎ手」として、とある店舗にてビールを注ぐことと向き合わせていただいている。
本記事では、特に樽生ビールに関して、各ビール注ぎの名店で「魔法の液体」が提供されるまでどのような裏側があるのか、その『設備』や『技術』について、自身の経験や有識者のご意見をもとに徹底的に掘り下げたいと思う。
目次
- 1 まず「理想形」を明確に描くことが重要
- 2 『イチロー』と『大谷翔平』にはそれぞれ別の魅力がある-ビール注ぎの意義-
- 3 美味しさは注ぐ前にほぼ決まっている
- 4 注ぎは最後の微調整 -「注ぎ」と「注ぎ分け」の違い-
- 5 注ぎの所作による味わいの変化-「縦回転」と「横回転」-
- 5.1 八木 文博(元ニユートーキヨーグループ 総カウンター長):ニユートーキヨービヤホール 数寄屋橋本店・ミュンヘン新宿小田急ハルク店など
- 5.2 海老原 清(株式会社サッポロライオン ライオンビヤマイスターNo.001・生ビール品質管理アドバイザー):ビヤホールライオン 銀座七丁目店
- 5.3 佐藤 裕介(ビアブルヴァード株式会社 代表取締役):「BULVÁR TOKYO(ブルヴァール トーキョー)」(日本橋)
- 5.4 野々村 光太郎(店長):ニユートーキヨービヤホール 有楽町電気ビル店(有楽町)
- 5.5 重富 寛(重富酒店 代表取締役):ビールスタンド重富(広島)
- 5.6 山本 祥三(学長):麦酒大学(中野)
- 5.7 井植 啓之(店主):as always(恵比寿)
- 5.8 木村 明宏(店主):BEER STAND MINATO(ビールスタンド ミナト)(神奈川・大船)
- 5.9 林 慧(ビアマイスター):DEPOT(東京駅)など
- 5.10 榮川 貴之(店主):麥酒 夢詠ミ -WALL OF BEER-(京都)
- 5.11 山田 泰一(店主):麦酒処ぬとり(埼玉・川口)
- 5.12 三久保 佳慶(店主):LANA Beer(神奈川・溝の口)
- 5.13 ゆきの(店長):LANA Beer(神奈川・溝の口)
- 5.14 国沢 禎樹(オーナー):咲場923(練馬)
- 5.15 村石 啓(醸造士):しろすずめ/ビールルームとりかご(香川・高松)
- 6 最後に:「ビール注ぎ」と向き合うために
まず「理想形」を明確に描くことが重要
ビールを注ぐといっても、様々なパターンがある。
例えば、『容器』。缶やボトル、もしくは樽生といわれる「ケグ:KEG」からサーバーを通してビールを注ぐのか、、、それだけでも必要な所作は変わってくる。
しかし、どれで注ぐにしても共通しているのは
『注ぎ手(飲み手)にとって、理想とする美味しいビールとはどういうビールか?』
が注ぎの出発点になっているということだ。これをもとに、(日々の洗浄や静置(後述)は大前提として)注ぎ手はビールの状態を確認し、サーバー設備などのセッティングや注ぎの所作を変えていく。特にプロとしてお客様に提供する以上、ココが明確になっていない、もしくは官能評価できない以上は『●●注ぎ』や『注ぎ分け』をする意味はないと思っている。
その瞬間、注ぎはリスペクトではなくただのプロモーション(宣伝のためだけの道具)となってしまう。
『イチロー』と『大谷翔平』にはそれぞれ別の魅力がある-ビール注ぎの意義-
そもそも論となってしまうが、注ぎ云々の前に『丹精込めて造られたビールはそれなりにちゃんと提供されていれば美味しく』いただくことができる。
(だからこそ、居酒屋や一般飲食店でもうまいビールでのどを鳴らすことができる)
ビール注ぎ(や注ぎ分け)で題材とされるのは大手ラガービールが大半である。ことに現代では瞬冷式サーバーと泡付機能付きの2口カラン(以下「2口カラン」)で注がれるのが一般的であり、提供方法は下記のとおりである。
- 各工場から各酒屋に卸されたステンレス樽(生樽)が飲食店に常温で納品され、ケグをヘッド(樽とサーバーを接続する器具のこと)を介して瞬冷式サーバーと炭酸ガスボンベに接続する。
- 注ぎ口(タップ)のレバーを手前に倒せば、ライン(ビールホース)を通って常温のビールが樽からサーバー内に引き込まれ、同機器内の冷媒により急激に冷やされた液体がタップの先から出ている。
- レバーを戻し、逆に奥側に倒すと、今度はきめ細かい泡がタップから抽出される。それを最後に優しくグラスに注げば見た目も味わいも美しいビールが完成する。
*尚、ヘッドは「カプラー」、カランは「タップ」、サーバーは「ディスペンサー」、ラインは「ビールホース」など様々な呼称の違いがあるが、本記事内では全て前者で統一する。「ケグ」については読者の可読性を考慮し原則「生樽」と表記する。
メーカー推奨のガス圧に調整し、最低限の洗浄やメンテナンスを行い、ビールが短期間で回転(樽が開栓してから空になるまで時間がたちすぎない)さえしていれば、少し練習しただけで(しなくても)十分に「誰でも」美味しいビールを提供することができる。
現代のビールサーバーは全国で「定品質・高品質」なものを提供するためには非常に画期的なシステムだ。「野球チーム全員がイチロー選手ぐらいに安打を打ち続けることができる」と考えてもらえるとわかりやすいと思う。
では、なぜわざわざ「ビール注ぎ」が注目されるのか?その味わいに魅される人が後を絶たないのか?
それはイチローと同じくらい『大谷翔平』にも魅了されるからである。
注ぎや注ぎ分けは言ってしまえば「諸刃の剣」だ。
注ぎいかようによっては三振にも、凡打にも、2ラン・3ラン、ホームランにもなる。
注ぎ手(飲み手)のイメージ通りの味わいが液体に再現されると、カーン!と脳内ドームに鳴り響くような「強い当たり=驚きや感動」がうまれる。それを求め、何度も足蹴鳴く通ってしまうのだ。
(常に安定的に出塁できるよう、注ぎ手はビールと向き合っているのは言わずもがなであり、常時ブレずに提供できているからこそ名を馳せている注ぎ手が存在している。)
美味しさは注ぐ前にほぼ決まっている
では、その究極の一杯をどのように創造していくのか、一つずつ紐解いていこうと思う。
ビールの冷却・静置
「注ぐ」という行為において、まず重要となる点の1つである。
樽生ビールを抽出するサーバーシステムには主に「瞬冷式」と「空冷式(樽格納式)」がある(詳細は後述)。前者は生樽を常温のままビールを抽出するが、樽温度が高くなりすぎると泡だらけで提供不可になる。後者は提供前にビールを十分に冷却する必要があり、こちらも温度が高すぎると抽出困難となる。また、どちらにおいても樽生ビールが納品されてから提供までに(又は提供中も)揺らさず・振らずに「静置」することでビールの味わいが劇的に変化する。
例えば、『ビヤホールライオン 銀座7丁目店』に在籍するビール注ぎの達人と称えられる一人『海老原 清』氏(注1)の名刺には、このように書かれている。
「うまい生ビールの条件」3原則+2
- 冷却・静置
工場から受け入れたビールを一日寝かせ炭酸ガスを安定させ2℃程度まで冷却する。 - 清潔・洗浄
ビール庫やタンクホース(注2)類器具等を念入りに洗浄する。 - ガス圧調整
炭酸ガスの圧力の管理はビールの注ぎ方と味に影響を与える。
☆発注 注文を取りすぎないこと新鮮なビールを確保するため。
☆注ぎの技術 それなりにビールをわきまえた者がサーブする。
「手入れの行き届いたビール それが良いビールである」
(注1)現在は不定期ではあるが、同店のビアカウンターに立たれている。
(注2)通常の樽生ビールは3-20Lサイズの生樽(ステンレスケグ)に詰められた状態で流通している。同店は地下に冷蔵管理された巨大な1000Lタンクが複数個設置されており、ビールは工場からタンクローリーで運ばれそこに補充される。そのタンク自体がサーバーへと直接つながっている。
「注ぎ」の技術は一番最後に必要になるもの。この順番を間違えた時点で注ぎはただのプロモーション(宣伝材料)となってしまう。
輸送という長旅に疲れたビールをどんな良い設備、注ぎで提供したところで100%のポテンシャルは発揮できない。最も重要なことは、ビールに一度「休ませる」という仕事を与えることだ。
日々の洗浄・メンテナンス
切れない包丁では美しいツマを作れないように、必要な道具のメンテナンスを怠ってはプロとは言えない。
例えば、ラインやヘッド、カランなどビールが触れる部分は日々どうしても汚れがたまっていく。ビールに含まれるタンパク質などが次第に付着していくのだが、営業後などに定期的に除去しなければ、ビールの味わいに影響が出るどころか、最悪の場合、雑菌等の繁殖につながる。
お店によって洗浄頻度や方法はまちまちであるが、主に以下の方法がある。
- 水通し洗浄・スポンジ洗浄(ホース内を水及び同時に専用スポンジを通し、ビールや軽い汚れを除去。通常の飲食店では一般的な方法)
- アルカリ薬品洗浄(ライン内にアルカリ洗浄液を通す又は循環させる。主にタンパク汚れの除去が目的。高温でより効果を発揮するため、熱水(60℃など)で薬品を希釈し使用する。液種にもよるが、生樽の切り替え時や半月~1月に1回程度が目安の店舗が多い。部品によっては耐熱温度が異なるため熱水温度には留意)
- 酸薬品洗浄(ライン内に酸洗浄液を通す又は循環させる。主に殺菌が目的。常温でも十分効果を発揮。アルカリ洗浄ほど頻繁に行うことはなく、半年前後で行う場合が多い)
- タップやヘッドの分解洗浄(パーツを全て分解し、ブラシで磨いたり、同じくアルカリ薬品に浸したりする)
- ビールラインの定期的な交換(半年~数年など店舗によって異なる)
*その他、洗浄用ボトルや樽交換時などの生樽の金口の消毒など、不必要なビールの痕跡を残さないことが重要である。
美味しいビールを提供する専門店はこれらを一部又は組み合わせ、洗浄を徹底していることを忘れてはならない。また、ビールライン内などビールの触れるところ以外にも、ビアサーバーやビアカウンター周り等の清掃、及び整理整頓することも、安心安全なビールを提供するうえで欠かせない作業である。
設備のセッティング
前述のように、ビール注ぎは
『注ぎ手(飲み手)にとって、美味しいビールとはどういうビールか?』
が想像・理解できていないと意味がない。それに合わせて、ビールの液種やサーバー(ビールの冷却方法)、カランやガス圧などの様々なセッティングを選定する。
逆に上記が明確に想像できないのであれば、各ビールメーカーの提示するマニュアル通りに主流の『瞬冷式サーバー』と『2口カラン』の組合せで注ぐことが、飲み手にとっても、注ぎ手にとっても、メーカーや業界全体にとってもプラスである。
設備については、基本的に下記の組合せになる。
- サーバー(ビールの冷却方法)
- ビールライン(口径・長さ)
- ガス(圧の強弱・種類)・減圧弁
- タップ・カラン
ちなみに、ヘッド(ビール樽とサーバーを繋ぐ器具)は樽の口金の形状に対応するものを装着する。
生樽の規格に合わせて接合部の形状が異なり、左上→右下の順で、国内では下記のタイプなどが流通している。
- Gタイプ(キリンビールなど)
- KeyKeg専用タイプ(海外ビールでの使用が多い)
- Pure Draught専用タイプ(Anheuser-Busch Companies, Inc.の商品(ヒューガルデン・ホワイトなど)に使用される)
- Aタイプ(主にベルギービールに多い)
- Sタイプ(キリンビール以外の大手ビールや国内クラフトを中心に日本では主流のタイプ)
- Dタイプ(主にアメリカ産のクラフトビールで使用されている)
① サーバー(ビールの冷却方法)
大きく分けると「瞬冷式」と「空冷式」が存在する。
「瞬冷式」は前述のとおり、常温に置かれた生樽からビールがサーバー内に引き込まれ、それが同器具内で飲用温度まで急冷される仕組みだ。サーバー内には冷媒(冷水)が満たされており、ステンレスでできたビールラインがその中に沈んでいる。ビールはそこを通る間に急激に冷やされ、カランから出てくる寸法だ。
『空冷式(又は樽格納式)』はいわゆる、大きな冷蔵庫に樽生ビールが入っていると思えばわかりやすい。その冷蔵庫からカラン(やドラフトタワー)が直接伸びており、冷えたビールがそのまま冷蔵庫からカラン出口まで抽出される仕組みになっている。特にクラフトビールは基本的に要冷蔵商品がメインなため、同専門店ではこちらのタイプが圧倒的である。
通常、大手ラガービールは常温流通可能な商品であるが、ビール注ぎに注力している店舗では品質管理や注ぐ際の安定性等の観点から樽自体を常温(室温)でなく、冷蔵管理している場合が多い。実際、ビールは高温ほど品質劣化の速度が速まることが分かっており、大手ラガービールでも保管温度が30℃を超えると香味・風味の劣化が極端に加速するとされている。また、液温が高すぎる(30℃を超える)と瞬冷式サーバーでもビールの抽出自体が困難となってくる。
特に空冷式の場合、予め生樽内のビールが十分に冷えていないとうまく抽出できなくなるため、ビールラインの間に「予冷器(よれいき)」と呼ばれる螺旋状のステンレス管を挟み、冷却を促進する場合もある。
また、全国的にもごくわずかではあるが、「氷水」でビールラインや樽を冷却する店舗(「氷冷式」ともいう)や、ビール全盛期の味わいを懐かしむようにビール冷却管をステンレスでなく、当時使用されていた「錫」の素材で復元するなど様々な意図やこだわりを持つ専門店も存在する。
逆に、ビールを冷やしすぎて凍結した場合、中身成分の分離がおき本来の味わいを損ねてしまうので、冷やしすぎにも注意が必要である。通常の大手ラガービールは約-2℃程度(アルコール度数にマイナス(-)を付けた温度あたりから凍結するという意見もある)から凍り始めるため、冷蔵庫の設定温度や冷気が直接当たる場所などには留意したい。
同様に、冷凍庫などで冷やしたグラスに直接ビールを注ぐと凍結の危険性があるほか、臭い移りなどで香味に影響が出るので基本的にはおすすめしない。
② ビールライン(口径・長さ)
こちらも注ぎに密接に関わっている要素の1つである。
樽生ビールは、銘柄に合わせて適切なラインとガス圧を設定しないとうまく注ぐことができない。結論から言うと、泡だらけのビールが出来上がってしまう。
樽生ビールは、ガスボンベから供給されるガスによる圧力で、樽内の液体が押し出されることによってカラン(蛇口)から出てくる仕組みになっている。
この時、かけるガス圧が強すぎると、抽出時にカランの先から勢いよく液体が飛び出し、グラスにぶつかった衝撃でビールが泡だらけになってしまう。
逆にかけるガス圧が弱すぎると、液体内に溶け込んだガスがかけているガス圧と均衡を取ろうとして、液体内部から逃げ出そうとする。それによってホース内に気泡が生まれ、それを核として同じようにビールが泡だってしまう(私たちが普段暮らす大気圧に合わせて、ふたを開けたままのコーラの炭酸が抜けていくのと一緒の原理である)。
また、ライン径が細いほど流量は減少し、ビールがラインを通る時間が長いほど、ラインを渦巻状に巻いて液体に抵抗を与えるほど、カランから抽出されるビールの勢い(流速)は減少する。
ビールが「適正な流速かつ液体の状態」で抽出されるには、樽生内のガス圧(溶存ガス圧)と均衡と取れる圧力をかけながら、ラインの径と長さ(さらに言えば冷却方法)を調整する必要がある。
昔は今ほど知見もなかったため、泡立ってしまうビールの問題解決に様々な試行錯誤があった。
▼詳細はこちら▼
『「ビヤホールにはスイングカランが必要だ」:日本で一番ビールを注いだ達人「八木 文博」さんインタビュー』
ビールの液種や提供温度、ホースの巻き方など様々な要因があるが、「瞬冷式」「空冷式」ビアサーバーの基本設定はおおまかに以下とされている。
- 「瞬冷式サーバー」+「2口カラン」の場合
・内径5mm・長さ約14mのビールライン
・ガス圧0.22-0.24 MPa(2.2-2.4Bar)前後に設定
*ガス圧は生樽を常温抽出する場合の数値。
*瞬冷式サーバー内のステンレス管の一般的な長さが約12m、それに加えて「樽→ステンレス管」「ステンレス管→カラン」のビニルホース長を加えた長さ。カランや生樽のレイアウト・瞬冷式サーバー自体のサイズによって若干変化。 - 「空冷式サーバー」+「スイングカラン(後述)」の場合
・内径9mm・長さ約30mのビールライン
・ガス圧0.12 MPa(1.2Bar)前後に設定。
*30m全てビニルホースの場合も見受けられるが、予冷器(約25m)を間に装着するパターンもある。
ちなみに、クラフトビール専門店を中心にビールサーバーの設置なども手掛けるホシザキ株式会社・牧寺氏によると、同社製クラフトビール用サーバー(空冷式)を設置する場合は、基本的には下記のようなスペックで行うとのことだ。
- ビールホース:内径5㎜・外径10㎜の食品が直接触れても良い材質(規格)の物。
- ビールライン長:基本は4m。少し長めだが、誰でも安定して注げる長さにしている。
- ガス 基本は『炭酸ガス』。他にも窒素や混合(炭酸+窒素)の場合もある。
- ガス圧:ビールの状況によって変更。多くの場合『0.8〜1.2bar』程度
スイングカランでなく、通常の1口カラン等を用いて空冷式でビールを抽出する場合は、庫内温度5℃を目安に上記の設定で注ぐことになる。
加えて、ビールのカーボネーションボリューム(炭酸ガスの溶け具合)が高くどうしても泡立ってしまう場合は、下記を行うことで液体の状態のビールを適正な流速で注ぐことができる。
- かけるガス圧を高めることで液体内のガス圧と均衡を取る
- 「1」のみだと流速が非常に早くなる為、ライン長を長くする、ライン径を細くする、ラインを螺旋状に巻き抵抗を増やすなどで流速を下げることができる
*提供前にビール自体のガス抜きをする方法もある。
③ ガス(圧の強弱・種類)・減圧弁
ガス圧をかけることは、提供時に生樽内のビールを押し出すことはもちろん、ビールが泡だらけにならず液体としてカランから出てくるために必要である。
ただ、通常のステンレスケグはビールとガスが樽内で触れているため、時間がたてばたつほど生樽内で液体に炭酸ガスが溶け込んでいく。
つまるところ、開栓したてのビールと提供し始めて1日~数日たったビールは、同じ樽の同じ銘柄であっても注ぐうえでは「違うビール」になっている。
次第に炭酸ガスが溶け込むことによって、泡立ちやすくなり、注いだビールはピリピリとした炭酸を感じるビールになりやすくなる。注ぎ手はそれぞれ注ぐ「型」がある程度存在するが、今目の前のビールの状態に合わせてその所作を調整することで同じ味わいのビールをキープする。
さらに言えば、その日に開栓した同じ樽のビールであっても、提供し始めと樽底のビールでは、樽内の液体量に対してかかっている炭酸ガス量が異なるため、同じように流速や泡立ち、炭酸感が変わってくる可能性が高く、同様に調整が必要になる。
それを長年の経験と知識でチューニングし、一瞬の勝負で注ぎ切る達人技は実際に見て、飲んで、見事と思うほかない。
上記のリスクを少しでも軽減するために、営業後はガスの元栓を締める、(鮮度の観点からも)大手ラガービールの樽生を1-2日で1樽空くように調整する等が望ましいとされている。生樽は10-20Lが主流だが、上記を鑑みながら提供量に合わせてサイズを変更する必要がある。
ガス圧の調整には、「減圧弁(レギュレーター)」を用いる。前述のとおり、瞬冷式(0.2 MPa~)と空冷式(0.1 MPa前後)ではかける圧力が異なるため、それぞれ「高圧用」「低圧用」の減圧弁を使用する。
また、1つのガスボンベから複数のビールを提供する場合、ダイヤルとガスラインが2つ付いた「ダブル減圧弁」を用いたり、生樽とガスボンベの間にもう一つ減圧弁(「第二減圧弁:セカンダリー・レギュレーター」ともいう)をはさみ、樽ごとにガス圧を調整する場合がある。特に後者は、数~数十種類のクラフトビールを提供する専門店などで重宝され、ビール毎に複数ガスボンベを用意する煩雑さを解消できる。
他にも、樽生ビールの抽出には基本的には「炭酸ガス」が使用されるが、一部「窒素ガス」を使用することもある。国内でいえば「ギネススタウト」が好例である。窒素ガスは炭酸ガスほどビールに溶け込みにくく、それを使用して注がれたビールは炭酸の刺激がほとんどなく、マイルドな口当たりとなる。
その性質を利用して、同様なテイストに仕上げたい他のビールに使用したり、流量調整などで通常より強いガス圧をかけたいが炭酸ガスが過剰にビールに溶け込むことを避けたい際に使用されるパターンもある。
*現在は海外ビールを中心に『KEY KEG(キーケグ)』というプラスチックでできた生樽なども存在する。いわゆる鮮度を保つ醤油容器のように、プラスチック容器の中にビールの入ったパウチ袋が内蔵されている。容器と袋の間にガスが送り込まれることで袋内のビールが押し出される設計となっており、ガスとビールが直接触れないため、ビールに余計な炭酸が溶け込まずにすむ、酸化(ビールが酸素と触れることで味わいが劣化する)を防ぐなどの効果がある。
また、金属製ケグと違い容器重量が軽い、空になった後はつぶしてプラスチックゴミとして廃棄できるなどのメリットがある。
④ タップ・カラン
主に下記のようなものが存在する。
*なるべく広く呼称されている名称を使用。
- (泡付機能付き)2口カラン(現代の主流)
- 1口タップ(液体のみが抽出されるシンプルな構造)
- フローコントロールタップ(タップ根本のレバーで流量が調整可能(注3))
- ナイトロ用ビールタップ(先にメッシュがついており、窒素ガスと合わせてきめ細かいクリーミーな泡を形成することができる)
- スイングカラン
- ボールタップ
- ピルスナーウルケル専用タップ
(注3)前述のとおり、ビール自体のガスボリュームが高い場合、同程度のガス圧をかけて均衡をとらなければライン内で気泡が生まれ、それを核にしてビールが泡だらけの状態ででてきてしまう。しかし、高いガス圧をかけてしまうと通常のタップでは流速が非常に早くなり、液体がグラスに当たった際の衝撃で同じく泡立ってしまう。その場合にタップ根本のレバーでガス圧を変えずに流量(流速)のみを調整できるメリットがある。
ここでは、注ぎや注ぎわけでは特に着目される『スイングカラン』と『ボールタップ』、『ピルスナーウルケル専用タップ』について解説する。
「スイングカラン」はビアホールの全盛期、昭和初期の戦前の頃から大阪万博の頃まで使われていたタップ(カラン)である。ビアカウンターから生えているもの、円筒状の金属容器(この中をコイル状にビールラインが巻いてあり、そこに氷水などを入れビールを冷やしていた)に付いているタイプなどがあり、ハンドルを左右に振る(スイングする)ことでビールが注ぎ口から出てくる仕組みだ。
現代の2口カランとは異なり、「ビール1杯を素早く、かつ複数杯を連続で注ぐ」ことができるため、当時のビヤホール注ぎ手はこのカランで大量の注文をさばいていた。
昨今ではその利点ももちろんだが、出てくるビールの状態、泡のきめ細かさなどをハンドルの絞り具合で調整できるため、ビール注ぎや注ぎ分けのお店を中心に使用する店舗が増えてきている。
「ボールタップ」は、主に「ヒューガルデン・ホワイト」をはじめとしたベルギービールで使用されることが多いが、「新橋DRY-DOCK」や「Brasserie Beer Blvd.(ブラッセリービアブルヴァード)」など、「アサヒスーパードライ」をはじめとしたビール注ぎにもしばしば使用される。ANTOINE社製 は「DEBIタップ」とも呼ばれ、カランの根本が丸い形状をしている。抽出口が細く、かつレバーの傾け具合で抽出具合を自由に変更できるため、非常にきめ細かい泡を抽出でき、ビールに過度な衝撃を与えず注ぐことに適している。
「ピルスナーウルケル専用タップ」は日本でも広く親しまれている淡色ラガーの元祖「ピルスナーウルケル」を注ぐために製造されているチェコ製のタップである。製造元は同国のLUKR社が最大手ではあるが、他社製も存在し、「サイドプルタップ」「サイドプアタップ」「ノスタルジータップ」とも呼ばれる。ドラフトタワータイプも存在し、「Brasserie Beer Blvd.(ブラッセリービアブルヴァード)」「ニユートーキヨー 有楽町電気ビル店」などをはじめ、日本国内でも同ビールを注ぐために活躍している(こだわりをもって異なる液種を提供している事例もある)。
このタップはスイングカラン同様、ハンドルを手前に振ることでビールを注ぐことができるが、形状はもちろん、他に異なる点として以下の点が挙げられる。
- 抽出口の口径が広い(結果的に流量が大きくなる。同様に樽とビールを繋ぐラインも広いものでは内径12mmのものまである(国内で一般的に使用されているラインは内径5mmである)
- 手元にフローコントロール(流量調整)レバーが付いている
- 注ぎ口先端に液体を安定させる目的でメッシュが付いている
ピルスナーウルケルのような、モルトの味わいが強くリッチなビールは、この流量で注ぐことによってグラスにビールが当たった衝撃により香りや麦の味わいをより開くことができる。
また、ハンドルの調整によりきめ細かい泡を形成することができ、本場チェコでも一般的に提供される注ぎ方「ハラディンカ(Hladinka)」や、牛乳のように真っ白い見た目の「ムリーコ(Mlíko)」、注ぎ手が開店時や新規樽の開栓時などに品質チェックのために元々は注いでいた「シュニット(Šnyt)」など変化の幅を付けることができる。
「ハラディンカ(Hladinka)」は適度に炭酸を抜くことによって、麦の甘味と適度な苦みを共に感じるバランスのよい注ぎ方、「ムリーコ(Mlíko)」はハンドルを絞りほとんど泡のみで注ぐため、非常にクリーミーな口当たりとまさに牛乳のように麦の甘味を楽しめる注ぎ方である。
「シュニット(Šnyt)」は液体2,泡3、グラス上の間隙を1の比率で注ぐことによって、ビールの味わいや香りをチェックする目的がある。
グラスの準備
料理人の第一歩が「皿洗い(身の回りの洗浄)」とすれば、ビール注ぎにおいては常に美味しいビールを受け止められる「グラス」を用意することも非常に重要である。
どんなに素晴らしい料理でも、紙皿や汚れた皿で提供したり、盛り付けが汚ければ美味しさは半減する。
グラスに注ぐ際のビールの一番の天敵は「油分」「ほこり」などの汚れである。
注がれたビールのグラス側面や底に気泡が付いていたり、そこからぷつぷつと気泡が上がってくるのを見たことがある人も多いのではないだろうか?
あれは油分やほこり、または前に注がれていたビールがちゃんと取り除かれていないサインである。
泡がぶつぶつと大きく、すぐ消えてしまう見た目よりは、きめの整った純白の泡と黄金色の液体が美しいコントラストを形成しているビールの方がより飲みたい!と思うはずである。実際、ヒトが口に入れる飲食物の美味しさを判断する際には視覚が約8割、一方味覚が約0.1割ほどしか影響していないともいわれている。
また、外観はもちろんのこと、下記のように味覚や嗅覚、触覚へも悪影響を与えてしまう。
- 泡が早く消え、液体が空気と触れることで酸化(味わいの劣化)の進行が早くなる
- 香気成分や炭酸ガスが揮散しやすくなり、飲み進めるにつれて平坦な味わいとなる
- 汚れ由来の香りや味わいがビールのテイストに影響を与える
グラス洗浄における注意点は主に以下である。
- グラス専用の柔らかいスポンジを用意する
(ビールメーカー備品や市販のスポンジでも構わない。食器類など油脂が付着するものを避け、グラス側面を傷つけないよう研磨する材質のものは使用しない) - 洗剤は香りの強くない又は無香の中性洗剤(ヤシの実洗剤なども望ましい)
- グラス側面や縁、底までくまなく磨き、水やぬるま湯でしっかり注ぐ
- タオルで拭かず、バット等に逆さにし自然乾燥(糸くずなどの付着や臭い移りを防止)
- グラスを洗うシンクなどには料理や食材の油分などが混入しないよう留意する
細心の注意を払い大手ラガービールを注ぐ、注ぎ分けする店舗では、ビールグラスを氷水を張ったシンクに浸したり、グラス内を氷水で満たしてから使用することが一般的である。
これは注いだ際にグラス温度によって液体の温度が多少でも上昇してしまうことを防ぐためであり、さらには湿らせることでグラス表面の摩擦を減らし、ビールの炭酸が余計に飛ぶことを防止するためである。
大手ラガービールの場合、推奨提供温度が5℃(注4)程度のため、1分ほど満たしておくことでその温度(またはそれ以下)までグラスを冷却することも兼ねている。
(注4)例えば公式HPによると、サッポロビールは「4~8℃(冷蔵庫で常温から5~6時間)が目安で、夏はやや低め、冬はやや高め」サントリービールは「夏なら4~6℃、冬なら6~8℃」と公表している。
グラスの形状、容量によっても味わいは変化する。
その店舗の方針や注ぎ手の考え方によって、ビール会社指定のグラスや他のグラスメーカーから購入したものなどまちまちであるが、一般的にはグラス容量400-420ml程度のタンブラーが使用されることが多い。
特に淡色ラガービールの多くは「シャープなのどごしを楽しむ」種類のビールであり、縦に長く口径が広すぎない直線型のグラスの方が、泡持ちが比較的長続きし、それも相まって炭酸が抜けづらく、酸化もしにくい。多少グラスを傾けただけでも液体が口に入ってくるため、ごくごく飲むビールには適しており、舌に広がりすぎないため余計な味(酸味や強い苦みなど)をより感じにくいのも一理ある。
逆に、芳醇な香りや味わいを楽しむビアスタイル(ビールの種類)は、ワイングラスのように膨らんだ形状のグラスの方がより香りや味わいを感じやすい。
なお、薄張りグラスの場合、下記のような利点がある。
- 口当たりがよくなる
(グラスに唇が当たる感覚が少ない) - グラス温度による液体の温度の上昇が少ない
(手で持ち続けた際には体温が伝わりやすい) - 高級感が出る(視覚による美味しさの増強)
但し、他品と比べて高価かつ割れやすく取り扱いに注意が必要なため、採用している所は決して多いとは言えない。
注ぎは最後の微調整 -「注ぎ」と「注ぎ分け」の違い-
ここまで美味しいビールが出てくるお膳立てができて、ようやく「注ぎ」による味わいの微調整を行う。
何度も言うように、本来ビールは(出荷前、醸造中での技術的エラー、輸送時や保管時など様々な点でのイレギュラー(劣化)、鮮度などに不具合がある場合を除き)出荷された時点ですでに美味しい。
醸造家が「美味しい」と自信をもって皆さまのもとに届けているいわば「完成品」である。
よってビール注ぎや注ぎ分けは「より美味しくする」技術ではない。ビール注ぎは「そのビールの本来持つポテンシャルを最大限生かしたまま提供する」こと、注ぎ分けは「主に飲み手の好みに合わせて見た目や味わいをチューニングさせていただく」ことと言い換えられると私は考えている。どちらかというと前者はプロダクトアウト、後者はマーケットインに近い考え方と言えよう。
加えて、「注ぎ」と「注ぎ分け」については、注ぎ手によって様々な考え方がある。『そのビールにはそのビールに合った注ぎ方がある』として常に同じ型の「注ぎ」で究極の1杯を追求する方もいれば、『味わいを変化させることによってビールが苦手な方にもビールを飲んでもらおう』と様々な味わいに「注ぎ分け」をする方もいる。同じビールを注ぐという行為でも、方向性や信念が全く異なることは理解していて損はないはずだ。
特にラガービールの味わいのバランスは非常に繊細であり、少し注ぎ方を失敗しただけで途端にバランスが崩れてしまう。
では、その味わいのチューニングをどのようにしていくのだろうか?
主に調整するポイントとしては以下がある。
- 外観:泡のきめ細かさ、泡と液体の比率など
- 香り:麦やホップ、発酵由来や副原料の香りの立たせ具合。オフフレーバー(強すぎると飲用時に心地よくない香り)をどう立たせないか、もしくは別の心地よい香りで隠す(=マスキングする)かも重要
- 味わい:麦の甘味・ホップの苦み・炭酸からくる酸味などのバランス
- 飲みごたえ:炭酸の強弱・余韻の長さなど
項目がたくさんあり、これらを一つずつ頭の中で調整しているかと思われるが、非常に両極端に表現するとビールを注ぐ際に『丁寧に注ぐのか、わざと勢いよく注ぐのか』の違いである。
例えば、グラスの淵を伝わせてそーっと注いだラガービールと、テーブルにグラスを置いてその上からどぼどぼと注いだラガービールを飲み比べてほしい。
前者はより「本来の味わい」をそのまま感じることができる。泡は少なく(もしくはほぼなく)、炭酸感が強く、キレのあるのどごしとホップの苦みをより感じることができる。液体内に炭酸がかなり残っているため、飲み進めていくとおなかにたまりやすい味わいではある。
後者の場合、グラスにぶつかった衝撃でまず泡立つ。徐々に泡と液体の境界がはっきりと分かれ、鼻を近づければ揮散した炭酸ガスと共に麦やホップ、様々な香りが立ち上がり、より感じやすくなっている。ふっくらとした泡はいくぶん苦く、液体は炭酸感が弱く、麦の風味や甘味をより強く感じる。
但し、ここまでビールに強い衝撃を与えてしまうと、空気を巻き込むことによってビールが酸化し、オフフレーバーや渋みの原因となる。また、炭酸の抜けすぎにより平坦な味わいとなり、特に後半に連れて飲み進まないビールとなってしまう。
そーーっと注ぎすぎてもお腹にたまるし、どぼどぼ注ぎすぎても飲み続かない。
これは極端な例であるが、上記のように「見た目や味わいのバランス」をどこに持ってくるか?であり、それをビールの銘柄や状態ごとに、理想に近づけていく作業である。
特に、純白な泡は「注がれたビールを酸化から守る」「炭酸ガスや香気成分の揮散を穏やかにする」ふたの役目や、「視覚での美味しさ(第一印象の良さ)」にも起因するので、液体との比率やきめ細かさも含め、注ぐ際にはある程度は作るのが一般的である。
*よく液体の泡の比率は6:4(又は7:3)と語られることも多いが、もちろんビールの種類や状態、グラスの形状、注ぎ方などによって多少変化する。
注ぎの所作による味わいの変化-「縦回転」と「横回転」-
業界では時より「縦回転」「横回転」という言葉が用いられる。「縦回転」とは液体がグラス底に向かって真っすぐ落ち、大きく上下に対流する流れであり、ビールに(良くも悪くも)衝撃が加わりやすい注ぎである。泡立ちやすく、炭酸も抜けやすく、麦の香りや甘味を引き出しやすいが、回転が強すぎるとオフフレーバーや飲み進みづらさの原因となる(=「液体がもまれる」ともいう)
逆に「横回転」はグラスの側面をらせん状に回転して下まで落ちていく流れである。グラス底にぶつかるまでの液体の航続距離が長くなるため流速が落ち、かつストレートに底に液体がぶつからないため、ビールに余計な衝撃が加わることを防ぐことができる。よって本来そのビールが持つ香りや味わい、炭酸感を「比較的」そのまま残すことができる。
「比較的」というのは、他にも様々な要因があって注がれたビールの味わいが出来上がるためである。ビール注ぎには多種多様な変数(それこそビールの銘柄、状態、鮮度、サーバーのセッティング、さらに言えば飲み手や注ぎ手の体調などなど)が関わってくるため、一概に「この所作で注げば確実にこうなる」というのは厳密には言いがたい。
但し、ある程度の型は存在し、「概ねこのような味わいに変化する」という要点はある。
今回は、私をご指導頂いたビール注ぎ達人の一人『八木 文博』氏にスイングカランでの「1度注ぎ」を例に大枠をまとめたみた。今後もしビール注ぎに真剣に向き合いたい方がいらっしゃれば参考の1つとしてご覧いただきたい。
八木氏いわく、1度注ぎがうまく注げた際のポイントは以下と説明する。
『注ぎ終わった際に、泡と液体とその間にあるそれらが混ざり合った部分の割合で、丁寧に注がれたビールかどうかが分かる。グラスの下からその層がグワーッと上がってきて泡と液体に分かれた時は、ビールがもまれていることが多い。炭酸が抜けすぎて、最初はいいけども飲み進めるにつれて飲み進まなくなっちゃう。逆に、その層の厚みが少なくて、やさしくスッと理想の比率の泡と液体にすぐに分かれるときは優しく注げていて、ハリのあるのどごしをずっと楽しむことができる。』
但し、上記の注ぎの所作による味わいの変化は八木氏の目指すビールを注ぐ際のポイントである。注ぎ手それぞれのビールに対する考え方が存在し、扱う銘柄も設備ももちろん異なるのは前述のとおりである。
なお、2回に分けて注ぐ『2度注ぎ』等の場合は注ぐ回数が変化し、合わせて所作も変化する(新橋の名店「ビアライゼ’98」の注ぎ手・松尾 光平氏の注ぐ「マルエフ」が代表例であり、こちらは注ぎ分けではなく同店が「マルエフ」の味わいを最大限に引き出す為に代々受け継がれている「注ぎ」の1つである)。
ここからは、日本全国に存在する「注ぎ手」の方々に、自身の提供するビールについてご教示いただいたので合わせてご参考にしていただきたい。
*注ぎ方や設備の名称等については、可能な限り各注ぎ手の呼び方で掲載している(敬称略・順不同)。
八木 文博(元ニユートーキヨーグループ 総カウンター長):ニユートーキヨービヤホール 数寄屋橋本店・ミュンヘン新宿小田急ハルク店など
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●サッポロ生ビール 黒ラベル(1度注ぎ)
スイングカラン+空冷式
*その他スペックについては非公表
■目指すビールの味わい
100%で完成したビールをそのまま100%の味わいで提供する。
■技術的に注意している点
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*現在はすでにご勇退されているが、次世代の様々な注ぎ手に技術指導を行っている。
海老原 清(株式会社サッポロライオン ライオンビヤマイスターNo.001・生ビール品質管理アドバイザー):ビヤホールライオン 銀座七丁目店
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●サッポロ生ビール 黒ラベル(1度注ぎ)
スイングカラン+タンク空冷式(庫内温度2℃)
*1000Lタンク×6本
→内径9mm・ホース長約30m(地下のタンクから1Fのサーバーまで)・炭酸ガス 0.20-0.25MPa(2.0-2.5 Bar)程度
*タンクとホースの間に冷却筒を2回挟んで冷却。ガス圧については目安であり、流速を見て判断・調整している。
■目指すビールの味わい
日々、工場出荷時100%に近い品質のビールをご提供。「手入れの行き届いたビール」、それが良いビールである。
上記をご提供する為にいくつもの工程がある。ビールの鮮度を保つため、発注管理も非常に重要。
注ぎの前段階の準備を手を抜かずに行うこと。
■技術的に注意している点
右手11度・左回転・最後は水平に。
ビールに適度な回転を与え早く泡の中に苦みの成分(イソフムロン)が入るよう注いております。注いだ後は泡の見た目・泡の持ち具合等も判断材料。また、泡とビールが早く分かれること。
『注ぐ時に心がけていることは「体調を整える」ことと「常に平常心でいる」こと。究極的にはグラスジヨッキではなく持ち手の中に注ぎこむ感じです。
ビールの状況を常に知っておくことが重要。開栓して何日目か、残量、ガス圧など、それを把握することが美味いビールを注ぐための一歩。
日々の洗浄とビールを見極める技術が注ぎ手には必要と感じます。』
▼注ぎの動画はこちら▼
*不定期でビアカウンターに立たれることもあるが、同様に後任や研修生等に技術指導を行っている。
佐藤 裕介(ビアブルヴァード株式会社 代表取締役):「BULVÁR TOKYO(ブルヴァール トーキョー)」(日本橋)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●アサヒスーパードライ(サトウ注ぎ)
ANTOINE社製 DEBIタップ(ボールタップ)+瞬間冷却ディスペンサー+空冷式
→内径6mm・ホース長10m(サーバー内コイル8m+ビニルホース部各1m)・炭酸ガス 0.10-0.11 MPa(1.0- 1.1 Bar)
●ピルスナーウルケル(ハラディンカ)
ピルスナーウルケル専用タップ(サイドプルタップ)+空冷式
→内径6.4mm・ホース長1m・・炭酸ガス 0.1 MPa(1.0 Bar)
*ピルスナーウルケルは他にも「シュニット」「ムリーコ」も提供
*どちらもドラフトタワーの上部まで瞬冷機内の冷水循環でビールホースを冷却
*系列店に「Brasserie Beer Blvd.(ブラッセリービアブルヴァード)」「PILSEN ALLEY(ピルゼン アレイ)」があるが、スペックは「BULVÁR TOKYO(ブルヴァール トーキョー)」での場合
■目指すビールの味わい
(スーパードライは特に)日常に当たり前にある、日本で一番売れている、飲まれているビール。その味わいを当たり前に美味しく提供する。
■技術的に注意している点
前提として、樽生ビールは冷蔵庫に平均2-3日前には静置。
●サトウ注ぎ
「泡の立て方 = ガスの抜き方」。必ずしも100%(型が)決まるということはなく、ある程度修正しながら注いでいく。4杯注ぐのか、1杯だけ注ぐのかでも違う。それによって泡の立て方も変わってくる。それによって角度なども微調整する。
3割くらいの泡を無理に泡立てることなく、自然の適量の泡を作れる。それがベストの状態。
実際は「①泡を作る→②その下に液体を注ぐ」と動作がきっちり分かれているのではなく、「最初にできた泡に反応をさせるように泡を形成していく」ので①と②は注ぎながら同時進行でおこなっていく。
●ハラディンカ
ピルスナーウルケル社のオフィシャルの注ぎ方。
きめ細かい泡を先に作って、その下にノズルを突っ込んだまま、液体で泡を持ち上げていく。
グラス角度は45度、グラス側面にノズルをくっつけたまま、だんだんグラスを立てていく。注いだ後はタップから垂れてくるドリップ(しずく)はグラス内に入れない。
『僕の場合、ビールの注ぎ以前に、接客業というところがある。あくまで注ぎはバーテンダーとしての、接客業のサービスの中での1つ。サーバー周りなどの清潔感だったり、グラスの持ち方や所作の美しさであったり、サーバー周りの見え方であったりがまずベースにある。
上記がグラスの洗浄にもつながっていて、ビールを提供する際やグラスを触る前には必ず毎回手を洗う。10-20分すると手だって汗をかくし、グラスに指紋が付く。それもよしとしていない。料理を運んだりした後もグラスがきれいにでもその手で触ったらグラスに指紋が付く。手を洗ってからグラスを洗う、グラスを持つ。それがお客様からみたビールの見た目の美しさにつながり、その時点で半分以上ビールに感じる味わい(第一印象)が変わる。』
野々村 光太郎(店長):ニユートーキヨービヤホール 有楽町電気ビル店(有楽町)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●サッポロ生ビール 黒ラベル(一度注ぎ)
スイングカラン+空冷式
→内径5mm・ホース長1.5m(2巻くらい)・炭酸ガス 0.12 MPa(1.2 Bar)・庫内温度3-4℃設定
●ピルスナーウルケル(ハラディンカ)
ピルスナーウルケル専用タップ(サイドプアタップ)+空冷式
→内径5m・炭酸ガス・庫内温度3-4℃設定
*ホース長、ガス圧については非公表
*ピルスナーウルケルは他にも「シュニット」「ムリーコ」も提供
■目指すビールの味わい
業界で育った環境がニユートーキヨーグループ。そのビールが美味しいと感じたのでベースがそこにある。
炭酸感による切れ味は残しつつ、ビールの本来持っているモルト感・マイルド感を大事にしている。
■技術的に注意している点
温度管理などももちろん行ったうえで、私が特に大事にしているのはフレッシュローテーション。樽を毎日しっかり回転させる(生樽の納品から提供開始、それ空になるまでの速度を早く)ことを重要視している。ビールは前々日から冷蔵庫内で静置されたものが開栓している状況。
グラスの温度帯(ビールの提供温度帯)についても意識。ウルケルはご提供時に5-7℃の液体温度になるように。それより黒ラベルは1-2℃低く提供できるようにしている。
●1度注ぎ
ベースとしては左手で入れて、時計回りで液体を回していく。最後に若干縦回転をすることによって甘味を引き出すことを意識している。
●ハラディンカ
注ぎ方はウルケル社公認の注ぎ方。注ぎはもちろん、よりフレッシュローテーションを意識している。『ビール離れという言葉があるが、個人的にはそんなことは全然思っていなくて、アッパー層だけでなく、ミドルエイジ以下も増えている印象。細かい技術はもちろん、ビールに関わっている私たちが楽しさや魅力をどんどん伝えていくことが重要だと思い、日々ビールを提供しています。』
重富 寛(重富酒店 代表取締役):ビールスタンド重富(広島)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●アサヒ生ビール(通称マルエフ)(シャープ注ぎ & マイルド注ぎ)
①スイングカラン+樽氷冷式
→内径9mm・ホース長25m・・炭酸ガス 0.17MPa(1.7Bar)
②ニットク製・現代サーバー+樽氷冷式
→内径5mm・ホース長10m・・炭酸ガス 0.13MPa(1.3Bar)
*瞬冷機のない時代の設備をできるだけ再現している。樽自体は事前に冷蔵庫に保管。営業時に氷水にセット。
■目指すビールの味わい
通常のニットク製現代サーバーとタップで注ぐ、ビールメーカーが主導しているきりっとタイプ。あれが、日本中のどの飲食店にいっても出てくることを目指している。
「美味しいビールではなく、手入れの行き届いたビールを日本中で提供すること」が目的。
■技術的に注意している点
きれいに(グラスやサーバー)を洗浄しているか、ちゃんと温度管理できているか、見た目が美しいかが私にとっては8割。五感のうち人間は味覚は1%しか使っていないが、視覚は8割を占める。
●シャープ注ぎ
ビール好き・苦みと炭酸が好きな人向け。
まずは現代サーバーから。最初の液体は落としてから、左回転で、静かに注ぐ。タップを止めるときもグラスを離して、カランを閉じるときのビールは入れずに。その際にかるく泡の層を同時に作っておいて、空気に触れないようにし、そこにスイングカランのきめ細かな泡を最初の部分を捨てて優しく乗せる。
●マイルド注ぎ
3度注ぎしてからきめ細かい泡に置き換える。ビールが苦手な方向け。
三度で注いでいくが、その1投目(1度注ぎ目)が非常に大事。グラスの底にビールを当てる際に、しぶきが上がらないように優しく、いかにも底に水面があってビールの液体が吸い込まれていくように注ぐ。空気を巻き込まないように注ぐ。(飛び込みでいえば「ノースプラッシュ」)。
『「1杯目を飲んで、次のお店にお客様を送る」のが当店の役割。「重富のビール」は注ぎだけだと55点かもしれないが、他の歴史への知見や動いた距離、話した人の数など、その他大勢のプラスで「重富のビール」として認識頂いている。目指しているのは「Good Beer」。BestでもBetterでもなく、お伝えしているのもGoodなビール。日本人の美的感覚、味覚感覚、民族、歴史、文化、食文化も含めて日本人のビールをちゃんと伝えたい。』
山本 祥三(学長):麦酒大学(中野)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●キリンラガービール(麦酒大学注ぎ 等)
①ニットク社製・2口カラン+瞬冷式サーバー(樽自体は年中24℃に管理)
→内径5mm・ホース長15m(サーバー内約14m+ビニルホース部1m)・炭酸ガス0.25 MPa(2.5 Bar)
②スイングカラン+ビールラインと生樽を氷水により冷却
→内径9mm・ホース30m長(直径25㎝巻き)・0.15 MPa(1.5Bar)
■目指すビールの味わい
ビールが苦手な人でもビールが飲めること。いわゆる「ビールらしいビール」よりも飲みやすいビールを目指し、他と比較して麦の味わいを引き出している。ビールが苦手な人でも「私でもビールが飲める」と思っていただくのが理想。『そこから、他にビールにも興味を持っていただく、ビール業界のファンを増やすのが僕の役割』。
様々な「注ぎ分け」も行ってはいるが、「麦酒大学注ぎ」が現代のラガービールを現代サーバーで注いだ際に、メーカーも納得する味わいが提供できるというスタンス。
■技術的に注意している点
グラス角度はななめ前に40度。グラスの上の方に当てて沿わせるように注ぐ。
ビールメーカーが推奨するビール5原則(静置・洗浄・温度管理・適正ガス圧など)を徹底的に管理。自分の出したいビールの流速に合わせてガス圧を定め、それに合わせて樽の保管温度(店内温度)を年間通して24℃に設定。通常の大手ラガービールは2.2-2.4 Barが樽(ビール)内の一般的なガス圧なため、それと均衡を取りつつ流速が確保できるガス圧に設定。
*樽内温度が低いと炭酸ガスが溶け込みやすくなるため、強いガス圧をかけてしまうと樽内のビールの味わいがすぐに変化してしまう。逆に、低い温度に合わせてかけるガス圧を弱くしてしまうと流量を確保できず、口当たりの良い泡が作りづらくなってしまう(ガス圧が高い=液体を押し出す力が強いほど、カランの泡付け機能で絞った際にきめ細かい泡が作りやすくなる)ので、同店では上記のための流量を確保するためのガス圧及び樽内温度に設定している。
『『飲食店さんを繁盛させるためのモデル店舗』としての位置づけになりたいと思い、通常の飲食店さんが実際に使用する設備(現代サーバー)を用いてもビールを注いでいる。飲食店さんが一般に置いてある状況でちゃんと管理されたビールを提供することを実践しています。』
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【麦酒大学注ぎ】
井植 啓之(店主):as always(恵比寿)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●アサヒスーパードライ(シャープ注ぎとマイルド注ぎ(+各泡なしVer.))
ボールタップ+瞬間冷却ディスペンサー+樽格納式(庫内温度4℃設定)
→内径6mm・ホース長約11m(サーバー内コイル8m+ビニルホース部各3m)・炭酸ガス 0.12 MPa(1.2 Bar)
■目指すビールの味わい
自分の注ぎによって味わいをどうこうするといったものは正直、「ない」。
ビール自体が美味しいので自分が何かやってやろうとかはなく、それぞれのビールの特徴にあった注ぎ方を選択しているだけ。
■技術的に注意している点
届いたビールは1日静置している(スペースの問題上、営業中動かすことはある)。
●シャープ注ぎ
炭酸がぬけすぎないように注意。また、注ぎは味見ができないので、味の安定を求めるためにも常に同じ動きをすること。
泡があまり好きじゃないので、ビールと泡の割合は通常の7:3ではなく8:2程度。口を付けた時に液体に早く到達することと、飲む時に泡と液体が混ざって入ってくると美味しい(自身の思うスーパードライのネガティブの部分が消える)と考えているため泡を薄くしている。
注ぐ際は、液体がグラス側面を沿って回る(横回転)ように、グラスにカランを当てる位置もそれに合わせてずらし、泡を優しく乗せる。液体に泡を乗せる動作の際にカランから出る勢いで泡が液体に潜りこみすぎないように意識している。
●マイルド注ぎ
「新橋 DRY-DOCK (ドライドック)」在籍時でのやり方から自分のお店の設備に合わせている。
①カラン下側から高さと勢いをつけてグラスを注ぎ口まで一気に上昇させる。
②その際に、グラスの側面と底面のちょうど角に当ててから上まで持ってくる。
いろいろやってみた結果、適度な炭酸の抜け方や味わいのバランスはこれがもっともよかった。泡の粒もシャープ注ぎより大きく、グラスを傾けた時に液体がより口に入ってきやすいので炭酸感や液体の冷たさも感じやすい。
『あまり液体をこねくり回してどうとかは好きではないが、それぞれ好き好みがあり、美味しいと思う方を選んで飲んで下さればと思っている。』
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【シャープ注ぎ】
【マイルド注ぎ】
木村 明宏(店主):BEER STAND MINATO(ビールスタンド ミナト)(神奈川・大船)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等:
●サッポロ生ビール 黒ラベル(1度注ぎ 等)
①スイングカラン+空冷式(庫内温度2.0℃設定)
*冬場は+1℃程度
→内径9mm・ホース長23m(サーバー内予冷器21m+ビニルホース部前後約1m)・炭酸ガス 0.15-0.18 MPa(1.5-1.8 Bar)
②2口カラン+空冷式(庫内温度2.0℃設定)
*冬場は+1℃程度
→内径4mm・ホース長4m・炭酸ガス 0.15-0.18 MPa(1.5-1.8 Bar)
*通常営業時は黒ラベルの他に「キリンラガービール」「アサヒ生ビール〈マルエフ〉」「The MALT’S〈ザ・モルツ〉」を常設。各銘柄毎に1つの生樽からビールホースを分岐させ①②どちらの設備からも提供できるシステム(よってガス圧は共通)。
*参考までに、他の銘柄のスイングカランでのガス圧設定は以下の通り。
・キリンラガービール:0.17Mpa
・アサヒ生ビール〈マルエフ〉:0.18-0.19Mpa
・The MALT’S〈ザ・モルツ〉:0.16Mpa
*ガス圧設定は銘柄の違いによる泡立ちや液体の状態によって調整
■目指すビールの味わい
のどごしがあり、程よい麦感を感じながらも後味はスッキリさせるイメージ。
■技術的に注意している点
・フレッシュローテーション
・静置冷却
・温度管理
●注ぎについて
ノズルの当て位置はグラスの1時~2時あたり。グラスをやや手前に傾け、ノズルを4㎝ほど入れる。液体がグラスの左底あたりにうまく流れるように注ぐ。
サーバーは営業後に毎回水通し洗浄し、カランもブラシで洗浄。加えて、週1のスポンジ洗浄とメーカーの推奨する洗浄方法を徹底。また、基本年に1回、定期的にビールホースの交換をしている。
『前職の経験を踏まえ、 ビールの周辺環境をしっかり管理していれば瞬冷サーバーでも美味しいビールは提供できます。 そのうえで、理想の味わいやこだわりがあればそこに近づけるため、設備への理解をしていただけると嬉しく思います。』
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【1度注ぎ】
林 慧(ビアマイスター):DEPOT(東京駅)など
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●サッポロ生ビール 黒ラベル(2度目に泡のみを置き換える2度注ぎ(Depotでの場合))
スイングカラン+空冷式(庫内温度2℃)かつ氷水式サーバーによる冷却
→内径7mm・ホース20m長・炭酸ガス0.15 MPa(1.5Bar)
*提供時に4-5℃になるよう設定。また、本人が注ぐ際は1.6Bar程度に少しガス圧を上げている。
*本人は他の店舗にも在籍しており、別店舗では1度注ぎも行っている。
■目指すビールの味わい:
東京駅という立地で、サラリーマンなどが仕事上がりの一杯としてすっと飲める、すっきりとしたビール。やや冷やし気味に、味が強すぎる一杯は避けている。
■技術的に注意している点
チャンバーで1-2日しっかり冷やしてから、サーバー下に設置。
注ぎ方は斜め前に45°。最初の液体は酸化を考慮してこぼしてからグラス内に入れ、徐々に立てていく。まずはベースの1度注ぎをしっかり注ぐ。東京駅というの立地上、ビギナーの方が多いため、より喜ばれるきめ細かい泡に最後に置き換える。
『1,2,3度注ぎの名人といわれるところで修行している経歴もあり、それぞれに対して思いがある。飲み手に合わせられる技術はもっておきたいと思っている。作り手の意見も尊重したうえで、飲み手をつなぐ注ぎ手でありたい。』
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榮川 貴之(店主):麥酒 夢詠ミ -WALL OF BEER-(京都)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●ヱビスビール
LUKR社製タップ+空冷式(庫内温度0-1℃設定)
→内径9.5mm・ホース長約6m・炭酸ガス 0.10 MPa(1.0 Bar)
*ドラフトタワーは瞬冷式サーバーより冷却水を循環し冷却
■目指すビールの味わい
ヱビスの個性をいかしつつ、何杯でも飲み続けられ、ビールが美しく見えるように。
■技術的に注意している点
最初にグラスの底に液体をあてて泡を作ってその下に液体をすべり込ませ回転させる。最後はグラスをたてて、回転を抑えて仕上げるイメージ。太いビールホースになるので、注いでいる際に泡がかまないようにより注意する。
その他、日々気を付けている点として
・生樽は酒屋さんに届いた時から常に冷蔵管理
・サーバー周りの汚れやサーバー周り&フロアにビールの匂いが残らないように
・タップに匂いが残らないように、毎日分解して洗う
・グラスは営業後、洗浄。営業前にもう一度洗浄
・タップ・カプラーの薬品洗浄は週に1回実施
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山田 泰一(店主):麦酒処ぬとり(埼玉・川口)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等:
●サッポロ生ビール 黒ラベル(1度注ぎ)
スイングカラン+空冷式(庫内温度0℃設定)
→内径5mm・ホース長1.4m・炭酸ガス 0.12 MPa(1.2 Bar)
*今後内径9mmに移行予定
*出始めと樽最後はガス圧を調整。ガス圧よりも自分の注ぎに適した流速になるように。
■目指すビールの味わい
黒ラベルの本来のスペックの味わいを(樽に入っている状態を)そのまま出して飲んでもらうのを心掛けている。炭酸がきつくてもよいわけでもなく、できるだけ鮮度的なところでの劣化をさせないことは気を付けている。
■技術的に注意している点
注ぎ方に関しては3年前とだいぶ変わっている。ビールの状態に応じて微調整。
『とにかく、手入れが一番大事。かつ、ビール注ぎは「ファッション」ではない。このビールのどこに自分が感動しているか、、それがあるから、メーカーの推奨通りに設定せずに、セッティングを変えている。その感動した味わいをどこかで自分も飲んでいるから。その気持ちを忘れないこと。味を常に意識すること。感動を大事に。お客様と向き合って、ビールとその造り手にも失礼がないように。』
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【1度注ぎ】
三久保 佳慶(店主):LANA Beer(神奈川・溝の口)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●サッポロ生ビール 黒ラベル(1度注ぎ)
●アサヒ生ビール(通称マルエフ)(松尾注ぎ)
*共にスイングカラン+樽格納式・庫内温度0-1℃設定
*松尾注ぎについては「ビアライゼ’98」の松尾光平氏の指南を受け、注ぎ名についてもご本人にご公認頂いている。
■目指すビールの味わい
両銘柄ともにすっきりとしてお代わりできるビール。
店主がモルト感があり、スッキリした味わいのビールが好きなので、モルト感を感じられながらスッキリに仕上げ、後味にも麦の余韻を楽しめる味わいに寄せている。
■技術的に注意している点
両方とも注意している点は、ビールに衝撃を与えない。グラスにばしゃっと当てたりせず、カランにグラスを入れるときも優しく入れる。
●一度注ぎ
黒ラベルの味わいはすっきりとさせたいのでグラスの角度はあまり傾けず。
特に回転を気にしている。傾けて回転させると味わいが濃くなる。ある程度立てた状態で回転させた方がすっきりとした味わいになりやすい。また、暑い日の一杯目、数杯目に飲むビールなど、お客さんの来店状況や杯数を見てグラスの角度を変更している。
●松尾注ぎ
松尾注ぎは1投目でわざと泡立たせるが、「ビールの粒子を細かくするイメージ」で行う。ただ闇雲に泡立てるのではなく、グラスの淵に当てたときに、粒子が細かく散っていく感じに。失敗すると苦みやえぐみが出てしまう。逆に泡立ちが弱いと炭酸が残りすぎてしまう。
具体的には、マルエフの専用グラスのロゴ下くらいに当てる。少しだけ沿わせるつもりで、グラスの深い位置に当てるイメージ。グラスとカランの間はこぶし2個程度は開けている。そこからグラス満杯にして、1投目終了。上部の荒い泡を切って、2投目に入る。
2投目するときはカランを限界まで深く入れるイメージ。液体とカランの口が空いているともまれる&余分な泡が生まれるので、液体の中にすぐに突っ込む。この時は別に沿わせていない。液体に樽から直接ビールを入れているイメージ。
この注ぎ方は炭酸感が穏やかだが、苦みとえぐみが出ていないのが素晴らしい。
『ビールはすごく繊細なお酒。まずは品質管理としてビールのダメージを取り除くこと。樽の静置、温度管理、グラスとの摩擦、注ぐときに衝撃を与えない等、ビールにダメージを与えないことが第一。そこがスタート段階。造り手さんが造って頂くビールに失礼のないよう、敬意の気持ちも忘れずに。』
▼注ぎの動画はこちら▼
【1度注ぎ】
【松尾注ぎ】
ゆきの(店長):LANA Beer(神奈川・溝の口)
*SPEC等や提供ビール・注ぎの種類に関しては「三久保 佳慶」氏と同様。
■目指すビールの味わい
●黒ラベル:すーっと喉に入ってくるビール。のどに力を入れてごっくんごっくんと一生懸命飲むビールでなく、力をぬいて飲めるような味わいや質感。
●マルエフ:私がマルエフを学んだお店「ビアライゼ’98」で飲んだようなほっとするような、柔らかいまろやかな質感や味わい。
■技術的に注意している点
毎回マニュアル通りにやっても出てくる液体の状態が異なるので、その時の液体の状態に合わせて角度などを微調整している。
一つの形や角度が正しいというものはないと思っていて、その時に出てくる液体に合わせて、角度やサーバーとの距離、泡の立ち方などを変更している。
『造り手さんに失礼がないように常に心掛けている。私もブルワリー勤務経験があるが、醸造家がどれだけの時間と労力と情熱をかけているか、、命・人生をかけて造ったビールを大切に扱う。その人たちが表現したい味わいを邪魔しない。造り手さんへのリスペクト。それを大事にすれば美味しいビールを出せるし、お客様も喜んでくれるので、そこだけは忘れないようにしている。』
国沢 禎樹(オーナー):咲場923(練馬)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●ザ・プレミアム・モルツ 〈ジャパニーズエール〉香るエール(注ぎ名称なし)
ニットク社製2口カラン+瞬冷式サーバー+空冷式
→内径5mm・ホース長18m(サーバー内約15m+ビニルホース部3m)・炭酸ガス0.15 MPa(1.5Bar)
■目指すビールの味わい
飲み飽きない、何倍でも飲める、炭酸がピリピリきいてたりしなくて、すーっと喉から胃の中に入ってくるビール。
■技術的に注意している点
生樽は前日から冷蔵庫内で静置。それ以外は基本的には通常の飲食店と一緒。
美味しいビールを注ぐためにしつこいぐらいにグラスをしっかりと洗い、すすぎを徹底的に行う。とにかく静かに、ビールにストレスを与えないようにゆっくりと注ぐ。
グラスをタップにつけて45°に構え、注ぎながら徐々に傾けて垂直にしていく。その際も常にグラスの側面を沿わせるように。泡もグラスの側面を沿わせてからのせる。
『開栓日を1日と考えて、3日以内に提供しきる。それ以上たってしまうと、香りの華やかさがなくなり、炭酸もピリピリ感が増してくる。グラスもこだわっており、底がまあるく弧の字になっているほうが自然な対流が生まれて液体にストレスがかからないと考えています。』
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村石 啓(醸造士):しろすずめ/ビールルームとりかご(香川・高松)
■提供銘柄(注ぎ方)・スペック等
●サッポロ生ビール 黒ラベル(2度注ぎ(但し、最後にきめ細かい泡に置き換え))
スイングカラン+空冷式(ビールホースラインも格納)+炭酸ガス
→内径9mm・ホース37m長・0.12 MPa(1.2Bar)
■目指すビールの味わい
おなかにたまらないガス感の、次の一杯につながるビール。
自社製品のティスティングルームも兼ねているので、そちらも楽しんでいただけるよう、おなかがはらない優しいガスボリュームに落とし込んでいる。
■技術的に注意している点
生樽は前日から冷蔵庫内で静置、ビールラインも冷水で満たした状態にしておき、樽を開栓した際のロスを極力減らすようにしている。
注ぎの点でいうと、泡が戻るのをなるべく待たない。2度注ぎの場合、泡を一回たてて、荒い泡を捨ててもう一度注ぐ流れになるが、完全に泡と液体に分離するのを待っていると渋みが液体に戻っていくような気がしている。なので、泡と液体が5:5になるように一投目を注いで、3割くらいの泡を捨てて、すぐに2度目を注ぐ。渋みを持った泡がビールに戻る前に注ぎ切るイメージ。
『大手のビールも注ぎ方だけで美味しくも不味くもなってしまう。クラフトビールではないが、味わいの多様性を楽しむという点でも、通常の提供の仕方との違いを楽しんでいただければと思う。』
▼注ぎの動画はこちら▼
*営業中の撮影のためミュート。全画面表示で全体を確認できます。
*今回ご掲載させていただいた注ぎ手・店舗様以外にも様々な店舗が存在する。こちらについても随時更新していきたい。
最後に:「ビール注ぎ」と向き合うために
ここまでお読みいただき、ビールを「注ぐ」ということにより興味を持ち、中には自分も注ぐ側としてビールと向き合いたいと感じた方もいらっしゃったのではないだろうか?
ただ、上記のような「注ぎ」と向き合ううえで(特に設備も含め)大事なことを最後に一つ。
動画もご覧になって気づいたと思うが、「注ぎ」や「注ぎ分け」はビールのロス(廃棄量)が現代の瞬冷式サーバーと2口カランでマニュアル通りに注ぐよりも必然的に多くなることがままである。
「ブロッコリーを調理する際に房だけ使うか、芯まで使うのか?」ではないが、目的の味わいを表現するために、注ぐ際にビールを取り除く部分がどうしても増えてしまう。
特に(ビールが常に連続で提供されている場合を除いて)カランから抽出されるはじめの数秒の液体は、酸化の観点からしばしば流されることがあり、例えば樽替えのタイミングなどで半端に注いだ、もしくは泡だらけになったビールが入ったグラスに再度注ぐことも基本的には行わない(名人といわれる注ぎ手は、そのロス量も限りなく少なくした上で理想とする味わいのビールを注いだり、廃棄分を料理等に使用したりなど工夫を凝らしている)。
さらに言えば「注ぎ」の技術が乏しければ、味わいが安定せず結果的にお客様が離れる原因となり、ロスが増えることにより店舗経営をひっ迫してしまう。
上記のこともあり、全国で「注ぎ手」と称される方々や店舗に限りがあり、メーカー側も闇雲に通常サーバー以外の設置を推奨していないのが現状である。
ここまでお伝えしたことを理解したうえで、各注ぎ手が毎日のようにビールと向き合っていることを少しでも感じて頂けたのであれば本望であり、決して安易に「注ぎ手がいるお店」が増えることを促進する記事ではないことを最後に綴らせて頂きたい。
もし注ぎ手として、上記を踏まえたうえで向き合う覚悟があるのであれば、ぜひ一度記事内のお店を訪れ、注ぎ手の思いを聞きながら、実際にビールを飲んでみてほしいと思う。
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。