今年は2種!年に一度の「余市スタイル ペールエール & 余市スタイルIPA」に込められた想いとは?
千葉・舞浜イクスピアリ内にあるハーヴェスト・ムーン ブルワリーでも、そんなビール造りに2011年から取り組んでいます。2016年からは「余市スタイルIPA」として毎年販売を開始。そして、今年2023年には「余市スタイルペールエール」「余市スタイルIPA」の2種に挑戦し、魅力の幅が広がっています。このビール造りに、毎年収穫から仕込みまでより手間暇をかけて取り組んでいる、ハーヴェスト・ムーンのヘッドブルワー園田智子さんに、その想いを尋ねました。
目次
偶然から始まり、人がつなげた余市のホップ栽培
「余市スタイルIPA」で使うホップは、北海道・余市にあるドメーヌ・タカヒコの葡萄畑の一角で育てられています。ドメーヌ・タカヒコを営む曽我貴彦さんは、長野県の小布施ワイナリーの次男として生まれ、栃木県足利市のココファームワイナリーで約10年間、栽培や原料調達の責任者として働いたのちに、2009年に余市に移住して自らのドメーヌを立ち上げました。園田さんは「なぜ余市でホップを?」と聞かれることも多いそうですが、実はこのつながりに、筆者の私もささやかに関わっていました。
以前、イクスピアリに勤めていた私は園田さんたちと施設の開業準備の頃から一緒に汗をかいた仲間でした。その後私は、神奈川県内の農業公園の開業プロジェクトに携わり、その時にココファームワイナリーを訪ねたことで、曽我さんと知り合うこととなりました。それはちょうど曽我さんが独立先の場所を探していた頃で、さまざまな候補地を入念に検討し、とうとう決断した余市の畑はどんなところなのだろうと興味が湧いて、早速北海道に行く予定に合わせ、尋ねてみました。
その小高い丘の畑にはすでに葡萄苗が整然と並んでいたのですが、まだスペースに余裕がありました。そこで思い出したのが、当時ハーヴェスト・ムーンでブルワーをしていた櫻井さんから、農業公園でホップを育てないか、と言われたことです。畑をいろいろ案内頂いた後、「空いている場所でホップ育ててもらえませんか?」と聞いてみると、「ほったらかしにしてもいいなら、構わないですよ」と快く引き受けてくれたことから、余市のホップ栽培が始まりました。
栽培したのは、Chinock、Willamette、Centiennial、Cascade、Mt.Hood、そして信州早生。風通しを考え、当初は四方に苗を植えて柱をたてました。
もちろん、全くほったらかしというわけにもいかないので、私も可能な限り余市の畑に行って、株分けや誘引、草むしりなどをしましたが、なにしろ遠路なため、多くて1カ月に一度行けるかどうか。そんな状況ながらホップ栽培を続けることができたのは、曽我さんはもちろん、曽我さんの畑作業を週末を中心に手伝う有志のメンバーVINOP(ビノップ)隊が、変わるがわるホップの手入れも楽しんで取り組んでくれたことが本当に大きなことでした。
栽培当初は試行錯誤の連続で、なるべく高さを出さず収穫作業しやすいようにと斜めに誘引してみたり、蔓下げを工夫したりしましたが、結局はホップがストレスなくのびのび育てるのが一番で、そんな経験を重ねると、当初は4〜5kgくらいの収量から、途中畑の配置替えの植え替えなどで増減はあったものの、3年目あたりから収量が増加していきました。
そして、2015年に櫻井さんが異動となり、このホップでのビール造りを園田さんが引き継いだことで、新たな段階へと進むこととなったのです。
収穫して自ら運び、24時間以内にタンクに投入する
収穫は毎年8月後半に行いますが、その時期のハーヴェスト・ムーン ブルワリーは毎年かなりの繁忙期で、2015年までは私が代理となって、現地でVINOP隊や北海道内の方にお手伝いいただき、収穫したホップを宅配でブルワリーに送るまでを担っていました。それまでにも生の状態での仕込は行っていましたが、園田さんも収穫に参加するあたりから、「ハーヴェスト・ブリュー」と呼ばれる、畑で収穫したホップを24時間以内にタンクに投入する方法をよりしっかりと実践することになりました。
途中行った苗の植え替えなどにより品種の区別が難しくなっている余市のホップは、毎年収穫時に毱花の大きさの違いで ”信州早生系” と ”アメリカ系” に分けて、真空パックに詰めています。当初は宅配にかかる日数も考えて、布団乾燥機を使った乾燥も行いましたが、時間的にも、またハーヴェスト・ブリューの実現からもここ数年は行っていません。
今年は、猛暑や収穫直前の台風襲来などを乗り越え、収量は28kg。「これまでの最高が約40kgだったので、少なかったとも言えますが、香りの質やボリュームはかなり良かったと思います」と園田さん。
園田さん自ら大きなスーツケースを持参し、ホップで満タンになったスーツケースを収穫日の翌朝、新千歳空港から運び、羽田から空港バスでスタッフが待つブルワリーへとそのまま直行します。
舞浜に届いたホップは、早速、ほぐすことから作業が始まります。毱花が小さめの信州早生系は半分くらい、アメリカ系の大きめのホップは4つ割くらいにして、主に信州早生系をビタリングにつかい、アロマ用にアメリカのカスケード系を使用します。
★ブルワリーでホップをほぐす様子(動画)
本来ならば、原料のスペックの数値などを見つつ量を調整するのですが、なにしろ余市のホップは、アルファ酸の数値もわからないため、途中で味を見ながら、少しずつホップを足し入れたり、また、カスケード系の状態の良さそうなホップを香りづけにペールエールに投入したりと、まさに園田さんの鼻や舌を頼りに微調整しながらの仕込みとなります。
「余市スタイルペールエール」「余市スタイルIPA」の飲み比べ
今年2種を造った大きな理由は、タンクスケジュールとホップの収穫量でした。
「ホップの収量も5年くらい前からだいぶ増えたので、2,000ℓのタンクで仕込むようにしていて、その後コロナの影響もありそのままその体制で醸造していました。でも、今年は他の液種も動きが良いこともあり、1,000ℓのタンク2本をなんとか確保することになり、それなら2種類造っても良いのかな?と。実際収穫に行ってみると、ホップの量も少なめだったので、これまでのIPAだけだと出来上がるビールの量も少なくなることもあり…。そこで、2種を決断し、ペールエールに挑戦することにしました」
まずは、ホップを多量に使うIPAから仕込み、そしてペールエールの仕込みに取りかかりました。
「余市スタイルペールエール」アルコール分6.0%
定番で造るペールエールと同じ酵母を使いつつ、原料は余市の生ホップ100%と、麦芽にはイギリス産のMaris Otter(マリスオッター)のみを使用。「ホップ感はそんなに強くないのでフレッシュホップだと知らなければ気が付かないかもしれません。でも、フルーティさがありつつ甘みは抑えられて、ペールエールとしてかなり良い仕上がりになりました」と園田さん。
「余市スタイルIPA」アルコール分7.0%
こちらは、Maris Otter(マリスオッター)麦芽に、カラメル麦芽などを加えて色味を追加。ホップ由来のメロンや柑橘、花やグリーンなどのフレーバーが複雑に絡み合い、例年よりはやや甘さも残る仕上がりに。「少しずつですが、畑の株はアメリカ系を増やしているので、今年はカスケードの量が多かった印象になり、そんな個性も活かせていると思います」
出来上がったビールを曽我貴彦さんに送ると、「これまでは1種でしたが、飲み比べると、それぞれのビアスタイルの個性を味わえたのがとても良かったです。改めてホップが決め手となるIPAたるビールがわかりました」と感想をいただきました。
余市のホップが広げる、いろんなこと
余市で栽培を始めて、今年で13年目。そんな年月の間に、VINOP隊のメンバーである三浦芳裕さんはご夫婦で毎年ホップの手入れをいただいていましたが、昨年2022年に洞爺湖畔で念願の「Lake Toya Beer(レイク・トーヤ・ビア)」を開業し、とうとうブルワーに転身となりました。
また、黒松内町にある「アンジュ・ド・フロマージュ」では、ビール用の収穫が終わった後のホップを使い、ホップのチーズも生産しました。
そして今回は、千葉・長生村で自家製酵母のパンを作る「人舟(いせん)」で、余市の生ホップから起こしたホップ酵母でパンが誕生しました。この店は週末の土日のみの営業で、毎週金曜の朝に予約しないと購入できないという独特なスタイルながら、ほぼ毎週予約スタートと共に瞬時に売り切れる人気のパン屋です。特徴は、さまざまな果実やスパイスなどから酵母を起こしてパンを焼いていること。オーナーの落合さんはシンプルで楽しめるパン作りをテーマに、5年前からさまざまな素材から酵母を起こしていて、その酵母の種類は年間50種類近くにもなるそうです。
落合さんは、以前にホップに興味を持ち、苗を購入して酵母用に栽培してみたこともあったとのこと。でもその時は毱花がつくまでには至れず諦めて、乾燥ホップを使って試したこともあったそうですが、それも期待通りにはいかなかったそうです。
「酵母はその由来によって発酵力はまちまちですが、この生ホップは適度な発酵力で、発酵した生地の香りの良さに、毎回たまらない幸せを感じています。ラベンダーからも酵母を起こしていますが、それとはまた違う、個性的なフレグランスのようですね。黒ビール酵母のパンも作りますが、それよりもビール感があって、より爽やかに仕上がります。今の自分にとって、パン作りで一番大切なのは酵母だと思っているので、このホップ酵母のパンは、作り手の思いを表すようなパンに仕上がったと思っています」
私が最初に試食したのはホップ酵母の食パンでしたが、それまでに食べたことのあるホップ酵母の食パンのすっきりとした味わいに比べ、適量に加えたというハチミツが効いて、ホップの香り高さとほんのりとした甘さのバランスがとてもよい印象でした。落合さんは、そこからさらに進化を重ね、今回の丸パンは、さらにホップの香り高く、噛めば噛むほど口の中がホップの香りに包まれます。「余市スタイルペールエール」「余市スタイルIPA」とそれぞれペアリングしてみたところ、ペールエールとは、このパンがビールの程よいホップの苦味を引き出させるようなペアリングとなり、また、IPAとは、このパンのもつほんのりとした甘さがビールにボディを加わえるような味わいとなって、不思議な違いを楽しめる面白いペアリングとなりました。
今年も好評にほぼ完売!そして来年の展望は?
「余市のホップは、日本ワインを牽引する曽我貴彦さんの畑で育っているということで注目いただくことも多いです。また、何の種類のホップを使ったビールなのかということも注目される今ですが、このホップは品種が混在しているし、数値でも表せない存在でもあります。でもいつも感じているのは、それはテロワールから来るのか、何であるのか言葉では表しきれないのですが、普段使っているホップとは違う、独特な魅力をもつホップだと私は思っています。他にはないとても貴重なホップを使って毎年このビールを造ることができることに、とても感謝しています」と園田さん。
それは、例えばナチュールワインのように、人の導きがありつつも偶然がもたらすハーモニーが生み出したもの、なのかもしれません。
注目度の高いこのビールは、販売店によっては購入制限をかけるほどで、残念ながら既に今年の分は完売となっているタイミングかと思います。この記事を読んで、これから飲んでみたい!と思っていただいた方には申し訳ありません。
この記事アップのタイミングで樽で飲めそうな場所は、東京都内の地酒屋のぼる(大井町)、ビール専門宮澤商店(門前仲町)、との情報です。それぞれ在庫を確認してからの来店をお願い致します。
でも気になるのは、来年の「余市スタイル」です。園田さんに尋ねると、「収量にもよりますが、よほどのことがない限り、来年は基本のIPAの他に、ラガーにも挑戦しようかな?と考えています」と教えてくれました。そして来年は、収穫だけでなく、春の株分けあたりから園田さん自身が栽培の作業したいと考えているそうです。
偶然と、そして人の繋がりで続いてきた、余市のホップ。これからの未来がどんな風に広がっていくのか、とても楽しみです。
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。
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この記事を書いたひと
宮原 佐研子
ビアジャーナリスト/ライター
ビアLover 宮原佐研子です。 ビールの大好きなトコロは、がぶがぶ飲める、喉ごし最高、大人の苦味、世界中でも昼間でも飲める、 果てしなくいろんな味わいがある、そしてぷはぁ〜っとなれる、コトです。
ライターとして、雑誌『ビール王国』(ワイン王国)/『じゃらん酒旅BOOK 2024』(リクルート)/『うまいビールの教科書』(宝島社)/『クラフトビールの図鑑』(マイナビ)、ぐるなびグルメサイト ippin キュレーター など
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