[コラム]2023.11.15

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~ 幕間|堅忍果決 後編

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~」のサイドストーリー。
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寒造りも落ち着いたころ、下の町に酒を上納せよというお達しがきた。

「十一代目、どうします?このお達し、新しいご家老様から来てますけど、ええ噂聞かへんのですよ」

喜作が眉間に皺を寄せながらいう。

「それも十一代目に直接来いって書いてありますやん。何様やねん。あ、ご家老様やけれども」

「まあ案ずるな。大丈夫だ、まかせておけ」

源蔵はお達しを丸めると、袂へとしまった。
「これもまた何かの縁かもしれぬ。せいぜい柳やの名を広めてくるよ」

「でた、十一代目の口癖『大丈夫だ、まかせておけ』。まあ断るわけにはいかへんのでしょうけど。じゃあ十一代目が胸張れるよう、うまい酒たっぷり詰めさせてもらいます」

それから数日後。

源蔵はお達しの通り、酒20樽と共に下の町にある城へと向かった。資金が潤沢にあるのであろう。至る所に煌びやかな装飾が施されている。

「こちらでお待ちください。まもなくご家老様が参ります」

そういって通された大広間で待つこと30分、1時間、2時間……ゆっくりと陽が沈んだ頃、「待たせたな」とご家老様があらわれた。

真っ白な髪をしてはいるが、やけに若く見える。ひょっとしたら自分とそんなに変わらないくらいかもしれない。源蔵は見すぎたことに気づき、慌てて頭を下げた。

「おもてをあげよ。ほお、そなたが柳やの十一代目か。噂は聞いておる」

源蔵が顔をあげると、ご家老様と目が合った。なんだか狐のような顔の男だ。表情がまったく読めない。

「遠くからご苦労だったな。おい、柳やの酒をこちらに持て」

ご家老様が家臣に声をかけると、徳利に入った酒がたくさん運ばれてきた。一樽分はあるだろうか?それがずらりと広間に並ぶ。

何ごとかと見ていると、源蔵の前に大きな盃が置かれた。

「毒見をしろ」

源蔵は最初何を言われているのかわからなかった。いや、わかるのにわからなかった。自分たちが命をかけて造っている酒に、毒など入れるはずがない。

「何をもたもたしている?飲めないのか?」
見れば盃にはなみなみと酒が注がれていた。ふと子供のころに見た酒蔵の景色が浮かぶ。

「毒など入れるはずがございません!私共はただただうまい酒をつくって、ここに持ってきただけでございます」

「では飲めばよい。何を躊躇しておる。飲めばよかろう?」

ご家老様の目に、意地悪い光が宿ったのが見えた。自分が酒を飲めないことを知っての嫌がらせだろうか。

しかしそんなことを考えている時間はなかった。ここで飲まなければ「柳やは酒に毒を入れた」とも言われかねない。源蔵は大きく息を吸う。

「……わかりました。ではいただきます」

そういうと盃を両手で持った。よりによって顔の大きさ程もある大きなものだ。それを一気に飲み干す。

「おお、いい飲みっぷりだ!どうやら酒に毒は入っていないようだな」

ご家老様が「ひょっひょっ」とおかしな声を立て笑う。

「いや、しかしこの樽には入っていなくとも、他の樽には入っている可能性がある。おい、次の酒をもて」

どうやら並べられた徳利には、すべての酒樽から酒を注いでいるようだった。すべての樽を確かめるために、20杯。そんなにたくさんの酒を飲めるはずがない……

源蔵は一瞬気が遠くなった。今の一杯で、座っているとはいえ既に身体がぐらつく。

「さあ、次だ。飲め」

またしても酒がなみなみと注がれる。盃を持ち上げようとした手が、大きく震えるのがわかった。「飲まなければならない」という意思に反し、まるで身体が拒否反応を起こしてるようだ。

「そうだ、お前のところの次男坊は下の町で酒問屋をやっているそうだな」

そんな源蔵の様子を知ってか知らずか、ご家老様がおかしそうに話しかけてくる。

「せっかくの柳やの酒を出しているというのに、傾奇者ばかりが集まっているそうじゃないか。くだらんやつらは、くだらんことをするもんだ。客を選べと言ったらどうだ?」

喜兵寿とつるが営む、下の町の卸酒問屋。その古いながらも大切に手入れされた店構えを思い出す。

「お言葉ですが」

次の言葉を発する前に、源蔵は盃を一気に飲み干した。

「酒は飲む人を選ばない飲み物。造り手としても、万人に楽しんでもらえるよう心を込めて造っております」

そういうと盃を逆さに振った。

「さあ、この酒は毒など入っておりません故、お飲みくださいませ」

「ほおよかろう。一杯いただくとしよう」

そういうとご家老様は家臣に酒を注がせ、一気に煽った。

「さあ、残りの酒も毒見せよ」

「……仰せのままに」

そこから18杯。源蔵は酒を飲み続けた。

血が出る程に爪を立てることで意識を保ち、親指が折れそうになる程に力を込め、身体を支えた。心の中で何度も何度も『大丈夫だ。まかせておけ』と呟きながら。

夜もとっぷりふけたころ。源蔵はすべての「毒見」を終えた。

「……もうよい。ご苦労であった」

おもしろくなさそうに吐き捨てるご家老様に頭をさげ、しゃんと背筋を伸ばしたまま、城を後にする。

「では。引き続きごひいきに」

門が音を立ててしまり、人影が見えなくなると同時に源蔵は茂みの中に倒れこんだ。

かつてないほどに回る世界に、吐き気と共におかしさすらもこみあげてくる。真夜中の空には、ぽっかりと満月が浮かんでいた。

「大丈夫だ……大丈夫。柳やも。喜兵寿もつるも。俺が守る」

朝になるころには、きっと酒も抜けているだろう。帰る前に奴らの顔でも見に行こう。
そう思いながら、源蔵は静かに目を閉じたのであった。

―続く

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、飲食店等へのビール提案などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。

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